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影食いリルマ  作者: 雨月
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第十話:リルマ・アーベル

 眼が覚めるとばあちゃんの部屋に寝ており、今の時刻が夜の十二時だと手元の時計で知った。

 深夜の為か、辺りはとても暗かった。説明できない暗さ。まるでいまだに夢の中のような気がしてならない。

「……いてぇ」

 痛みを覚えて鼻を押さえ、自分がどんな目にあったのか思い出した。近くに置いてあったスマホにはいくつかのメールが届いている。

 友達からの大丈夫かというメールと茶化すメール。母ちゃんが迎えに来てくれたのかとりあえず車で実家に連れ帰られたらしい。

 メールに返信を終えて、腹が減っていることに気づいた。

「何か食うもんないかな」

 立ち上がって体を動かす。こういう場合って病院で目覚めるもんだと思ったが、違うのかね。単純に、入院する必要はなかったんだろうけどさ。

 異様に暗い廊下を通ってリビングに行くと、当然誰もいない。母ちゃんは二階の自室で寝ているようだ。

 リビングの電気をつけて、俺は今の状況が異常である事に気づいた。

「何だ、これ」

 電気はついた。だが、それまで。光源だけが光っていて、部屋は闇に飲まれていたのだ。

 どうやらいまだに夢の中にいるらしい。風邪の寝起き時みたいにかすかな浮遊感と脳に鈍痛が走る。

 とりあえず牛乳を飲んで落ち着くことにしよう。なぁに、慣れたリビング、なんとなくで動いても普通に歩けると思うんだよね。

 俺は勢いよく第一歩を踏み出した。

「うごぉ」

 タンスの角で小指をぶつけるのは痛いことだ。意外なことに、冷蔵庫の角でぶつけても痛いのだ。新しい発見である、学会に発表しなくてはいけない。

 軽くつまらないことを考えながらのた打ち回った後、俺は痛みを噛み締め、立ち上がった。人は痛みに耐え、成長する生き物だ。この程度の痛みでは人類の成長を止めることは出来なくもないけど、今回は我慢して立ち上がります。

 経験を生かして歩き、そして、冷蔵庫を開ける。冷蔵庫内部のライトがついて、何が入っているのかはなんとなく確認が出来る。

「暗いな」

 ただそれだけで、光が外へともれ出ることは無い。一体これはどういうことなのだろう。

 牛乳が無かったので麦茶を飲んで水分補給。何も見えないときは寝るに限る。朝になったらこの変な状況も収まっているかもしれない。

 電気を消して光のないリビングを脱出し、ばあちゃんの部屋へと向かう。世界は相変わらず闇に覆われている。

「ああ、そうだ。この異様な光景をカメラで撮っておくか」

 我ながらいいアイディアであった。後でホラーサイトにでも投稿しておけばちょっとした話のタネになるだろう。何かこの現象について知っている人がいるかもしれない。

 コンデジはアパートのほうにあるのでスマホで我慢することにした。この前、新しく買ったコンデジを青木に自慢したのだが、それ、別にスマホでいいじゃんと言われたのがショックだった。

 スマホを取り出してカメラ画面に切り替える。

「……え」

 カメラは異常なんて写していなかった。写しているのは、普通の廊下。暗闇だが、いつも通りに見える。

 闇に浮かんでいるようなスマホを試しに自分の腕を移してみた。普通に写るが肉眼で確認すると真っ暗だ。そもそも、光を持つスマホ以外に見えるものは無い。

「世界がおかしくなったんじゃなくて、もしかして、おかしくなったのは俺の目のほうか?」

 カメラを、内側、自撮り用に切り替えた。

「……マジかよ」

 そこに写っていたのは目と耳、口から闇を吹き出す何かだった。それが自分だと気づいたのは数十秒後、俺はショックに打ちひしがれるしかなかった。

 一体、何故俺がこんなことになったんだ。一瞬、黒い手帳の事を思い出したがあれから少し経っている。影響が出るのならその日の晩だろうに。

 他には特に考えられない。いったい何が原因なんだ。

「……まぁ、とりあえず、撮っておこう」

 何かの記念になるかもしれない。それに、後で原因を知ることが出来る可能性だってある。病院に行った時に見せれば、医者の見解も得られるだろうさ。恐怖の中にあっても、冷静でいられるのは必要な事だ。リルマと出会った時がそうだった。あの時、取り乱して車道に出ていれば俺はどうなっていたんだろうな。

 ばあちゃんの部屋に戻ると、人が居た。

「……誰だ?」

 人というのは少し違うか。闇に浮かぶ影だ。光も無いのに影が浮かぶなんてあるのだろうか。ただ、人の形をしていたのは黒くて、平面状態の何か。

「へぇ、あんた、その状態で私に話しかけられるなんて……ただ影が溢れたわけじゃないのね?」

 その声と身長で相手が誰だかわかった。あと、口調。俺を煽っている感じがする

「お前はリルマ・アーベルか?」

「当たり。しかも、完全に自我もあるのね」

 どこか冷静だが上から目線。昼間のあれは猫を被っていたんだろう。もっとも、完全に被ってはいなかったけどさ。

「自我って……そりゃ、あるだろ」

 我思うゆえに我あり、いや、これだと説明不足だっけか。

 内容はともかくとして、この子は哲学の話をしに来たのかね。

「影を垂れ流しているくせに自我あるなんてね。影が意識のある人間からあふれるのも生まれて初めてだけどさ」

「……お前、何か知ってそうだな」

 出し惜しみっていうのはよくない。出せるのなら全力投球を求める。俺がもし、何かの主人公なら伏線とか、凄惨な過去とか、前世枠なんて面倒なものは遠慮したい。

 あってもいいけど、その場合はハッピーエンドで終わりたい。

「まぁね。とりあえず、あんたよりは知ってる自信がある。影食いリルマとは私の事よ」

 影食い、その言葉に俺は気分が高揚してくるのを感じた。ばあちゃんが言っていた言葉がここで出てきたからだ。

 若干、胸躍ったものだ。幼少の頃に感じた小さな不思議を、解決させる時がとうとうやってきたと。

「……本当か。あんたが影食いなのか」

「影食いって言葉も知ってるの?」

 名乗ったくせして驚くのはどうなんだ。

「その単語だけしか知らないけどな。死んだばあちゃんが影食いには気をつけろって言っていただけだからさ」

 気をつけろと言ったわりに出てきたのは何の変哲も無い少女だ。出会ったときの恐怖は既に無い。

 この現象が起こったのはリルマのせいかもと思ったけれど、手帳と同じでリルマに出会ったのも結構前だ。リルマに触れられたのも初対面の時。関係はあるかもしれないが、原因ではないはず。

「ふーん、じゃあ、あっちの家系かな」

 独り言を言った後、リルマは俺を見た、気がした。

「そのおばあさん、正しいわね。あんた、これから私に影を食われるわ」

 言うが早いか影は俺のほうへと迫る。空気を切り裂く音が聞こえ、俺へと向けられた右手が光った気がした。

 その異様な右手を両手で押さえることに成功する。

 成功した、というよりは相手が止めてくれた感じだ。手加減ではなく、獲物をいたぶる感じだろうか。

「おおおお、おいっ、いきなりなにするんだ」

 奴の右手は俺の目を狙っていたのだ。勢いからして人体を軽く貫通するような一撃だと容易に想像できた。

「楽にしてあげるって。今のあんた、見た目が完全に化け物だよ? あんたの友人、家族……今のあんたのことを見たらどう思うかな」

 俺はその言葉に納得しながらも、易々とやられる気はなかった。結構騒いでいるが、寝ている母ちゃんはどれだけ騒いでも起きてはこないだろう。

「馬鹿、死にたくはないよ」

「誰もあんたを殺しはしないわよ……」

 どこか呆れつつ、冷たい言葉を口にする。

「信用できない」

「なにそれ、こっちはあんたのために言ってるのに」

 心外そうな声音だった。しかし、あの一撃は本当にあたっていたら俺は死んでいたんじゃないのか。

「ちょっと痛い目にあうだけだから。おとなしく、食われなさいっ」

 今度は左手が襲って来る。

 手に取るように分かる相手の動作。すぐさま掴んでいた右手を離して背中側にまわり、ここだと言うタイミングで相手を軽く蹴った。

 どうしてここまで動けたのかはわからない。

「あ、悪い」

 よろけた相手は廊下側へ障子を巻き込んで倒れた。あぁ、派手に行ったから修復するのが大変そうだ。

 この後、どうなるか想像がつく。相手は俺のやった事に対して、激怒する。

「本当、すまんっ。今のはわざとじゃないんだ」

 俺は反射的にばあちゃんの部屋の窓から逃げ出してしまった。申し訳なさというよりは、ライオン君が転んだので逃げた。悪い事をしたと思っているが、食べられたくないので仕方がないといったシマウマ君の心境だ。

 家の敷地内から、何度もぶつかりながらも逃げ出すことが出来た。

 逃げ出して数十分、どこをどう逃げているのかさっぱり分からない。ここまで何かに躓かず、誰にも会わずどうにか逃げ延びることに成功していた。

「と、言ってもここがどこだかわからねぇや」

 ポケットに入っていたスマホを取り出す。カメラ画面にすれば周囲の道がわかるし、マップで現在地も何と無くわかる。

 それも、いつまで続くかわからない。端的に言うのなら、視界となっているスマホのバッテリーが切れれば終わりだ。

 このまま朝まで逃げ続けるのは不可能だし、反射的に逃げてきたとはいえ、相手に蹴りを入れてしまったのだ。詫びの一つぐらいいれないと申し訳ない。

 結局、家に帰ることにした。がむしゃらに走ってきたので、帰りは徒歩だ。

 スマホを覗き込んでマップを確認する。いくら夜とはいえ、まったく見えない状況だと怖くて仕方がない。

「えーと、ここが公園だろ。そんで、ここは……」

 自分の周囲に何があるかを把握していると何かの気配があった。リルマ以外の誰かということはわかった。

「……あれ、もしかして、啓輔?」

 幸か不幸か、知り合いの青木らしい。

 振りかえり、いつも通り声をかけようとしてやめた。

 今の自分の顔はホラーだ。青木なら理解してくれるかもしれないが、淡い期待を打ち砕かれたときの絶望は出来れば体験したくない。

 宗也だって限定版が無かった時のショックは大きいと言っていた。まぁ、彼の場合はネットできっちり注文して別に店舗まで出向いて買いに行く人だからちょっとずれているかもしれないが。

「よかった。暇だったからメールももらったし会いに来たところだったんだ。深夜だけど関係ないよね」

 この時間帯に来るとか怖いものなしですね。いつか痛い目に遭うから控えたほうがいいぞ。

「ほ、本当はさ、少しだけ心配しちゃったり……なんてね」

 普段恥ずかしいことを口走っているくせして、こういう時に恥ずかしがるのは少し卑怯だ。

「悪い、今は顔面が大変なことになっているから見ないでほしい」

「はぁ? なにそれ。声で啓輔だってわかったからさ。変に驚かせようたってそうはいかないよ」

「……そうか?」

「そうだって、もしくはお化け屋敷での怪我? 別に私は気にしないって。安心しなよ」

 青木って意外と物怖じしないタイプなんだな。

 心の中でため息をつく。頭の軽い奴だと思っていたが、案外思いやりのある奴だな。これまでは軽薄な奴だと決めつけていたが、俺の間違いだった。考えを改めさせられたよ。

「わり、今、目がほとんど見えなくてな……」

 俺はいつもどおりの空気で振り返った。

「き、きゃあああああっ」

 叫んだあと、小刻みに地面を蹴る音が遠ざかっていく。

「……青木ぃ」

 彼女の気配は消えていた。

 あいつめ、何が大丈夫だ。ばっちり逃げているじゃねぇか。しかも、可愛い悲鳴まで残していきやがった。あんな声、出せるんだな。

 元から期待していなかったので大してショックは受けていない。ほんのちょっとだけ傷ついた。

 少し盛っていいと言うのならそれなりにがっかりした。今はあいつが無事に家に帰りつくことを願う事しかできない。

「はぁ……」

 考えを改めるのはすべてが終わってからにしよう。

 あなたの心のショック耐性、足りていますか。必要以上にショックを受けた事、ありませんか。

「これでわかったでしょ、あんたの今の状況」

 唐突にリルマの声が聞こえてきた。

「今度はお前か」

 本気で逃げ切れるとは思っていなかったがあっという間に追いつかれてしまった。ただ、声で推測するに、まだ、距離はある。さっさと逃げ出したいがこいつには一応、詫びをいれないとな。

「あんた、気付いてないみたいだけど泣いてるわよ」

 俺が謝るより先にリルマがそんなことを言ってきた。

「え、嘘」

 自分で目のあたりを触る。わからない。というか、目が、眼球がない。本来そこにあるだろうそこにはなにもなく、空洞が広がっているだけだ。恐る恐る指を目の中に突っ込んでみたが痛みも何もない。ぬめりのある液体に触れた感じがしただけで、やはり何もない。

 どういうことだ、これは。しかし、かすかに見えている以上、視力を有する何かがあるはずだ。

「嘘。目から影が垂れてるわ」

 この女、俺が一大事だというのにふざけてやがる。

「ちょっとしたジョーク。場を和ませようとしただけ。怒らないで」

 青木と言い、こいつといい、俺って絶対女難だよ。もうちょい付け加えるのならすみれの出来事が発端かもしれない。

 幸せさんはお一人様だが不幸さんは団体客でやってくるってわけか。

「それで、今度は何の用件だ?」

「さっきは私もいきなりで悪かったと思ってるわ。ええ、ええ、ごめんなさいねー」

 全く悪びれていないくせして何を言っているんだか。

「ちょっとは相手の事を思いやったらどうなんだ」

 さっきまで謝ろうと思っていたのに、もう絶対に謝ってやらないからな。

「あ、酷い。そう言う事を言うんだ……泣きそう」

「勝手に一人で泣いてろっ。また俺に何かするのであれば逃げる。誰かほかの人に助けてもらうさ」

 ふりじゃないぜ。しっかり両手両足を動かしている。

 しかし、身体は動かない。

「逃げられるわけないって」

 あれだけ離れていたはずなのに、リルマの声は俺の頭のすぐ下から聞こえてきた。そしてすぐさま首を絞め、そのまま持ち上げられた。片手で俺を、六十六キロを、だ。

「よくもさぁ、私の背中蹴ってくれたわね」

 ぞっとするような冷たい声が俺の耳へと届けられた。そこに静かな怒りはあったが、容赦はなかった。

「ぐ、ぐぐぐっ……」

「本当はさぁ、あんた、私を馬鹿にしているよね? 知らないでしょうけれど、私はこれまでずっと、人知れず一人で影から市民を守ってきたの。少しぐらいは感謝してくれてもいいじゃん」

 俺はそんな話を知らないから感謝のしようがない。

「し、知るかよ、そんなの」

「……あぁ、そう」

 そのまま放り投げられた。普通の生活では感じられない浮遊感。それの終わりは衝突と何かを穿つ音、そして俺の右半身に激痛を伴った。

「あーあ、今度は余所様の家の壁、壊しちゃった。なにしてるんだか」

 何で、どうして俺がこんな目にあっているんだと思う傍らで、何とか立ち上がる。相手が人語を理解しない何かならともかく、リルマという人間だ。話し合えば、なんとかなるかもしれない。

 その前に一言言っておかなければ気が済まない。

「お、お前が……投げたからだろ……うぐっ」

 言いたいことを総べて言い終える前に俺の首はまた掴まれていた。そのまま、片手で持ち上げられる。

「今のあんたは普通じゃないから、それ、もらうね」

 もう彼女の声に怒気は孕んでいない。

 右手が俺の目へと迫った。見えないが、何と無く迫ってくるのを感じるのだ。

 そしてもう俺の身体はあちこち痛くて動かない。

「くそっ、なんで俺がっ、こんな目に……」

「ちょっと、うっさい。集中しているんだから、静かにしてて」

 首から手が離れ、俺は仰向けになる。そのまま、リルマが俺の口に手を当て、目に手が入った。

「あがっ、がががががががが」

 瞬間、感じたものは生の皮を剥がれる痛み。次に違和感、次にひりひりとした激痛。身体の皮を一枚一枚乱暴に剥かれて行く痛みだ。

 延々と続く痛みの果てに、何かが見えようとしていた。それを超えてしまうと、おそらく人は狂ってしまう、そんな気がしてならなかった。

 しかし、そこの領域まで人が達し、耐えることが出来たのなら何かもっと別の存在に変貌できると思えた。そこにたどり着くまであと一歩というところでリルマの声が聞こえてくる。

「こいつの影……無尽蔵?」

 途中でリルマは離れた。おかげで俺は解放され、痛みが引くまで荒く息を続けた。

 多少咳き込んだ後、涙が出た。

 痛みのせいで、視界が軽く歪んだ。

「……あ、見える」

 俺の視界はしっかり見えていた。暗闇で、近くの外灯をしっかりと確認出来る。そして、俺が今どのような状況かも理解できた。

「俺、近所の家の壁を思いっきりぶっ壊している」

 空き家だけどな。外壁だけじゃなくて、空き家の壁も壊していた。これが一家団らん中にわけのわからない影の化け物と女が飛び込んできたら何かの撮影と思うだろうか。

「あれ、もう、戻ったの?」

「え」

 リルマが俺へと近づいてくる。単純に驚いた顔をしていて、俺の顔へと手を伸ばそうとした。

 その瞬間、俺の中で何かが弾けた。それが体の外に無理やり出ようとしたため、俺は叫んでいた。目の前の少女が、なんだかとても危険なものに見える。

「っ、やめろーっ」

 そして気づけば手を払って相手を睨みつけていた。そんな俺を、少し疲れた顔でリルマは見ている。

 二人の間に沈黙が訪れるよりも先に、俺は口を開いた。放っておけば、このまま目の前の少女がすぐにでもいなくなるんじゃないかと思ったからだ。まだ、こいつには聞きたいことがある。それに、結果はどうであれ、俺の視力は回復したわけだ。

 さっきまでの気持ちは落ち着き、もう二度と湧いてこないだろう。

「すまん、今のは……」

「いいよ、別に」

 拗ねたように俺を見て、そっぽを向いた。俺の中で変なことがあったと今言ったとしても、俺が目の前の少女に対して怯えたと取られるだろう。

「なぁ、よかったらもう一度名前を聞かせてくれ」

「……影食いリルマ」

「影食い……それって一体なんだ?」

 俺のこの言葉にリルマは少し考え、一瞬おかしな顔をした。

「か、簡単に言うと余剰にあふれた影を喰う者」

 これがばあちゃんの言っていた影食いなんだろう。じゃあ、影とはなんだと更なる質問をしようとすると、その前にリルマが口を開く。

「さっきはごめん、私もやりすぎた」

「……謝ってくれるんなら、もういいさ」

 俺の中でも、さっき彼女の手を弾いたことが引っ掛かって非難する気持ちにならなかった。

 あれだけ暗闇だった視界は今ではすっきりとしている。俺が変に暴れなければもっとスムーズに事は運んでいたわけだ。

「ありがとう」

「……当たり前の事をしただけだから」

 言葉を切って、俺を見た。

 その目はとてもまっすぐなものだった。さっきまでは少しイラついた態度も今では消えているようだ。

「あの、さ。突然こんなことを言うのはおかしいけれど、私の事が、影食いのことが知りたいって思うのなら、一緒に来てよ」

「え?」

 どういうことだと問いたかったが、リルマは背中を見せている。俺がそうであるように、彼女も俺との出会いに何かを感じたのだろう。だから、声をかけた気がした。

 俺は少し悩んで、結局ついていく。

「わかった、説明してもらおうじゃないか」

 一歩を踏みしめた時、世界が揺れた。

「おっと……」

「あんた、疲れているんだから無理しないほうがいいわよ……って、ごめん。やりすぎたのはこっちだよね」

 よろけた俺を支えるように付き添ってくれた。よく考えれば、コンクリートをぶち壊した俺の身体も相応のけがをしていていいわけだが、想像以上の怪我は負っていない。不思議なものだ。

「支えてもらって、悪いな」

「こういうときはありがとう、よ」

「……そうだな。ありがとよ」

 お前が俺にけがをさせた、そうだろう?

 そんな言葉が俺の口から出てくることはなかった。


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