表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影食いリルマ  作者: 雨月
25/98

第二十四話:縦と横のしましま

 そろそろ扇風機さんを仕舞ってやろうと思う。

「今シーズンも大活躍だった。ありがとう、扇風機さん」

 来シーズンも是非、契約をしてもらうかな。彼がいるのといないのでは快適さが全然違う。もちろん、冷房さんとの併用での話だ。彼単体では心もとない。それなら冷房さんだけでいいじゃんとなるが、電気代の事を考えるとやはり扇風機さんが主力となる。古い冷房だから電気を喰うんだよなぁ。しかも、機能が一部壊れているから冬場は役に立たないし。

「……お?」

 ふと、思ったのだが、扇風機のファンの部分にハロゲンヒーターの熱伝導部分をつければ冬と夏両方使用できる気がする。つまり、オールシーズン扇風機さんがこの部屋に居てくれるわけで、寂しくなくなるのだ。

 もしくは、ハロゲンの後半(熱を発する部分ね)の前に耐熱処理を施したファンをつければ夏は風を送り、冬はハロゲンを起動させて熱を送れるのではないだろうか。

「技術革新が待たれるな」

 あと三十年ぐらいしたら出来るかもしれない。出来てもまぁ、必要ないとの理由で廃れそうな感じだ。それに、それならエアコンでいいじゃんで終わるだろうな。

 電気を得ることで風を操る魔法使いを押入れに突っ込み、今度はタンスのほうへと手を伸ばす。

「さて、次は秋物の準備だな」

 日中は半そででも問題ない。しかし、夜になるとちょっと寒くなってきていた。

 そんなわけで、秋ものの服を買いに行こうと思う。部屋着だから大してオシャレじゃなくていいから楽だ。

 外に出て数分、足を押さえてうずくまっている中年の女性を見つけた。犬も歩けば棒に当たるとはよく言ったもので、部屋の中にいても、出会いが無いからな。

 でも、友達の話だけど家の中を歩いていたらもう一部屋あるようなところがあったそうな。間取りで確認すると確かにあるようで、壁を触っていたら壁がはがれたって言ってたっけ。それで、謎の部屋へ通じる扉が出てきたらしい。怖くて開けられないからそのまま放置しているらしいが、あの扉、どうなったんだろう。

「ううっ……」

 見てしまった以上、このまま女性を放置するのも寝覚めが悪い。

 ぜひ、助けよう。こういう場合は取引先の重役の可能性がある。まぁ、それは俺が会社に務めていた場合だ。残念ながら俺は会社員ではないので出世につながりそうではない。恋愛関係でも年齢がさすがに離れすぎだ。見た目は若いものの、相手するには骨が折れそうだ。

「どうされました?」

「足をくじいてしまって」

 最近、俺を投げつけるだけで塀をぶっ壊したり、渾身のけりを食らっても難なく立ち上がる人間を見てきただけに、足をくじいて動けない人を見るのは新鮮な気分だ。

 人間とは本来脆いものだと改めて認識させられるね。生身の人間なんてすぐに怪我をする存在だ。この前、子猫がトラックに撥ねられたのに一応、原型保っていたから驚いた(スタッフがそのあとしかるべき場所へ連絡しました)。

「本当ですか? えーと、そういえば近くに病院があるから……よければ、負ぶっていきますよ」

「え、いえ、そんな……大丈夫です」

 そう言って立ち上がり、二、三歩程歩いて転んでしまった。嫌な音も聞こえたのでさらに悪化したように見える。

「あの、無理はしないでください。悪化するんで」

「そうですね、お願いします」

 こちらの提案をのんだのは人通りが意外と少ない場所で、なおかつ相当痛いからだろう。

 目的地の場所まで案内し、受付の人にお願いをして車いすを持ってきてもらい、その場を去る。

「ありがとうございます、助かりました」

「いえ、当然のことをしたまでです。じゃ、失礼します」

「あ、名前を……」

「気にしないでください」

 良いことをしたからと言って、自分にとって都合の良いことが起こるわけでもない。他人を助けたらさっさと逃げるのが吉だ。

 いつもよりじっくり時間をかけて服を選んでいると(縦縞にするか横縞にするか)、どこかで見たような女の子が視界に入った。

「ありゃぁ、確か……」

 美空美紀さんだったかな。

 俺が裕二だったら早速神様が、もて道へのチャンスを与えてくれたと言うだろうね。しかし、あいにく今は忙しい。しかも、最近女運が悪い。

 どうせ向こうも率先して話しかけてくるタイプじゃない。例え、俺を見つけても気づかない振りするかもしれない。

 そう考えて物色を続ける。

「あの」

 しかし、予想に反して相手は話しかけてきた。

「はい?」

「お久しぶりです。美空美紀です。覚えていますか?」

 とてもリルマの友達とは思えない、物腰柔らかなタイプだった。どちらかというと蛍ちゃん側の友達かもしれない。

 まぁ、こういうタイプは何か裏がありそうな感じでそれはそれで怖いんだが。

「うん、覚えているよ。遊園地に来ていたよね」

 一見するとフレンドリーな子だな。俺も手を止めて相手に向き合った。

 心の警戒レベルを限りなくグリーンに近づけておいた。

「よかった。愚図だと思っていましたけれど、人の名前を覚えるスペースは脳内に足りているんですね」

「え?」

 さっそく雲行きが怪しくなってきた。何だかあまり良くない口調だぞ。こんな子だったっけ。警戒レベルをイエローゾーンへと移行。

 いかん、遊園地のときはほとんどリルマのことで頭が一杯だったから思い出せない。そもそも、ほとんどアトラクションに乗ったりせずにのびちまったからなぁ。

「何、ぼさっとしているんですか」

 そして相手は俺が考える暇を与えてくれない。最初の印象何てもう吹っ飛んでいた。コンディション、レッド。

「そりゃ悪かった。それで、俺に何か用事? 俺、忙しいんだけど」

 相手が友好的であるのなら、友好的に接しなさい。相手が好戦的であるのなら、縁を切りなさい。道理である。この子は縁を切るべき相手だろう。

 言葉のやり取りだけではない。何となく、この子はリルマと同じような気がするのだ。

「忙しいってこんな安い店で服を選んでいるだけですよね。しかも、縞模様の縦か横かをずっと悩んでる」

「ああ、そうだよ。それが?」

 俺の問いかけに、彼女は満面の笑みになった。

「くっだらない時間の使い方ね」

 次に不敵な笑みを浮かべ、そんなことを言ってきた。頭の中でコンボ発動という掛け声が響いた。

 まぁ、何と口の悪い小娘ざんしょ。これならまだ半端に猫をかぶっていたころのリルマのほうがマシだ。俺の瑠璃ちゃんの足元にも及ばないぜ。

「それは関係ないだろう? そもそも、俺に何の用事だ」

「母を助けてもらったのでわざわざお礼を言いにきました」

「……ああ、さっきのあの人がお母さんか」

 さっき助けた女性は言われてみれば目の前の女の子に似ている気がする。世間って狭いもんだな。

「気にしなくていいよ。当然のことをしたまでだから」

「偽善者ですね」

 お前は俺にお礼を言いに来たのではないか。

 煽りに来たのなら帰ってくれ。

「ああ、助けた俺、格好いいとか思うんでしょ」

 何故、人助けをしたのにここまで言われなくてはいけないのか。やはり、人助けをしていいことがあるなんて所詮は寓話のなかのものか。

 こちらはお礼なんてこれっぽっちも期待していなかったし、やましい気持ちはちょっとしかなかった。

 反論すると相手はまた何か言ってきそうだ。そうなったらまた、面倒だ。

 待て、待つんだ俺。もしかしてこいつは人を助けるのは損をする行為だと教えてくれているのか。

 なんだよ、お前の母ちゃん助けてやったのに何でこんなことを言われなくちゃいけないんだという考えは損をする。まず、人を助けるという行為自体が損をすると認識していなければならない。見返りを求めるのであればそれ相応のリスクが付きまとう。見ず知らずの困っている人を助ける理由なんてどこにもないのだ。

 そして、ここまで言われて頭に来ない人間はいない。それはそれ、これはこれという別問題だ。

「何か言いたいことがあるんですか?」

 俺の事を小ばかにしている美空美紀はこちらを値踏みしているようだった。なんだろう、その目を見ていると怒りが引いていくのを感じる。

 相手の思惑で動きたくはない。冷静さを失えば、人は正常な判断が出来なくなる。頭の中に、リルマの手を払ったことが再生される。自分でも知らない内に、それは嫌な事だと認識してしまっているらしい。

「話は……」

「うん?」

 美紀の視線が鋭くなる。何らかの思惑があって俺に接し、演技でもしているのか。

「……それだけか?」

「ええ」

「そうか、じゃあな」

 結局縦も横も購入することにした。意外にも毒舌の美空美紀は追いかけてこない。やはり、何らかの意図があったのかもしれない。

 このとき、もうちょっと話をしていればまた今後が変わっていたのだろう。そのときの俺は変な奴に絡まれたという気持ちしか生まれてこなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ