第十一話:理想のあの子
「そうだ、ナンパに行こう」
「はぁ?」
裕二が突然そんな事を言い出した。
「これこれ、裕二君や、何故いきなりそんなことを言うんだい?」
ただいま絶賛賭けばばぬきの真っ最中。一番イカサマされにくいゲームだと意見の一致で行われている。俺らに金があれば飲む打つ買うを地で行っていただろう。
ちなみに、これまですべての心理戦でジョーカーを渡しあっている。つまり、最初の段階から全く進んでいない。
裕二と宗也は勝つためなら手段を選ばない奴らだからな。ジョーカーが回ってきたとき、細工したカードと取り換えて運用したこともある連中だ。もっともみんなの注意が逸らされるのは自分のカードを確認するときだけ。手持ちにジョーカーがあれば細工したジョーカーと交換することで有利に運べる。今回は問題ないとは思うがね。
今回のトランプは宗也が準備した。ゲームについてきた限定品のため、複数品用意するという手段は可能性として低い。そして、オタクである宗也はコレクションを大切にする。カードに印をつける、何か細工をする等の行為もおそらくしないだろう。
そして、俺らもイカサマを阻止するため、パンツ一丁。仕込もうと思えばパンツの中に仕込めるが、実際は難しい。股間のジョーカー、引いてみるかいと、まったく同じタイミングに三人で言って気まずくなった。
そんなばば抜きの真っ最中でのナンパ発言。張りつめていた空気は消えていた。
「ナンパって……またぁ?」
言外に無理でしょと臭わせる宗也。お前の言うとおりだ。
「よし、これはセーフだろ……っと」
「さすが啓輔君、あたりを引いたね?」
カードを確認してため息をつく。ジョーカーを引いちまった。
「ナンパの極意は乱発だ。片っ端から声をかければオーケーをくれる奴がいる……あっ」
そうだな、今みたいに一発でジョーカーを引いちまうこともある。
「つまり、下手な鉄砲数撃ちゃ当たると?」
「……おうよ」
本当かよ、それ。そして下手な鉄砲であると認めるのか。
「命中させるまでにどれだけの弾が必要なのか教えて欲しい」
「そもそも、下手な鉄砲で当たる相手はそれなりだろうに」
宗也の意見も最もだ。時間制ならまだしも、時間制限無し、この際見た目が女っぽい奴ならいいという形振り構わぬルールが追加されたら目も当てられない。
それに、うまくいっても宗也に持って行かれると思うがね。涙を呑むのはおそらく裕二だ。
「波長の合う女性を魅了する、それが宗也オーラ」
青木の言葉である。うらやましいねぇ、そんなオーラが出ているのなら、俺もハーレムとやらを築いてみたいよ。
「当たるのかねぇ、その下手な鉄砲は」
「……さぁな。こればっかりは撃ってみないと分からない。というわけで、いざ出陣」
「裕二君も本当に好きだなぁ」
呆れながらもそんな友達を見て笑う宗也。
「でも、付き合うよ。宗也いっきまーす」
「我に続けー」
右拳を天高く掲げ、裕二は宣言するのであった。宗也もトランプをまとめ、すぐさま外へと行こうとする。
「って、待て待て、お前ら。まずは服を着ろよっ。捕まるだろっ」
こうして、暇な俺達は場所を駅前へと変えた。
「それで、場所が駅前かよ。どうせなら海がよかったな」
俺の言葉に裕二はため息をついている。
「そうか、海ならパンツ一丁でも怪しまれない」
「脱ぎたかっただけか?」
「冗談だ……しかし、啓輔。この時期に水着ギャルがいると思うか? さすがにいないだろう」
世間で言う夏休みは終わっている。暦は秋だ。夕暮れがなんとなく早いし、夜も涼しい。そんな秋を感じさせる海にはクラゲさんが漂っているだろうか。サーファーさんならいるかもしれない。
「ネットで検索したほうが水着ギャル、見つかるんじゃないの」
「そうだな、検索検索ぅ」
宗也の言うとおりだ。話しかけるのは無理だが黙ってみる分ならそっちのほうが早い。もちろん、臨場感を大切にするのなら金を払って温水プールのあるレジャー施設に行くべきだな。あそこにクラゲさんはいない、とても安全な場所だぞ。
楽しく遊んでいたらいきなり足に刺激、というより激痛。クラゲさんは身近な脅威だ。思い出にケチをつけられたみたいで、本当に憎たらしい。海には危険が溢れている。
俺がもし、神様になったら全世界の海のクラゲから、毒気を抜いてあげるんだ。
「さて、早速行きますかね。まずはチーム戦で、それが駄目なら個人戦だ」
俺は宗也と目を合わせた。放っておけば裕二が適当に話しかけて撃沈し、その後はすぐに個人戦という名の自由時間がやってくる。あとは裕二が今日の気力を失えば終了。撃沈した裕二を回収してお楽しみの罰ゲームタイムだ。
そうだな、今日の罰ゲームはファミレスでの食レポにしよう。敢えてかわいいウェイトレスさんの前でさせてやるから覚悟しとけよ。メニューの紹介、使用食材もどこどこ産のってウェイトレスさんにお願いさせる。カメラも回すから、気合入れとけ。
三人中二人はさっさと終われというチーム戦が始まった。早く終われと思っているほうが長引くんだよなぁ。
「なに、俺の女に手をだしとんじゃい、ぼけぇぇぇええっ」
「ひいいいいっ、すんましぇぇぇん」
長期戦を予定していたが、チーム線はまさかの開始五分で終わった。がらの悪いシャツを着たお兄さんから命からがら逃げる羽目になったのだ。無論、こういう事もこれまであったので、心得ている。
あれはやばい。見られるだけで殺されるかもしれないという恐怖を味わったぜい。ちなみに、リルマと出会った時の方が怖さは上だったりする。
「……ふぅ、なんとか逃げ切った」
繁華街まで逃げてきて辺りを見渡す。うむ、追っ手は来ていないな。さすがに耐久三十分は辛かった。いやぁ、日ごろの運動って大事だね。
しかし宗也の奴、やっぱり速いな。あんな見た目しておいて、反則だよ。それに、俺達二人をあっさり見捨てて逃げやがった。友情よりも弱肉強食の世界だな。
その後、裕二からメールが来て個人戦という名前の自由時間へ突入。裕二の奴は痛い目を見てもまだ無駄なことだと気づいていないらしい。
多少の損は考慮に含んでおかないと、やっていけない。そこで勉強代として身を引けるかどうかが人生を安全に進む道である。負けを取り戻したい、その気持ちが相手の術中にはまっている証拠だ。誰しも負けを認めたいなんて思わない。
損切りが出来てこそ、安定できる。見極め、特に引き際の見極めは非常に重要だろう。そして今がその時だ。
「……本屋にでも行くかな」
時間を潰すならやはり、本屋だ。立ち読みで時間を潰そう。彼女がいたらナンパなんてしないわけだが、当然今はいない。俺は彼女との別れを思い出すたびに、リルマとの出会いを思い出すようになっていた。
まぁ、リルマは可愛いし、ところどころ素直ないい子だ。襲われた時は結構暴力的だったけれど、そういうときだけ狂暴になるのかもしれない。
結局、影食いのことも適当なところで話を打ち切られてしまったからな。と言うか、影食いの事をほとんど知らなかった。
あいつ全然勉強ダメなタイプっぽいな。
影とは一般人にそれっぽい被害を与える(頻度は非常に低い)ので、影食いがそれを未然に防いでいる。これがリルマから受けた影食いに対しての大体の説明だった。思わず俺は口を開けてぼさっとしちまった。深夜のファミレスで聞いたのだが、こんなひどい説明は初めてだ。
あの日から始まった非日常の扉は、実は日常の延長線上で、非日常じゃなかったかもしれない。
「あれ、啓輔じゃん?」
あと、年上に対しての態度がなっちゃいない。啓輔先輩とか、啓輔お兄ちゃんとかいいんじゃないかな、そう言う呼び方。
別の話だけれど、俺にたいして、っすとか語尾につける奴もなっちゃいないぜ。
「リルマか。元気してるか?」
「うん」
休日だからか、リルマはジャージ姿だった。可愛いのにもったいないことをする。着飾っていたのなら裕二他男子のナンパの的になっていたことだろう。
宗也のようにジャージは機能性に優れています、なんていうことはないだろう。ジャージ姿を見られたからか、少し恥ずかしそうにしている。恥ずかしがるのなら、声なんてかけなければよかったのに。こいつ、街中で友達を見かけると後先考えずに声をかけちゃうタイプだな。
「何してんだ、こんなところで」
「買い物に行く途中。そっちは?」
「こっちは……」
俺はリルマの顔を見て閃いた。服装はあれで、髪もぼさぼさだが、素材はいい。胸もでかい。うむ、これから知り合いの店に連れて行こう。
「……なぁ、これからちょっと時間あるか?」
「まぁ、無くはないけど。何?」
「突発のアルバイトだ。ちょっと演技してくれれば晩飯を奢ってやるよ」
「え、本当?」
「おう、おまけもあるぜぇ」
飯に食いついてきたアホを引きつれ、とりあえず俺は知り合いの店へと向かうのだった。ある意味、これでナンパが成功したわけだが、まさかジャージの女を引っ掛けて連れて行くわけにもいかない。そもそも、相手が知り合いなら裕二もお前、電話で連絡して呼んだんだろと言われて終わりだ。
それから数時間後、俺は美少女を引き連れて二人の元へと戻る。
「……なん、だと」
「下手な鉄砲が、当たったぁ?」
どうよと俺は胸を張って見せた。一緒にいる美少女はリルマの変装だ。裕二はリルマを知っているし、宗也も蛍ちゃん絡みで見たことがもしかしたらあるかもしれない。
だがね、そう簡単にはばれるまいよ。リルマの美女具合はまた違うベクトルへと向けてメイクに時間をかけてもらったからな。大人しい感じの、上品な女の子へと仕上がったのだ。
代償は大きかった。ゆきっちゃんが三枚昇天されたがな。これでも負けてもらったのだ。そして、男はバカなことにプライドをかけるもんだ。これでも、安い方だと自分に言い聞かせる。
髪の毛なんて巻髪で、ドリルにしてもらった。お上品さが漂っている、俺の頭の中の妄想女性がそのまま現実に降臨した。
「ふふん、どうよ、俺の実力は。声をかけたら快くついてきてくれたんだ」
リルマが脇に肘鉄を食らわせてきたが、事実だから仕方ないだろ。
「……啓輔、いくら払った」
早速、疑惑の視線を向けられるがその程度の視線じゃ動揺しないぜ。
それに、二人にあまり馴染みのない人物だからばれる確率も下がる。特に、大量の女を見てきている二人にとっては効果的なはずだ。
「おいおい、負けたからって適当なことを言うなよ。この子はな、瑠璃ちゃんって言うんだ」
「はじめまして。狭間瑠璃です。啓輔さんを見た時にほんの少しだけ惹かれる物を感じました」
打ち合わせ通り猫っかぶりの声を出してリルマがふわりと笑う。
「うっ」
「まぶしくてかわいい……」
声音まで変えられるようだ。裕二もできるが、そういう事を出来る奴は素直にすごいと思える。
しかし、リルマの奴、呆れていたわりにはノリノリだな。なんだろう、この胸のときめきは。
「啓輔さん、どうかしたんですか?」
「うっ……可愛い」
くそぅ、可愛いくてまともに見れないぞ。
「瑠璃ちゃんねぇ……まぁ、文句無く可愛いわな」
これには裕二も納得するしかないようだな。俺の脳内の存在が現実に現れてもうまくやっていけることがこれで証明された。
「僕らは何も連れてきていないし」
「あぁ、お前さんの勝ちだよ。あー、やる気なくした。今日は終わりだ、終わり。しゅーりょー」
そんな、適当なやり取りをして瑠璃ちゃんを解放した。時間をかけた割には数分だったりするからな。コストに見合っているかと言われたら……まぁ、いいじゃないか。かわいい瑠璃ちゃんが見られたんだ。
瑠璃ちゃんと最後のお別れをするという事で裕二と宗也から離れて話を始める。
「啓輔、約束忘れたら酷いことになるからね?」
会話を聞かれる心配がないと思ったのか、リルマがそんなことを言ってきた。
「俺の瑠璃ちゃんはそんな口調で喋らない」
それはリルマ・アーベルだ。
「……あはっ、啓輔君を昇天しちゃうぞ」
そういって右手を突き出して変なポーズをとった。左手は横ピースでうざくて仕方がない。
「そんなバカっぽくもない。俺の瑠璃ちゃんを、汚すな。真面目にやってくれ」
「あー、はいはい、真面目ね、真面目」
わかればいいんだ、わかれば。
「もう、啓輔さん、あまり変な事を言っているとお仕置きしますよ?」
俺を上目づかいで非難する。その言葉、言い方に心臓をわしづかみされてしまった。
「そ、そう、そんな感じ。今の、すげぇよかった。もう一回やってくれないか」
「……はぁ、馬鹿じゃないの?」
結局、リルマに戻ってしまった。
「ところで、その格好で帰るのか?」
着ていたジャージは駅前のロッカーに入れている。着替えるとしても買ったお店に行けば二つ返事で試着室を使用してくれるだろう。
「せっかく綺麗にしてもらっているから、写真撮って帰る」
まぁ、着飾っているといっても異質な感じはしないからな。何かのモデルさんみたいでとても目を引く美少女である。
俺の瑠璃ちゃんは最高だな。あぁ、この先、瑠璃ちゃんとまた出会える日は来るのだろうか。
「気をつけて帰るんだぞ。服はサービス品だ」
もし、リルマに彼氏がいればそれなりに喜んでくれそうだ。
「え、いいの?」
「当たり前だろ。俺が服を持って帰っても、お前のサイズは小さくて着られない」
「突っ込むところはそこじゃないでしょ」
はて、俺は当たり前の事を言ったまでだが。
「ま、感謝しているのなら最後にもう一度優しく笑ってくれ」
「ふふっ、啓輔さん、こんな感じで満足してくれますか?」
俺の要求を拒否せずやってくれる。心にしかと刻んでおいた。この日起こった事を俺は死ぬまで、いいや、墓に入れられた後も忘れないだろう。
「じゃあ、啓輔さん、さようなら」
「ああ、じゃあな、瑠璃ちゃん」
また猫をかぶったリルマに手を振る。うん、悪くないね。
裕二たちのところへ戻ると恨めしそうに俺のことを見ていた。
「それで、六十分いくらだ」
「お前、しつこいなぁ……瑠璃ちゃんは俺の理想の女性だ」
「どぅわってさ、おかしいじゃん? 俺なんてすっげぇ声かけまくったのにっ。全部が全部、男持ちだったもん。ひとり釣れたけれどその人実はきれいなお兄さんだった」
「やっぱり、下手な鉄砲じゃうまく当たらないんだなぁ。変なところに当たっているし」
それからは適当に辺りをぶらぶらして時間を潰した。
そして、ファミレスで裕二を裁いておいた。残念ながら、お店側もノリノリで、裕二の奴もまんざらでもなかったらしい。