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影食いリルマ  作者: 雨月
26/98

第二十五話:白の襲撃者

 サボりたい衝動に駆られつつ、真面目に講義を受ける。

 そして今日はゼミ生の顔合わせがあった。前期はなんとなくの寄せ集めであったが、後期からしっかりとしたものに変わるらしい。下手をするとそのまま卒業まで一緒の可能性がある。

 そして何故か、青木と裕二と宗也が一緒だったりする。一応、三人には何でこのゼミに入ったのか聞いてみておいた。

「ゼミに入って何かが変わるのなら、もっといい大学を受けていた」

 青木による言葉である。つまり、ゼミなんてどこでもよかったという事らしい。

「下馬評にて美女ばかりのゼミがあると聞いてここに賭けた。しかし、それは大いなる間違いだった」

 これは裕二だ。浅はかであり、事前準備を怠るとは死んでも死にきれないであろう。調査不足で見事に元気がなくなっていた。

「ある日、お告げがあった。宝くじを買えと。だからこのゼミに入った。ちなみにまだ宝くじを購入するに至っていない」

 最後は宗也である。彼の将来が色々と不安だ。そもそもお告げガン無視である。

 まぁ、俺も他人のことを言えるわけではなく、なんとなく楽が出来そうという理由で選んだわけだ。

「あー、じゃあお前らに言っておくが週一で帰りが遅くなったりするから。討論とか、聞いてもらいたいんだ」

「なぬ」

 それは聞いていなかった。どうやら、九時ぐらいまでかかるちょっとした活動に参加しなくてはいけないらしい。就職活動に向けての意見交換会とのこと。まだ一年なのに気合いが入っている。

 そして初めての意見交換会は九時を回っていた。九時を過ぎると不幸体質の俺からするとあまり好ましい状況じゃない。そのうち、就職して午後九時以降なんてざらだろうに。その時はどうすりゃいいんだろう。あ、滅茶苦茶朝が早いところに就職すればオーケーかもしれない。

 ちなみに、意見交換会に裕二、青木、宗也は欠席だった。全員親戚のおばあちゃんが危篤とのこと。そのまま実家に帰るといって帰ったのだ。この嘘はしっかりとばれており、教授から二度目は無いと釘を刺されていたりする。

 尚、この時はとんでもないところに入っちまったと思ったのだが、一か月後には教授が行方不明になったので別のゼミに(超ゆるいところだ)組み込まれたりする。

「そういえば、何か忘れている気がするんだよな」

 忘れていることを忘れる。まだ若いのに、どうしたものだろうか。

 それもすぐさま思い出せた。数分後、真っ白い女性が曲がり角にいたからだ。

「あ」

 人の多い場所を通り、辺りを窺って手早く家に帰らなくてはいけなかったのだ。もしくは、リルマに連絡をして迎えに来てもらうべきだった。

 あたしぃ、夜道は暗くて一人で帰れないのぉって連絡すべきだったんだ。

「また、会えましたね」

 詐欺師が浮かべる笑顔に似ている。そんなことを考えた。

 出会って思い出せた分だけ良しとしよう。勝手に日常が戻ってきたなんて思っていたから、こうやってへまをやるんだ。

「この前も伝えましたが、お話があります」

 悠然と近づき、詐欺師がほほ笑む。騙されてもいいんじゃないかなと欲望が鎌首をもたげるが、無視するしかない。

「俺はありませんが」

 相手が近づけばそれだけ俺は後ろに下がる。しかし、気づけば目と鼻の先。足を動かし逃げ道を確保しようとするが徐々に追い詰められていく。

「是非、お話を聞いてください。貴方は本当の自分を知らないだけなんですよ。ご自分との対話が必要です」

 どう考えても宗教の勧誘にしか聞こえない。本当の自分なんて、他人に言われて探すものではないし、そんなものは存在しないと思う。

 今の自分を否定する人間に、ろくなやつは居ない。大抵、そんなことを言う人間の本当の自分とやらは、成長をした、もしくは勘違いをしている自分だと思う。

「本当の自分なんて、別に興味ありません」

 誘われたらきっぱりと断ることだ。いくら相手が妙なことが出来ても会話は出来る。ちゃんと意思を伝えることによって諦めてくれる場合もあるのだ。

 勇気を持とう、勇気を。

「そう、ですか……」

 そういって少し残念そうにうつむいた。やはり、俺の毅然とした態度が平和裏に話を収束へと向かわせていたのだ。

 俺は間違っちゃいなかった。

「そぉなんです。では、さよなら」

 軽く声が上ずった。だが、相手に宣言したことで勇ましい気持ちが湧いてきた。もはやここに残る必要はない。

 相手が次のアクションに出る前に、こちらから動かなくてはならない。敗走戦こそ、腕の見せ所だ。いかに被害を出さずに逃げ切るか、この一言に尽きる。

「勧誘が失敗しましたね」

 みんなもこういうことがあったら諦めずに頑張って断り続けてほしい。道は切り開けるかもしれない。

「……それでは実力行使です」

 あからさまな声音の違い。背後から粘着質の声が追いかけてくる。

 一度リルマが助けにきたからといって、二度目があるとも限らなかった。

 でも、だからと言って自分で太刀打ち出来ない以上、あいつを頼るしかない。周囲を見渡す。

 もちろん、リルマが都合よく現れることはなかった。

「こうなったら全力で逃げるしかない……」

 さらに早く走り出す。こういう時に陸上部に入っていれば陸上で鍛えた足で逃げ切るぜと格好よく決めることができた。畜生、陸上部に入っておけばよかった。

「……帰宅部で鍛えた足で、逃げ切るぜ」

 そして、俺は見えない手に捕まれてすぐさま動けなくなった。

「この暗がりではよく見えないでしょうが、私の意志に賛同してくれる影がいるのです。いま、貴方を捕らえているのはその一つです」

 正直に言うが、どれだけ力をこめても拘束から抜け出せない。まず、指先程度しか動かせない。

「もちろん、私の影もいますから逃げられませんよ」

 俺の前にやってきた白い女性は、目や耳から闇を垂れ流していた。ああ、結構ショッキングだ。

「こんなことも出来るのです」

 闇が俺に覆いかぶさり、耳鳴りが我慢できないレベルまで達する。目覚まし時計が部屋中で鳴り響くような錯覚に幻聴をお越し、脳は機能することを諦めたようだ。そのときに俺の意識も放り出された。

 それから、どれくらい時間が経ったのだろう。

「うっ……」

 次に目を覚ましたとき、自身の体が動かなかった。徐々に目が暗闇に慣れ、どこか消毒液の匂いが漂ってきそうな部屋に自分がいることに気づく。

 手術台と、血に濡れた器具、血を吸った綿等だ。何の冗談か、ヒルのような生物が床やら器具やらにひっついている。劣悪な環境であることは言うまでもない。

 猿轡までされている。やれやれだ。

「……どうしようもないな」

 縛られている椅子から逃れる術も無い。何だか疲れているし、ちょっと休んでから動くとしよう。

 ゆっくりと目を閉じて、息を吸った。少し、この部屋はかび臭い。軽く叫びたい衝動に駆られたが、落ち着いてみることにした。



――――



 影食いリルマに襲われ、影食いされた後の事だ。俺はリルマに支えられながら、近所のファミレスへとやってきた。二十四時間営業しているので、話をするのにはちょうどいい場所だ。

 ちなみに、リルマがぶっ壊してしまったアスファルトの壁は放置してきた。あとでしかるべき場所に匿名で連絡を入れておこうと思う。

「……あのさ、一ついいか?」

「何?」

「このぼろぼろスウェット姿で入れと?」

 コンクリやらに叩き付けられたりしているのであちこち破けている。顔の怪我は少ないが、右肩は赤くはれ上がっていたりする。

 変な話、あれだけの衝撃を受けて体が普通に機能していることの方が驚きだ。今度お医者さんに行って精密検査を受けようかと真剣に思っている。

「大丈夫でしょ、考えがあるから」

 本当かよ。そして俺の体の心配はしてくれないのか。

「さ、ついてきて」

 リルマに従って中へと入る。マニュアル笑顔を貼り付けたウェイトレスがやってきて俺達を見る。若干、目を見開かせた。

 そりゃそうだ、俺はぼろぼろの格好だからな。下手したら警察呼びますね、だ。

「お、お客様、何名様でしょうか」

 多少、笑顔が引きつっている。

「二人。禁煙席で」

 相手が引きつっていてもリルマは冷静。右手でVサインを作って相手に向ける。

「か、かしこまりました」

 ウェイトレスが案内しようとするとき、リルマはこっちを一瞥する。

「さっきのでおしまいだって思わないでね」

 冷たい声だ。俺を非難している。

「浮気の理由、ちゃんと聞かせてよ? もし聞かせてくれないんならもっと酷いんだから」

 なるほど、そういう設定か。俺はお前に浮気がばれてしこたま折檻された彼氏の役だな。いい考えだけど俺、情けないな。

 でも、ちょっとやり過ぎ感があるよ。どんだけ武闘派の彼女だ。まるで壁際に押しやられて嵌められた格闘ゲームのキャラクターみたいにぼろぼろだよ、俺。

「返事は?」

「……あー、はいはい」

 いや、待て。いい考えだと思ったけど実家の近所だからあまりそういう設定はやめて欲しいんだが。右記さんちの啓輔君がこのまえファミレスでひそひそ。なんて噂にはなりたくない。下手したら警察くるだろ、これ。

 適当に席に座り、向かい合う。

「で、どうして浮気したの」

「……そこもやるの?」

「一応ね」

 しかし、この女なぜかノリノリである。

「一度、こうやって相手を問い詰めたかったんだぁ」

 恍惚としている表情に俺をいたぶっていた冷酷さは微塵も感じられなかった。

「それで結局、影食いって何なんだ?」

 俺の方は律儀に付き合ってやる義理もないのでさっそく本題に入った。

「私はそういうことが聞きたいんじゃないの。どうして彼女がいるのに他の女の子と仲良くしたわけ?」

 聞きたいのはこっちの方で、お前が説明する方だろうが。

 ここで俺が突き通しても、こいつは教えてくれないのだろう。こちらの意見を聞くには、まず、相手の意見を聞いてやらないとな。

 何、焦ったっていい結果は生まない。時間はあるんだからゆっくりしようじゃないか。

「で、どうなの?」

 取調室の刑事よろしく、嘘は絶対に見逃さないような顔をしやがった。いや、どう考えてもこれから口にすることは嘘なのだから、面倒だな。

「……悪かったよ。お前はずっと一緒にいてくれるって思って安心しちまったんだ」

「はぁ、何それ。意味が分からない」

 それはこっちが言いたい。

「だったらさ、私が他の男と一緒にいてもいいってこと?」

 そういうところまでやるのかよ。もっと付き合ってやらないとどうせ話さなくなるんだろうなぁ。

「……それは嫌だな」

「でしょ? 私、寂しかったんだから。謝ってよね。そうしたら、許してあげる」

 ちょうどウェイトレスが来たタイミングだ。俺は内心いらつきながらも、冷静になるんだと頭を下げる。

「……ごめんなさい。俺はあなた一筋です」

「私の事、愛してる?」

「愛しています」

「じゃあ、許してあげる」

 ウェイトレスは俺らの寸劇を見て、やれやれ、無事に仲直りできたようだと帰っていった。ああ、間違いなく今度話のタネにされるだろうな。ここにはちょっと近寄りたくないな。

 ひと段落つき、監督様から感想をもらった。

「まぁまぁだった」

 何がまぁまぁだっただ。

 ま、これでようやく俺の方に話題を振る権利が出来たわけだ。さっきの出来事は記憶の片隅に飛ばしておこう。

「それで、影食いってなんだ?」

「影を食うもの」

 そのまんまである。

 おい、どうだ説明してやったぞって表情をやめろ。毛虫の説明に対して毛の生えた虫って言ってるレベルだぞ。

「……え、今ので説明終わりってわけじゃないよな?」

「そ、そんなわけないでしょ」

 今の説明で乗り切れたらこいつ、それっきりにしようとしてたな。

「こほん、室町時代に端を発するわ」

「ほぉ」

 意外と昔なのか。

 話が長くなりそうで、さらに怪しい感じである。興味がそそられた。たとえ、明け方になろうと影食いの話は聞いておきたかった。

「それからどうなるんだ?」

「いろいろとあって、今まで続いているわけ。……詳しくは本家にある書物に書いてあると思うから」

 張りぼてよりひどい説明に、俺は白けるしかなかった。

「は?」

 俺の一言に、リルマはそっぽを向いている。

「本よ、本。小さいころに本家だったか、あ、えっとね、影食いって確か、いくつか大きな家があって、それに追従するような形で他家があるの。私だとアーベル家、みたいにね」

 冷や汗が出ている。こいつ、本当に知っているのか不安になる。知っていることだけ、話しましただとすると、今ので話が終わってしまう。

 何にも知らねぇんじゃねぇのかと突っ込みたくなったが、落ち着け、俺。相手のご機嫌を損ねると取っ掛かりさえ失くしてしまう。

 怒っているときはミスしやすくなる。冷静になるんだ。

 冷静に考えて、別に影食いの事を調べたところで大して利益、無くね? なんて考えてしまったがそれはそれ、これはこれだ。

「あとさ、歴史ってさ、楽しくないわよね」

「……そうか」

 リルマの奴、歴史が苦手なのか。哀れみの視線を向けると拳が飛んできた。避けられるわけもなく、ギリギリのところで拳は止まってくれた。

「あ、あぶねぇな」

「こほん、失礼な事は考えないように」

 事実を事実だと思って何が悪いんだ。

「それで影食いの説明を続けるけれど、元から世界に影が居たり、影が意思を持って本体から離れようとするの。別に、離れても問題はないけれど……色々と誤解が生じたりするからね。影食いはその影を食う……吸収するわ。吸えば、それだけ影食い側の能力が上がるからね。本気を出したらそこらの人間とは別物よ」

 確かにそれは実感した。片手で俺を圧倒していたのだから嘘ではないだろう。

「もしかして、影食いの事は一般人に教えられないのか?」

 バカのふりをして俺に情報を漏らさないつもりかも。そう考えて話を振ってみた。

「別に。歴史に強くないだけ。そう言う決まりは知らないし」

 特段見ていてごまかしや、嘘をついているわけではなさそうだ。リルマが影食いについて中途半端にしか知らないのだろう。

「むぅ……マジで気になるんだが」

「ともかくっ、影は悪よ。それを防ぐのだから、私は正義よ」

 わけわかんねぇ奴である。

「あんただって、影の影響を受けているんだから。影に関係する奴が知り合いにいるんじゃないの?」

 小声でこっちだって少し期待していたのにと言われた。ははぁ、こいつが俺を連れてきたのは情報を手に入れるためか。

「さぁ、それはなんともわからないな。俺が知っている中じゃ、いないと思う」

 多分、ばあちゃんがそうだな、とは言えなかった。そういう日記や関係しているものが出てくればいいんだがね。証拠というものは手元にあって初めて機能するから今の状況でそうかもしれないとリルマに話してもこいつの知識じゃ判別は難しそうだ。

 それに、詳しいことを尋ねようにも、もう石の下だ。

「そんなもんよ。裏があってしっかりしたものなんてありはしないの」

 思った以上にリルマの説明は雑だった。それもそのはず、もうちょっと聞いてみるとこの話をしたこと自体が初めてとの事。

 影食いの地位を手に入れた後、彼女はこっちに引っ越してきて(生家は隣町らしい)ここらの影を襲っているそうだ。ほぼ家出状態だと言っていた。

「影食いのことはいつか本家に戻って内容を理解したら、教えてあげるから」

 いつになるかわからないけど、そう、ごにょごにょ話して誤魔化された気分だ。

 まぁ、そのうち上手くいってリルマの言う本を俺に見せてもらえば教えてもらう必要はなくなる。リルマと一緒に居れば、俺が満足するぐらいの影食いの知識を得ることが出来るだろう。

 それがいつになるのかわからないが。



―――




 あれからどれぐらいの時間が過ぎただろうか。別に眠っていたわけではないが、軽く呆けていた。

「……トイレに行きたくなったらやばいよなぁ」

 尿意はいまだ覚えていない。お腹も空いてはいない。

「近くに影がいなくてよかった」

 そんな事を考えていると、彼方から廊下を走る音が聞こえてくる。それは徐々に近づいてきて、扉を蹴破って入ってきた。

 窓から差し込む月光を浴びたのは金髪の少女、リルマだ。俺が一番会いたかった相手である。

 俺がまったく恐怖を覚えなかったのは、リルマが来てくれると心のどこかで思ったからだろう。

「啓輔、無事?」

「ふがふが、がふがふ」

「全く、酷いことをするわね」

 猿轡を外してもらって俺は一息ついた。ほこりまみれの嫌な部屋だが、安堵の気持ちのおかげでそんなことも気にならない。

「助かったぜ、ありがとな。しかし、よくここがわかったな」

「まぁね。影を追いかけてたらそいつがこんなものを持っていたから」

 渡されたのは紙だった。丁寧な文字でここの住所と俺をさらった旨が書かれてある。

「なるほどね、どのみちリルマをおびき寄せるつもりだったのか」

 俺は人質にされていたってわけだ。

「それで、何かされた?」

「いや、大丈夫。どうやら悪の組織に改造される前だったようだな。危うくバッタ男になるところだった」

 身体に不調は見受けられない。気分も悪くないし、縛られた分の痛みしか感じられなかった。

 拘束から解放され、俺はもしかしたらと思っててポーズを取ってみる。

「……変、身っ」

「何してるの?」

「改造されていないかのチェックだ」

 もし、改造されていたら今のチェックでわかっていた。おそらく影食い関係のない、俺が怪人と戦う話になっていたはずだ。

「よくわからないけど……頭、大丈夫?」

 心の底から心配そうな表情を俺に向けてくる。

「大丈夫だ、問題はない」

「そう、それならよかった」

 リルマは軽く辺りを見渡して俺を再度見る。俺も周囲に目を凝らしてみたが、特別暗いような場所はない。何せ、窓から異様に明るい月光が入り込んでいるのだから。

「じゃあ、帰るわよ。ここには啓輔以外誰もいないようだし」

「え、そうなのか」

「うん、くまなく探してみたんだけどね」

 てっきり、待ち伏せして俺を人質に使うのかと思っていた。俺以外、誰もいないとはどういう理由で俺をさらったのかさっぱりだったりする。

 こいつを人質に取ったから、この前の借りを変えさせてもらうぜぇと言う下衆い展開にもならないのか。

「目が覚めた後、啓輔の方は誰か見かけた?」

「うんにゃ、リルマが来るまで放置されてたよ。あいつは全く見かけなかったし、人の気配は感じなかったなぁ」

 ただあの白い女におちょくられただけだったのかもしれない。

「ここに居ても仕方ないわね。帰るわよ」

「おう」

 リルマに手を掴まれて立ち上がる。多少よろけたがリルマが支えてくれた。

「あんたさ」

「ん?」

「暗がりや高いところって別に怖くないの?」

 何か異常が見つかったのかと思えば、単なる会話らしい。

「ああ、怖くない。大丈夫だよ」

「じゃあ、ジェットコースターのときに震えていたのは何で?」

 遊園地のときのことを言っているらしい。

 まだ大して経っていないのにかなり前の出来事に思えた。

「……子どもの頃にあれに乗って、吐いちまったことがある」

「ああ……」

 それだけのやり取りで通じたらしい。

「汚ねぇ話だが、目がぐるんぐるんなっちまってなぁ……だから嫌いなんだよ」

 それは乗っている最中に来た。降りた後ではなく、最中。踏ん張りがきかずに出て行った。

 当時、ほかの人にも吐瀉物はかかっただろうから、いい迷惑だっただろう。

「……想像したくないわね」

 俺だって想像したくないね。それ以降、俺の両親が遊園地に連れて行ってくれる事はなかった。行くとしたら別の場所だ。

「……あのさ、あんたはあの白い女に会ったんでしょ?」

「ああ、また会った。この病院に気絶させられて連れてこられたと思う」

 それ以外は特にされていない。まぁ、リルマに助けられなかったら何をされていたのかわからなかったが。

 このまま助けられなかったら改造人間にされ、悪の手先になっていた。

 彼女達の言う本当の自分というのは、改造されて何か別のものになることを言うのだろうか。それは自分の限界を超えた存在であり、同じ人物とは思えない。

 改造人間は大げさだが、今の自分と、過去の自分が変わっていることがあると思う。それを認識することは、普通に生きていれば難しい。夜眠り、次の日の朝起床した時点で意識は断絶している。それは本当に、昨日から続いている自分なのか、証明する方法は難しいんだ。

「……どうにかしてあの白い女を捕まえないと駄目ね。またよからぬ事を考えていそうだし、どうして啓輔を連れ去ったのかもわからない。多分、あいつはいるだけで問題なのよ。うん、絶対そうだ」

 決めつける口調でそう言ってのけたが、相変わらず判断材料はない。ま、俺を誘拐した時点であの白い女は黒だと言える。

 もちろん、相手にだって何かしらの言い分はあるんだろうがね。ただ、俺を捕えてそのまま放置。今のままだと何を考えているのかさっぱりわからない。

 高みの見物という考えもある。俺を捕え、リルマに通達。彼女がどれだけの時間をかけて俺を助けるのか。建物を調べる時にどんなふうに行動するのかといった感じだろうか。しかし、本当に用事があるのならあっさり俺を攫ったのだから何かをするちょうどいいタイミングだったはずだ。何か邪魔が入ったのか、それとも興味を失ったのか。

 結局、どれもこれも俺の妄想の域を出ない。

 廊下を警戒しながら部屋を後にする。扉は一応、閉めておいた。

「何か考えないとね」

「そうだな。それで、どうするんだ? 警察に言うのか?」

 何の気配もない廊下を歩きつつ、お互いに警戒は緩めない。リルマに渡された懐中電灯だけが俺の行き先を明るく照らしてくれていた。

「それでもいいけれど、証拠がね。私があんたを助けちゃった時点でどうして私がここに来たのかって言われると面倒だし……ちょっと考えてみる」

 色々と思案するリルマに俺は一つ質問することにした。

 白い女から言われたことだ。俺の事を惑わす言葉だったことは否めないが、多少なりとも人間だったら知りたいことの一つでもある。

「なぁ」

「何?」

「本当の自分って何だと思う?」

 いつぞやみたいに変なのと言われて終わりかと思えば眉根を寄せていた。

「うーん、ちょっと待ってね」

 きちんと考えてくれているらしい。琴線に触れるのなら、それ相応の態度をとってくれるのだろう。

「本当の自分? それは多分、今の自分よ。自分は一人しかいないでしょ? だから、それが本物」

 わかるようでわからないような答えだった。

「そうか」

 俺はそれっきり口をつぐんで本当の自分について考えてみることにした。

 そのうち取り壊されるであろう病院から脱出した俺はリルマによって丁重に家まで帰された。

「リルマ、送っていこうか?」

「冗談でしょ。そんなこと言ってるとまた攫われるわよ」

 リルマを見送り、一日が終わったことを実感した。まったく、面倒な一日だった。

 一人暮らしはこういう時に楽だ。これが実家暮らしならどこに行っていたのかと問い詰められていただろう。もっとも、リルマに送られたのなら母ちゃんが変な事を考えそうだが、それを踏まえても非日常的な体験だった。

 安全だと思われる部屋までやってきた誰かが入り込んだと言った違和感もない。

「……一人だよな」

 しかし、部屋の中にはなんだか俺を含めて二人いるような気がしてならなかった。


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