第二十六話:年下からのまなざし
世の中は妙なことで溢れている。
そんな事は無いっていう奴は周りに対して興味を持たない人間か、それが常識だと思っている奴だ。
「お?」
講義中、スマホにメールが届いた。今時、珍しいことだ。
心当たりがないのですぐに確認することは無い。何せ、店のメルマガやら体をもてあましている人妻から即座に削除したいほどメールが来るからな。他には店舗で使えるお得なクーポンですよといった具合に来る。
この前なんて先日洗濯機を買ったあなたにはこれがお勧めと別の洗濯機の割引クーポンがメールで来た。
洗濯機なんて一つあれば充分だ。こういうのはどういう層を狙って送っているのだろう。実家で一つ、単身赴任中のパパさん用に一つと言った具合だろうか。その割には期限が当日限りだったりするからわからないもんだな。
講義が終わった際に確認すると画像が添付されていた。件名には美空美紀と書いてある。
「ふむ?」
教えたっけ。いや、教えてないよな。
そんな意味のない自問自答して、画像を確認する。
「な……」
そこには下着姿で谷間を強調させるすばら、こほん、けしからん少しえっちな画像があった。リルマや青木ほどではないが、思ったよりもある事にはある胸だった。
おかしなことだ。一体、何故こんな画像を送りつけてきたのだろう。この前はあんな態度を取っておきながら、俺に気があるわけがない。気があったとしても、もうちょっと段階ってものがある。
色々と頭の中で考え、結論づけることにした。
これは何らかの罠だ。この前のそっけない態度に対しての報復に違いない。
もっとくれと下心全開で返信すると、さらに過激な写真が来て会わないかと言ったところで警察官登場。おまわりさん、こいつがそうですと言われて逮捕されるんだな。
メールの詐欺はすでに人妻メールで体験済みだぜ。学園にいたころ、友達と協力してあぶりだした人妻はおっさんだった。
「一体、どういうことだ……っと、送信」
相手のことを考えると、返信してくれる可能性は少なそうだ。
罠だとわかっていても、こんなことをした理由を知りたい。ここは共通の知り合いに訊ねるべきだろう。そうなると相手は絞られてくる。
「……リルマか、蛍ちゃんのどっちかだろうなぁ」
リルマは妙なときに助けてもらっているからな。こんなくだらないことで時間を取らせるなと言われるかもしれん。
蛍ちゃんの場合は言わないだろうが、写真を見せてどんな反応をするのだろう。ちょっと蛍ちゃんの反応に興味はあるけれど、変に広めたりするとまずいよな。
写真を見せるのは美空美紀の今後を考えると辞めておいたほうがいい。もちろん、俺のその後もちょっと危ない気がしないでもない。POLICE的な身の危険を感じる。
あの先輩は後輩の下着写真をコレクションする危ない奴だと思われたくない。
「リルマか、蛍ちゃんか……」
悩んだ末に、俺は二人を呼ぶことにした。そして、ラッキーなことに、二人はちょうど同じ場所にいるとのこと。
駅前の喫茶店で会うことにして、俺はその日の講義を抜けることにしたのだった。現代美術の講義は俺にはまだ理解しがたいのだ。人間の像の頭にキノコが生えているところが作者の心中を映し出していると言われてもわからねぇな。
駅前近くまでやってきて、見知った顔を見つけた。裕二だ。こいつはことあるごとに駅前にいる気がする。
「やぁ、これはこれは啓輔殿、これからナンパにいかないか」
その純粋そうな瞳をやめろ。そういうのは心のきれいな子供だけが許されるもんだ。
「悪いが行かない。俺はこれから忙しいんだ。それに、最近ずっとナンパしていただろ」
裕二のナンパ成功率は低い。
しかし、いくら成功する確率が低くても、零でなければいずれ成功する。継続する努力が実を結ぶという事を俺は裕二のナンパで知った。
裕二は並々ならぬ努力によってそれを成しえており、十人程度なら比較的仲の良い女友達を得ている。その努力を、どうして勉学やスポーツに裕二は打ち込まないのか疑問に思って宗也と話したこともあった。あいつも、ゲームや萌えに力を注いでいるのでもったいない気もする。まぁ、本人がそれでいいのなら、周りがとやかく言う必要はないけどな。
尚、裕二本人は見知らぬ相手に声をかけることに悦びを見出しつつあるのでそれなりに仲良くなってもそれ以降がないという、本末転倒な結果となりつつある。
本来、暇をつぶすためにゲームをしていたはずなのにゲームをすることが目的になってしまった感じだ。
「たまには電話帳の中にいる女の子を誘えよ」
「電話かぁ。確かにそうだな」
「だろ? 釣った魚や、手に入った花には餌やら水やらやらないといけないだろうに」
「そうだな。そして大輪の魚が出来上がるってわけか……」
きもいわ。
「よぉし、俺はやるぞっ」
「おう、行って来い」
火がついたら後は放っておけばいい。俺から離れていく裕二の背中を見て、ほくそ笑んだ。これで邪魔な奴が減る。こいつは間違いなく、画像を見て一番面倒な事をするやつだからな。
それから俺は本屋で少し時間を潰した。裕二がうろうろしていて絡まれたら巻いた意味がない。頃合を見計らって駅前の喫茶店へと移動した。
「なんだか、嫌な予感がする」
気のせいだろうか。
「んだよぉ、リルマちゃんたちと会うのなら俺にも声をかけろよぉ」
そして約束の時間、リルマと蛍ちゃんは裕二を連れてやってきた。まさか釣った相手がリルマと蛍ちゃんだとは思わなかった。
「意外と啓輔の友情って軽いのね」
あきれ顔のリルマに困惑気味の蛍ちゃん。くそ、こんなところで俺の信頼が落ちるなんて。余計な事を裕二が吹き込んでいなければいいが。
「啓輔ぇ、そうなのか? 吹けば飛ぶヅラ程度の物なのか」
リルマの言葉に裕二がマジでへこんだ顔をしている。俺は一度ため息をついて真面目な顔を作った。大体、ヅラは吹いた程度で飛ぶものじゃないぞ。
「裕二、悪い。席を外してくれないか」
「えぇ? それ酷くね? ここは俺を慰める流れじゃね?」
「真面目な話なんだ」
真摯な顔つきで俺は裕二を見た。途端、裕二も情けない顔を辞めて真面目な表情を見せてくれる。なんだかんだでこいつとの仲は深い。求めれば応じてくれるいい男だ。
「だったら尚のこと、付き合いの浅い二人より俺のほうが、お前のことをいろいろと、わかってるぜ? いろいろとなぁ、うへへ……」
その誤解されるような発言をやめろ。
「そう、なんですか?」
蛍ちゃんが目を輝かせているのは何故だ。リルマは茶番でも見るような目つきになってるし。蛍ちゃんはともかく、リルマは茶番が好きだろ。ファミレスでも俺にさせやがったからな。
まぁ、いい。全然良くないけど、話は強引にでも進めて見せる。
「男じゃなくて、女の子方面で意見を聞きたいんだ。だから、外してくれ」
「む、マジか」
「ああ」
「そうか、じゃあ外れるわ。またね、二人とも」
裕二はそういってスマホを操作し、去っていく。
「なんだか、無駄なやり取りを見てた気がするわ」
よく言う。リルマの奴も俺に三文芝居をやらせたくせにな。
「喧嘩を始めるんじゃないかと変に緊張しましたー」
「それは杞憂って奴よ」
「リルマがそんな言葉を言えるなんて……」
俺の言葉に、チョップが飛んできた。
「うっさい、バカじゃないから」
「では、第一問。姑息とはどういう意味?」
「卑怯な奴!」
「残念。回答権利は九頭竜蛍さんに移動します! それではいってみましょう、九頭竜蛍さん、姑息とはどういう意味ですか」
「一時的なとか、その場しのぎ的な?」
「正解っです」
でも伝わるのなら別に卑怯のイメージでもオーケーな感じがする。スマートとか壁ドンだとかあげればきりがない。
「何よ、その目は。私は馬鹿じゃないんだから」
そうだね、君は馬鹿じゃないよ。
「けど、男の友情っていいですよね。裕二先輩の引き際も爽やかで凄かったです。」
「蛍ちゃんが言うと別の意味に聞こえるんだよねぇ……気のせいかな」
裕二の評価も上がったようだが、店の外で軽薄そうな男の声が聞こえてきた。
また別の女の子に声をかけ始めたらしい。爽やか、ねぇ。
少しだけ痛い沈黙が俺たちの中で流れてしまった。
「……二人とももう何か頼んだか?」
「まだ」
「じゃ、決めてくれ。相談事にのってもらうんだ。そのぐらいは奢るよ」
俺はお冷を口にして、今後どうやって説明するかを考えるのだった。下手をすると裕二のように評価を下げかねないからな。
年下から向けられる視線は出来るだけ尊敬の眼差しって奴がいい。




