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遠い記憶  作者: 文音
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(……あれはまずかったよなぁ……)


 とはさすがに思ったが、レニーはしれっと訓練の一環だったということでやり過ごそうと決めていた。


 みすみす、クラルの思惑にのるつもりはない。

 癪にさわる、というよりも、自分にとって碌なことにならない、――のは明白だ。


 サラとテッドについて話を聞いていけばいく程どうにも八方塞がりで、もうああでもしないと――――とその時は思ったが、なにもわざわざ自ら好んで危ない橋を渡らなくともいいだろう。それに、レニーはそこまで己を過信してもいない。


(……そういやあ、ヤツに会ってからだ。俺が女戦士の指導を依頼されるようになったのは……)


 たいした話をしたという記憶はレニーにはない。周りにいたのもその当時のパーティー仲間。……男だけだった。

 レニーは首をかしげる。


(どう思われているかは知らねえが)

 できるだけ魔導士長とは関わらない様にしよう。――――レニーはそう決心した。





 ――――過去、『禁忌』が破られたのは二回。

 いずれもこちらに来て、まだ間もない者達だった。

 

 森で彼らは見つかった。

 はじめは未熟な者が無謀にも立ち入って、森にのみこまれたのだと思われていた。

 だが彼らに近しい者の証言で、初めて彼らのしたことが知れた。

 『禁忌』を破ったからだと恐れる者が大半だった。

 しかし、なかにはその事実があろうとなかろうと、彼らの技量では森に入れば避けられぬ運命だった――――不運な事故だと言う者もいた。


 今回は幸運にも、事後ではなく事前にその危険性のある者達の存在が報告された。

 これまでと同様に、まだ一度も森に足を踏み入れたことのない新参者達。


 今回の件に関してはギルドが中心になって対応している。

 魔導士長のクラルに今のところ出番はない。

 経緯を見守ることしかできない立場にあるのだが……


(これから、どう動いていくだろうか……?)


 クラルは先日の彼の訪問で、もうひとつの可能性についても思案していた。

 

 もし。

 ――――――――もし、そのかたわれが、レニーなら?


 彼は、森のことも森に棲む魔物のこともよく知っている…………





 琥珀亭の自室で、サラはテッドに宛てた手紙をしたためていた。

 サラの左手の横には、細かく折りたたまれた跡の残る手紙。

 琥珀亭で給仕の際、客からこっそり渡されたものだ。

 そこには几帳面な文字で、サラを気遣うテッドの心情が綴られている。


 彼は短くレニーのことにもふれていて、サラはどきりとした。


 あのあと、レニーからは防御の訓練を集中してやらされた。

 サラに欠点を自覚させるためだとしても……それにしても。

(……なんで、あんなことを?)

 あの時のことが頭をかすめるだけで、顔から火の出る思いがする。


 サラの手紙を書く手がとまってから、かなりの時間がむなしく過ぎていた。




 

 待ちに待ったサラからの手紙に、テッドは喜びと焦りとがないまぜになった感情を噛みしめていた。

 そこには手紙をくれたことへの礼と、給仕と訓練に明け暮れている変化のない日常と、テッドを気遣う内容が簡潔に綴られていた。


 サラがパーティーに入ってきた時、嫌悪感をテッドは覚えた。

 ――サラ個人に対してではない。女戦士に対してだ。

 向こうでも女騎士はいないわけではなかったが稀な存在だった。そもそも彼女は貴族ですらない。

 この世界に来たというだけで、なぜ皆が等しく戦いの義務を背負うことになるのか?


 聞けばこちらに来て初めて武器を手にした者も少なくないと言う。

 なぜそんな者達と、自分は一緒に戦っているのか?

 

 サラに剣を教えることを決意したのも、この世界の不条理に腹をたてていたせいもある。

 サラはこの世界にいるかぎり、戦士をやめることはできない。

 なのに素人も同然の彼女に、剣を教えようとする者はいない。

(このままでは、彼女は死を待つだけではないか?)

 それではあまりにも哀れだと、テッドは思った。



 二人が引き離されて――

 サラからの最初の手紙に、レニーから剣の稽古をつけてもらっていると書いてあった。

 ちょっと聞いてみただけで、レニーのことはすぐわかった。

 彼はこの街で有名だった。


 一年ともたないだろうと思われていたのに、いつの間にか五指に数えられるまでになっていた、ぜんぜん強そうに見えない戦士。


 そして、テッドはレニーと会って話をした。

 初対面のときにはわからなかったが、確信した。


 言葉遣いは乱暴で態度も横柄で一見無作法なように見えて、そのくせ実はレニーの立ち居振る舞いは――――粗野ではないのだ。

(……彼も貴族だ)





 テッドとサラのことは自分に責任がないとは思っていない。

 だが、正直意外だった、とパーティーリーダーだったその男はギルドの査問委員会の場で告白している。


 テッドは元騎士だけあって、とても優秀な戦士だった。

 彼自身が元騎士という身分を鼻にかけたり無礼な態度をとったりということはなかったが、他のメンバーとの間には距離があった。彼には皆、どこか近寄りがたい雰囲気を感じていた。

 テッドは魔物相手の戦いに最初は手こずっていたが、慣れるにつれ他のメンバーとの実力差は驚く程早く縮まった。そしてそれが、テッドと他の者との距離をさらに広げた。


 サラがパーティーに加入したのは、そんな時だ。

 彼女は誰もが困惑するくらい、戦士として使えなかった。

 誰かが、一から教えなければならない――――

 皆そう思ったが、サラが若くて美人で魅力的だったことが、二の足を踏ませた。


 テッドは自分達以上に、女戦士を認めていない様な感じだった。

 だから彼から、サラの指導をしたいと申し出を受けたときは随分驚いた。

 同時に、やはり彼は我々とは違うのだ、とそう思った。

 テッドに任せれば上手くいく――――

 虫のいい、安易な考えだったと、その男は懺悔した。




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