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遠い記憶  作者: 文音
5/23

1- ⑤

 ――――昔、結婚した男女に何が起こったのか…………?



 レニーはその足で、ある男の元へ向かった。


 レニーはその男とは二度程しか会ったことがなかったし、特に約束をしていたわけでもない。

 だのに、意外なことにあっさりと、レニーはその男の執務室に案内された。


「お話とはなんでしょう? レニー」


 魔導士長クラルは、慇懃に突然の来客を出迎えた。


(……考えてみれば、今回の件が魔導士長の耳に入っていないわけはねえか……)




「……それではその男は、とてもまじめな人物のようですね。――そのうえに、気骨もある……」


 ――何十年振りかに『禁忌』が破られるかもしれない深刻な事態について話しているのに、クラルの余裕のある態度は変わらない。


「……はい」


 レニーより少し上の年齢にみえるこの若者は、レニーよりさらに長い歳月をこの世界で過ごしてきた。

 レニーが周囲に明るい印象を与えるのに対し、クラルは柔和な表情に底の知れない暗さを秘めている。


「二人を別れさせるのは難しいでしょうね。こう、あちこちから横やりが入った後では……。よけいに面倒なことになってしまった」


 言葉のわりに、クラルの口調も表情も面倒そうに、レニーには感じられない――


「……どうせなら、もっと面倒にしてしまってはどうでしょう?」

 クラルは意地の悪い笑みを浮かべて、レニーを見た。


「あなたが、横やりをいれてみては……?」

 クラルの黒々とした瞳が、面白そうな光をたたえてレニーを見つめている。


「……あなたなら、案外うまくやれるのではないか、という気がするのですがね」


 クラルの視線をとらえたレニーの瞳に、束の間、底冷えのする光が宿る。

「…………へえ……?」

 その口から、かすかなつぶやきが漏れた。


(……くえねえ奴だな……。なんてことすすめやがる!)


 レニーはクラルの言葉の意味をすぐに理解したが、気付かないふりをした。

「横やりったって、今さら何を? 剣を突き付けて脅しなんてしたら、それこそますます燃え上がってしまうでしょう?」


 クラルがまた何か言いださないうちに、レニーは早々に帰ることにした。


「……これ以上の面倒はゴメンなんです。お尋ねしたかったことも訊けましたし。――お邪魔しました、魔導士長。お時間をいただき、ありがとうございました」


「そうですか。……残念です」

 少しもそうは思っていないかの様な笑みを浮かべて、クラルはレニーを見送った。




 日課となった稽古の休憩時間。

 レニーは椅子に座って水を飲みながら、昨日テッドに会った話を切り口に、サラに二人のなれそめなんぞを聞いてみた。



 ――――結婚。……を、前提にして? 

(……それで、テッドのことを真剣に考えるようになったってか?)


 レニーはまじまじと、壁に寄りかかって立つサラを見つめる……


「……なによ?」

 サラは頬を紅潮させて、レニーの視線から顔をそらした。


「いや、不思議だなあ、と思って。サラはきれいだし、気がきくし、働き者だし……」


 レニーの言葉にサラが落ち着かない様子で、レニーの方を盗み見る。


「その年なら、向こうでも結婚話の一つや二つ、あっただろ?」


「……同じ年頃の友達は、みんな結婚していったけど。……うちは母さんの具合が悪くて、それどころじゃなかったの」

 つとめて明るい風を装ってサラが答える。


(……やっぱり! そういう気はしてたんだが……)


 サラにダメ出しをくらったレニーのダメージは大きかった。


(……こっちも、初めてかぁ……)


 レニーは内心で、頭を抱えた。

(――正攻法で邪魔すればするほど、逆効果になるパターンだ……)


 レニーはやおら立ち上がると、サラの方へ身を乗り出した。


 サラはレニ―にあっという間に懐に入られ、両腕を封じられた。


「レ、レニー……?」

 あまりに突然のことで、サラの思考も身体も機能を一時停止する。


 レニーの顔が間近に迫り、サラはここでようやく己の身におきていることを理解した。

 抗おうとしたが、レニーにしっかり抑えられていて身動きがとれない。

 間近でサラを見つめるレニーの瞳と視線がからむ。

 混乱してどうしてよいかわからず、サラは思わず目を硬く閉じてうつむいた。


「…………」


 お互いの体温が感じられる程に、近づいたとき……


『――あなたが、横やりをいれてみては……?』


 レニーの動きが止まった……

「――――――――」


 レニーはサラから顔を離すと、サラの身体を解放した。

 サラは身体をこわばらせ、呆然としている。


 レニーは悪びれた様子もなく、

「……ほんっと、スキだらけだな。お前……」

と、呆れたようにサラを見た。


 レニーは、いつものレニーに、戻っていた。 

 先刻までのレニーとは……、別人のようだと、サラは思った。


 レニーはサラに背を向けて、訓練用の剣を手に取った。


「これから、もっと稽古厳しくするからな」


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