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影食いリルマ  作者: 雨月
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第三十三話:二人が通った通過点

 場所を学食へと移し、俺と裕二は向き合った。昼休みだったため、一応リルマに話をすると(裕二の経過観察とのこと)来てくれた。

「ああ、学園の制服姿は初めてみるなぁ……いいねぇ」

「似合ってるな。普通に可愛い」

「それはどうも」

 男二人による褒め言葉も適当に流された。

「うわ、超くるー」

「何よ、超くるーって」

「言い間違えた、超クールな」

「あっそ、ありがと」

 むっつりとしたリルマは俺から顔をそむけてしまう。そう言う仕草も超くるーだわ。

「おい、啓輔、ほめ方が足りないんじゃないのか?」

「む、そうか? リルマ、すげぇ、似合ってる。はんぱねぇよ、いや、マジで。ちょーぜつ似合ってるっての」

「言い方むかつく。あと、そうやって連呼されると似合ってないって言われるような気がする」

「それは俺もそう思った」

「じゃあ、言わないでよ、ふんっ」

 俺らの言葉をあっさりと受け流し、学食に入るように促した。学生服のリルマは見た目も相まって注目の的である。

「さっきは多少からかったけど、可愛いって。リルマちゃん、自信持ってよ」

「それはどうも」

 つんけんしている。ちょっとからかい過ぎたかな。

「リルマ、そこは可愛く、そんなことはないですよ、えへへって笑うところだぞ」

 俺はいたって真面目な顔で言って見せる。するとどうだろうか、どこか拗ねていたリルマも俺の態度に首を傾げてくれる。

「……そうなの?」

「ああ、ちょっとあざといけど、そういう態度は大切なんだよ。いつもと声の調子を変えて、一回やってみてくれよ。な、お願いだ。この通りだ」

 やってくれると結構印象が変わると思うんだ。

「わ、わかった、やればいいんでしょ」

「ありがとうございます。じゃあ、こちらがタイミングを計りますんで……いち、にの、さん、はい」

「そ、そんなことないですよ、えへへ」

 若干ぎこちなくそう言って照れた。

「そうそう、きゃわわ……ぷっ」

「今笑ったでしょっ!」

「わらってないヨー。痛すぎて口からおならが出ただけあるよー……いてぇ!」

 拳が腹筋に突き刺さったよ。

「まったく、人が真面目にやってるのにそんな風に笑うなんて最っ低!」

 そう言いつつ、リルマも笑っている。

「……そうだな。言い過ぎた。可愛かったからついついからかいたくなるんだよ。ごめんな?」

「そんなことを言ってまた騙されると思ってるの?」

 あぁ、残念。頑なになってしまった。

「嘘じゃない。この目を見てくれ」

 真面目な顔をして見せると少しだけ呆れた表情になった。

「……許してあげるわ」

「やだもー、リルマってば超やさしぃー」

 そう言って肩を揉んでやると睨まれる。

「今回だけね……本当、今回だけだからね? 次やったら許さないんだから」

「はいはい」

「返事に誠意が見られないわよ」

「あいひゃひゃひゃ、ほおをひっぱるのはひゃめちくれ……」

「あのー、お二人ともわたくしめが喋ってもよろしいでしょうか。というか、俺がいることを忘れてない?」

 リルマは我に返ったようで俺のスキンケアの努力の結晶から手を放すと、神妙な顔をして裕二は黙り込んだ。俺も裕二の存在を軽く忘れてしまっていた。

「なんというか俺がいない間にリルマちゃんと仲良くなってないか?」

「気のせいだ。元からこんな感じだった。な?」

「う、うん」

 おい、大して何も距離感変わってないだろ。なんで目を逸らすんだ。

「それで、裕二、なんだよ」

「お見合いなんて初めてだから緊張しているんですぅ」

 こいつ、いきなり何を言い出すんだろう。頭のねじが足りてないぞ。いや、待て、これが平常運行か。

「あの、啓輔さん。ご趣味は……え? 真昼間からのAV? 不潔すぎます。しかも、撮る方ですって?」

 裕二は声を変えている。声は清純派をイメージできるものなのにな、残念だよ。

「……本当、もう大丈夫そうね」

 リルマは少し呆れた表情をしていた。俺はそれに輪をかけて呆れている。

 少し程度で済むのが慣れだな。一般人が見たり聞いたり触れたりしたら影響が出そうだ。平常運行とは言え、各駅停車しないから暴走車両と言っていい。

「あー、これは駄目だね。裕二の奴は壊れちまってる。叩いて治るかな」

「私の話、ちゃんと聞いてください……それで、初体験は……あっ、そういえば彼女は男に寝取られましたね、ふへへ……」

 最っ高の笑顔を向けてきやがった。これっぽっちもむかついてこないが、調子に乗りすぎたものには私刑を与えよう。

「てめぇは俺がここでっ、潰すっ!」

「やめてよ、暴力じゃ何も解決しない。君をぶちたくない、だからぶたせないでっ!」

 こいつはこいつで、まだ騒ぎたいらしい。

「解決? ふん、するさ。反抗する相手がいなくなれば、暴力をふるう必要もなくなる。脳筋以外にはそれがわからんのだ。今此処でそれを証明してやる」

「上等だ、俺が殴られっぱなしだと思うなよ。物理で殴るだけの簡単なお仕事、そんな魔法使いも脳筋の時代は終わった! これからは技術が物を言うのだ」

 学食で殴り合いと言う友情を深め合い、日々のストレスを発散した俺達はぼろぼろで席に座りなおした。周りの学生たちはどちらが勝つかで盛り上がったらしく、引き分けの結果に納得がいかないらしい。胴元一人がいい目をみてそうだな。

 リルマはいつの間にか、からあげ定食を口にしている。

 おふざけも十分にやったので、お互いに真面目な表情になれた。

「こほん、それで俺に用事ってなんだ?」

「ああ、ほら、遊園地で美空美紀って居ただろ? あいつを連れてきたのは裕二かって聞きたかったんだ」

「美空、美紀……ね」

 目を閉じ、裕二は考えて、すごく無垢な表情を俺に向けてきた。

「うん? あれ? そんな子、いたっけ?」

「は?」

「ん?」

 こいつ、何を言っているのだろう。とぼけた表情ではなくて、真面目に言っているようだ。リルマも片眉を動かして裕二を見ている。

「……俺が殴りすぎたのかな」

「私が影食いし過ぎたのかも」

 二人でひそひそやっていると、裕二の頭が起き上がった。

「いや、待て……記憶の奥底に……」

 そこで、裕二の目が見開かれた。ようやく思い出したか。

「お、おい、け、啓輔……」

「どうした?」

 まるで幽霊でも見たような視線を俺、ではなく、その後ろへ向けていた。

 俺はあの美空美紀が来たんじゃないかと思った。もしくは、信じられないことに白い女が大学までやってきた、そんな展開も想像した。実は、大学生だったと言う衝撃的な展開もあり得るんじゃないのか。

「何だかさっき、殴り合ってたね。相変わらず仲がいいというかなんと言うか……」

 久しぶりに聞いた声に俺は反射的に振り返りそうになった。なっただけで、俺は背を向けたままだった。

 なんてことはない、声で分かった。俺の元彼女だ。やってきたのは美空美紀ではなかったし、白い女ですらなかった。同じ大学に通っているのだから当然と言えば当然か。これまでありそうでなかった相手だ。

 リルマに始まり影のおとりになって白い女にびくついて、そして裕二の失踪があったからな。彼女にふられたことを忘れるのも早かった。

 さっき、いらっとする口調であほが思い出させてくれたけどな。

「ね、ここ座っていい?」

 彼女が見たのは近くの席や裕二の隣ではない。俺の左隣だ。ちなみに、右隣にはリルマがいる。

 そういえば、俺の左隣はあいつの居場所だった。元彼女は別れた後も俺の左に座りたいらしい。

 誰かが何かを言う前に俺が口を開く。この件で口を挟まれたくない。

「悪い。今は外してくれ。結構重要な話をしているから」

「そっか……そっちの女の子も関係者?」

「ああ」

 リルマは面白そうに目を輝かせていた。裕二のほうは何故か苦虫を噛み潰した表情だった。実に居心地悪そうにしているのが意外だった。

「じゃあさ、裕二君の隣に座ってもいいかな?」

「外してくれって言ったろ?」

 裕二が返事をするよりも先に俺が口を開く。裕二のやつは珍しいことに困っているだけだ。

「けいくん?」

「……なんだよ」

 付き合っているときもそうだった。俺の名前を強く呼ぶだけでよく黙らされたもんだ。

「私は、さ。もう彼女じゃないけれど……けいくんの友達だと思っているよ?」

 だが、過去は過去だ。今は元彼女よりも気になることがある。もちろん、美空美紀のことだ。メールの返信はまだで、謎は解けちゃいない。

 それに、終わった相手とどうしてまた会う必要があるんだろうか。どの口が言うんだ、あぁんと言いたくなったが心の奥底で待機しておいてもらった。

「俺はそう思ってないけどな。それでもお前が俺のことを友達だって思っているのなら……さっきも言った通り、外してくれ」

 今ここで、すみれを加えて話をしたらいろいろとややこしくなりそうだ。好奇心は強い方だったから根掘り葉掘り聞いてくるだろう。

「……わかった。またね」

 そういって元彼女は俺に背中を見せる。しかし、歩いて去ろうとはまだしなかった。

「まだ何かあるのか?」

「あのさ、今度どこかに行こうよ? 連絡、待ってるからね」

「はいはい、考えとくよ」

 リルマは他人事だと思っているようでものすごく笑いをこらえていた。俺だったら間違いなく気まずいと思っただろうよ。図太いところもあるんだな。

 それに、すみれの奴もよくもまぁ、別れた彼氏を気安く誘えるものだな。俺からふったならともかく、自分からふって連絡を待っているなんてどういうつもりだ。

「お前さん、怖いねぇ」

 裕二は真面目な表情でそんなことを言う。。

「……俺が怖い? 馬鹿を言うなよ」

 軽く裕二の方を見ると、首をすくめられる。

「ほら、さっそく顔に出てる」

「……ふん」

 そして、裕二の言葉を肯定する自分の行動に少しうんざりした。

 裕二は俺の態度に満足している。

「やっぱり振られたことで何かしら影響があったんだよ。平気そうな顔は強がりだったんだなぁ。うんうん、そうやって素直なところを見せてくれると嬉しいよ」

 妙に納得した口調でそういうことを言う。クリームパイを投げつけたい衝動に駆られた。

「俺の事はいい」

「と、言いつつ本当はもっと突いてほしいとか?」

「ねぇよ。藪を突いていいことなんて一度もないだろ」

「ち○○?」

「ぶほっ」

 隣でお冷を飲んでいたリルマが盛大に拭いた。

「おい、裕二。年下の女の子がいる時に下ネタはやめろ。飯まで食ってるだろ」

「リルマちゃんごめんね、俺も動揺していて脳の計算式が狂ってるみたい」

「い、いいですけど」

 せき込むリルマの背中を叩き、テーブルを綺麗に磨く。

「世話焼きだねぇ」

「元はお前のせいだっつーの」

「へいへい、その通り。すみませんでした」

 落ち着くために三人でお茶を飲むことにしたが、先ほどの下ネタを裕二が口にするんじゃないかと思うと怖くて手が付けられない。リルマも様子見している。そして、裕二も俺らの報復があるんじゃないかと緊張した面持ちだ。

「それで、美空美紀のことだが」

「……悪い、それが今のショッキングな出来事のせいなのか、完全に忘れちまった。こんなことって、あるんだな」

 ふざけていったつもりではないのだろう。真面目な表情で裕二はため息をつくと茶をすするのだった。

 俺は元彼女に対して、心の中で舌打ちをしておいた。余計な邪魔が入ったもんだ。たぶん、元から学食に居て俺らが騒いでいたから気づいたんだろうな。

 くそ、変に騒がなければ良かった。まぁ、食堂で騒ぐのはもともと禁止だし、自業自得だ。すみれを恨んだところで意味がない。完全な自業自得と言える。

「おっと、そろそろ次の講義の時間だから俺、もう行くよ。リルマちゃんもまたな」

「はい」

 大した収穫もなく、俺らは裕二と食堂で別れるのだった。

 やれやれ、美空美紀の情報は振り出しに戻ったか。

「悪いな、来てもらったのに」

「いいって、あの先輩が元気でいることも確認できたことだし」

「……そうだな」

 それから俺はリルマを大学の門前まで見送ることにした。

「そういえば、あんたも、そういう顔するのね。ちょっとほっとした」

 門前で別れる時、そんなことを言われた。

「どんな顔だ。そして、どういう意味だ」

「鏡で見てみれば」

「……考えとく」

 他に何か言いたいことがあるのか、リルマは俺の瞳の中を覗き込んできた。

「なんだよ?」

 それに対して、俺は目を逸らさずちょっと不機嫌そうな声で応える。見られて困るものなんて俺にはないが、見られて馬鹿にされるのは当然嫌だ。

「別に」

 てっきり、そういう顔をしなくてもいいでしょと言われるかと思えば、軽く笑っているようだった。余裕のあるリルマはちょっと意外だ。

「なんだかむかつく」

「ひょっひょ、あに、ひひょのほっへをひっはっへるのほっ」

 うむ、きめ細やかな柔らかな肌ですね。

 少しだけほっぺで遊んだあと、放してやると物足りなさそうな顔をしていた。

「なんだよ」

「もうやめちゃうんだ?」

 年下相手になんだか負けた気がした。

「終わりだっての」

「じゃ、またね」

「ああ、気を付けて帰れよ」

 リルマが居なくなってすぐ、俺はトイレの鏡で顔を見ていた。別に、変な顔をしてはいない。単純にからかわれたのだろう。

「……ふぅ」

 連絡してくれとすみれは言っていたが、こちらから連絡をすることはないだろうな。未練があるわけでもないし、また一緒に遊びたいとは今のところは全く思わない。


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