第十四話:一歩一歩
宗也の家へやってきた。改めて立派にそびえる門を見る。
「金、かかっているんだろうなぁ」
どっしりとした雰囲気を漂わせ、匹夫が思わず嫉妬して着火しそうなほどの装飾がある。持つもの、持たざるものの境界線、あっち側は持つものしか立ち入ることを許されない、そんな事を考えてしまう。
「馬鹿なことを考えていないで、チャイムを押すか」
チャイムを押すと、これまた格式高い音色が響き渡った。間延びした音ではなく、鋭く、そして勇ましい感じだ。
この家にやってきた泥棒さんの目利きは正しい、きっと金持ちだ。そして防犯レベルも高いのだろう。何人の泥棒が逮捕されたのだろうか。
きっと現代に五右衛門的な者が居れば自身の技術を確かめるために入り込んだんだろうな。
「はーい」
これでお手伝いさんが出てきたら俺は恐らく、越えられない壁を見つけることだろう。もちろん、家政婦を見たことはないが。
「あ、啓輔さん」
「メイドさんっていうのも死ぬ前に拝んでみたいっ。そう思わないかっ、宗也っ」
「は?」
「あ、蛍ちゃんか。ごめんよ、てっきり宗也かと思ったから」
憤怒の表情で両腕を上げていた俺を出迎えたのは宗也じゃなかった。小洒落た服を着ている蛍ちゃんだった。
今の俺、どう考えても変質者一歩手前だ。場合によっては通報からの違うんだ、そういうつもりじゃなかったんだのコンボもあり得る。
そういって三回も連れて行かれた俺のおじさん、元気にしているかな。きっと、高い塀の中であれをぶらぶらさせて楽しんでいるに違いない。
「さて、蛍ちゃん」
「はい?」
こういうときは下手に言い訳をせず、軽く流して別の話に変えるのがベストだと誰かに聞いた。
「宗也いるかな。今日、晩飯を一緒に食べないかって誘われているんだ」
「あ、はい。聞いています。あがってください」
ちゃんと話が伝わっているのか。出てこないのはどうせ、ネットゲームをしているのだろう。
ネットの海にはたくさんのフレンドがいるんだと彼は言っていた。三次元でも一応友達がいる彼(大半は美少女)はそのうち一次元や四次元にも友達を作りそうだ。
異次元フレンズといつか邂逅するのだろうか。ぜひ、三次元代表選手として励んでほしい。
「んじゃ、お邪魔します」
「どうぞ」
家の中に案内されて通された部屋はぬいぐるみや参考書が置いてある水色を基調とした場所だった。いつものゲームや何らかのフィギュアがおいてある部屋ではない。
フィギュアで思い出したが、一度、宗也がお手洗いに言ったタイミングで裕二がふざけてフィギュアを人質にとり、首筋におもちゃの剣を当てていたことがあった。写真にとって、送ってやると速攻で戻ってきて裕二を血祭りにしてたっけ。
やめときゃいいのに、裕二の奴も報復として二束三文で購入した壊れた美少女フィギュア(宗也の好きなキャラらしい)に昆虫のフィギュアのパーツをくっつけていた。エアブラシまで購入して全体的なカラーリングを整えていたりする。裕二はその出来に満足しなかったようで、パテやさらに他のパーツを使用して本格的に改造を開始したな。
後日出来上がった半人半蟲のグロテスクなフィギュアはなかなかの造形として宗也に認められるというわけのわからない展開になった。
その時の裕二のコメントが、残念ながら当初の目的は達成できなかった。しかし、別の手ごたえを感じることが出来た。これを糧に更なる飛躍につなげたいと語っていたっけ。コメントが堅苦しかったな。
「あのー、啓輔さん?」
「ああ、大丈夫」
ちょっと記憶の彼方に旅立っていただけだ。
「……と、いうか、あれ?」
「あ、もしかして散らかっていますか? 部屋は、その、片付けたつもりですが」
困った様子の蛍ちゃんだが、俺のほうがちょっと困っていたりする。
「ああ、いや、普通に片付いているね、うん。すごく綺麗」
ちなみに、俺の部屋は元から物が少ない。何せ、物が多いとすぐに散らかしてしまうタイプだから日ごろから捨てることを意識しているのだ。
まぁ、それでもどことなく散らかっているのが俺の部屋だ。
「ここさ」
「はい」
「もしかしなくても蛍ちゃんの部屋?」
「はい、そうです」
いいのかね、男の俺が入っちゃって。蛍ちゃん、気を付けないと悪い狼に食べられちゃうぞ。
「えと、宗也は?」
「お兄ちゃんは急用が出来たとかで外出しました」
「え」
半分引きこもりの宗也が急用ってかなりの案件なんだなぁ。そりゃ、仕方ない。そう思いつつ、何か仕込まれたんじゃないかと考える。
宗也から連絡がないという事は後者だろうな。
「そっかー、じゃあ、帰るかな」
「あ、大丈夫です。先ほども言ったとおり、託されましたから」
託されましたって、何を? 日本の未来を?
両手を胸の前でグーにして、蛍ちゃんはやる気に満ち溢れていた。おしとやかそうな子だが、芯は強そうである。そんな彼女を押し倒すとたぶん柔らかいだろう。
俺のほうは女の子と部屋で二人きりのとき、こほん、まぁ、いろいろとやるので、詳しくは言えないが、友達の妹の部屋となるとそれはまた違う立場だ。そういう場合、自分の立ち居地が難しい。バイト初日みたいな居心地の悪さを感じる事請け合いだ。
「お料理を作る前に聞いておきます。啓輔先輩は何か苦手な食べ物ってありますか?」
「特に無いよ」
食べられるものは大体口にするよ。
「よかった、頑張って作りますね」
ここで裕二がいたら何を? 子供を? とか飛ばしていたんだろうが……いいや、さすがに無いかな。
「え、料理って、蛍ちゃんが作るの?」
「ええ、パパとママは旅行中ですから」
パパとかママとか初めて聞いた。
うちの呼び方は母ちゃんと……お父さんだったかな。
「険しい顔をしていますけど、もしかして、気分が悪いんですか?」
「……いいや、なんでもないよ」
ダディー、マミーはまだ見たことないな。余所なら、おふくろ、親父は見たことあるが。
「今は私が作っているんです。あ、大丈夫です。ちゃんと、おいしいもの作りますからね」
ま、まぁ、冷静に考えてみたら宗也は実家にいるのだから蛍ちゃんが居てもおかしくは無いか。
しかし、良く考えてみれば一度も会ったことない。一人暮らししていたといっていたし、遊びに行くのが平日の昼間だから会うことはなかったんだろう。
多分に、この一つ屋根の下にいるのは俺と蛍ちゃんだけ。やらしい展開を期待しているわけじゃないぞ。あまり話した事の無い相手と一緒に晩御飯。会話に気を使わないといけないんじゃなかろうか。
「じゃあ、晩御飯の準備をしますね」
「あ、ああ」
「啓輔先輩はこのまま部屋に居ますか?」
俺がこの部屋にいられるわけがない。家族でもなければ、彼氏でもないのだ。友達ですら怪しい。おそらく、顔見知りの先輩後輩といったところか。
「引き戸の中にあるものさえ見なければ、居ても大丈夫です」
たぶん、見てしまえば人が豹変するかもしれない。それは少し、興味があるな。おしとやかな彼女がどれほど豹変してくれるのだろうか。
だが、結局俺は勇気を出せなかった。
「……一緒に行くよ」
「そうですか?」
残っていてもすることなんて無いだろう。ついていけばせめてテレビのある部屋に行き着くに違いないね。それならテレビを見ているだけで時間は潰せるだろう。
絶対に引き戸に隠されているものを見てはいけない。そう思った。