5 サラ
夕暮れ時、琥珀亭までサラを送り届けたレニーは、裏口の前で立ち止まったまま待っていた。
サラがずっと、何か話したそうにしていたから……
サラは俯いて扉の前に立ち尽くしている。栗色の髪で隠れて、レニーからは彼女の表情をうかがい知ることはできない。
とぎれとぎれに店内の喧騒が漏れて聞こえてくる。
(……いつまでも、ここでこうしてもいられない……)
レニーが身体の重心を移した時だった。
「……テッドに会ったの?」
かすれた声がレニーを呼び止める。
「…………」
サラは俯いたままだ。身を固くして、レニーの答えを待っているのが伝わってくる。
「元気にしてたよ」
サラの顔がわずかに上がる。
「ってか、少しは懲りるってことを覚えやがれ――――ってカンジ?」
サラは泣き笑いのような表情を浮かべた。
サラの家は母一人子一人だった。正確には弟と妹がいたが、幼いころに養子に出された。長女のサラが病気がちの母を支えて細々と暮らしていた。
サラがこちらに来ることに決まって、母の暮らしは保障された。
サラは今もそれで良かったと思っている。
こちらに来たら何もかもが変わると、サラは思っていた。
もう、母のことを心配しなくてもいい。
いつ一人取り残されるのか、不安におびえなくてすむ……と。
こちらには、誰もが一人でやってくる。
家がどうとか、何をしていたとか、関係ない。
自分は健康だし性格も明るい方だし、きっとこちらの世界の人々と上手くやっていけるだろう。――――サラはそう思っていた。
戦士になるなんて知らされていなかったが、ちゃんと訓練を受けさせてくれるという話だったし、運動神経と体力にも、サラは少しは自信があった。
だが、期待していたように上手くはいかなかった。
気がつけば――――
(……どうして、こうなってしまったんだろう?)
「――――サラ。今日は……きみに聞いてもらいたい話があるんだ」
もしかしたら、――――テッドが自分に好意を寄せてくれているのでは、とサラはうすうす気付いていた。
『禁忌』のことは、ギルドでも後見の女店主からも、何度も注意されていた。
『あんたは美人だから、気をつけなさい』
(そんなの。……あたりさわりの無い関係なら、みんな優しくしてくれる。……でも! 肝腎な時には、みんなわたしを避けていく!)
テッドはただ一人、絶望の淵でもがいていたサラに手をさしのべてくれた人だった。
禁じられていることだと、頭ではわかっている。
――――けれど。
「サラ。きみが……好きなんだ」
テッドは、テッドだけは、いつも真摯にサラに向き合ってくれた。
彼の不器用だけどさりげない優しさは、いつもサラを救ってくれた。
彼の眼差しに、彼の一挙手一投足に、胸が熱くなる。
(――――このままでは…………)
頭の片隅には常に『禁忌』が陣取っていて、……さいなまれる。
(……わかってる……わかってる、のに)
さしのべられた大きな手を、サラは自分から離すことはできなかった。
――――震えながら、サラはテッドの想いを受け入れた。
緊張を隠せないぎこちない動作でテッドにそっと優しく抱きしめられて、サラはぽろぽろ泣き出してしまった。
自分でも……なぜ泣いているのかわからない――――
うろたえたテッドが背中に回した両手をほどいて、サラの顔をのぞきこもうとする。サラはテッドの背にそろそろと両手を伸ばし、おそるおそる逞しい胸に顔をうずめた。
(……今は、今だけは、こうしていて……)
声もたてずに泣くサラを、レニーは裏庭の椅子に座らせた。
精一杯頑張って、虚勢をはって、自分は大丈夫だと気丈に振る舞って――――
あまりにも健気で、いじらしくて……
だから、男どもは二の足を踏んだのだ。
(…………俺の、せい……)
レニーは小さく震えるサラの栗色の髪にふれようとして、つと手をとめた。
脳裏をよぎったのは、けぶる金髪……
レニーの榛色の瞳が、愁いを湛えて揺れる。
(…………今だけは、許してくれよ?)
レニーはサラの頭をぽんぽんと、あやす様にたたいた。