第八十五話 ねがい
私は目の前で静かに横たわり、ピクリとも動かない魔王を揺り動かす。
「ちょ、ちょっと起きてくださいよ」
いやだ。
「もう、お芝居の必要はないんですよ」
い、いやだ。
「ねぇ、魔王様。ねぇ」
私は壊れた人形のように魔王を揺り動かし続ける。
あたり一面血だらけになっている。
私の服にも赤い鮮血がこびりついている。
それでも魔王は動かない。
私の心も、感情というものが、すべて抜け落ちたかのように、何も考えられない。
ただただ、この現実を受け入れることだけを拒否している。
目から何かが滴り落ちる。
下をぼーっと見つめると、水滴が魔王の頬に落ちる。
「う・・・」
私は上を向いて、心の中に急に込み上げてきた感情、荒れ狂った感情を空に向けて吠えたてる。
「うわぁぁぁぁっ!」
私が叫ぶと同時、あたりが、真っ暗な帳に包まれる。
「コングラッチュレーション! よくやった! ははっ! 今日は、お祭りだ!」
魔王の頭を膝に載せ抱えている私の回りで、薄紫色の髪の毛の女の子がぴょんびょんと狂ったように飛び回っている。
激情が収まった私は、興味がなさそうにその女の子を見やった。
すでに昔の記憶も戻っている。
「よくやった! よくやったぞ! これで、この世界の安定も保たれる。よし、お前を元の世界でもなんにでも戻してやるぞ!」
私はその女の子をじっと見やった。
そのとき、初めて女の子の顔に動揺のようなものが現れた。
「おい。お前、何を考えている」
どうやら、こいつは私の頭の中の思考を読んでくれたらしい。
その女の子は焦ったように早口でまくし立てる。
「や、やめろ。そんなことを願うな。頼む。・・・そうだ、元の世界に戻すついでに、お前を金持ちにしてやろう。元の世界ではもう、お前の幸せは決まったようなものだぞ、な?」
私はただひたすらその女の子、神と称するそいつを見やる。
私の中では、もう願いは決まっている。
そうだ。
私にはなんでも一つ願いを叶えてさせることができる権利があるのだ。
「ば、ばかなことを考えるのはやめろ。お前、わかっているのか? もう、元の世界に戻れなくなるのだぞ。な? 考え直せ」
私は口を開こうと空気を吸い込む。
「や、やめろー! その願いを口に出すなー!」
少女は、狂ったように首を降りながら両手をこちらに向け、後ずさる。
まるで、私を拒否するように。
「やめろぉぉぉっ!」
女の子の絶叫が、空間に響き渡る。
「・・・!」
そして、私は願いを口に出した。
空間に嵐のような風が巻き起こる。
「馬鹿がっ! ここまできて、ここまできて!」
女の子の顔が醜く歪み、風と共にどこからか現れた光に包まれる。
そして、あたりが、一面光に包まれる。
そして、私は・・・。




