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影食いリルマ  作者: 雨月
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第二十二話:金髪でかわいい都市伝説待ち

 午後九時半、小学生は寝る時間だ。

 最近じゃそうでもないな。塾や勉強に忙しいのだろうから。この世界のどこかでスマホで何かを読んでいる人もいるかもしれない。

 そんな時間を、俺は時間割を決める時間にあてていた。その後期の時間割を埋めていた俺の耳に、耳障りな着信音が届く。

 ディスプレイには夢川裕二の文字が浮かんでいた。

「あぁ? 裕二か。面倒だな」

 そのまま無視も考えたが、何か用事かもしれない。ほら、もし電話に出なかったら永遠かかってくるパターンとか、押入れが開いて何で出てくれないんだよとか。

 どっちも嫌だな。

 一度でいいから、メリーさんから連絡があってほしいよなぁ。ヘリコプターして待っていようと思う。けど、メリーさんって人形なのか、人間なのか、人外なのかよくわからないな。俺の中では金髪の人形ってイメージだから多分、外国産だよな。

「Hi! My name is Merry. I’m Behind you! Thank you!」

 うん、いいかもしれない。やはり、私、メリーさん、今あなたの後ろにいるの、より英語の方がしっくりくると思うんだ。

 そして、背後に回ったメリーさんは後ろから俺の両目を手で伏せる。だーれだと言ってくるわけだな、うん。なんというハートフルな都市伝説なんだろう、メリーさんって。

「ん、いや待てよ」

 メリーさんって自分の事をさんづけで呼んじゃう痛い子じゃないか。年端もいかない女の子がそう言うのは許されるけど、二十歳越えのメリーさんだったら労わってやるのが無難だろうか。何せ、わざわざ電話をしてきて最終的に背後に回り込むんだから構ってちゃんの類ってことになる。俺がメリーさんならば、黙って相手の背後に立って終わらせる。

 もしかしたらメリー・サン。つまるところ、サンはファミリーネームかもしれない。

 メリーさんはともかく、今は裕二の相手をしないといけない。

「はいはいもしもし」

 やはり、リスクは切り捨てるべきだろう。わざわざ背負う必要はない。

「俺、俺だよ俺。突然で悪いんだけれど超いい感じのサプリメントがあるんだけどさ、買わないか? ついでに今からメールを送るからメールに添付されているURLを開いてみてくれ。そうしたら明日への希望を開けるセミナーにも参加できる。大丈夫、宗教の勧誘だとか詐欺だとかじゃないから。俺、超幸せになっているから、うひょほよー」

 支離滅裂で何を言っているのかわからない。恐らく、人智を超えたセミナーを受けて怪電波を受信できる体質になったのだろう。そのうち窓に怪物を見て失踪すると思うね。

「それ、誰が引っかかるんだ?」

「さぁな」

 わりと冷静な口調で返された。さらにボケると思っていただけに拍子抜けしてしまった。

「ちなみに今のところ負け越しだろ?」

「負け無しだ、無敗、無敗だぜぇ」

 え、すげぇ。この謡い文句でひっかかるアホがいるのか。よほどの素直なやろうか、頭のネジがいかれている奴だろ。

 もしくは、俺が知らないうちにこの世界は宇宙的脅威によって毒電波を受信していたのかもしれない。高次元の存在への接触により人は更なる知識を得るのだ。しかし、知ることは精神を蝕み、いずれ人は心を壊される。

「何せお前が一人目だからな。無敗伝説は今から始まる」

「……確かに負け無しだな」

 誰にも負けていないから、無敵。よくあることだった。コズミックホラーはまだ日本には浸透しないのだろう。

「それで、どうしたんだ」

「……財布を落とした。えっと、浦羽津橋山っていう駅の近くに居てだな……金、貸してくれないか。いや、迎えに来てくれ、頼むっ」

 見なくても大体予想はつく。電話の向こうで頭を下げていることだろう。まぁ、助けるのは構わないんだが。

 しかし、簡単に助けてやると言うと調子に乗る恐れがある。どうしたものかと俺が黙り込むと、受話器から女の声があふれ出した。

「ねぇ、啓輔きゅん、ゆめゆめぇ、困っちゃったー。助けてほしーなっ。もし、助けてくれたらぁ……ゆめゆめを一日だけ好きにしていいからっ! 嘘じゃないよぉ、ほんとだよー?」

 声真似がうまいっていう特技は恐ろしいな。

「お前、喉潰した後、○○○潰すぞ」

「やーだぁ、啓輔くんってば下品―」

「今すぐ、声を変えろ。お前の○○抉って、○○に詰め込むぞ」

「……わかったよ、そんなに怒るなよ」

 一度声を調整するような感じの間が空き、また受話器から声が聞こえてきた。

「け、啓輔? 迷子になっちゃったんだけど……迎えに来てくれない?」

 受話器から聞こえてきたのはリルマの声だった。

「……悪趣味だ」

「だって、声を変えろっていったじゃんかよ」

「次やったら尻に大根ぶっ刺してぶりと一緒に煮込んでやる」

「お前さんの方が悪趣味だわ。まだ鍋の季節には早い」

「両親に助けを求めたほうが賢明じゃないのか?」

「迷子になった挙句、財布をなくして親に迎えに来てなんて恥ずかしくて無理だ。頼れるのはお前さんだけなんだ。夜の九時過ぎちゃってて悪いんだけどよぉ」

「……わかったよ。つーか、最初っからそうやって頼めばいいのに」

 そう言って黙り込んだことを思い出した。今回は俺が悪いかな。

「なぁに、ちょっとしたおまけだ。宗也にも似たような感じでお願いしたらすげぇ拒絶反応出して発狂してた」

「あいつが発狂って珍しいな」

「ああ、清純派で売り出していたなんとかアイドルの声真似で、け、契約取るためなら一緒に寝るのも仕方ないよねって言ってやった」

 そりゃ、人によっては発狂するんじゃないのか。

「それを耐えたから、本当は妹さんの声で……」

「それはやめとけ、宗也が本気出したら束になっても敵わんぞ」

「そうだな、さすがにやり過ぎだと思って控えた。俺っていい子」

 俺は一度ため息をついて外出の準備をするのだった。

 九時過ぎに外に出るのは俺の方でも警戒するわけで、夜道を歩くOLの気分が何となくわかる気がする。

 それからうっかり者のところへいって十一時半。青木の声で助けてくれてありがとうと言われたので、馬鹿のケツを蹴っ飛ばして送り届けてやった。

 駅から裕二のアパートまで何度かざわめきを感じて道を変えたのだが、あいつは何も言わずについてきてくれた。無事についたからふざけたのだろう。

「さて、帰るか」

 それから自宅に帰ろうとしていた。

 無論、その間一生懸命お守りを握り締めていたりする。裕二のアパートから途中、何度か影に追いかけられたが逃げ切った。もし、捕まっていたらどうなっていたのだろう。

 ゴールまでもう少し、そのとき、人の気配を感じた。

「あの、すみません」

 声をかけられたとき、ああ、やはりお外が暗くなって歩き回るのは危険なんだなとそう思えた。外に出る奴は事故にあう可能性を考慮して、外出しないといけない。夜の外出は更に危険が跳ね上がる。大丈夫だろうという気の緩みが、面倒ごとへの入り口なのだ。

 あの日、あの時、あの場所で、自分がああしていなければと悔やむ機会は誰にだってあるもんだ。

 見た目で人はほとんど決めるのだ。俺もその例に漏れることはない。

「……はい、なんでしょうか」

 何せ、俺に話しかけてきたのは上から下まで全身白い衣装の女性だった。まちがいなく、面倒ごとへの案内人だ。

 白い服と言っても、なんというか、あれだ、刺繍でびっしりと紋様が書かれている。これを着て、外を歩いている。昼ならまだしも、夜は完全に不審者だ。

 まぁ、まだ見た目ですべてを判断するのは早い。何かのコスプレ衣装かもしれない。宗也がいたら答えていてくれたかも。

 顔だけ見れば、好みのタイプだ。ただ、いつだって罠と言うものは見た目を偽装している。罠だ罠だと思いつつ、はまってしまう人の気持ちもわからなくもないんだ。

 そして、はまった時に口走る。やはり、罠だったのかと。

「俺に何か用事ですか」

 しかし、現実にそう言った事があるのは稀だ。大体が気のせい、勘違い。

 会話のキャッチボールで不足していた情報を補うのは可能だ。こう見えて、普通の人かもしれない。見た目で決めつけるのはよくないよな、うん。

 キャッチボールに軽く付き合うぐらいの寛容さは持ち合わせている。

「この世界に、闇が満ちていることを知っていますか?」

 完全に暴投、こいつは駄目だ。これはフォローのしようがない。撤収しないと、危ない。

 ほら、見てみろ。夜のお外は怖いじゃあないか。闇なんて言葉、一般人は闇鍋ぐらいにしか使わないぞ。あとは、心の闇ぐらいだ。それだってニュースで見る程度だよっ。

「いやぁ、ちょっと存じ上げないっすねぇ、へへ……」

 へらへら笑いながら逃げる準備を整える。頭の中はレッドアラートを鳴り響かせる準備を始める。きれいな顔でおかしなことを口走る人はもう駄目、なまじっか、顔がいいだけに問題がある。

「私と貴方なら……色々できますよ」

 美女からのお誘いとはこりゃ嬉しいね。色々と出来ちゃいそうだ。

 しかし、天秤が均等にはならない。リスクだらけの出会いなんてごめんだ。

 話の通じない本能で動く化け物よりも、話は出来ても理解しあえない相手の方が怖いな。

「あー……いや、すみません。僕、急いでいるんで、失礼します」

 そういって回れ右してすぐさま全力疾走を始めた俺。しかし、いつの間にか相手が目の前に居た。

「え」

 後ろを振り返る。そこには誰もいない。実は双子でしたって落ちじゃなかった。

 俺が振り向いた瞬間に目の前にいるなんて、どういうことだよ。こんな動き人間に出来るのか?

「ただ、あなたは黙ってお話を聞いてくれればいいのです。私が幸せへと導きますから」

 俺の頭の中で、警鐘が鳴り響く。こいつは単なる人間じゃない。やはり、迷惑をかけてでもリルマと一緒に居るべきだった。

 時すでに遅し。

「さぁ、こちらへ……今宵、影も満ちていますよ」

 手を伸ばされようとして、俺は動けなかった。何せ、いつの間にか沸いた影が俺を両脇から挟んでいたからだ。リルマは容易く倒していたが、人間の力で振りほどけるような代物じゃなかった。

 これはもう相手の意見を受け入れるしかないんじゃないのか。どこかについて行くふりをして、隙をついて逃げるしかない。

 そう思った矢先、思いっきり後ろに引っ張られた。ついでに、両脇に居た影も何者かに消し飛ばされる。

「外を出歩くなって言ったのにっ」

「り、リルマ?」

 俺を後ろに放り投げた後、すぐさま目の前の白い女を蹴っ飛ばした。

「お、おい、やりすぎじゃ……」

 一切躊躇のない蹴りだ。鳩尾あたりにヒットし、民家の壁に激突している。やりすぎのように思えてならなかった。勝手にスプラッタな展開を想像する。

「あんなのいいからっ、逃げるわよ」

 リルマに担がれる瞬間、何事も無かったように立ち上がる白い女性を見て、俺は少しだけ考えを改めていた。

 コンクリだって蹴散らすリルマの蹴りだ。それを耐えるなんて、やはり単なる人間じゃない。

 肩に担がれ、情けない姿をさらしている俺はしみじみと思った。

「……まだまだ、この世には不思議が溢れてるんだなぁ」

「口、閉じてなさい。舌を噛むから」

 リルマに小突かれ、俺は今後どうなるのか思いを馳せるのだった。


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