第三十話:自称相棒、他称役立たず
探索を開始して二時間ほど。時刻は七時を回っていた。
「ここね」
リルマと共にやってきたのは町外れ。山に近い廃病院だった。
ちなみにここは俺が以前、白い女に捕まった場所だ。俺が捕まっていたのは東側で、西側もある。改めてみると見上げるのは当然として、大きな建物だな。やっぱり、お医者さまっていうのはマネィをたくさん持っているんだろうか。
能天気な俺と比べてお隣さんの顔色は悪く、巨大な医療施設を見上げて眉をひそめていた。空は若干、曇っている。
「どうかしたのか」
「何か因縁を感じるなって。また、あいつかな」
リルマの顔に緊張が走る。俺の顔はおそらくいつも通りだろう。。
「ああ……しかし、入れそうに無いな」
以前はリルマが色々とぶっ壊して入ってきたようだったが、今回は解体作業関係者のおっちゃん達がいる。
「まだこの中に裕二先輩いるみたい」
リルマの言葉に違和感を覚える。
「え、マジかよ。周りにこんなにおっちゃんが居て誰も気づいていないのか?」
片づけをしているのか準備をしているのかは知らないが、割と人数は多い。
「うーん、人と影が入り混じった状態だから、多分、影になって遣り過ごしてる。だから、一般人にはばれないみたいね。入り混じっていると言うより、影に憑かれているのかも……」
裕二の奴も俺と似たようなことになっているのだろうか。
「急いで助けたほうがいいのには間違いないってことだな」
「うん」
よし、やるべきことは決まったわけだ。
「……啓輔は帰ったほうがいいわ」
固い表情をしたリルマがそんな事を言う。
「え?」
「白い女が関わっていると思う。もし、本当に関わっているのなら、危険だもの。帰らせるのは当然でしょ」
確かにそうだ。しかし、この世に絶対という言葉はないわけで、さらに言うのなら俺だけが危険と言うわけじゃない。
「リルマは危険じゃないのか?」
「私は……私は、影食いだから。一般人とは違うのよ。心配しなくても、大丈夫だから」
ちょっと胸を反らされた。まったく、触ってみたいぐらい立派な胸だよ。
「じゃあ俺はリルマの相棒だからセーフだな。一般人とはちょっと違う。ほんのちょっぴりな」
俺も負けじと胸を反らして見せた。
「バカ、アウトよ」
眉根を寄せて、俺を軽く睨んでいる。
「それで、誰が相棒なの?」
「俺だ。少なくとも、今回の一件じゃ相棒だろ?」
俺は自信満々に親指を立てて見せた。さわやか度は一番高い。
「え? 別に違うと思……」
「俺たち、相棒だよな?」
「い、いや、違っ……」
俺はリルマの両肩に手を載せ、軽く前後に揺さぶる。
「ちょ、やめ……」
「なぁ、相棒って、相棒って言ってくれよ。俺たち、同じジュースを飲んだ仲だろ」
「ち、違うし。そう言うつもりじゃなかったし」
「ひどいっ、俺と一緒に居た夜は遊びだったと言うのかよーっ」
さらに激しく揺さぶった。
「なぁ、嘘だろ相棒? 相棒、何とか言えよ相棒っ、相棒―っ」
「だーっつ、わかった、わかったから黙ってよっ。うっさいわね!」
よし、ごね勝ちである。まるで子どもだと思うかもしれないが、最近のクールなお子様はこんなことをしないらしいな。
「あぁもうっ、あんたがこんなに聞き分けのない奴なんて思わなかった!」
悪いなリルマ、友達が行方不明なら俺はどんな手を使ってでもその身の安全を確認したいんだ。
「じゃあ、改めて聞くぞ」
「何を」
「俺達、相棒だよな?」
打って変わってさわやかな笑みをしてやった。
「まぁ……そうね。相棒よ、相棒」
渋々ながらそこは納得してくれる。あとリルマよ、そんなうざそうな顔をしないでくれ。俺も自分がうざいのはよくわかっているから。
「さ、行こう」
「あのねぇ……」
リルマは完全に呆れた目をしている。もちろん、わがままを言っているのはわかっている。裕二の安全を確認できれば、俺もでしゃばるつもりはない。
それに、リルマの事が心配でもある。言ったらまた何それ変なのって言われるだろうから言わないけどな。
「ちょっと待って、……じゃあ、こうしましょ」
「なんだ? 俺に用事か」
「ええ。ここで待ってて。終わったらまた一緒に晩御飯を食べに行くわよ。ね、約束? もし、約束を破ったらあんたの言う事を何でも聞いてあげるから」
まるで小さなガキをあやすような口調だった。相棒とは認めたものの、連れて行くつもりはないようだ。
「そうか、わかった」
「分かってくれて本当に嬉しい……じゃあね」
リルマは颯爽と歩き始めた。俺もその隣に並び、最後の戦いに赴く戦士の表情をしてみせる。
「おう、それじゃあ行こうか……いてぇっ」
とうとう殴られた。これまで手を出さず、子供をあやそうとしたところをみるとリルマの心はなかなかに広いようだ。
「何でよ! あんた、今納得したでしょ」
広いとはいえ、怒る時は怒るらしい。
「納得はした。しかし、それはそれ、これはこれだ。従うとは言っていない」
「強情ね!」
軽く睨まれた。へへぇん、そんな睨み方じゃピクリともしないぜ。
反復横跳びをしながら煽ってもいいのだが、こうしている間にも裕二に危険が迫っているかもしれない。
「まぁ強情にもなるよ。裕二は友達だから……無事を確認したいってのもある。それに……」
「まだあるの?」
若干うんざりしていた。何もしていないのに疲れさせるとは、俺も出来るようになったもんだ。
「……俺さ、影を吸ってもらったあの時、リルマの手を強く払ったろ?」
ちょっと混乱して、助けてくれた(助けてくれたんだよな?)彼女の手を払った。あの時のどこか傷ついた表情を俺は一生忘れられないだろう。
何か役に立つことがしたかった。
自己満足だとしても、足を引っ張ったとしても、リルマの隣にいて自分の関わっている以上は役に立ちたい。
「ん、まぁ、あったわね。それがどうかしたの? 今の話と関係あるとは思えないんだけど?」
どこかバツの悪そうな顔を見せ、話を打ち切りたいように見えた。
「俺にとってはそれがさ、心残りなんだ。なんというか、わけわかんなくなって、あんな態度をとっちまった。リルマのおかげで助かったのにな」
俺を吹き飛ばし、空き家を壊して影食いをしたのだ。俺がおびえるのも納得できると思う。俺が手を払ったとしても問題はないし、当然だと思うだろう。だが、それを当たり前だと思いたくなかった。
「……別に、気にしてないわよ。こっちだって蹴ったり吹っ飛ばしたりしたし」
リルマも覚えてくれている。
「それを謝ると言うか、何か力になりたい。それが思いつくまでリルマに何かあったら嫌だから、お前が危険な事をするときは極力一緒に居たいんだ」
俺の完全な自己満足というしかないね。足を引っ張ることだって考えられるわけだが、嫌じゃないか? 自分がついて行かなかった結果、そいつが行方不明になったりしたらさ。
時間にして数秒、リルマはため息をついて俺を見た。
「怪我しても知らないからね?」
「もちろん、自己責任でついていく」
「わかった。もうそこまでしつこいなら止めたりしない。今はまだ人が多いから、もっと人数が減って暗くなって入ってみるわよ」
「おう」
リルマには悪いがここは絶対に連れて行ってもらう。
元から片付けの作業をしていたのだろう。おっちゃんたちが居なくなって、俺達は侵入口を探していた。
「それで、どこから入るんだ?」
白い壁の向こうに隠れてしまった病院を見ながら俺はどっかの壁を壊すのが一番かと考えてみる。
「暗がりだからどこでも大丈夫。こんな風にね」
リルマの姿はなく、闇より濃い影が地面にあった。そこからは右手だけが出ている。
「すげぇな」
「凄いでしょ。さ、行くわよ」
体のほとんどが影になったリルマは俺に手を差し伸べた。
「しっかりつかまってなさい」
「あいよ。頼む」
そのまま壁を登っていき(俺は手にぶら下がって)、敷地内へと入る。
完全に不法侵入である。良い子の皆は辞めようね。警備会社の人って結構やってくるの早いから、あっという間に追いかけられて写真撮られちゃうから。




