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影食いリルマ  作者: 雨月
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第三十六話:白い提案

 リルマと喫茶店で別れ、帰路へとつく。

 季節は移ろいゆくものでほとんど日が落ちて辺りは暗くなっていた。

 夏休みが終わって、一ヶ月が過ぎている。その間に裕二が失踪、ではなく、誘拐されたり白い女とも出会ったりしていた。

 それ以外に何か変わったことがあるかと聞かれれば、特には無い。時期的に寒くなってきたなぁと言うぐらいだ。万事、こんな感じでのんびりしていていいのかねぇ。

「っと、そうだった。こっちはこっちで美空美紀のことを調べないとな」

 あくまで美空の事は白い女とは違い、日常の延長線だ。なにせ、遊園地に来ていた女子生徒を探すだけだからな。宗也の知り合いなら、そこで確認を取って話が終わる。宗也を介して変なメールを送ってくるなと言ってもらえばそれでいい。

 時間が掛かるものでもない。スマホの画面を操作して電話をする。数秒後、相手が出た。いつもの電話と、感じが違う気がしてならない。

 何かが違うと考えて、ただの気のせいだと違和感を切り捨てる。濡れた手で他人に触れられるような嫌な感じだ。

「……宗也、だよな?」

 俺自身、無意識的にわかっていたのかもしれない。相手が宗也じゃないことを。そして、電話のコール音が鳴らなかったことを。

「やっとつなげられた。お久しぶりですね」

 女の声が聞こえてきた。どこかで聞いたことのある声だ。どこの美女だったかなと、そんなのんびりとした考えはない。一発で脳裏にあの白い女が現れる。

「あんたは……」

 電話の主は白い女。

 今更、相手の名前すら知らないことに気づく。

 裕二の一件も重なって、邪推してしまう。宗也も誘拐されたのか。

 脳が動き、俺がすべきことをはじき出す。もし、宗也が誘拐されているなら今やるべきことは出来るだけ時間を稼ぎ、女から情報を引き出すことだ。

「……なんであんたが出るんだ?」

「それには事情があるからです」

「事情? そりゃなんだ」

 話していて更なる違和感が俺を襲う。

 女の声の調子は以前と違う。何が違うかと言われれば、昔の声はどこか狂気をにじませたものだった。壊れたラジオのような、そんな感じ。今では、普通の人間のそれと同じように思えるのだ。

 怒っていたお母さんが電話に出ると声音が違い過ぎるのと同じ理論かもしれない。

「後程、説明します」

「待て。その前に、なんで宗也じゃなくてお前に出るんだ。それを答えてほしい」

「簡単です。そもそも、相手に電話はかかっていません。あなたのスマホは電話機としての意味を一時的になさなくなっています。こちらは別にその宗也という方には何もしていませんよ」

 信用していいものだろうか。実際に宗也の声を聴くまでは安心していいとは思えない。

「どうしますか?」

 相手からのどうしますかには電話をして相手に確かめますかというニュアンスが込められているようだ。

 わざわざ聞いてくる以上、安全なんだろう。だったら、電話の相手の事が先だ。こういうのは疑いだしたら限がない。

「……そっちの事情を説明してくれ」

 それに、何かあったら別の人間から連絡が入るだろうからな。

「まずは、どこか影のある場所へ行ってくれませんか?」

「影のある場所に?」

 何かの罠ではないか。そう勘ぐってしまう。

「罠ではないので、安心してください」

 そして俺の考えていることをぴしゃり当ててくるあたり想定済みなんだろう。

「そうですね、人通りの多い場所なら右記啓輔さんも安心できるかと……どうでしょうか」

「……わかった、いいだろう」

 近くの街灯へとやってきた。一体、俺に何をさせる気だ。辱めるつもりか。

「そこで、漢字で言うところのしょう……小さいを体で作ってください。両手を少し広げるだけで大丈夫です。」

 言われたとおり、俺は俺なりに漢字を作る。

「それ、命ですよね」

 スマホから聞こえてくるよりも、俺は自分の影に釘付けになっていた。ぼけたのに、どこか別の場所でやり返された気分になったのだ。

「え、なんでだ……」

 俺の影は命の形をしていなかった。万歳をしている。より的確に言うのなら、Yの形だ。

 妙なポーズをしている俺を見て、何人かが鼻で笑っていたが、恐らく影の形が違うことまで気づけた人は居ないだろう。さらに、その影をよく見ると、俺ではない誰かの影だ。

 俺は一度咳払いをして命をやめた。緊急事態であるが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

「今、私は右記啓輔さんの影の中にいます」

「どういうことだ? 意味が全然わからない」

 非日常を体験したことはあるが、それでもまだ経験値は足りていないらしい。

 あの白い女は俺の影になった。いまのは聞き間違えか何かか? それが正しいのなら、世界には両手いっぱいでもこぼれてしまうほど不思議が満ち溢れている。

 この世界にはどれだけの不思議があるのだろうか。他人が描く脳の世界も、その中に入るのなら、この世界には途方もない広さがあることになる。

 そんなふうに軽く現実逃避したくなる気持ちを捕まえて、異常な現実を直視させるしかなかった。

「話をするには私が影の中にいることを認めてもらわなくてはいけません。理解しがたいとは思いますけどね」

 俺の影はこっちの意思なんてお構い無しに蠢いている。幻覚じゃないだろう。俺がリルマに会うよりも先に、今の状況に陥っていたらおそらく信じていなかった。

 騙されているんじゃないのか、そんな考えもよぎる。影を操作できる相手だ。そして、音もなく俺の隣に立つこともしていたらしい。

「俺の影の中に入り込んで何が望みだ」

 よく知らない相手に入り込まれる。これほど恐ろしいことはそうそうないな。気が付いた時には内部に入り込まれて自分自身が人質になっているとはね。

「単純な事です」

「ほぉ?」

「ここから出してほしいだけです」

 嘘偽りのない切実な声を聞き、俺は首をかしげるしかなかった。

「……は?」

「それが望みです。本当ですよ。嘘ではありません。まず、話を聞いてください」

 この人は嘘を言っていない。少なくとも、俺はそう思った。

「……わかった、話を聞こう」

 信じたくないが、女性は俺の影の中にいるらしい。全く、どうなっているんだ。いったいいつ、入り込んだんだ。戸締りをきちんとしたはずなのにいつの間にか飛ぶ蚊を見た気分だよ。

「どこかゆっくり話が出来る場所を知りませんか?」

「……そうだな。いつまでもここに居るわけにはいかないな。いい場所がある。そこへ行こう」

 どこで誰が聞いているかも分からない。俺はアパートへ戻ってきた。相手に住居が特定されたのはまずい気がするものの、俺の影の中に入っているのならプライベートすら皆無。既に名前だって知っていたからな。

「で、話はどこから始まるんだ? お前の性格や趣味を教えてくれるのか」

 もはや俺に緊張感はない。リルマに連絡するのが先だが、危険性がなさそうに思える。話をまとめて、俺から説明した方がよさそうだ。

「そうですねぇ、まず、わたしの事は割愛しましょう。今の状況とは別の話ですから」

 どこか飄々とした話し方だった。俺と同じで、緊張感が漂っていない。狂気も滲んではいなかった。

「もっとも、個人的に知りたいのであれば教えますよ?」

「ああ、じゃあまず、あんたの事について教えてくれ。あんたは俺の名前を知っているけれど、俺はそっちの名前すら知らないからな」

 相手を知ることの入り口は、まず名前から。話が出来そうな相手なら知らないと失礼だ。いつまでも白い女じゃいけない。

「私に興味を持ってくれて、嬉しいですよ」

 やはり、いつだったかに比べて態度は非常に柔らかいものになっている。どこかしら感情もこもっていた。

 もっとも、どこか軽薄そうな雰囲気が漂っているので別の意味で警戒した方がいいかもしれない。

「いいから、早く話してくれ」

「せっかちさんですねぇ。そんなにわたしのことを早く知りたいんですね?」

「……もうそれでいいよ」

「わかりましたよ」

 俺はインスタントコーヒーを準備して、腰を下ろすのだった。


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