羽ばたいた恋心はもう戻らない
少し改稿いたしました。9/11
私、小鳥遊つぐみには、特殊な能力がある。それは、人の恋愛的な好意を、小鳥に可視化して確認できること。
恋に落ちた瞬間に、小鳥は卵から孵って、その人のことを好きになればなるほど、どんどん大きく育っていく。
小鳥の顔は主人である人間に少し似ていて、私にはどの小鳥が誰の恋心なのか、すぐにわかる。そして小鳥の動向で誰が誰を好きなのかも。
だから、たくさん小鳥を連れてるあの人は恋多き浮気性なんだとか。誰にでも気のある素振りをみせるあの子は、一羽も小鳥を連れてないから、本当は誰一人好きではないんだとか。私にはすっかりお見通し。
けれど、こんなメルヘンな特殊能力、何の役にも立ちやしないと、気がついた時は正直がっかりした。もっと、人の心を操れるとかならいくらでも使い道はあるのに、人の気持ちがわかるだけなんて。しかも恋心の部分だけ。
でも、ある日、この特殊能力を活かす方法を思い付いた。
それが小鳥の恋占いだ。「小鳥の恋占い」は私の能力を活かしたオリジナルの占い。皆「小鳥」の部分は名前から取ってると思っているみたいだから、特に否定はしない。
一番始めにこの力を占いに使ったのは、小学校六年生の時。私のグループの殆どの女の子が、宅間君というクラスメイトの男の子を好きになった。
あのくらいの年齢の惚れた腫れたなんて、
「皆が好きって言ってるからついでに自分も」
みたいなところがあるけど、本人たちはとっても真剣だったみたい。皆、牽制しあって、宅間君が誰を好きなのかという事案で段々とギクシャクし始めた。
私はそれが気に入らなかった。私は恋だの愛だのより、皆で仲良く遊ぶのが好きだったから。
宅間君はうちのグループの一番大人しい雛川さんが好きだったみたいだから、私は雛川さんにそれを教えてあげようと思った。
けれど、正直に話したところできっと雛川さんはおろか誰も信じてくれないだろうし、もしかしたらいい加減なことを言う奴だと除け者にされるかもしれない。
そして考えついたのが、その頃女子に爆発的に流行っていた占いだった。血液型占い、星座占い、誕生日占いなど、色々な占いがある中で、私は新しく「小鳥の恋占い」を生み出した。
やり方は簡単だ。まず鳥の絵を描いてもらって、それを見ているふりをしながら、実際その人が連れている小鳥の特徴を
「この絵からは愛に生きるピンク色の鳥が見えます」
と、あたかもスピリチュアルな何かがあるような言い方をする。そして適当な理由をつけて、最終的に、
「なので宅間君は雛川さんを好きに違いありません」
と締めくくり、雛川さんを宅間君に告白するようけしかけたのだ。結果は大成功。
雛川さんと宅間君は無事くっつき、皆雛川さんに嫉妬するよりも「小鳥の恋占い」の的中率にざわめき、そしてこぞって占って欲しいと私に言ってくるようになった。
もちろん占いは当たる。だって、私には本当に小鳥が見えているんだもの。
やがて評判はどんどんと広まり、私は本当の占い師でもやっていけるのでは、と勘違いしそうになるくらいの人を占った。
けれど、この「小鳥の恋占い」は弱点だらけだったので、本当の占い師を開業することはできなかった。
弱点はまず、本当に恋心しかわからないというところ。
次に、誰が誰を好きなのかは、占う当人を見るだけではわからないところ。小鳥の動向で誰が誰を好きなのかわかるから、占いに来てる人の小鳥だけだと、
「恋はしている」
「どれくらい相手が好き」
の二点はわかっても、
「誰が好きな相手なのか」
「その好きな相手はどう思っているのか」
はわからないのだ。
なので、学校で小鳥の恋占いをしていた時は、占い始めてから約一週間後に結果を伝えるなんてこともあった。二人の接している部分を観察して、お互いの恋心をこっそり測るためだ。これではまるで、占い師でなく探偵だ。
そんな経緯もあり、中学校まで細々と行っていた素人占い稼業を高校では廃業し、これからは人様の恋愛ではなく、自分自身の恋愛に生きようと決めたわけだ。
私も、私自身の小鳥を育てよう、まだ、卵の状態でしか見たことはないけど、と。
奥手というわけではないが、恋愛に興味を持つのが遅かったのは否めない。恋愛って面倒くさいというイメージが、あの小学校の記憶の所為で定着していたのだろう。駆け引き、牽制も意味がよくわからなかったし、一番謎だったのは、
「好きだけど別れましょう」
という展開だ。なんで、好きなのに別れる必要があるのか、本当にわからなかった。希に何人か占いで
「好きだけど、別れた方がいいのか迷ってる」
と相談する子もいて、返答に困ってしまった。
しかしながら、そうやって占いで変に人様の恋愛に首を突っ込んだ所為で、一切自分には経験がなくても知識として恋のハウツーは備わってしまっていた。
あれは御法度、これは好ましくない、それは推奨されないという禁止事項ばかりで雁字絡めになっていた。
その上、私は相手の恋心が誰に向けられているかわかってしまうのだ。
自分の小鳥の卵にひびが入って、
「あ、この人好きかも」
と思った相手の小鳥が、違う女の子にすり寄っているのを見ると、ひびが入っていた部分が直って、元通りのつるんとした卵に戻ってしまう。
自分に興味がない人に対して、こっちを向いてもらうために努力をするような、気力も根気もなく。かといって、私に好意を持っている人なら誰でもいいというわけではない。
恋というのは、なんと難しいものなのか。恋心を見ることができる私ですらこの様なのに、世の中の女性は、よく何の手がかりもなく恋などできるな。だからこそ、占いなんて不確かなものに縋ってしまうのかもしれない。あの時の、雛川さんみたいに。
そんな、恋をしたくてもできない不毛な毎日を過ごしていたある日。
「あれ、もしかして小鳥遊?」
と、塾の帰りに他校の男子生徒から声をかけられた。少女漫画なら恋が始まる王道ではないか、と邪な頭で声の正体を思い出そうとして、思わず
「あ」
なんて間抜けな声を漏らしてしまった。
声変わりもして精悍な顔つきに変わっているが、間違いなく宅間君だったのだ。
宅間君の小鳥もまだ卵の状態で、今は恋をしてないんだとわかった。宅間君も雛川さんも別の中学校に行ったから、もう会うこともないと思っていたけど、思わぬ再開に少しだけ懐かしくなって
「途中まで一緒に帰る?」
と彼に聞いたら、歯を見せて笑いながら頷いた。
その場のテンションで一緒に帰ることにしたものの、私は宅間君と直接関わりがあったわけではない。
唯一の共通の話題は雛川さんだけど、多分、卵の状態つまり恋をしてない状態なら、別れてしまっているに違いない。
何の話をしたものかと考えながら、向こうがぽつりぽつりと漏らす近況に相槌を打ちながら、私も最近あった話をした。
「じゃあ、俺こっちだから」
「またね」
わずか十数分の時間すらとても長い道のりに感じる程、困りつつ緊張した帰路から家に辿り着き、はあっと大きく溜め息を吐いた。
まあ、楽しいどころか苦痛に感じるくらいのやり取りしかできなかったのだ、もう二度と一緒に帰ることはないだろう。
そう高を括っていたから、翌週また塾の帰りに
「小鳥遊、一緒に帰ろうぜ」
と声をかけられた時は、驚き過ぎて断れなかった。
その日も当たり障りのない話をして、そんなに遠くないはずの家までの距離が永遠かと思うほど長く感じながら帰った。
「じゃあ、また来週」
「うん」
念のため再確認したけど、宅間君の恋心は卵のまま、ひびすら入っていない、私とおんなじ。つまり私に恋して声をかけているというわけじゃない。
でも、今日は先週よりは色々と話せた気がする。先週よりは。
来週も声、かけられるのかな。
そう考えたら、なんだかむずむずした気持ちになって、私の卵が少し、動いた気がした。
翌週、思惑通り、また宅間君に帰ろうと声をかけられ、私は頷いた。
話題は、最近はまってるアニメがあると言えば、たまたま同じものに相手もはまってたとか、英語で単語が覚えられないと嘆く宅間君に、とっておきの秘策を伝えたりとか、反対に国語の読解が苦手な私に、
「小鳥遊って、なんか深く考え過ぎるとこがあるから、もう少し表面的なとこも見た方がいいんじゃない?」
なんて、アドバイスをもらったりとか。
私たちの会話は、懐かしさをきっかけに始まった関係性なのに、過去の話は殆どしなかった。
そんなある日、いつの間にか、宅間君の卵にひびが入ってるなあと、気がついた日だった。
「小鳥遊は、雛川の話、聞いてこないんだな」
「え?」
「たまに、小鳥遊以外の小学校の時の女子に会うこともあるけど、皆大体、雛川とのことを聞いてくるんだよな」
私は返答に詰まってしまった。
確かに宅間、雛川カップルは大々的にうちの学年に広まっていたし、他でもない私がきっかけで二人はくっついたのだ。まったく触れないというのは、些か不自然だったかもしれない。
けれど、別れただろうとわかっていながら、その話題に触れていくような度胸はない。
少し考えてから、
「私、過去にはとらわれない主義だし、そんなプライバシーに関わること、久しぶりに会って、間もない人に聞かないよ」
と答えた。質問に対する返答としては内容が少しずれてしまった気もするが、致し方あるまい。
すると、そんなずれた返答を聞いて、宅間君の卵は突然孵ってしまった。唐突過ぎる展開に、パタパタ羽を羽ばたかせて私にすり寄ってくる宅間君の小鳥を凝視してしまった。
「小鳥遊って、昔からそうだったけどちょっと不思議ちゃんだよな。なんかワケアリな感じする」
照れたように頬をかきながら、いつもの別れ道で、
「じゃあな」
と言った、宅間君の後ろ姿を見ていたら、なんだかまた、むずむずした気持ちになって、私の卵も今まで見た中で一番ひびが入った状態になっていると気がついた。
それからも、小鳥が孵った宅間君と、小鳥が孵りそうな私は、付かず離れずの距離で一緒に帰った。最初、あんなに苦痛に感じた長い道のりが、今では飛ぶように数秒で別れ道に辿り着くような気持ちになり、別れ際ひどく惜しい気持ちになる。
そうしたら、宅間君が
「なあ、今日はもう少し、話さない?」
と、近くの公園で話したいと言ってきた。
私はなんだか緊張してしまって、声が出なくなってしまったように何度も無言で頷いた。
公園のブランコに二人並んで座って、他愛もない話をしていたら、宅間君が言った。
「そう言えば、もう占いはやってないの? なんだっけ、鳥占いみたいなやつ」
「ああ、小鳥の恋占いね。あれは廃業したの。人様の恋愛の心配よりそろそろ自分の心配をしないとね」
そう軽口を叩いた私に、一拍間をおいて、
「やってよ、俺に」
と、宅間君が言った。
私は、今までにないくらい、ドキドキと心臓がうるさくて、顔が汗ばむくらいに熱くなった。
一つこっそりと深呼吸してから、
「いいよ」
と答え、地面に小鳥の絵を描くように言った。彼はひよこかアヒルかわからないような鳥を落ちていた枝で地面に描いて、真剣な眼差しで私のことを見つめてきた。
私はその絵と、宅間君の小鳥を見ながら、小鳥の恋占いをやっていた時のように、でっち上げた占い結果を披露して、最後に
「今、告白したら、絶対に上手くいくよ。相手も宅間君のこと、好きになりそう、ううん、もう好きだと思う」
と告げた。
彼は、ぐっと拳を握りしめ、少し緊張した面持ちで、
「じゃあ、今言っていい?」
って、私の正面に立って
「好きです、小鳥遊が」
とストレートで飾り気も色気もへったくれもない告白をしてきた。
その瞬間、私の卵が割れた。中から少しふてぶてしい顔をした小鳥が、元気よく羽ばたいて彼の頭に止まったから、私は
「私も、宅間君に恋したみたい」
と返したら、彼ははにかみながら、
「やっぱり小鳥遊の占いって当たるんだな」
なんて笑った。
こうして不思議な縁で結ばれた宅間君との交際は、私に喜びや満足感を与え、小鳥はすくすく成長していた。
そして同時に、この能力の新たな一面を垣間見せた。それは、嫉妬心や相手への怒りがあると、小鳥の元気がなくなるということだ。
今まで、確かに元気がなさそうな小鳥を連れている人を見かけたこともあったが、大体は元気に好きな相手にすり寄る小鳥か、もしくは恋をしてない状態の卵の人が多かった。
あの元気のない小鳥を連れた人たちは、恋人と喧嘩したり、何か嫌な出来事があったりした人たちだったんだ。
恋をしたことがなかった私には、初めて知ることで、宅間君とちょっと喧嘩して、落ち込んでいる時に小鳥が苦しそうにしていると、落ち込んだ気持ちが吹き飛んで小鳥が心配になった。
宅間君と喧嘩してしまうのは、宅間君が他の女の子から好かれていることが原因だった。
宅間君に小鳥をすり寄らせてる女の子が話しかけているのを、にこやかに返事している姿を見るだけで、私はもやもやしてしまう。その後に
「今の子、宅間君が好きだからいい顔しようとしてた」
なんて、宅間君にしたら言いがかりのようなことを言われ、彼は困ったり、時々は怒ったりしていた。その度、私の小鳥は苦しそうで、そして、宅間君の小鳥も苦しそうにしているのだった。
小鳥の恋占いを中学校でやっている時は、好きな人と結ばれるかという相談が多かった反面、別れるべきか迷っているという相談も多かった。前者は探偵のごとく調査を重ねた上で返答していたが、後者はわりと簡単だった。
その人が連れているのが、小鳥なのか卵なのか、そこを見て返答していたから。
連れているのが卵であれば、もう今恋をしている状態ではないから
「あなたはもう、彼に恋はできていないようだから、別れてもいいかもしれない」
と答えて、連れているのが小鳥であれば
「あなたはまだ、彼に恋をしているようだから、もう少し様子を見てみては?」
と答えていたのだ。そして小鳥を連れて相談にきた数人の子が
「好きだけど、別れた方がいいのか迷ってる」
と、私を困惑させた人たちだったのだ。
その後、何人かは卵に戻っていたから別れてしまったようだったけど。
あの頃の自分には考えつきもしなかったけど、あの子たちの小鳥は、きっと度々苦しんでいたのだろう。皆、小鳥の姿は見えなくても、それはきっと辛いことだったはずだ。
だって今、私が辛くて苦しいと思った時に、小鳥はひどく苦しんでいるのだから。
そして、宅間君の小鳥が苦しんでいる姿を見るたび、平気な顔をしていても、今、彼も苦しんでいるんだなとわかってしまった。
苦しんで、苦しんで、苦しみ続けてしまった時、小鳥はどうなってしまうのだろう。小鳥から卵に変わっていた人たちは、自分の小鳥をどこへやったの。
小鳥が、卵に戻るの?
それとも、新しい卵がつくられて、その小鳥自身は死んでしまうの?
私は、恋の苦しみを知らなかった所為で、その恋が終わった時に小鳥がどうなるかなんて、考えたこともなかった。
私は、初めて孵った小鳥が、可愛くて嬉しくて仕方なかった。この子が死んでしまうなんて、そんなの耐えられそうにない。
死んでしまうかもしれないなら一層、この小鳥を手放してしまいたかった。どこか、私の手の届かないところへ行ってしまってもいいから、死ぬなんて悲しい姿を見せてほしくなかった。可愛く美しい姿のまま、記憶に残っていてくれた方がましだ。
私の、初恋の小鳥は、もう息も絶え絶えだった。
「ねえ、宅間君、別れてほしいの」
「……俺のこと、嫌いになったの?」
別れ話を切り出した時、私の小鳥は確かにまだ生きていて、健気に宅間君にすり寄っていた。嫌いになったなら、その子はきっとそんなことしないでしょう。
「好きだけど、別れた方がいいのか迷ってた子の気持ちが、漸く私にもわかったの。だから、好きだけど、別れて」
彼は泣きそうなのを我慢していて、私も必死で涙を堪えていて。それでもやっぱり、このまま彼を嫌いになってしまうかもしれない恐怖に怯えるのよりは、別れる悲しみの方が良いと思えたのだ。
彼と別れた後、私はそっと自分の小鳥を掌に乗せて、部屋の窓から空へ放してやった。小鳥はためらいがちに羽ばたいて、私は姿が見えなくなるまで見送った。
そうしたら、胸を抉られるような悲しみに襲われて、涙がとまらず、ベッドに突っ伏して泣いた。好きだった、まだ好きだ、けれど手放した。
姿は見えなくなっても、新しい卵は見えてこない。まだ、あの小鳥が、私の初恋が生きている証拠だ。
恋というのは、やっぱり、なんと難しいものなのか。恋心を見ることができる私ですらこの様なのに、世の中の女性は、よく何の手がかりもなく恋などできるな。
いや、見えないからこそ、迷いながらも勇気を出して恋ができるのかな。
私にも、また恋ができるのかな。
新しい卵が見えた時、私は今度こそ、小鳥を手放さずにいれたら良いなと思った。
ご覧くださりありがとうございました。