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影食いリルマ  作者: 雨月
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第三十一話:役立たずにできること

 二人で敷地内を走り、病院内へと入り込む。工事の為か、既に窓ガラスが外れており、鍵もかけられていなかった。

 中は埃っぽく、鼻が少しだけむずむずしてしまう。

「無事に入り込めたな」

「ええ、幸先がいいわ。あとは無事に先輩を見つけ出して連れ帰るだけ」

 辺りを見渡した後、二階から微かに音がするのに気が付いた。さっそく当たりらしい。裕二やリルマには悪いが軽く興奮してきた。

「二階ね」

「ああ、そのようだ」

 階段踊り場を見つけ、そのまま駆け上がる。

 途中で何か起こるのかと少し不安になったものの、特に問題なく移動できている。以前みたいにすぐさま影が湧いて俺たちに襲ってくることもなく、かといって出てくる予兆すらない。拍子抜けするほどに順調だ。入り込んでまだ数分しかたっていない。

「……先輩以外の気配は無いわね」

 リルマは顎に指を当て、廊下の先を見つめている。

「すげぇ、影食いって気配が読めるのか」

「……影関係、溢れ出しているものはね。ま、影食いがいたとしても力を使わなければわからない。だから、気配を消してあの白い女がどこかに隠れているかもしれない。さすがに無いとは思うけど」

 辺りを見渡すが、特に何もないように思えた。

「影の力を使わなければ、相手が一般人化の区別もつかないってことか」

「まぁね。他はどうなのか知らないけれど、私はわからない」

 もう一度強くうなずき、リルマは言った。

「とりあえず、ここに先輩がいるのだけは間違いない」

 リルマによる安全確認を終え、階段付近から音のするほうへと廊下を歩いていく。

「奥に行くほどくしゃみが出そうになる。埃っぽい」

「廃病院だからね」

「普通、廃墟だったらもっと侵入した奴の形跡があってもいいはずだがな」

 壁を見ても余計な損壊はないし、入り口付近の窓ガラスは外されていたが、途中からはまだ手を付けられていない。埃が軽く付着したままで、窓ガラスも割られていない。スプレー缶のアート作品も見られなかった。

「廃墟と言っても必ずそう言った事があるとは限らないでしょ。そもそも今は解体工事の準備をしているわけだし、人が入り込むとは思えない」

「まぁ、そうかもしれないけどさ」

 リルマがいるせいか、怖さのかけらもない。それに、裕二の存在も大きいだろう。走って向かいたいが、リルマから迂闊な行動は禁止されている。罠があるかもしれないから慎重に行動して欲しいとのことだ。

 鼻につんと来るような匂いがした後、人の気配を感じた。

「なぁ……誰かに見られてないか?」

 病院内は完全な暗黒世界というわけでもないが、おかげでホラー演出は最高だと言える。ドアが半開きの病室や、何かの液体の入ったビーカー、複数ある車いすの一つがかすかに動いている等だ。

「え? そんな気配ないけど」

 辺りを見渡し、安全を確かめるリルマ。俺も同じく見渡すが、人の姿は見当たらない。

「そ、そうか。じゃあ、多分気のせいだと思う」

 そう言った俺に不安そうな顔をリルマは見せてきた。

「やっぱり、啓輔は残った方がいいんじゃないの?」

「大丈夫、まだ何も起こってないだろ」

「まぁ、そうだけど」

 そして俺は歩き出す。慌ててリルマが追いかけてきて俺の前に立った。

「さて、そろそろね」

「思いのほかあっさりだったな」

 リルマの言う罠も特になく、何も問題なかった。

 問題があったとしたら俺の発言だろうか。リルマがむっとした表情になってしまう。

「普段はもっとあっさりなの。啓輔が居るから変に気を使う」

「なんだその、部屋にお母さんがいる状態でゲームをする感覚は」

「は、何それ」

 あれはわかる奴とわからない奴がいるからな。

 時折聞こえてくる音を聞きながら、リルマは足を止めたままだった。横顔はどこか暗い。

「何かほかに気になる事とかある?」

「気になる事ねぇ」

 俺は考えて、さっきの話を蒸し返すことにした。

「最近、影関連は俺と一緒だっただろ? なんで気を使うんだ」

「……もし、白い女が出てきたらと思うと困るから」

 リルマは暗い廊下の途中で立ち止まってしまった。拳を握りしめ、うつむいている。

 そんな相棒を置いて先を歩くわけにもいかず、俺は話を促すことにした。

「どうして困るんだ」

「啓輔を守って相手とやりあう自信がない……普通の影が相手なら大丈夫だけど、人となるとちょっとね……」

 リルマが白い女から助けてくれた時、こいつも結構大変だったんだろう。怖かったかもしれないし、変に興奮していたかもしれない。

 今回俺を連れて行くのを渋ったのは俺が一度襲われかけ、二度目は攫われたからだ。

 俺の方はリルマが助けてくれると思っていたから良かったが、こいつの場合は違う。もし自分が駄目になったら俺がどうなるのかを考えて変に気負ったのかもしれない。

 ま、すべて俺の考えだから外れている所もある。どれもこれも妄想の域を出ないからな。

「あまり気負うなよ」

 立ち止まっていたリルマの手を引くことにした。少しだけ拒絶されるかもと思っていたが、素直についてきてくれる。

「何よ……」

「負けそうになったら一緒に逃げればいいさ。こいつには勝てない、駄目だって時は俺がお前に伝えるさ」

「逃げろって?」

「おう」

「私に背中を見せて、逃げろって言うの?」

 反発するような視線を向けられる。つながっている手には力がこもっていた。

「ああ、一時的にだ」

「一時的?」

「そう。何も最初っから相手に勝つ必要はないんだ。相手の事を知ってからでも遅くはないだろ。それにな、これはあくまで提案だ。俺はお前の考え方を否定するつもりはない。せっかく二人なんだから、わからない時は協力し合えばいい。もちろん、すぐに納得してくれなんて言わないから今回は右記啓輔がこういう考え方をしてますって覚えておくだけでいいよ」

「……わかった。あんたの考えは覚えとく」

 今一つ納得してくれなかったようだ。少し残念だが、緊急時に説得するのが楽になるのなら儲けものだろう。

 影に関係していることだと何が起こるかわからないから、打てる手は出来るだけ打っておきたい。そして、この程度ではリルマの暗い表情は消えてなかった。

「あとさ」

「何よ」

「自信を持てよ。リルマはあの白い女から二回も俺を助けてくれているんだぜ? 勝率なら百パーセントだろ」

「……そうかな?」

「そうだよ。助けてもらった俺が、助けてくれたリルマに言うんだ。助けてもらってありがとう。来てくれた時は本当に嬉しかったよ。だから、今回も裕二を助けること、ちゃんと出来るって」

「う、うん。そうよね」

 どうにかこうにか、自信を持てたらしい。握っていた手を離して、俺の前に立つ。

「ここから先は私が先に歩くから」

「ああ、しっかりとお前の事を見ておくよ」

 先ほどまでは暗いと思っていた道も目が慣れてきたからか、より見通せるようになった。ここでいきなり光を当てられたら目がやられそうだ。

「さ、行くわよ。注意してついてきてね」

「おう」

 会話をしながらもリルマの視線は鋭かった。俺は、背後に気を配ることにして確かに音のする方へと近づいていく。

「だんだん音が大きくなっていくな」

「……ええ、近いから、気を付けて」

 たどり着いた先には以前待合室だったのか、広い場所があった。

 かすかに窓から覗く月光に照らされ、一人の男の影が浮かび上がった。それまで、何かがいるのはわかったが、確認できるまでは見えてはいなかった。

 浮き上がった男に、リルマが話しかける。

「裕二先輩でしょ?」

 それまで黒かった何かは急激に人の形へと変わっていく。シルエットクイズみたいですねと誰かの声が頭に響いた。

「あぁ、リルマちゃんか。それに啓輔もいるのか」

 よかった、普通だ。近くに懸念していた白い女性も居ないし、見た感じでは大きな怪我もない。変に心配した状況になっていなくて本当に良かった。

「二人をさ、待ってたんだ」

「俺達を?」

「ああ、まぁ、二人でなくても、誰でも良かったんだけどな」

 どっちだよ。

 裕二の声は力が入っておらず、どこか聞いていて不安になる感じだ。

「こいつを見てくれ」

「なんだ?」

 見てくれと言われたが、辺りは暗いためによくわからない。数歩近づいたところで声をかけられた。

「啓輔、近寄っちゃ駄目」

 腕を引っ張られ、しりもちをつきそうになった。

「そーらっ!」

 裕二は両手をそろえ、床に叩きつけた。周囲のコンクリを粉砕し、そのまま床に穴をあけて一階へと裕二は消えた。力を発するとき、体から黒い靄のようなものが出ていたのを見た。

 近づいていたら、一緒に落ちて怪我をするところだった。

「なんてこった、今のあいつは普通じゃないな。そうあれはまさしく重機だった」

 突然の出来事に混乱する以外ない。

「やっぱり、影に呑まれたんでしょうね。影が体から滲み出ていたし」

「見えなかった」

「暗いからしょうがないわ」

 馴れの差だろう。俺と違いリルマは冷静だった。

「裕二の奴、大丈夫なのか」

「……あの程度なら問題は起きないと思うけど、放っておくとまずいわね。追うわよ」

「ああ」

 穴から飛び降りてもよかったが、それなりの高さがある。一度階段を使って下へ向かうと、影を揺らめかせる裕二が居た。

 暗いのに、影が見える。それだけ濃厚な闇が彼のすぐそばに立っているのだ。

「見ろよ、俺の力を!」

 そういって壁に拳を叩きつける。たったそれだけで壁が崩壊していた。なるほど、こりゃ凄い。

 もし、何かの間違いであんな力が人間へ振るわれたらどうなるのか。人はそこまで頑丈ではない。

 たやすく穴が開き、重傷を負う。友達にそんなことをして欲しくはない。

「本当、おかしくなっちまったんだな。リルマ、あいつどうすりゃ元に戻るんだ。そもそも、もとの裕二に戻せるのか」

「任せて。啓輔は安心して待っていればいいから」

 リルマは俺の肩に手を置いて、力強く頷いた。その目に廊下で見せた気弱な色はない。

「大人しくさせないと危険ね。さっさと影を食うわ」

「それで終わるのか?」

「今の状態ならね」

 いつものようにリルマは右手を影へと変貌させる。周囲も暗いが、彼女の右手を俺の脳みそはより黒く認識していた。闇という表現の方が正しい気がしてならなかった。

 見慣れていた右手の変化だが、今日はそれだけではなかった。

「おおっ……」

 リルマの手に現れたのは刀の形をした影だった。影より深い黒い刀。

「そんなものまで出せるのか」

 つい、口に出てしまったそんなものという言葉。かっこういいものなのに、なぜか嫌悪感が先に出てしまう。見慣れないからだろうか。

「……普段は安定しないんだけど」

 そしてまた、不安そうな表情をのぞかせたが、俺と目をあわせると、首を強く振った。

「今日はいける気がする」

 そういって迷いを立つように一度空を切らせた。暗闇を切り裂く影の刀は黒い軌跡を俺に見せる。

「啓輔は念のため下がっていて」

「ああ」

「……私に何かあったら……そうね、途中で白い女が出てきた場合とか、怪我を負った場合ね。相手の隙をついて私を連れて脱出。連れていけそうにないのなら一人で逃げて。あと、上手く逃げられたらこの番号に電話して」

 手早くメモ帳に番号を書くと破り、丸めて俺に投げつける。

「私の名前を出せば……多分助けに来てくれるから」

「わかった」

 とりあえず階段付近に俺は待機し、事の成り行きを見守ることにした。

 埃の積もった廊下を踏みしめ、右手だけでは無くリルマの姿も闇へと変わる。ただ、そこらの影と交わることもなく、はっきりとその差が分かるくらいの濃い影だ。

「裕二先輩」

「ほら、俺って凄いだろう? こんなことだってできるんだ。ひゃっほー!」

 なにやら妙な声をあげながらリルマのほうへと振り向いた。そして、手に持っていたパイプのようなものを振り回す。

「ふんっ」

 パイプはリルマにかすりすらしなかった。影の刀で相手の獲物をはじき、腹部に強烈な蹴りをお見舞いしていた。

「おごぉっ……」

「その影、もらうわよ」

 右手を相手の眼球辺りに伸ばす。直撃を受け、裕二の体は痙攣し始め、それは影食いが終わるまで続いた。時間にして数十秒は震えていただろう。もちろん、裕二は凄まじい雄叫びをあげ続けた。

 二人で影の相手をしていた時と同じように、あまりにもあっけなかった。相手が影ならリルマが負けることはない。弱きのリルマであったとしても、無事にやり遂げていただろう。

「……終わりね」

 リルマが右手を払うように振り落とす。裕二もそのまま壁に背を預けて尻餅をついた。

「裕二は無事なのか?」

 俺のときと偉い違いである。まぁ、俺が暴れたのもあるし、何かしらの鬱憤がたまっていたのも重なった可能性もあるが。

「ええ」

「その割には表情が達成感に染まっちゃいないな」

「うーん、何だろ。普通の影はその人の影なんだけど、今回は別のものをあとから付与された……そんな感じね」

「どういうことだ?」

 俺の問いかけに少し眉をひそめて言った。

「誰かが裏で関わっているってことね。まぁ、多分あの白い女だと思うけどさ」

「まだ終わってなかったのか」

 俺らの前から姿を消した白い女。そいつが今回に関わっているのだろうか。今もどこかで、俺たちを見ているのだろうか。

「でも、この建物の中からは気配を感じないから、いないのかも。それに、あの白い女の使っていた影とは違うモノっぽいし……なんだろ、よくわかんない」

 リルマはしっくりきていないようだ。しかし、当面の目的は果たせた。

 怪我もなく、裕二を無事に助けることができたのだ。

「さっきの番号を書いた紙切れ、貸して」

「ほら」

「えいっ」

 あっという間に細切れにしてしまった。

「誰につながる電話番号だ?」

 マイフレンドだろうか。それとも、リルマママかリルマパパかも。

「……教えない」

 つつくと爆発しそうなのでやめておいた。

「ところで、裕二はどうするんだ?」

 俺のときと同じで、ここで俺達が見つけたとなると面倒なことになるだろう。下手をすると俺達が裕二失踪に関わっていると思われかねない。

「明日の朝、連絡をとればいいんじゃないの? もしくは、工事現場の人が見つけるでしょ」

「目、覚めないのか?」

「目が覚めたら自分でここから出るでしょ」

「俺らの事はどう思うかな」

「大抵、人間に影食いすると耐えられずにその時の記憶も失ってる。そこらへんは気にしなくて大丈夫」

 なるほど、リルマの実体験なら言う通りかもしれない。

 さしたる心配もしていないリルマに俺も倣い、その場から帰ることにした。もちろん、脱出するにはリルマの助けが必要だったが。

「やっぱり、あんたがいてくれてよかったかも」

「そうかね、俺は特に何もしてないが」

 裕二を助けるのに役立った瞬間は一度もなかったはずだ。

「何もしていなくても、一緒に居る理由はあったから……じゃあね」

 何か憑き物が落ちたようにリルマはそう言うと、俺と別れて帰っていった。

 俺が家に帰りついた時、少し裕二の事を心配したのだが、次の日から元気な裕二の姿を拝むこととなる。

 てっきり、黒幕がいれば続けて何かをやらかすと思っていただけに偶然の産物だったのだろうか。


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