第三十二話:彼が生還した一つの道
復活した裕二だったが、飲まず食わずだったのだろう、少し痩せた気がする。
「いや、本当に大変だったぜ。目が覚めたら廃病院だったろ? それに、出ようとしたら塀で囲まれていたし……俺、自分がゾンビ映画の主人公になった気分だった」
「はいはい、それ何回も聞いたよ」
裕二が大学に復帰して数日後、いまだにそんな話をする友達にあきれつつ俺達二人は次の教室へと向かっていた。
「あ、啓輔」
「おう、青木。知っていると思うけどさ、裕二の奴が復活したぞ」
「参っちゃったよ。取り壊し予定の廃病院があるじゃん? そこで目を覚ましてねぇ……出るときなんて工事のおじさんたちと鉢合わせてマジで大変だったんだ。何を勘違いしたのか、兄ちゃん、ホテル代が払えないからって忍び込んでやっちゃ駄目だよとかわけのわからないことを……」
喋り続ける裕二を横目に、俺はため息をついた。元気だったのはよかった。しかし、うるさいもんだ。口の中にこいつが壊したコンクリの壁でも突っ込んでやりたい。
もし、あのまま影に憑かれているのを放置していたらどうなっていたのだろうか。
少しだけ興味のあることだったが、影がついていたんだぜと言えるわけもない。そもそも俺自身が影とは何かをよくわかっていない。
そしてリルマも、他人に説明できるほど詳しくない。説明できない以上、やはり黙っておくしかないことになる。
「……へぇ、大変だったね」
「そうそう、超大変だった。というわけで、友人回復祝いに何か奢って欲しいなぁ、啓輔」
すぐそうやって調子に乗る。
「却下だ。却下」
「ヴぇー、いいじゃんかよぅ。俺は飯を奢ってくれるだけで機嫌がよくなる単純な性格しているんだぜ?」
「それを自分で言うのか。ぽろっと女の子と一緒にいる時に行ったら引かれるだろ」
「そういう時はフォローを頼む」
「……今年一番の大仕事になりそうだ」
「え、そこまでなのか、俺って……」
いつものくだらなくも貴重なやり取りを終えると、青木が俺の腕を引く。
「あの、さ」
「何? 青木も俺にたかろうってか?」
ハゲワシなんぞにたかられる躯の俺ではない。死して尚、その目に光を宿らせて塵になるまでハゲワシと戦う所存である。
怨霊系統に種族が変わったら飛び道具ぐらい、多分できるだろ。
「ううん、今日の夕方ちょっと時間もらっていい? 聞きたいことがあって」
「何? 俺が啓輔の代わりに答えてやんよ。復活してパワーアップした気がするこの俺様がなぁ」
しゃしゃり出てきた裕二に俺はうんざりした。
「お前が俺の何を知っているんだ」
「知ってるぜぇ。一緒に風呂に入ったことあるからなぁ……ぐへへ、まず間違いなく、ナニの大きさは知ってる」
「公衆の面前で堂々と下ネタは辞めて」
滅多に見ない青木の鋭いまなざしは裕二を捉えていた。ビームの一つでも出るかもしれない。
「次、そんなくだらない話したらここら一帯の粗末なそれ、ちょんぎるから」
その発言によって教室内の男が話をぴたりとやめ、愚息を手で押さえるのだった。触らぬ神に祟られるとはこのことだ。
「で、どうなの?」
「もう言わないよ」
可哀そうに、裕二の奴、こんなに縮こまっちまって。
「そっちじゃなくて、啓輔に聞いてるの」
「お、俺はまだ言っちゃいないし、これから言うつもりもないよ」
「時間はあるのかと聞いてるのっ
「あー……こほん、夕方か。わかった。場所は学食でいいのか?」
「ううん、駅前の喫茶店」
「オーケー、わかった」
俺らの隣に座るかと思ったら意外にも出入り口付近に陣取る青木を見て俺と裕二は首をかしげた。
「デートって雰囲気じゃないもんな。啓輔、何か心当たりは?」
胸に手を当てて考えてみても答えは見つからなかった。
「ないよ。今日はいつもの浮ついた感じじゃないな。最近何かあったのかもしれない」
「はいっ」
「夢川裕二君。発言を許可します」
「俺が行方不明になった」
「真面目な話、そうだろうか」
そうなら裕二の奴も踏まえて話をするんじゃないのか。
「言っておいて違うと確信した。お前さんが行方不明になったのならわかるけどさ」
「はぁ、よくわからんが……」
これがわからないなんてダメな男だねぇと首をすくめられた。お前よりはましだ。
「しかし、青木の奴、おそらくこの途中で抜ける気だぜ」
「ああ、勇者だ」
何人たりともこの授業を抜け出せたものは居ない。そう噂されている講義なのだ。ちなみに一度、出て行こうとした生徒に向かって、理由として認められないもので退席するつもりなら出席簿から抹消すると言っていた。
講義が始まり、開始三十分で抜けるのかと思ったら意外にも残っていた。
結局最後まで残って一番に出て行った。待ち合わせするなんてことはせず、一緒に行けばよかったのに。
まぁ、教授が的確なところで青木を当てていたからな。このけん制によって他に出ようとしていた蛮勇の徒も足を鈍らせ誰も出ていけなかった。
「三十分で出ていくと思ったがなんとも無かったな。その割には真面目に講義を受けていなくてうつらうつらしてばっかりだった。嘆かわしいねぇ」
あてられた時にびくついてやんのと笑っている。
「お前もスマホいじっていて当てられてあたふたしていただろ。しかも、ノートまで忘れて来たとか言いやがって」
「あとでノートよろしくー」
裕二の抜けた言葉に呆れつつ、青木の背中を見送る。
「そういえば裕二に聞きたいことがあったんだった」
俺はそこで美空美紀のことを調べるため、裕二を探していたのを思い出した。思えばかなり遠回りをしたものだ。
「裕二、このあといいか?」
「や、やだ、啓輔君ってば昼間から大胆……ごはっ」
いくら声真似がうまいからといって女の子の声を出すのは辞めろ。
真面目な時にふざけた奴にはもれなくチョップをプレゼントだ。割と本気目のチョップだから痛いと思う。
しかし、非日常から復活して元気になった裕二には一撃では足りなかったようだ。
「もう、強引すぎ……逞しいんだから……ふべっ」
黙って回し蹴りをしてやったら面白い声で鳴いた。今度生態系をレポートにでもまとめて提出してやろうか。
「……や、やだ、激しすぎて腰が砕けちゃいそう」
「今日はやけにしつこいな。いいことでもあったのか」
「まぁ、な。お前さんにまた会えたからな。さすがの俺も、廃病院で目を覚ました時はこのまま死ぬのかもって思ったんだ。よくわからんが、右目当たりが痛かったからな」
急に真面目な顔になってしきりに頷き始めた。影食いされた影響が地味に残っていたようだ。
「そんで、俺がいない間、不安っつーか、心配させたんじゃないかって思ったんだよ。俺の気のせいならいいんだけどさ、どうせ、探してくれたんだろ?」
まったく、気持ちの悪い事を言いやがって。
「ちょっとは心配したし、ゴミ箱を覗くぐらいは探してやった。ちょっとだけな」
右手で人差し指と親指の間に空間を作った。
「少なっ。もっとデレてくれ。たまにあるだろ、ああ、あの時こいつがデレていれば敵側に寝返らなかっただろうなぁって展開があるだろ、な?」
ねぇよ、そんな展開。暗躍する組織が俺とリルマの敵だったらとっくにやられているっての。
「な、たまには素直になろうや」
なれなれしい口調で俺の肩に手をまわしてくる。
「戻ってきてよかったとは……心の底から、そう思うよ」
「ん? んんー? 心の底からの部分がごにょごにょで聞こえないなぁ」
「るっせ、聞こえてるじゃねぇか。気持ちわりぃんだよ、あほっ!」
恥ずかしさに耐え切れず、俺は裕二の肩を叩く。俺には素直さが足りないのかもしれない。
「いやー、そう言ってくれて嬉しいぜ」
満足したのか俺から離れたが、今度は首を傾げている忙しい奴だ。
「今度はどうした」
「俺の復活を喜んでくれるはずの宗也は?」
「あいつはいつも通りだ。どうせ、部屋に引きこもってるんだろ」
「そうか、いつも通りか。俺、本当に戻ってこれたんだなぁ」
リルマにもう一度、礼を言っておこう。この馬鹿が助かったのはリルマのおかげだ。
俺がもし、リルマに出会えていなかったらどうなっていたのか、考えるのは少しだけ怖かった。




