第二十七話:ものの見方は人それぞれ
頼んだものが来て一息ついた後、俺はスマホを指ではじいて見せた。
「あのさ、二人の友達に美空美紀っているだろう?」
「友達に?」
リルマが首を傾げる。
「えっと、友達ではないですが、同じ学園にはいますよ」
蛍ちゃんもそう言って首を傾げてみせた。美少女二人が小首をかしげているのってなんだかいいね、見ていて和むよ。
「あれ、友達じゃないのか」
「うーん、遊んだりしないし、あまり、というよりほとんど話したことはないわねぇ」
「うん、そうだよね」
どうやら俺の読みは外れたらしい。言われてみれば、遊園地で三人が会話をしている所を見ていない気もする。
てっきり二人の友達だと思っていただけに、肩すかしを食らった気分だ。一から考え直した方がよさそうだ。
「遊園地のときは……そもそも、二人とも何故いたんだ?」
考えてみれば裕二がリルマと蛍ちゃんと居たのはおかしい。蛍ちゃんが宗也の妹のため、事前に知り合っていた可能性もなくはない。
「裕二にナンパされたのか?」
このアプローチで考えるとかなりの壁が存在する。ナンパに乗り、一緒に居なければどちらかもう一方を誘う必要があり、さらに遊園地という場所に来てくれるという条件だ。
「あれはですね、お兄ちゃんが面倒くさそうに友達から誘われたから行って欲しいってお願いをしてきたんです」
蛍ちゃんの方は理解した。宗也からなら妥当過ぎる理由だ。俺がリルマと知り合うまで、宗也、蛍ルートは恐れていたつながりだからな。
「リルマは?」
「私は蛍に誘われたの。遊園地のチケットが二枚あるからって」
「本来はおにいちゃんと、私の分だったみたいです。チケット代を出してくれたのは裕二さんだって聞いたので、一緒に遊ぶことになりました」
なるほど。だから二人はあの場所に居たのか。
しかし、裕二よ、気前よくチケットを差し出すなんて何か狙いがあったんだよな。もしくは遊園地のチケットを手に入れやすい立場にいるのだろうか。今度聞いてみよう。
「啓輔」
「何だ? 何か知ってるのか」
「美空美紀のこと、どうして聞いてくるの?」
俺が疑問に思ったように、リルマの方も不思議に思ったようだ。そりゃそうだろう、根掘り葉掘り関係のありそうなことを聞いてくるんだからな。まだ理由も言ってなかった。
色々と考えた結果、素直に話すことにした。
「実は俺のスマホに美空美紀からメールがきたんだよ」
「ふーん、それだけ?」
「いや、まだある」
「それ、見せてもらっていい?」
やましいことはないんだが、先に言い訳みたいなことをすると疑われそうだ。
ここは場の流れに身を任せよう。俺の日ごろの行いが悪ければ任意同行もあり得るかも。
「……いいぞ」
軽く操作してメール画面を開いてみせる。画面いっぱいに、肌色の画像が広がる。
「な、何これっ。え、こ、こんな破廉恥画像が送られてきたの?」
顔を真っ赤にして叫ぶリルマを、店の中の連中が驚いた表情で見ている。破廉恥ねぇ。実際にそういう言葉を使う人間を始めて気がする。下手をすると、生まれて初めてかもしれない。
「リルマちゃん声が大き……って、何これぇ」
そしてまた、蛍ちゃんも十分に大きな声だ。
ちょっと軽率だったか。たかだか下着姿の画像だが、二人には刺激が強すぎたらしい。だが、よく考えてみると毎日見ているだろうし、他人のだって銭湯に行けば同性なら見放題だろ。
そういや、この前銭湯に行ったとき、ぼくのえれふぁんとぱおーんってこの前、子供が言ってたっけ。あいつは大物になるね、間違いなく。
「け、啓輔の変態」
顔を真っ赤にしてそう罵るリルマは可愛かった。初心だなぁ。
「俺が他人に送ったならまだしも、俺は送られてきた側だろ」
「ど、動じていないんですね?」
「まぁ、このぐらいじゃな」
澄ました表情でスマホを受け取って、俺はコーヒーを飲む。大物を気取ったつもりが、下手をすると更なる画像でなければ興奮しない変態だと思われるかもしれない。
「あ、そっか、啓輔さんには裕二さんがいるから……」
いや、よく考えなくてももっと凄いのじゃないと駄目だと言っている気がしてならない。そして蛍ちゃんよ、そっち方面に考えるのはやめて。
「ま、ともかくだ」
こういう時は話を強引に進めるに限る。
「これで俺が美空美紀のことを知りたいのはわかったろ?」
なんでこんな画像を送ってきたのか。後輩二人に理解してもらうのに思ったよりも時間はかからなくてよかった。それに、誤解もしないだろうからな。
「つまり、啓輔はもっと、え、えっちな画像が欲しいってこと?」
リルマが顔を真っ赤にして焦っている姿はいいものだ。
俺が知るリルマは淡々と影を倒す顔だけだからな。あぁ、そういえばキス顔も見たっけ。あれはいいものだった。
って、呆けている場合じゃない。しっかり誤解しているようだが、俺はそういうやつじゃないので勘弁してほしい。
「なぜそうなるんだ?」
「追加で要求するんじゃないの?」
「違う。もっと簡単なことだよ」
「簡単って言ったって……ええっ、ま、まだ早いってば」
リルマの顔が、さらに赤くなった。
こいつは、駄目だな。頭の中が思いのほかピンク色に染まりやすいらしい。
「あ、わかりました」
さすが蛍ちゃん。
「実際に写真を撮りたいってことですよね」
もちろん違う。
「露出補正とか、ライトの当て具合、あと、場所とか。アングル一つとっても似ているようで違う写真、ありますもんね。遠近法のせいでのせて撃っているようにも見えるって話を聞いたことがあります」
「え、どういうこと?」
オーバーヒートしていたリルマは冷却が完了したらしい。
「つまり、啓輔さんはえっちな写真じゃなくて、芸術的なものを撮りたいんだよ。たとえば、裸の写真であっても光や影を駆使することによって筋肉の隆起をよく見せることも可能だし」
「あ、美術の時間に見たことあるかも。そっか、そういう見方もあるんだ」
「ですよね、啓輔さん」
すげぇ奥深くまで考えてくれたんだね。溺れかかっていたところをUFOに乗って助けられた気分。結果的には助かったけどさ。でも、違うんだ。
「それは置いとこうか。まず、俺は、なぜこんなものを送ってきたのか知りたいんだ」
「……それって、突然きたの?」
「そうだな。俺のメールアドレスを知っているなんて思いもしなかったよ」
いったい、どこから漏れた?
今のご時世、どこからでも漏れそうなものだが、半知り合い的な相手から送られてくるのはおかしい。
「しかし、二人が知らないとなると遊園地に来ていた別の奴が呼んだのか?」
宗也がリルマと蛍ちゃんを連れてきたとなると、裕二と青木のどちらかが怪しい。順当に考えると裕二が怪しい。元から怪しいな、あいつは。
まさか、裕二が容疑者の一人とは。
「さっき外してくれって言った手前、今日はやめておこう……」
それ見たことか、俺にかかわってくる話じゃないかと言われるのも癪だ。それと、画像のデータを見せるのもあまり乗り気じゃない。
「これから青木に話を聞いてくる」
そうなるともう一人の容疑者に話を聞くべきだな。裕二じゃなかったときの事を考慮しておこう。
「ねぇ、ついていっていい?」
「いいけど? 青木に何か用なのか」
「ううん、美空美紀の話。なんだか面白そうだから。蛍はどうする?」
「行きます。私も興味ありますから。でも、どうしてこんな画像を送ってきたんでしょう。不思議ですね」
「そうだよなぁ」
どうやら蛍ちゃんもついてくるらしい。
「ま、誘った本人を探せばそのうち行き着くでしょ」
「リルマのいう通りだ。今はまだ判断材料が少なすぎる。青木に聞けばわかるかもしれない」
俺はスマホで青木に連絡を入れる。コール音を聞きながら、あいつの声を待つことにした。




