第十三話:下ネタへの片道切符
友人である九頭竜宗也から、晩飯を食べに来ないかと誘われた。世間的に見て今日は休日、夏休みの俺の立場からいうと、外を出歩くと人が多くて面倒な日である。
「飯? 何だかお前から誘われると不思議だな」
「普段は啓輔君から誘ってもらっているからね」
なお、たいていネットゲームが忙しいとのことで一緒に食べることは少ない。
「それで、どうかな、僕の家で晩御飯を食べない?」
今日は特に用事があるわけでもない。気ままな一人暮らしだからな。彼女もいないし、せっかくのお誘いだ。この前はリルマと食べたばかりだが、友達と晩御飯というのも、悪くない。
夕食を食べに行って、俺が料理されるなんて結果にはならないよな。例えば、妹に手を出してんじゃねぇよって展開、ないよなぁ。
宗也と対峙するとなると、一般人を超越しなければ勝てそうにない。揺らめくように相手の身体は動き、それから繰り出される絹のスカーフのような拳は優雅な動きのくせして一発がとても重たい。選択体育の剣道では、竹刀を弾き飛ばし、つばぜり合いになれば相手ごと吹き飛ばして一人で全員を抜いていった。
何より、対峙した時のあの気迫。俺はこいつに勝てることが出来るのかと自問してしまうほどの凄味。来ると思った時にはすでに遅く、やられているのだ。生まれる時代を間違えたと誰からも言われていた。負けたものは恐怖に感化されることはなく、憧れを抱くのだ。竹刀を振り回しても相手にかする事すらなく、胴を薙ごうとすればその下をくぐって背後を取ると言う信じられないことまでやってくるのだからお手上げだった。
宗也を敵に回した場合、常人では相手にならないだろう。容易くこてんぱんに料理される。
自分で言っておいてなんだけど、こてんぱんって言い方久しぶりだ。
「わかった。行くよ」
電話越しにそんなやり取りをして適当に駅前でぶらつくことにした。何でも、準備やらなんやらあるとのことで七時前後に来て欲しいとのこと。
宗也の両親は海外に旅行中なので、夜通し遊べるかもしれない。それが無理なら九時ぐらいに帰られるようしておかなくては。
「さて、時間を潰すために……何かゲームでも見てくるか」
駅前のゲーム屋さんで何かゲームを買うことにしたが、面白そうなものがない。最近のゲームはダウンロード版もあるわけだが、友達のゲーム機に入れるのは色々とあれだろう。「戦慄のアヒルゲー? ふむ……色とりどりのカラーあひるちゃんが踊って戦うのか。悪くないが、駄目だな」
ワゴンの中には大量のアヒルゲームが積まれていた。オンラインで相手とコミュニケーションをとるあのアヒルのゲームも大量に放り込まれていたりする。
結局納得いくものを見つけることが出来ず、俺はそのまま駅前をぶらぶらとして時間を潰すのであった。おしゃれな喫茶店に行っても見たが、無駄に高かった。最近、見栄を張ってお金を出したので節制に努めなければならない。
ゲームを見ている間に時間が経ったと思えば、それでも充分時間が余っている。
人間が使える時間は有限だ。自分は時間を有効に使えていると信じて、俺は本屋へ行くことにした。
本屋はいい。絵本からエロ本まで幅広く扱っているから飽きない。商いだけに。
「お、啓輔」
「裕二か」
本屋へ向かう途中、裕二に出会った。
「こんなところで何してんだ」
「駅前ぶらぶらの旅」
ぶらぶらの前にたまたまを付けると途端に卑猥になる。似て非なるものに、いっぱいのいをおに変える言葉もある。
「え? なんだって? 駅前らぶ? そんなに駅前が好きなのかよ」
「駅前ぶらぶらっ」
「ここでぶらぶらっていうなよ、卑猥だろ」
裕二に卑猥だと言われたくはない。久しぶりに攻めに転じてやろうと思う。
「何、俺らの話題聞いている奴なんていないよ。なんならちんちんぶらぶらでも言ってやろうか? あーん?」
俺の言葉に友人はあきれた表情になった。周りを歩いていた数人が、こちらを見てきたので、変な表情で腰を振ったら逃げて行った。ちっ、見ていくんなら金を払っていきやがれ。
「あー、おい、啓輔。一般人の方が色々と驚くからやめろ」
「ゲージが溜まると奇行に走ります。近寄らないでくださいな……しかしね、貴重な若い時間をぶらぶらに費やすなんてなぁ。ぶらぶらするのは、たまたまだけで充分だろ?」
「だから、たまたまぶらぶらしていただけだ。毎日無駄にぶらぶらして時間を費やしているわけじゃない」
裕二の言葉に、俺は眉根を寄せた。
「おい、さすがに下ネタが多すぎるぞ」
俺のゲージは空になったので一般人に戻りました。
「先に言ったのは啓輔だろ。ともかく、時間を浪費してもったいないお化けに祟られても仕方ないな」
もったいないお化けが成仏する時、夢の島は沈没する。
「そういう裕二は有効に時間を使えているのか」
相手にでしゃばっていくには隙を与えては駄目だ。お前が言える立場なのかというやつがたまにでしゃばるのを見ると白けてくる。
「もちろんだ。これからナンパの予定だ」
それこそもったいないお化けに祟られて終了だろうに。温泉とかに行ったほうがまだましだ。
そこで存分にたまたまでもぶらぶらさせとけよ。やった事のない人間にはわからないが、あれには心を開放する何かがある。本能で過ごす動物には出来ない、人間のオスだけに許された神聖なる行為だ。
精神的に凹んだとき、是非やってほしい。馬鹿らしいと感じることがとても大切だ。
しかし、往来で絶対に、絶対にやってはいけない。いいか、絶対にやるなよ?
俺の叔父は道でヘリコプターと叫んで腰に手を当て、あれを振り回した。そして、捕まった。宗也程の使い手ではなかったが、迫りくる警官を避けてその場で、十分近くヘリコプターを続けたらしい。彼は、起ち往生とあだ名されている人間だった。
できる人間と、できない人間。できる人間は神に愛されている。そして国家はそれを許さない。人は束縛の中にこそ、真の自由を見出す。束縛の外に、偽の自由はあっても本当の自由は存在しない。自由という言葉はまやかしなのだと叔父は言っていた。
何が言いたいって、あれだ。捕まったことはないが、牢屋の中でもたまたまぶらぶらはできると思う。あの渋かった叔父に何があったらあんな風になってしまうのだろう。
叔父の事は置いておくとして、今晩、一人になったときに思い出してほしい。これは男のお前にしかできない楽しみだ。よく覚えておくといい。
辛い時、悲しい時……そして何もかも嫌になった時、楽になれる一つの方法だ。一人で冷静になる時間を作ることが出来る。
唐突だが、みんなに聞いてほしいことがある。もう、安心してほしい。ここからの俺は最後まで正常だ。
「啓輔、ぼーっとして大丈夫か?」
「大丈夫だ。みんなに大丈夫だって、魂を解放させていただけだから」
「みんなって誰だ……つーか、本当に大丈夫かよ?」
その心の底から心配する顔をやめろ。俺を精神的に不安定にすると二代目起ち往生になるぞ?
「大丈夫だっての。それを証明してやる。ここに、真っ裸の人間と、服を着た俺がいるとしよう」
「おう」
「どっちが大丈夫に見える?」
「……服を着た啓輔」
現象と本質でもあり、イメージの問題。
裕二、お前の中じゃ、俺は普通の服を着ていると思うが、俺の頭の中での俺は、すっけすけの服を着ている。
しかし、ここでそんな上げ足取りをやっていると話が全く進まない。問題は時に棚上げをしておいた方がうまく事を進めることが出来る。棚上げしたまま忘れることもあるが、些細なことだ。
「そうだろう。それなら俺は、正常だ。さて、話を続けよう」
お前さんが変だと、調子狂うなぁと裕二がため息をついた。
「心配だ、お前さんの叔父さん、ヘリコプターして捕まったんだろ?」
「俺は正常だ」
「そうか? 目が据わっていて怖いんだが……ま、大丈夫っていうのなら信じるよ」
俺の絶対的な言葉に、ようやく裕二はいつもの表情に戻った。
「どうだい相棒、この前みたいに大物を釣ってみないか?」
グランドスラム、一本釣り、トランザム、ジャイアントキリング。誉ある言葉は俺らの中でこんな風に表現されていた。
巨乳ばかり引っ掛けていた奴は双丘の登山家という名前が付けられていたっけな。あとは、白桃の農家、バックアタッカー、シードトランスポーター等々。えげつない奴だと○○○○だ。ぎりぎりセーフだからどこに出しても表示されることだろう。ロリコンは法律に挑戦するからアウトローって呼ばれていたな。
「で、どうする?」
「やめとくよ。またあの大物が偶然いて、俺がそんな事をしていたらあの子をがっかりさせるだろ?」
裕二からの誘いを断るのは片手間でも出来る。理由に女をだせばそれで誘うのをやめるのだ。
「……それもそうだな。ところで、啓輔」
顔を近づけて、にやっと裕二は笑った。目は、マジだった。
「あのあと、やったのか」
「……は?」
目を血走らせた人間は怖いものだ。そして友人のそういう姿は見たくない。
「いや、だからこの前の大物、捕まえて……色々と、その、やったのか?」
こいつ、実際に脳みそと下半身を直結させたほうがいいんじゃないか。
確かに瑠璃ちゃんもとい、リルマは可愛いし、胸も大きいがそういう気持ちは湧かないな。それに、本気を出して蹴り飛ばされたらあれが無くなっちまうほど、というより右と左に俺が分裂してしまう程の怪力がある。
ヘリコプターが出来なくなるって、男として終わっちゃうだろ。いや、出来なくなるからそこ、新たな技を考え付くのではないか。子供の頃にパワーアップイベントでヒーローが一時的に変身できなくなったりすると言うことがあったな。
「啓輔?」
「ハイプァー、タイフーン……」
「は?」
「なんでもねぇ。お前の期待していることはやってねぇよ」
わかれるところも見ていたくせに、なんでそんなことを聞いてくるんだろうか。
「なぁんだよぉ、マジかよ。ちょっとがっかりだ。でも、今後も見込みがあるのならやるんだろ?」
心の底からうんざりした。馬鹿らしい、まだあれをぶらぶらさせていたほうが有意義に感じる。
「そもそも、あれは俺が見栄を張るためにちょっと頼み込んで手伝ってもらったんだ」
禍根は残すべきではない。今後も面倒な話でひっぱり出されるといつかぼろを出してしまう。
それならちょっとしたネタばらしでもしてやった方がいい。
「……へぇ、ほぉ、はぁん。ふーん?」
全然信じていない目を俺へと向ける。そんな曇ってしまった目にチョキをプレゼントしてやりたかった。
「本当だ。最後は晩御飯を俺が奢って、別れたよ」
「いや、まて。あの後、また大物と出会ったのか?」
「お礼しないといけないからな。晩飯を食って、別れたって今、言っただろ」
「かぁっ、そこまでいったのになぜ、限界まで挑戦をしないんだっ。ムード漂うホテル行きだ。そして訪れる腰ふりの夜」
「振るな、気持ち悪い」
裕二の言葉にため息しか出てこない。適当に瑠璃ちゃんの設定を広げよう。
「遠い親戚だからな。たまたま会って、お願いしたらやってくれた」
「……ふむ、親戚だったのか。それなら納得だな」
少しの間顎に手を当てて何かを考えているようだ。
「なぁ、親戚ってことはたまに……あの美人に会うんだろ?」
「まぁ、な。たまにじゃなくて極稀に」
中身とは結構な頻度でお目にかかる相手だ。
「今度さ、俺も会わせてくれないか?」
「……考えておくよ」
年明けぐらいを予定しておこう。できれば忘れてくれることを願う。声をかけてこなければ俺は瑠璃ちゃんを紹介しないからな。そのタイミングが来たらだれか言ってきてくれよ。
「そうか、ありがとよ。んじゃ、俺はこれから用事があるからまたな」
裕二はそう言って俺に軽く右手を挙げる。
「さっきナンパだって言ってたな? どこでするんだ?」
「ああ、親戚のところへ行って山に登るんだよ。山頂あたりでナンパするんだ。山があるを狙う」
「それを言うなら山ガールだと思うが……」
それ、成功確率すげぇ低そうだな。そもそも、そんなところにいるわけないだろに。女性はいるだろうが高齢の方だろうなぁ。
なんだかんだでお年寄りとも話をしているのを見かけるから、もしかしたら、まさかがあるかもしれない。そうなったらもう守備範囲が広すぎてどうしようもない。
「楽しみだなぁ……明日の登山。絶景を拝みたい」
結局目的はナンパじゃないらしい。まぁ、今からだと下山が遅くなるから行かないのか。
それから駅まで裕二を見送って、俺も時計を確認した。
「……考えてみればたかが晩飯食うのに時間潰すのもあれだな。宗也の家で遊ぶか」
ゲームやアニメを大量に持っているからな。適当に麻雀のアニメでも見せてもらうか。そのときは主人公が強い奴をリクエストしよう。