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影食いリルマ  作者: 雨月
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第二話:夢を見る友達

 大学生の夏休みは無駄に長い。しかし、終わりに近づけばもう夏休みも終わりかと思ってしまう。

 友人である夢川裕二が新しいゲームを買ったという。特に予定のなかった俺は、ゲームを切り上げ、それを見に行くことにした。このままいくと裕二の奴も休み終わり近くにもったいないと思うかもしれない。

「よぉー、どうだい、左腕の調子は」

 こいつはたまにそんなくだらない挨拶をしてくる。俺の左手はいつも通りだ。

 どこかのりが軽く、気に入った女性に声をかけまくる節操のない人物だ。他はいたって普通。あぁ、そういえば自分の望んだとおりに声を変えると言うちょっとした特技を持っていたかな。

 わざわざゲーム購入を報告してくるなんてよっぽどである。超感動の大作だとか、あの超有名監督最後の作品ならまだわかる気もするがなぁ……もしかして、えっちなゲームだろうか。

 しかし、この前、えっちなゲーム(しかもアブノーマルな奴)を偶然見つけた時は顔を真っ赤にして否定していたので違うのだろう。何を恥ずかしがるかは人それぞれだがね。

「親戚。そう、親戚が置いて行ったんだ」

 非常に見苦しい言い訳だった。おう、俺はこんな趣味なんだよ、悪いかと開き直ればいいのにな。

 そんな彼の部屋の棚の一部にはAVが堂々とプラケースに入れられて保管されている。部屋の内装はとても落ち着いた高そうな木の家具だらけだと言うのにおかしな話だ。そしてその近くには彼が絡んだいくつかの事件をファイリングされたものが収められている。

 祖父が探偵事務所を開いているとかで、その手伝いをしているらしい。戸棚の一角の資料はコピーだそうだが、こんなところに置いていていいのだろうか。ファイルだけ見るととてもお堅いんだけどなぁ。

「で、買ったゲームとやらは?」

 冷房の効いた部屋でゲームのパッケージを嬉しそうに押し付けてくる裕二は、俺より大学生活を楽しんでいるだろう。

 最近は何かしらの案件を追っていたらしく、忙しい日々を送っていたと聞いている。なお、そこで得られたお金はすべてゲームや女の子を追いかける資金に使用されたらしい。

 無駄遣いだと思ったが、自分で稼いだ金だから感想程度にとどめるべきか。俺は別にこいつの母ちゃんじゃないからな。

「これこれ、これだってばよ」

「へぇ、アヒルちゃん育成ゲームねぇ」

 ジャンルは十七歳未満お断りのバイオレンスで、オンライン推奨ゲームとのこと。俺だったら絶対にタイトルだけで買わないことを決めるものだ。発売して一週間で安売りのワゴンに溢れそうな代物じゃないか。

 俺もたまにワゴンの中にあるゲームを漁るが、色あせていくパッケージを見ると何とも悲しくなる。そう思うぐらいなら買ってやれよと思うだろうが、さすがに二つも同じものを持っていても意味がない。

 もし、ワゴンの住人が喋るのなら、言うのだろう。開発者が自信を持って作ったものだから是非、僕で遊んでほしいと。

 まぁ、ワゴンの哀愁はどうでもいい。ゲームが喋るなんてあり得るわけがない。喋ってくれたら面白いかもしれないが、本棚に収めた時、もっと遊んでくれよと言うだろう。そうなったら鬱陶しくてしょうがない。

 喋るのなら、放置するより鴉避けにした方が効果を発揮するかもしれない。ワンコインで畑のガーディアンになれるのなら畑を耕すおじいちゃんもにっこりだ。

「これ、ただのアヒルちゃんだろ?」

 パッケージに印刷された色とりどりのアヒルちゃんを指さす。やらなくてもわかる。このゲームはつまらない。

 やらないまま、見ないまま、読まないまま何かを批判するのはよくない。少なくとも俺がそう思うが、しかし、このゲームをやりたいと言う気持ちが全く湧いてこない。

「アヒル以外の何か別のものに見えるか?」

「……アヒルだというのなら、それでいいんだ。こんなものをプレイするならボブの夏休みでもしたほうがいいんじゃないのか」

「夏休みにそんなのやっても楽しいわけないだろ。あれは大人になってするのが楽しいんだよ」

 いまだ働いていない大学生が言っても信憑性は薄い。ノスタルジックに浸るゲームだったはずだ。

「で、このゲームの内容は?」

「今時珍しく紙の説明書がついてるぜ」

 お風呂に浮かんでいそうなアヒルちゃんが血みどろになるのだろうか。

 販促用小冊子の巻末にはお前らの社会の縮小図を作ってやったと制作会社社長のありがたかいお言葉が載せられていた。ゲームをやっている連中は制作会社の手のひらで踊っているしかないとも書かれている。

 その通りかもしれないが、舐めた社長だ。ゲームは人によって受け取り方が違う。大切な思い出の作品だったり、他者とのコミュニケーションツールであったり、現実逃避のための手段だ。

 社長がこの文章を読んだ連中に掘られないことを祈る。そのうち、ディスクをたたき割って送りつける輩が出てもおかしくはない。

「なるほど、この社長はいい社長だ。このゲームはゲーム機に入れて楽しむものじゃなくて、ディスクを叩き割って送り返すっていうとても斬新なゲームって事か」

 ゲームで得たストレスをディスク割って発散するプラマイゼロのゲームだ。フルプライスで刹那的な楽しみを得るのは少しもったいない気がする。

「ちげぇよ」

「じゃあ、何をするゲームだ?」

 フリスビーにしろってか。

「あのなぁ、お前さん今、フリスビーにしようと思っただろ?」

「鋭いな」

 ため息を一つつかれて、人差し指でこめかみをつついている。

「いいか、ゲームに罪はない」

「そうだな。俺が間違えていたよ。それで、これは何をするゲームなんだ? 説明書の説明じゃよくわからなかった」

 操作方法しか書かれてなかった。最後に社長の写真までついていたから尚更わからなかった。

「アヒルちゃんを特殊環境下で育てるゲームだ」

「……なんで買ったんだ? アヒルが好きだと思わなかったな」

 育成ゲームは苦手だと言っていた気がする。持っているゲームも野球やサッカー、レーシング物が多い。

 最近じゃ、以前はかなり馬鹿にしていた女の子と恋するゲームを隠れてやりはじめたと友達から聞いている。

「アヒルのゲームはCMに出ていたアイドルが可愛かったから買った。ちなみに、そのアイドルの名前は知らない。買ってくださいってテレビの向こうでお願いするもんだからつい買っちまった」

 これでは手のひらで踊っていると馬鹿にされても文句は言えない。ディスクを叩き割って社長の目を覚ますよりも先に、購入者の目を覚ました方が良さそうだ。

「それ、ゲームの内容自体は面白いのか。はっきり言うけどつまらない臭いがすげぇ漂ってるよ?」

「まぁまぁ、そう否定しなさんな」

 裕二の言う通りかもしれない。何事も否定から入るのはよくないからな。

 序盤はつまらなくても、中盤でやれることが広がって楽しくなったりもする。そして、ラスボス前で放置して世界は救われないことも多いだろう。理由は様々、終わらせたくないだとか飽きたとか他のゲームに興味が移ったとかかな。

「ゲームというよりはオンラインで他者とコミュニケーションを取るのがおもしろいんじゃないかと俺は思っている」

「それ、ゲームとして間違ってないか?」

「ゲームは手段だよ。たまにいるだろ、魔王を倒しに行かず、最弱の敵キャラを倒し続けてレベルをカンストさせる変態が。自分が楽しければ、ゲームはそれでいいんだよ」

 真面目な話、俺はこれまでの人生で一度だけそういう人間を見たことがある。

 弱い敵を倒してレベルを限界まで上げる。

 小学生でも理解できる簡単な話ではあるが、それをやってのける根気に恐れをなした。常人の物差しから逸脱している、あいつには一生勝てないだろう。

 彼が魔王城に行き着くころにはさぞかしラスボスも暇にしているに違いない。

「一応、これに関しては体験版をプレイして購入した」

 育成ゲームに体験版は必要あるのだろうか。そもそも、ネットにPVがあげられた時点で切る人は切るだろうな。

 他はともかく、俺は買うのをやめてしまいそうだ。

「アイドル以外にも何か買うきっかけはあるだろ」

「……たとえば?」

 そう言われても思いつくのはなかなかない。

「PVが良かったとか? 公式ホームページで見られるんだろ? 見せてくれよ」

 デスクの上に置いてあるノートパソコンを指さすと、首をすくめられる。

「ただいま公式は閉鎖中だ。なんでも、ネットの住人にやられたらしい」

「そこまで嫌われているのか」

「それに対しての制作会社のコメントだが……愚かな人間はこのゲームをしなくて結構だという超上から目線。大炎上だよ」

 当然の結果だ。気に食わなかった奴は俺一人ではないのか。今頃社長も身の危険を感じているかもしれない。

「ま、実際にプレイしているところを見ていてくれ。たぶん、楽しさが伝わると思う」

 そういうとゲーム機の電源を入れ、タイトルを選ぶ。数秒後、ディスプレイにアヒルちゃんが表示されると、そこには無数のアヒルちゃんが居た。左下には酸素やら食事のゲージが見える。生命ゲージがゼロになると死んでしまうルールのようだ。

 自分一人でやるゲームも楽しいが、こうやって後ろからのぞき込むのも悪くない。子供の頃はゲーム機が家になかったからよく他人の家に行って遊んだもんだ。

「この部屋に見えるアヒルちゃん、全部中に人がいるんだぜ」

「と、言うと?」

「つまり、オンラインのプレイヤー。NPCはいない」

 世界にはよほどの暇人がいるらしい。そしてあふれるほどのあひるちゃんが数週間後には閑古鳥に変わっているのは間違いない。

 もちろん、どんなゲームにも固定客というか、ぴたりと吸いつくような人間がいる。周りからはどんなに批判されてもやり続ける人がいるからな。

 自分が面白ければそれでいいんだ。

「それで、あいつらと交流するのか」

 見た目全部一緒のアヒルは個性が無い。強いて言うのなら色がかすかに違う程度だ。想像しているようなカラフルではなかった。何となく見ていて和んだ。

「ま、そうだけどちょっと違う」

 ゲーム機につながれたキーボードを素早く打った。どうやらこんにちはと打ったらしい。

 アヒルの頭に吹き出しが出て、文字が表示される。文字でのコミュニケーションなら普通だろう。

 しかし、俺の想像していた言葉が吹き出しには出てきていなかった。

「……ぶっ殺すぞ、ぐらぁ?」

 挨拶じゃない。どうやら喧嘩を売りに行ったらしい。相手は憤慨し、嘴でつついてきた。攻撃を食らうと血しぶきが飛ぶ。それが妙にリアルだった。

 さっきまでの和み空間は消え去っていた。ふと、頭の中に若鶏のから揚げという単語が湧いてくる。

「おい、これ大丈夫なのか……」

「安心しろよ、日本語表記だけれど、あっちにはばっちり母国語で話が通じているから」

「そういうことじゃないって」

 襲ってきたアヒルに抵抗しながら裕二は応える。しかし、無駄にいい動きをする相手だ。嘴、引っ掻き、それらすべてをひきつけて、際どいところで躱している。争いが始まったためか、ほかのアヒルたちも遠巻きに争いを観察し始めていた。

「アヒルをきちんと育てないと、アヒルが勝手に喋る。相手から何かしらメッセージがきてもそれは同じだ。いや、今のは俺じゃなくてアヒルがやったと言い訳が出来る」

「何それ」

「ちなみにきちんとアヒルを育てたとしても、うまくいかないときがある。アヒルの機嫌が悪いと勝手に相手を罵る。そして、喧嘩に発展し、どちらかが死ぬまで争いは止まらないだろうな」

「マジか」

 何とか目の前のアヒルに勝利したものの、すぐさま背後から別のアヒルに襲われて裕二のアヒルは死んでしまった。背後から襲ったやつは最初から漁夫の利を狙っていたのだろう。

 卑怯だが効果的だ。そしてまた、別のアヒルがそいつを狙い、と争いは徐々に拡大を始めている。二大勢力に別れて戦うのも面白いだろうが、こうやって敵味方関係のないものもあるのか。

「……これ、面白いか」

「相手を罵りたい人がすると思う」

 俺が思っている以上に、この世界はストレスで溢れかえっているらしい。今日は平日だぞ。

 しかも、アヒルの中には仕事場からつなげていますと言うさぼり自慢をする奴までいた。

「で、どうだ。一緒にやらないか」

 俺は首を振った。

「やらねぇ。面白く、というより、俺の性分にはあわないだろうな」

 アヒルは愛でるもの、血みどろの戦いに投入するものじゃない。

 俺は首をすくめて裕二の部屋にある漫画本を手に取った。

「そうか、失恋した啓輔にはちょうど良いストレス発散になるかと思ったんだ」

 苦笑する裕二はどこか気まずそうだった。軽くぎょっとして俺は裕二を見た。

「なんだ、俺がふられたことを知っていたのか?」

「まぁな。いつもより元気なかったから確信したよ。他の奴から聞いた時はただの冗談だろうと思ったんだけどな……」

 一度裕二は咳ばらいをした。おそらく、共通の友達が口を滑らしたのだろう。

「まさかそんな風に心配してくれているなんてなぁ」

 男友達から心配されるとは夢にも思っていなかった。

「はは、当たり前だ」

「少しだけ嬉しいよ」

「それはよかった。それで、どうだ? 友達の気遣いが出来る俺って、もてそうか?」

「そういうところがなくて、頭良くて、イケメンで、マッチョだったらがっつりもてただろうなぁ」

「今度ちょっと教科書食って、イケメンの仮面つけて、鎧を着こむよ。俺、黒い騎士って格好いいと思うんだ」

 一緒にやっているネットゲームでも使用キャラは黒騎士だから照れ隠しなのか素なのかわかりづらい。

 俺のことを心配したことを照れているのだろう、多分。なんだかんだでいい奴だから。

「……ま、思ったよりも傷ついていなくてよかったよ。お前さん達、付き合い長かったじゃんか」

 画面の中で一方的に嬲られ続ける自身のアヒルを気遣う様子もなく、コントローラを置いてそう言ってきた。

「付き合い始めてからは言うほど長くないぞ」

 そういえばあれから連絡もない。俺の方からするつもりもない。相手にどういう態度を取ってしまうのか、会ってみるまでわからないな。

 たぶん、冷たい態度を取ってしまうんだろう。円満に別れたわけじゃなく、俺だけ置いてけぼりだったからな。そのぐらい許してほしい。俺は聖人じゃないんだ……と、言いたいところだが正直に言うとあの時の恐怖のせいで気持ちに整理なんてつけられそうにない。

「ちげぇよ、幼馴染だろ?」

「あ、うん、そうだな」

 あの出会いは本当に強烈過ぎてすみれどころじゃなかった。本当、彼女に振られたことなんて今も気にしていない。本当に、比較的長い付き合いだったのに、ショックなんてあの出来事があって感じる暇はなかった。

 おかしな話で、振られたときは、あの現場ではそれなりに女々しかった。今では未練がさっぱりない。疑問に感じたことを聞こうと言う気持ちにもならなかった。

 俺の表情に何かを感じ取ったようで、裕二は顎に手を当てて考え込んでいる。

「何だか……後悔とか未練とか、そんな表情を一切見せないな。まぁ、お前さんは相手にひどいことをされたって相手を許したり、憎んだりしないいいやつだけどさ」

 言っていて恥ずかしくなってきたらしい、裕二はそっぽを向いて付け足すのであった。もし、俺らのこのやり取りを見ている奴がいたら裕二が女だったらフラグ立ちまくりだと思うのだろうか。

「俺がお前の立場だったら泣き叫んでるぜ」

 目を閉じ、感慨深げにそう告げられる。

「実は、振られていませんでしたってオチじゃないよな?」

「ちゃんと振られているさ。ドッキリでもなんでもない」

 あの時の強烈な気持ちは恐怖だ。どうしてとか、何で振られたんだ、じゃない。あそこで殺されなくて良かったと思ってしまっている。

 普通に生活していれば平和な日本で、基本的にありえない。なのに、何故だか死について考え、生きていることを実感してしまった。しかも、人間は死んだらどうなるのかという倫理ではなく、本能的に、生物としての終わりを迎えてしまう怖さがあった。

 自分という存在があの少女に消されてしまう予感。臓器をまさぐられるような、嫌な感じ。もっとマイルドに表現すると尻の穴にこれからミミズを入れるぞと脅される感じ? 漠然とした気持ち悪さもあったしなぁ。

 不思議な話だ、そんな事ただの一度もされたこともないのに。それでいて、駅前には未だ近づけていない。無意識に避けてしまう。

「それなら、新しい彼女を見つけないとな」

「今はまだいいよ」

 もちろん、他人にはこんな体験詳しく話せない。ふられたショックでおかしくなったと思われて終わりだろう。いや、意外とそっちのほうが周囲にとっては自然なのかもしれない。たとえ話でミミズの話をしたら確定でお前はおかしいと言われて終わりだ。

 彼女にフラれておかしくなった。それなら俺があんな変な気分になったのも納得しやすい。俺自身がおかしくなったことに気づけていない可能性もある。

「なぁ、裕二」

「何だよ」

 お前、尻の穴にミミズを……そう言おうとしてやめた。ミミズは関係ない。

「……年下の女の子に恐怖を覚えたことってあるか?」

 裕二の目が細くなった。我ながら茶化されそうな質問だと思ったものの、真面目に考えてくれている。

 目を細めるのはこいつのそんなときの癖だった。

 悩んで数十秒、無言が続いた。

「……無い、な」

 そう、ある筈がない。普通の生活を送っていれば、余程の事がない限り、起り得ないのだ。つまり、俺はその余程の事に出会ったことになる。

 もっとも、あくまで主観的な問題のため、俺が一人で恐怖に震えているだけってこともあり得る。他人にとってはそよ風が吹いたぐらいだったりな。

 現に、あれだけ恐怖を感じたのに次の日の朝には消えてなくなっていたりする。思い出の中にしか存在しえない恐怖だ。

「悪いな、変な質問をして」

「気にしてない。どうしてそんなことを聞くのかも聞かないよ。ただ……」

 真面目な口調で、高そうな椅子の肘掛を撫でると言った。

「ただ、一度だけ幼女に話しかけて、おまわりさんに声をかけられたときは怖かったなぁ。ただちょっと挨拶しただけってのに」

 お前は、何をやっているんだ。軽く緊張していただけに、脱力感が半端なかった。

 今のご時世、下手すると本当に捕まるぞ。

「啓輔、何かを見て怖いってのは意味がある。恐怖ってのは本能的な防衛策だ。人間、恐怖を覚えたらその対象には近づかない」

 幼女、怖いと続けて言った。正確にはお巡りさんだろうに。

「……何が言いたいんだ?」

 俺は裕二を見て行った。何かの物語の始まりとでもいうのだろうか。

「年下の女の子が怖かったのは前世でそいつに殺されたんじゃないのか。盛大にひどい振り方をしたとか、さ」

 何か真理をついた言葉でも言うのかと思ったら突拍子もない意見が出てきた。

 ねぇよ。何で前世から引き継いできてるんだよ。そんなことがあったとしても、どうして殺されないといけないんだか。

 もし、前世や来世の概念があったとしても、前世は前世で処理してほしい。生まれ変わりがあったとしても記憶の持ち越しなんて、脳に記憶が溜まるのならあり得るわけがない。もっとも、記憶される場所が人間の脳ではなく、別の場所ならば話は変わってくるかもしれない。

「きっとこのアヒルみたいに前世でやられたことを引きずっているんだろ」

「ねぇよ」

 再度コントローラーを手に取って他人のアヒルをぼこぼこにしながら裕二は語る。それを見ながら俺は一つため息をついた。

「うっし、勝ったぜ」

 しかし、別のアヒルが画面外から攻撃を仕掛けて裕二のアヒルは昇天した。

 敵のアヒルが内臓を喰ってるというショッキングな画面が映りこんでいた。体をひくつかせているのがナンセンスだ。

「弱肉強食って怖いな。アヒルと言えど、容赦なしか」

「……いや、このリアルすぎる表現、苦情いくだろ、これ」

「でもさ、人間だって中身はこんな感じで臓器が入ってるだろ?」

「……嫌な言い方だけど、そうだな」

「人の綺麗な外側って、大切だよな」

 確かにそうだ。人は外見で決めたりすることが多い。ただ、例外も十分あり得る。

「……お前の言いたいことは、俺にはよくわからないよ」

 俺のつぶやきが別の世界にいるアヒルに聞こえることはなかった。


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