1- ⑤
――――昔、結婚した男女に何が起こったのか…………?
レニーはその足で、ある男の元へ向かった。
レニーはその男とは二度程しか会ったことがなかったし、特に約束をしていたわけでもない。
だのに、意外なことにあっさりと、レニーはその男の執務室に案内された。
「お話とはなんでしょう? レニー」
魔導士長クラルは、慇懃に突然の来客を出迎えた。
(……考えてみれば、今回の件が魔導士長の耳に入っていないわけはねえか……)
「……それではその男は、とてもまじめな人物のようですね。――そのうえに、気骨もある……」
――何十年振りかに『禁忌』が破られるかもしれない深刻な事態について話しているのに、クラルの余裕のある態度は変わらない。
「……はい」
レニーより少し上の年齢にみえるこの若者は、レニーよりさらに長い歳月をこの世界で過ごしてきた。
レニーが周囲に明るい印象を与えるのに対し、クラルは柔和な表情に底の知れない暗さを秘めている。
「二人を別れさせるのは難しいでしょうね。こう、あちこちから横やりが入った後では……。よけいに面倒なことになってしまった」
言葉のわりに、クラルの口調も表情も面倒そうに、レニーには感じられない――
「……どうせなら、もっと面倒にしてしまってはどうでしょう?」
クラルは意地の悪い笑みを浮かべて、レニーを見た。
「あなたが、横やりをいれてみては……?」
クラルの黒々とした瞳が、面白そうな光をたたえてレニーを見つめている。
「……あなたなら、案外うまくやれるのではないか、という気がするのですがね」
クラルの視線をとらえたレニーの瞳に、束の間、底冷えのする光が宿る。
「…………へえ……?」
その口から、かすかなつぶやきが漏れた。
(……くえねえ奴だな……。なんてことすすめやがる!)
レニーはクラルの言葉の意味をすぐに理解したが、気付かないふりをした。
「横やりったって、今さら何を? 剣を突き付けて脅しなんてしたら、それこそますます燃え上がってしまうでしょう?」
クラルがまた何か言いださないうちに、レニーは早々に帰ることにした。
「……これ以上の面倒はゴメンなんです。お尋ねしたかったことも訊けましたし。――お邪魔しました、魔導士長。お時間をいただき、ありがとうございました」
「そうですか。……残念です」
少しもそうは思っていないかの様な笑みを浮かべて、クラルはレニーを見送った。
日課となった稽古の休憩時間。
レニーは椅子に座って水を飲みながら、昨日テッドに会った話を切り口に、サラに二人のなれそめなんぞを聞いてみた。
――――結婚。……を、前提にして?
(……それで、テッドのことを真剣に考えるようになったってか?)
レニーはまじまじと、壁に寄りかかって立つサラを見つめる……
「……なによ?」
サラは頬を紅潮させて、レニーの視線から顔をそらした。
「いや、不思議だなあ、と思って。サラはきれいだし、気がきくし、働き者だし……」
レニーの言葉にサラが落ち着かない様子で、レニーの方を盗み見る。
「その年なら、向こうでも結婚話の一つや二つ、あっただろ?」
「……同じ年頃の友達は、みんな結婚していったけど。……うちは母さんの具合が悪くて、それどころじゃなかったの」
つとめて明るい風を装ってサラが答える。
(……やっぱり! そういう気はしてたんだが……)
サラにダメ出しをくらったレニーのダメージは大きかった。
(……こっちも、初めてかぁ……)
レニーは内心で、頭を抱えた。
(――正攻法で邪魔すればするほど、逆効果になるパターンだ……)
レニーはやおら立ち上がると、サラの方へ身を乗り出した。
サラはレニ―にあっという間に懐に入られ、両腕を封じられた。
「レ、レニー……?」
あまりに突然のことで、サラの思考も身体も機能を一時停止する。
レニーの顔が間近に迫り、サラはここでようやく己の身におきていることを理解した。
抗おうとしたが、レニーにしっかり抑えられていて身動きがとれない。
間近でサラを見つめるレニーの瞳と視線がからむ。
混乱してどうしてよいかわからず、サラは思わず目を硬く閉じてうつむいた。
「…………」
お互いの体温が感じられる程に、近づいたとき……
『――あなたが、横やりをいれてみては……?』
レニーの動きが止まった……
「――――――――」
レニーはサラから顔を離すと、サラの身体を解放した。
サラは身体をこわばらせ、呆然としている。
レニーは悪びれた様子もなく、
「……ほんっと、スキだらけだな。お前……」
と、呆れたようにサラを見た。
レニーは、いつものレニーに、戻っていた。
先刻までのレニーとは……、別人のようだと、サラは思った。
レニーはサラに背を向けて、訓練用の剣を手に取った。
「これから、もっと稽古厳しくするからな」