第三十四話:無意識的な友達ランク
夕方、リルマから電話があった。
「ねぇ、これから会える? 裕二先輩が忘れていたことがちょっと疑問だったんだけど」
「悪い。先約がある」
そういうと押し黙った。相手は変に勘ぐっている気がしてならない。
「言っておくが」
最初に断わっておくのもなんだか違う気がする。それでも、勘違いされないようにするには言葉にして伝えるしかできない。
「元彼女じゃねぇぞ」
「誰もそんなこと、言ってないけど……ぷぷ。そう言うの、言わなければいいのに」
くそ、何を笑っていやがるっ。
まぁ、確かにリルマの言う通りだ。俺が先走っただけだ。よく言うじゃないか、やらないで後悔するよりも、やって後悔したほうがいいって。
「まだ彼女の事を引きずってるんだ?」
どこか様子見の口調。一歩引いて攻撃してきつつ、こちらの出方をうかがっている。俺の返答いかんによってはからかわれるのか、馬鹿にされるのか想像できない。
「そう言う事はない」
となると、正直に言うしかほかにない。
「ほんと?」
どこか弾んだ声に聞こえ、一気に懐に入り込まれた気分だった。
「あぁ、まぁな。あいつとの別れ際を思い出すと……」
「思い出すと?」
強烈なリルマの存在がちらついて思考が停止する、とはいかないまでも思い出せなくなりつつあった。
初めてリルマを見た人間はすべておびえるのかと思ったこともあった。しかし、蛍ちゃんにも連絡してまた聞いてみたが、周りにもそんな子はいなかったと言われた。
「……リルマに笑われたことを思い出してな。お前の事で胸が一杯だよ」
「あの時笑ったのは悪かったけど、私の事を思い出すって何それ? 馬鹿にしたのは謝るってば」
「怒っているわけじゃないし、謝罪を求めているわけでもないんだ。ただ、まぁ、なんだ、今のが最善の答えだとなんとなく思っただけ」
「変なの」
若干、白けた雰囲気が漂ってくる。
「それより、裕二の事だよ」
この件に関してはあまり突きすぎると面倒なことが起きそうなのでやめておいた。
「ああ、うん出来るだけ早いほうがいいんだけど、いつなら空いてる?」
リルマは先ほどまでの小ばかにしたものから真面目な口調になっている。
「今日、用事が終わった後なら大丈夫だ」
「わかった。場所はどうする?」
そうだなぁ。移動時間の事も考慮すると、駅前の喫茶店から近い場所がいいだろう。
いや、いっそのこと同じ場所でいいか。
「駅前の喫茶店」
念のため今から二時間後にしておいた。
別に聞かれて問題あるようなことでもないだろうが、念のためである。
喫茶店に入り、青木を探す。俺に気づいた青木は軽く右手をあげてくれた。
落ち着いた色合いのテーブルに腰かけている奴は絵になっていた。やはり、黙っていれば美人だ。そしてスタイルもいい。喋らせると残念なだけで、本当に惜しい奴だと再認識した。
「何、黙り込んじゃって。もしかしてぇ、美人なあたしに見とれてた?」
目じりを下げると途端にバカっぽい感じになるな。
「これが無ければなぁ……」
「え、何か言った?」
「いや、何も。それより、悪い、遅れたか?」
「ううん、別に時間を決めていたわけじゃないから」
席に座ってウェイトレスさんを呼ぶ。笑顔の可愛い、いつもの人だ。
青木にからかわれないよう極力見ないようにしよう。そこまで考え、俺は相手の顔色を窺うなんてばからしいなと改める。気を使ってやる相手じゃないな。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
「ああ、はい。いつものやつでお願いします」
かしこまりましたと引っ込んだウェイトレスを見送ったあと、青木は言った。
「さっきの娘、そんなに胸大きかった?」
自身の胸と見比べている。当然、青木の方が大きい。
「……は、いきなり何言ってるんだ?」
朝起きたら目の前におっさんがいた感覚に襲われた。まったくの予想外、俺はウェイトレスの胸に視線を向けるほどだらしなくないぜ。
去り際に確認したが茶色ホットパンツの後ろ、素晴らしかった。黒のハイニーソとの間に男は浪漫を感じるんだと最近知った。
そんなくだらない男の浪漫など、目の前の人間にはわからないんだろう。将来、子供が大切に集めたお宝を躊躇なく捨てそうなやつである。
「嘘だ。とぼけたってわかるんだから」
敵対性を瞳に浮かべ、黙っていれば美人がいらついていた。
「女の子と一緒に居て他の子見るなんておかしいよ」
「いや、お前の方がおかしい」
「とにかく、あたしは不愉快になりました」
こいつが意味わからないのはいつもの事だな。
こうなるのなら、やっぱり顔色を窺っておけばよかった。俺の方で調整できるならそっちの方が楽だ。相手が絡んでくると途端に難しくなる。
みんなが黒と言えば俺は鳥類だと宣言し、白と言えば動物だと主張するぜ。何か違うが、まぁ、だいたい伝わるだろ。
「青木の胸って改めて大きいんだなって思ったんだよ。やらしい話を抜きで」
「……ふーん?」
急激に落ち着いた感じになった。もっと持ち上げる必要があるかもと思っていただけに、楽でよかった。
「ところでさ、いつもので通じるって、ここ、結構来るの?」
「いつもの? 俺、いつものって言ったっけ?」
「言ってたよ」
「無意識に言っちまったのかねぇ。ま、よく来るのかと言われたら最近来てるよ」
誰と一緒なのかという言葉を続けられる前に、俺から話を振ることにした。
「それで、話って?」
落ち着いた雰囲気の店内には比較的人が少ない。
さっき青木に言った通り、ここの常連になっている気もする。店員さんも最初に比べたら俺に笑顔を向けてくれる回数も増えた。別に店員さんを目的に来ているわけでもない。コーヒーの匂いも嫌いじゃなかった。
部屋に電動ミルでも買っておこうかと考えたこともあった。もちろん、無駄遣いに終わりそうなので購入はしていない。
「あの、さ」
「ん?」
青木とは思えないほど、どこか思いつめた表情を向けてきた。その目は俺を見透かそうとしている。
最近、相手に心の中を見られるような感覚が多いんだが、気のせいだろうか。
「裕二君が見つかった前の日の夜……何してた?」
何か思うところがあるのだろう。下手に嘘はつけそうにない。
時間をかけて考えたかったが、今の青木には通用しないな。気分の赴くまま、適当に言ったり、ごまかしたりするとこいつの場合、根掘り葉掘りではなく文字通り張り付いて調査してきそうだ。それでもし、裕二の二の舞になったらリルマに申し訳ない。
頭が上手く回ってくれたようですぐさま口を開いていた。
「裕二を探してた。外出してたよ」
嘘はつかないが、情報は小出しで行こう。
「そっか、よかった。ここでいつものように九時以降は家でくつろいでいたって言われたらどうしようかと思った」
どこか安堵したようにほっと胸をなでおろす。
「そんなことを聞いてきて、どうしたんだ? まさか、裕二探しに自分を混ぜなかったから拗ねているってわけじゃないよな」
全く心配していなかったと青木は裕二が助かった後にぽろっと宗也にこぼしたそうだ。
「うん、そっちはすぐに見つかるって思っていたからね。それに、一応私も探したし。でも……」
青木の話し方に違和感を覚えた。どこか困ったような顔をしている。困っている、というよりは泣きそうか。その顔を見て俺は何か悪い事をしたっけ、最近冷たくあしらってなかったかと不安になっていたりする。
「ほら、前さ、あたしのことを頼って欲しいって言ったじゃん?」
頼ってをかまってにするといつも通りになるな。
いや、待て。頼ってちゃんも度を過ぎると構ってちゃんに変貌するね。どうして私を頼ってくれないの? もっと私を頼ってよ、と言った具合に。
「ねぇ、話聞いてる?」
気づいたら青木の顔が近くにあった。
「ああ、聞いてるよ」
そして俺は、店内を見てしまう。
「嘘だ、目をそらした」
人間ってとっさに判断できないもんだな。
「何考えてたの?」
「半分は青木のこと」
「残り半分は?」
頼ってちゃんとかまってちゃん。
「なんだ、残り半分も青木のことを考えていたんじゃないか」
「それなら最初からあたしのことを考えてたって言ってくれればいいのに。もう一度言うけど、あたしのことを頼ってほしいって言ったよね?」
そんなこともあったな。もう忘れかけていたよ。
「おっけー、覚えてるよ。それが裕二を探していることと関係あるのか」
「裕二君を探しているときも女性と一緒に居るのを見かけたんだよね。何だか、仲間はずれにされたみたいで……それに、それをごまかすように家にいたって言われたら泣いてたかも」
顔をうつむかせる。普段、元気な人間がこういう態度になると見ていて気持ちのいいものじゃない。
あとさ、お前仲間外れってか、探す気無かったろ。
「そんな大げさな」
俺がリルマと一緒に居ることは比較的多い。よくつるむようになったのは青木も知っているはずだがね。
「そうだよね、大げさだよね。なんだかさ、啓輔が遠くに行ったみたいで」
へらへら笑う青木に俺は声をかける。当然、変な慰めはしないつもりだ。こういう時の青木は恐ろしいほど勘が鋭いからな。
「……いいか、青木。人間っていうのはいつだって遠い距離にいるもんだ。ただな、今、俺と青木がどれほどの距離離れているのか知らないけれど、こうやって会って話している以上、その距離は遠くなったりしてない。元から近くなったとか遠くなったとか錯覚しているだけなんだ。わかるか?」
俺なりにわかりやすく説明したつもりだ。
すると、どうだろうか。青木の顔は安堵を見せる。
友情というのはたとえ距離感を出しても相手へとつながる懸け橋となる。
「うん、いつものわけわかんない啓輔だ。ほっとした」
友達として、寂しい思いをしていたのかもしれない。ハブられてるとか思ったのだろうか。声をかけなかったのがまずかったか。しかし、俺の友情の架け橋は全く相手に響いてないな。
うぅむ、でも、俺の考えすぎだな。甘い顔をするとすぐにこけにしてきそうだから様子見しか出来ない。
あの日は確かにリルマと一緒に居た。どうやら、どこかでそれを見られたらしい。しかし、リルマと一緒にいる時は人の少ない、もしくはいない場所を選んで歩いていた。
「女性、ねぇ」
リルマと一緒なら素直に名前を出すだろう。しかし、女性という表現は適切じゃない気がする。名前を出さなかったということは、知らない女性かもしれない。
「そうそう、それも聞きたかった。あの衣服が頭からつま先まで白い女性って、誰?」
いつもの調子に戻った青木が首をかしげている。
白い女性。俺は青木の言葉に戦慄を覚えた。
「……顔色、悪いけど?」
「なぁ青木、それってどこで見たんだ? 何時くらいだ?」
「え、えっと、十時過ぎぐらいかな。多分、啓輔の住んでるアパートの近く」
既にリルマと別れた後だ。大丈夫だろうという俺の一点張りで、というよりも、途中で影に遭遇して俺はそのまま帰り、リルマは影食いにいったのだ。
家に帰り着いてからリルマに連絡し、その日は寝た。つまり、俺は一人だった。ついでに言うのなら白い女を俺もリルマも見ちゃ居ない。気配も感じなかった。
いいや、そういえば病院で妙な気配を感じたことがあった。なんだか、声も聞かなかったか? 俺は覚えてないが、聞いた気がするんだ。
「ど、どうしたの?」
「……そいつが裕二をさらった犯人かもしれないんだ」
このぐらいなら話してもいいだろうか。巻き込むことになるのは怖いが、注意喚起は必要と思う。
「そうなんだ……びっくりした。だって、啓輔の右後ろに寄り添うようにして立っていたんだもん。あれで気づかなかったってなんだかホラーだね。というか、誘拐だったの?」
マジかよ。そんなに近くに居て俺は気づけなかったのか。
もしかして、白い女は俺の想像している奴ではなくて、本当に幽霊かもしれない。
「青木、貴重な情報をありがとう。あと、誘拐かどうかはまだわからないから誰にも言わないでくれ。この件について詳しくないから説明できない。それと、夜は外を出歩いたりするなよ? ふざけて言っているんじゃない、大真面目に言っているんだからな?」
「そ、そんな怖い顔をしなくたってわかってるよ」
「ああ、悪い。でもな、お前のことが心配なんだよ」
青木の顔が真っ赤になった。
「へ、へぇ、そっか? どのくらい?」
「は、どのくらいとは?」
「裕二君よりも?」
「ごめん」
「……宗也君よりも?」
「悪い」
「えっと、蛍ちゃんとかリルマちゃんより?」
「年下は大事だろ」
机に突っ伏して青木は動かなくなった。
「おーい、青木?」
「……元カノっ! 元彼女とどっちが大切かっ!」
がばっといきなり起き上がって両肩を掴まれた。馬鹿な、再起動だと?
「あ、青木だ」
「うしっ」
「それで、感謝の気持ちを表したいんだが、何がいい?」
「う、うん。えっと、じゃあ……奢って」
「いいだろう、何ならメニューの片っ端から頼もうか?」
青木は遠慮を知っているようで、珍しいことにケーキセットだけ頼んだ。クリスマスに近づくとサンタケーキセットになるんです。是非、食べにきてくださいねと店員さんに言われたりもした。
ケーキのことより今は白い女だ。
まさか、白い女がそんなに近くにいたとはなぁ。美空美紀の事だってまだ分かっていないのに。やはり、裕二をさらったのは白い女だったのか。しかし、そうなると俺らは裕二を放置して帰ったわけで、俺もリルマと別れていた。襲われる可能性は十分あったことになる。裕二も俺もリルマも何事もなく、無事に戻ってきた。どういうことだ。
「ねぇ、啓輔、この後も時間ある?」
青木が顔を覗き込んできた。
「悪い。ない。場合によっちゃ警察に行くことも考えているんだがな。青木ももう帰ってせめて今日一日だけは部屋で大人しくしてろよ」
「……わかった。またね」
リルマを待つ間、裕二から電話があった。
「美空美紀のこと、思い出したぞ」
「お、マジかよ」
「ああ、宗也からこの子も連れて行って欲しいって連絡があったんだ」
「宗也が?」
意外だったりするが、もしかしたらネットゲームで知り合ったフレンドかもしれない。たまにオフ会をやると言っていたから、そこで知り合ったのかも。
「おう。詳しいことは宗也に聞いとくれや」
「わかった。そのうち聞いとくよ。ありがとう」
「お礼はぁ、啓輔君のぉ、大きなアレでぇ……」
「通話終了っと」
美空美紀のことも気になったが、今はリルマと白い女の事だけ話すことにした。ふってわいた変な画像と、変な女子生徒よりも、身の危険になりそう案件を処理すべきだろう。




