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大学生にも色々あるし、通り魔にも色々ある。
そんな当たり前の話…をと思い書き始めました。
いきなりだけど、俺の生まれ育った国でもある日本の年間失踪者数を君はご存じだろうか?
ーー答えは80000人以上。毎年、80000人以上の人間が行方不明となっている。
この数字を多いと捉えるか少ないと捉えるかは人によって違うだろう。
ちなみに俺は多いと思う。
あ、そして俺も5分くらい前から、そのうちの1人としてテレビでしか見たことのない中世ヨーロッパの様な街並みのど真ん中で途方にくれていたんだよな・・・・
とりあえず一度、状況を整理しよう。
俺は大嫌いな大学から帰ってきたのが14時頃。
そこから冷凍庫に入っている冷凍食品を食べてベットで横になったんだっけ?
やばい、そこから何も思い出せない。
気が付けば美しい街並みのレンガで作られた美しい道のど真ん中にスウェット姿で突っ立っていた。
すごく恥ずかしい、色々な意味で、だ。
スウェット姿も恥ずかしいのだが、それ以上にもうすぐ二十歳を迎える大人でクールガイの俺が異世界っぽいところに飛ばされたという事実が最高に恥ずかしい。
夢だとしても恥ずかしいし、現実ならもっと恥ずかしい。
道行く人々、たまに猫耳や犬耳の生えた人々のリアリティ感から察するに夢ではない。
「あー、早く帰らねえと単位がやばいな・・・・」
一番最初にそれが心配になるとは・・・・
将来は有望な社畜だな。
とりあえず歩くしかないな。
なにか糸口を探すしかない。
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「最悪だ。夢なら覚めてくれ・・・・」
本当に今日の俺は不運だ。
スウェットのまま異世界に来たことも不運だが、それ以上に現在進行形で死にかけていることが最高に不運だ。
細い路地裏に3人の死体。
すべて腹部が開かれていて、中からは腸が溢れだしている。
そして、この状況を作り出したのであろう本人が目の前で笑ってやがる。
「次は貴方のお腹を捌かせてもらっていいかしら?」
「良いわけねえだろ、イカれ女が・・・・」
30~40センチくらいだろうか?
もしかすると、もう少し大きいかもしれない。
血に染まった手で持っているのは、血に染まりながらもギラギラと鈍く光るデカいハサミ。
それを持つ女は細くて、黒いロングヘアーがよく似合っていた。
こんな出会い方でなければ心も踊ったろうが、状況が状況だ。
「・・・・お、お前の目的はなんだ?金とかなら俺は全く持っていないぞ。」
「あら、貴方は私を知らないの?結構有名人なのよ?」
知るわけないだろ。
そもそも、ここがどこだか知らねえんだから。
「知らない・・・・お前のことなんか何も知らない。だから、俺はもう行くぞ・・・・」
チキンの俺が必死に絞りだした言葉に対して女はケラケラと笑った。
「貴方面白いわね。逃がすはずがないじゃない。私は巷では“切り裂きローズ”と呼ばれている、最高にキュートな通り魔なのよ?」
・・・・通り魔て、そのまんまじゃねえか。
マジで不運だ。クソ。
「どっちかていうとキュートよりビューティフルの合う気がするぞ・・・・それともクレイジーか?」
「あら、ありがとう。どちらも最高の褒め言葉よ。」
完全に俺、死ぬ流れになってるし皮肉のひとつでも言ってやりたいが何も思い付かねえ・・・・
次に生まれ変わるなら、ユーモアで溢れる人間になりたいな。
「そろそろお喋りは終わりましょう。貴方とのお話しも悪くないのだけれど、時間よ。」
あー、完全に終わった。
俺の知っている異世界なら、ここで可愛い女の子が助けに来てくれるんだろうが・・・・この路地は人の気配が全くしない。
こんなところに入った自分の間抜けさを恨むしかないな。
「最後に何か言い残したことはないかしら?」
あー、もっと生きなかったな。
あと、なんでこの通り魔女がこんな風になったのか知りたかった。
ん?俺って実はドMなのかもな・・・・
知らない女に知らない場所で殺されるなんて嫌で嫌でたまらないはずなのに何故か俺は笑えてしまった。
「・・・・来世では違う会い方したいよ、あんたとは。」
せめて最後は笑いながら言ってやったぜ。
女はハサミ振り上げていた。
俺は足が震えて動かない。
目を閉じた。
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ん?
目を閉じてから何秒か経ったが、女はハサミを降り下ろしてはきていない。
俺は恐る恐る目を開けた。
「は?」
女は何故か泣いていた。