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影食いリルマ  作者: 雨月
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第三十七話:貴方が本当に欲するモノ

 夜の十時を過ぎ、どうやら雨が降ってきたらしい。雨粒が窓に当たる音を聞きながら話を続ける。

「それで、俺の中に入って俺は何か変わったのか?」

「私が思ったより強固、というより手が出せない世界ですね」

 話し手は深いため息をつく。常人が俺の中に入ると狂ってしまうと言ったのでろくでもない世界が広がっているんだろうさ。

「身体の一部だけを影化したつもりですが……結果こうして、私のすべてが取り込まれたのです」

「方法はよくわからんが、自業自得だ」

 人間の中に入るなんてそんな出鱈目、信じたくない。しかし、事実こうして入り込んでいるのだから信じるほかに道はない。でも、人間の身体から石化したタンパク質的な何かが出たりするんだから人体は不思議に満ち溢れてるな、おい。

「自業自得。なるほど、返す言葉がありませんね」

 お互いため息が出ている。

「……それで、出る方法はあるのか?」

「私一人では無理です」

「その言い方だとあるんだな?」

「……影食いの力を借りるしかないでしょうね。本来なら私の知り合いの影食いに頼みたいのですが、いろいろあって難しいのです。そちらの知り合いに頼み、影食いをしてもらえれば脱出できます」

 俺は手伝ってやりたいと思う。しかし、リルマはカゲノイへの態度があまりよくなかった。捕まえたら本家に連れて行って一人前だと認めてもらうとも言っていたからなぁ。

「リルマはカゲノイを敵対視しているようだが?」

「一部影食いはそうみたいです」

「一部?」

「まぁ、影食いが悪いカゲノイを滅ぼしたのは遠い過去の話ですからね。いまだに引きずっているのは五家と呼ばれる家の内、一つのどこかとその系列の影食いですよ」

「五家?」

「他の影食いを束ねているとでも思っていただいて大丈夫だと思います。わたしも詳しくは知らないので。それ以外だと気にしない人も多いんです。この前もあなたのお知り合いとは別の影食いに襲われましたけど」

 意外にもリルマとは別の影食いが近所にいるらしい。

「もっとも、わたしは嫌われて当然ですからね」

「そうなのか?」

「ええ、カゲノイではなく、人間として」

「ああ、それは納得」

「納得しないでくださいよ」

 彼女は苦笑していた。

 やはり、夜道で出会った時よりもその存在は身近に感じられる。演技かもしれないが、俺には演技をしているようには思えない。

 何より、今回の件に関してはお互いの利害が一致している。俺は出て行ってほしい、彼女は出たい。

「なぁ、一つ質問したいことがある」

「なんでしょう? 一つと言わず、なんでも答えますよ」

「そりゃどうも。俺に接してきたときと態度が違う気がするんだが。どういうことだ?」

 そして俺は一番の疑問を口にする。

「取り込まれて、なんというか、この世界に悪い部分を吸われたのでしょう」

「大雑把すぎるな」

「こちらも色々とありましたんで」

「白井の言うとおりなら、俺に吸収されたのなら俺が悪い奴になるんじゃないのか?」

 俺の性格が悪くなったとも思えない。元から良い人を名乗るつもりはないけど、人の道から外れているわけでもない。

「実際のところは私にもわかりません。ここには長くいたくないんですよ」

 世界という言葉を使ったことに何となく興味が湧いた。

「俺の中に世界があるってことだよな? どんな世界だ?」

「常人が気を狂うでしょうね。今、荒野の真ん中でアンテナを立ててあなたと通信してます。人の身体のような一部で構成された生物や、二メートルぐらい腕が伸びたり、三メートルの身長を超えていて、四つんばいで、口まで裂けている化け物も見ましたね」

 俺の湧いた興味はやる気を失って布団に入って寝てしまった。最近聞いたような化け物まで俺の中にいるとは思わなんだ。絶対に俺の世界には行きたくないな。

「脱出するには、原理はわからないが影食いすればいいんだな?」

「はい。もちろん、ただで出してもらおうなんて思って吐いません。だから取引をしませんか?」

「取引?」

 そうですと静かな声が耳に届く。

「影食いリルマといいましたか……あの影食いにお願いして、わたしを無事に貴方から出してください。そうすれば、望むものを何でもあげましょう。貴方が一番望むもの。お金でもいい、綺麗な女性でもいい……時間をかければ地位だって得られますよ」

 それらは間違いなく、カゲノイの力を使ってだろう。

「なんというか……意外と俗物的なんだな」

 本当の自分を、とかなんとか言っていたので魂の安らぎ的なものを提示されるかと思っていた。

「程度の差はあれ、これらは人間を物理的に幸せにしてくれますから」

「身も蓋もないな」

「人間である以上、事実ですから。罪を知り、犯したことが無ければ人は聖人になれませんよ」

「そうかね? これまで何も悪さをしていない人の方が聖人に近いと思うが」

「そう言う人はただの世間知らずですよ」

 俺の考えはバッサリと切り捨てられた。まぁ、缶がの一つとしてはそうかもしれないな。

「話がずれてしまいましたね、すみません。取引の件は保留でも構いません。本当に欲するものが見つかるまであなたにとことん付き合います」

 その言葉に嘘偽りは無い。事実、そうだ。持たぬものが得れば、他人に幸せだとアピールできるチャンスにも繋がる。

 ただ、個人が求める本当の幸せとは違うものだ。それこそ、人によっては魂の安らぎがなんたらかんたらの話となる。

「影食いの中にはグリズリーの肉を食いたかった人がいたらしいぜ?」

「貴方が望むのであれば出来なくもないでしょう」

「え、本当?」

「クマさんと戦ったことはありませんがね」

 あれはクマさんなんて可愛い表現は似合わない。

「現地の人の協力を得て、徹底的な作戦を立てれば一頭ぐらい倒すことは出来ると思います。と言うか、今のご時世ならネットで調べれば熊の缶詰って売ってそうですけど?」

 それ駄目だろ。素手でやらなきゃ意味ない。缶詰買っちゃうとか、駄目すぎる。浪漫が無い。いや、ね、もちろんその通り。まさしく白井がいう事は正論。その通りですとも。命をはるほどの物でもないさ。

「多少、時間は頂きますがどうしますか?」

 もちろん、グリズリーの肉が食いたいわけではない。

 俺の幸せなんて、今はまだわからない。

「なぁ、綺麗な女性を欲するのだったら……」

 これ、どのくらいのレベルが来るんだろ。自慢じゃないが、リルマや蛍ちゃん、青木たちの見てくれは悪くないから俺主観で要求したらハードルが上がると思うがね。

「はい、立候補します」

「え」

「わたしの事、好きにしてくださいね。うっふん」

「マジかぁ……」

 すげぇ手軽なところで済ませようとしていやがった。見た目は超えているんだけどね、性格が。

「ところで、このまま放っておくとどうなるんだ?」

「啓輔さんと同化します」

「同化ね。するとどうなる?」

「さぁ、なんとも言えません。私という人間がこのように話すこともできないように消えるのか、はたまたこういった状況が続くのか……どちらにせよ、現実世界から白井海という人間は消滅します。あなたと一緒になれて意識を共有出来るのなら、まだ救いはあります。こうして電話を介してコミュニケーションを取ることもできますし」

「そうか? 自由に行動できないだろ?」

「啓輔さんの深くを知ることは出来ませんが、何となく嬉しかったりするのは伝わってきますからね。同化するのであれば、それも悪くないと思えてしまいます」

 そういって一度、ため息をついた。

「ただこの世界を放浪するままだったり、消えてしまうだけというのは恐ろしい話ですよ。狂気の中に狂ったままなら限界はありませんが、異常の中で正常になると限界があります」

 毅然とした態度をとっているようだが声音は震えていた。世界から消えてしまうのが怖いのだろう。

 俺がもし、逆の立場ならどう考えるだろうか。別に、そう怖いとは思わないかもしれない。さすがに、見ず知らずの相手と一体化しちゃうのは考えものだがね。

 この世界から俺という人間が消えたとしてもそれは経済や知識の世界に大打撃を与えるほどの力を持っちゃいない。普通、人間はそんなことを考えたりしないもんだ。それに、人はいずれ消える運命を背負っている。どんなに否定し、足掻いてもそれは必ず訪れるし、受け入れるしかないものだ。

 それを超越してしまったら人は人でいられなくなる。

「人が一人消える、か」

 ま、今は俺の話ではない。白井海が消えても世界には何も変わりはない。そのうちみんなの記憶から風化するだろう。人の記憶は有限だから。

 ただ、俺はどうだろうか。自分の中で消えて行った相手の事を忘れることが出来るだろうか。事あるごとに思い出し、後悔するようであればやはり、助けてやった方がいい。

 いや、俺は何を考えているんだ。後悔するようであれば、ではなく助けられるのなら助けるべきだ。たとえ相手が自業自得だったとしても、俺に危害を加える可能性がある相手でも、だ。

「……いいさ、リルマには俺から話してやるよ」

「取引成立ですね? 何が望みですか? おすすめは綺麗な女性です」

 それ、お前じゃんか。

「俺は何も望んじゃいないよ。あんたには悪いが、俺から出たらこの町を去ったほうがいい」

「そう、ですか。襲っておいて都合のいいことを言いますがいい友人になれると思ったのですが」

 俺がそういうと少し残念そうな口調になった。

「ここらだと影食いに襲われるんだろ? 原因はともかく、外に出られたら平穏無事に過ごせた方がお互いにとって利益になるんじゃないのか? 話をしたりするときは、電話で出来るし、待ち合わせ場所を決めれば会えるだろ」

 おとなしくしとかないとリルマが血眼になって探すだろうからなぁ。ただでさえ、白い女は怪しいことをやっていると思われているのだ。

「自分の事を誘拐して、入り込んだ女に優しくしてくれるんですね? ましてや、友達になってくれるなんて」

 心地よいと感じる柔らかな声が聞こえてくる。

「勘違いだな。俺は俺のためにあんたを助けるだけだ」

「そして素直じゃないと。可愛いところがありますねぇ」

 うざい。どこか俺の知り合いに似たような雰囲気を感じる。

「……あぁ、そうかい、助けてやろうって言うのにそういう言い方をするのか」

「あ、怒っちゃいました?」

「怒ってねぇよ。貸しがあるってことを忘れないでほしいし、俺が望めばなんでもいう事を聞いてくれるんだろ?」

「ふふっ、約束しますよ」

 どこか楽しそうに白井は笑っていた。調子の狂う相手だ。

「やっぱり、あなたと一体化した方がわたしにとってプラスかもしれません」

「いや、出てけよ?」

 居座るのはやめてほしい。脳内に意識が二つあったら面倒くさそうだ。

「こっちからも一つ、聞きたいことがある」

「何でしょう?」

「夢川裕二って知ってるか?」

「はい。あなたのお友達でしょう? 行方不明になっていたとか。あいにく、その時は化け物と戦っていたのでそれどころではありませんでしたけど」

 曖昧な答えをもらった。

「影の中にいるときはあまり外の情報を探れないのですが、貴方と何度か話しているのを見て気配は感じることができるようになりました」

「……そうか」

 良く考えれば白井が俺の中に入ってから裕二は姿を消したのだ。影から出られないこの人物に犯行は不可能のように思えた。もちろん、カゲノイとしての何らかの力があるなら話は別だ。俺を騙している可能性もある。

 ただ、白井のことを信じるのなら、本当に知らないのだろう。リルマも力を使えば気配を感じることが出来ると言っていたから俺の身体を乗っ取ったりはなかったようだな、うん。

「ついでにだが、美空美紀って知ってるか?」

「美空美紀……いえ、それも何度か貴方が口にした程度しか知りませんね。顔を見ればもしかしたらわかる相手かもしれませんけど。ほら、たまにあるじゃないですか。芸能人の顔は浮かぶんだけど、名前がでてこないとか、名前と顔が一致しないとか」

「その通りだけどさ、例えが庶民すぎる。もうちょっと神秘的な例えは出てこないのか」

「そう言われましても、あなたの中で起こった出来事の方が凄すぎてちょっと難しいですねぇ。人生観が変わりますよ、ええ」

 つまるところ、裕二の失踪や美空美紀と白い女こと、白井海は無関係だったようだ。

 もっとも、それは白井海の事を信用した場合に限る話だが。


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