第二十九話:行方の知れない青い鳥
次の日、大学へ行くと宗也が出てきていた。
「あれ、珍しいな……お前さんが朝早い講義に出ているなんてさ」
「ん、まぁね。講義にちゃんと出ろって妹からお尻を蹴られちゃってさ」
蛍ちゃんってそんなことするのか。傍から見るとそんな感じしないけど、妹ってやっぱり兄貴に容赦ないんだな。誰にだって家族に対して遠慮が無くなるのかもしれない。俺は一人っ子だからそう言うのが羨ましく感じる。
眠そうに目をこすりながら俺の隣に座る。
「あぁ、そういえば、朝、裕二君のお母さんから電話があってね」
「電話?」
モーニングコールが友達の母親か。ある意味、羨ましいかもしれない。
「うん。裕二君が僕のところに来ていないかって」
「……え?」
何だ、あいつ、もしかして女の子と色々やって朝帰りか。本当、呆れちまうよ。
「しかたねぇやつだな。そのあと、宗也からもあいつに連絡はしたんだろ?」
「うん、でも、繋がらなかったよ」
「……電話はいつしたんだ?」
「ついさっき。ほら、もし女の事一緒に居て、やってる最中に電話が鳴ったなら悪いかなって」
変に気配りの出来る男だった。そうだよな、女といちゃいちゃしているときにかかってくると興ざめだよな。
朝帰りかと言っておいてなんだけれど、裕二がそういうことになるのはまだ先だろうな。この前、裕二の女友達からあの人と手をつなぎたいんだけど恥ずかしくてどうすればいいのって相談受けたんだよなぁ。あいつ、ナンパなんてせずに本当、釣った魚を大事にすりゃいいのに。
そのうち、紆余曲折を経て駅のホームで刺されるんじゃね。
「俺からも連絡してみるよ。連絡がそっちにあったら教えてくれ」
「わかった」
やれやれ、面倒なことになったな。あいつがやつれて帰ってきたらを少しからかってやろう。
そう思って連絡を待っていた。だが、その日は連絡がなかった。
それから裕二が行方不明になったのを知ったのは二日後だった。宗也と一緒に裕二の家に行く途中で告げられた。
「失踪届け?」
「うん、未だに連絡が取れないんだって」
「マジか」
最後に会ったのはあの喫茶店だ。もしかしたら俺やリルマ、蛍ちゃんが最後に出会った人間かもしれない。
その日の講義が終わった後、俺は裕二の家へと向かった。本来なら、あいつの祖父が探偵をやっているのだからこういう時こそ出番だと思ったが、今は海外に仕事で出かけているらしいからな。
「俺も探してみます」
「啓輔君、お願いね」
「はい、見つかったら俺の携帯にも連絡をお願いします」
裕二の母親にその事を告げて、俺もとりあえず裕二を探すことにした。
探すと言ってもセオリーなんてわからない。結局、共通の知り合いから当たってみるのが一番か。
というわけで、リルマに電話を掛けてみる。ワンコールで出てくれた。
「リルマ」
「何?」
「裕二、夢川裕二を見かけてないか?」
「はぁ? 裕二先輩を?」
しばらく考えた後、リルマが答えてくれた。
「最後に会ったのは喫茶店だけど」
しかし、それは望んだ答えではなかった。
「俺と一緒の時か?」
「そう、あの時が最後。それで、どうかしたの?」
回りくどいことは一切なしだ。白い女もあれから全く放置状態。何も起こっていないのが逆に不気味だ。
「……失踪したらしい」
「え?」
失踪はちょっと違うか。連絡が取れないだけで、野宿とかしているのかもしれない。ワイルドな生活に憧れた可能性だってある。三食雑草、川の水付き。煮沸しても少し怖いな。
野宿は冗談として、俺たちならともかく両親に伝えないのは変な話だ。あれでマメなところもある。両親には自分の近況をよく話すとおばさんから聞いた。
「失踪したと言うより、家に戻っていないんだそうだ」
「それ、やっぱり失踪って言うんじゃないの?」
「かもな。だから、今、探してる。リルマに話すことじゃないかもしれないけどさ、なんというか、胸騒ぎがするんだ」
「そっか……手伝おうか?」
「お、マジか。助かるよ。ありがとう」
話の分かる奴である。蛍ちゃんのほうに声をかけようかとも思ったが、辞めておいた。知っているのなら、とっくに宗也へ伝えていることだろう。それにもし、白い女と関わっているのなら巻き込む可能性がある。
「探しているうちに啓輔が白い女と会うのも嫌だし、この前の喫茶店で待ち合わせね」
「おう」
リルマより先にやってきて駅前の喫茶店でアップルティーを頼んで飲むことにする。最近、顔を覚えてくれたのか、微笑がマニュアルじゃなくなってきた気がする。
店員さんの笑顔に癒されながら待っていると、リルマがやってきた。
「お待たせ」
「悪いな、面倒なことに巻き込んじまって」
「いいよ。こっちも白い女の一件に巻き込ませているからね」
あれから全く何も起こっていない。俺を拉致して満足したのか、向こうからのアプローチは皆無だ。時折感じる不穏な気配も、すべて俺の勘違いで済んでいた。
気分はボス戦に行ったらボスが不在だったぐらいの気持ちだ。もちろん、居たらリルマがいないと対処できないんだけどな。
「……白い女の件か。それもどっちかというと俺に関わっている気がするけど?」
一度ならず、二度も助けてくれた。それでいて見返りを求められたことは無い。
リルマは当然のことをしたと思っているんだろうが、その当然は俺にとっては違う。いつか、機会を見てお礼をしたい。
「ううん、影について一般人がどうこうは出来ないでしょ。それに、また啓輔が捕まらないよう、こっちがあいつを捕まえる。危ないから、捕まえるまでは一人の夜の外出、控えてよね」
影食いも大変だ。
しかしまぁ、相変わらず真面目な性格だよ。俺だったらさぼっちまいそうだ。
「それじゃ、裕二先輩の足取りを追うわよ」
黒いサングラスを取り出して、リルマはそれをつけた。
「それは?」
「影のあとを追いたいときはこれが必須なのよ。今、こんな感じ」
グラサンをずらして見せると瞳があるはずの場所には闇があった。黒い煙がちらちらと蠢き、軽いホラーだ。
白い女に襲われた時の事を思い出した。
「なるほど。俺から影がはみ出ていたときみたいな感じか」
「ん、まぁ、ちょっと違うんだけれどね……これは特殊な方法で、とある影食いに教えてもらったの」
影食いによって、技も違うんだろうか。
「さ、啓輔、ついてきて」
「わかった」
リルマ分の会計もして外へ出る。二人で裕二の追跡を開始するのだった。




