第二十話:確率はあくまで確率
きっかけは何となく。誰にだってあることだ。
ふと、手品をしたくなった。誰かに見せたいと言うわけでも、これで飯を食っていきたいと言うわけでもない。気が緩んでいると突拍子もないことを思いつくことは割とあったりする。暇な時に左手の親指を隠して右手の親指をはなしていたらやりたくなったんだっけ。
テクニックがあれば何でもできると言うわけでもない。やっつけ程度の間隔でやりたかったので友達から使い古された手品用途の道具を売ってもらった。ついでに、やり方も教えてもらい、この手品の大事なところはここ一番というところで相手の注意を別に逸らすことだと教えられた。
他にもいくつか手品を教えてもらって(どれも子供だましだと彼は笑っていたが)、俺の中では割と満足したわけだ。それから、飽きるまで手品を練習し、裕二や宗也、大学の他の友達にも見せて一過性の手品ブームが起こったりもした。
前期の時だったから後期が始まったところでみんな忘れてしまっているだろう。俺も忘れてしまったわけだが、おかげで俺と裕二と宗也はいかさまの腕をあげたりする。
買った道具は気づけば鞄に入れっぱなしで、取り出すこともなくなった。
それを思い出させたのはリルマとファミレスで偶然出会い、何か難しそうな顔をしている時だった。今日は珍しくジャージじゃないな。
ファミレスのガラス張りから行きかう人々を見ているリルマは何を考えているんだろうか。
まぁ、二人一緒に居るからという理由で仲良く話し合う事もない。俺は鞄の中を漁ってトランプを見つけた。
「お」
「ん? 何それ」
俺の声にリルマが反応して手元のトランプを見ていた。
「見ての通りの物だ」
「トランプ?」
「小アルカナ」
「は?」
「鞄の中には大アルカナも……あるかな?」
「え、なにそのノリ。気持ち悪い」
人は得てして、理解の及ばぬものに恐れを抱くものである。
「リルマ、お前超能力って信じるか?」
「はは、何言ってるの? あるわけないじゃん」
超能力と言っていいスキルをお持ちの女の子は笑っている。よくもまぁ、超能力を否定できるもんだ。
「わたしは透視ができます」
「へぇー」
「あなたの選んだカードを当ててみましょう」
そう言って俺はカードを切って扇状に広げる。
「お好きなのを一枚だけどうぞ」
「じゃあこれ」
間髪入れずに一番右端を選んできた。リルマと一瞬だけ、視線が交わる。相手は挑戦的な目つきをしていた。
「カードの絵柄を覚えたら裏返しのまま、好きな場所に戻してくれ」
「覚えた」
そういって今度は真ん中に突っ込む。俺はすぐさまカードを切って、ここで少し不自然に右手を軽くあげて、左手でトランプをテーブルの上に置く。左手はそのままトランプに重ねておいた。
リルマの視線は挙げられた右手に向けられてすぐに左手へと移される。俺が何か細工をしていると踏んだらしい。
「……わかりました」
「え?」
しかし、そっちは外れだったりする。もちろん、右手を見ていても細工なんてしちゃいない。
俺はそれなりの間を開けて、笑って見せる。
「あなたが引いたのはジョーカーですね?」
「嘘、当たり……」
「ふふん、ざっとこんなもんだね」
そういって道具を戻してリルマの表情を見る。
すっげぇ、きらきらした目をしていた。
「すごい! あんた、本物だったのね?」
「え、あ、いや……どうも」
手品に決まってんだろと言えなかった。
「他には? 他には何か当てられないの?」
さっきのきらきらとした目は、薄汚れた俺が直接受けると吸血鬼に日光よろしく心の何かが叫び声をあげそうになる。
この流れから手品だよ、透視は出来ないんだよと言う流れに持っていくしかない。
「よし、お前の下着の色を当ててやろう、上はレモン色だな、そんで、下は水色だろ?」
これなら外れるはずだ。俺の浅い女性知識では、女物の下着は上下揃っているはずだからな。
「……え、嘘、なんで知ってるの? 偶然ずれてそうなったのに……」
ぎょっとした表情を向けられる。
やばい、イレギュラーだわ。なにこれ。
「いや、たまたまだ。さっきのトランプもたねがある」
「たね?」
「リルマ、さっきのトランプ調べてないだろ? 実のところ、あれは一種類のトランプ」
「一種類?」
「そう、一種類。リルマが引いたのはジョーカー。つまるところ、すべてがジョーカーのトランプだったんだよ」
そう言って俺は鞄を適当にあさってトランプをテーブルに置き、リルマの前に押し出す。
「当たるのは必然。一種類から選ぶだけ。な? 単純明快、当たる確率は百パーセント。子供にだってわかる仕掛け」
外れるわけがない。
「これさ」
「おう?」
「普通の、トランプだけど?」
「は?」
無表情のリルマから渡されたトランプ。俺はそれを受け取って絵柄を確認する。ダイヤの三、スペードの六、等々、ジョーカーは二枚入っていた。
「あれ、本当だ」
俺が調べているのは種も仕掛けもないトランプ。
「ちょ、超能力?」
「その怯えた目を俺に向けるのはやめて」
「啓輔と一緒に居るとトランプで遊べないし、ローテがずれた時に限って下着の色を言い当てられて馬鹿にされるんだ」
なんだその限定的な超能力は。あと、ローテってなんだ、下着のローテーションの事か?
「待て、もう一度やろうじゃないか。ここで俺が外せばいいんだろ?」
俺はトランプを切り始める。見よ、これぞ鮮やかなリフルシャッフル。
「外すのは」
「あん?」
「外すのは、簡単でしょ?」
リルマの視線が痛かった。
「だって、あんたには見えているんだから、敢えて違うのを口にするだけでいいんだもの」
「その地球を侵略しに来た異星人に向ける目をやめたまえよ」
くそ、せっかく綺麗なリフルシャッフルを見せつけてやったのに意味がないじゃないか。
「ほら、引きたまえよ」
俺はまた扇状にカードを広げる。
リルマは、さっきみたいにすぐさまカードを選ばなかった。
「私が最初にジョーカーを引く確率」
「なんだ、唐突に」
「次に、啓輔がジョーカーだと言う確率は百パーセントとして」
「うん」
「下着を当てる確率はわからない、か」
「……さ、いいから引いてくれ」
「う、うん」
一回目より緊張している空気。異変を感じたのか、ウェイトレスや他の客がざわついている。
「これ」
「覚えたか?」
「うん」
戻す位置は引いた場所と同じだ。俺はシャッフルしてカードを目の前に置く。
この中にはジョーカーが二枚入っている。ちょっとばかり当たりやすくなっているが、本来ならすべてジョーカーだったはず。それを間違う事はない。今回は普通のトランプ、あとは単純に確率の問題で絶対に当たる保証はないが、当然絶対に外すわけでもない。
リルマが最初にジョーカーを引く、二回目にジョーカーを引く。ありえなくはないが、こう続くものでもない。
「リルマが引いたのは、ジョーカー……おい、その得体のしれない何かを見る目、やめろい」
「当ててくるとはねぇ……あのさ、はっきり言っていい?」
困った風な顔を見せるリルマに、俺は少々疲れた表情を見せた。
「なんだね?」
「気持ちが悪い」
「俺もそう思うよ」
「ずるをしたって言われた方がまだ信じられる」
「あいにく、イカサマはしてないね」
自分がここまで運がいいなんて思わなかったよ。
「これでさ、一番上がジョーカーだったらどうしよう?」
「そうだな、宝くじでも買ってみるかな」
二人してテーブルの上に置いてあるトランプを見つめる。
結局、どちらもカードを引くことはなかった。
それからファミレスを後にして、少しだけ一緒に歩いていると割と強い風が吹いた。スカートをはいていたリルマは慌てて前を押さえるが、少しだけ後ろを歩いていた俺は中身が見えた。
「……なるほどね」
心の中にあった薄気味悪さがリルマのパンツを見たことできれいさっぱりなくなったのだった。




