表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遠い記憶  作者: 文音
4/23

1- ④

 加筆したために、第一話だけ他の回にくらべ突出して文字数が多くなりましたので、分割して投稿しております(それでも、今回少し長めです)。

 この回(1-④)まで加筆しております。残りの部分(1-⑤)についても、追々加筆していく予定でおります。

 ※ 設定に変更はありません。話の内容も大筋で変わっておりません。

 レニーがサラに稽古をつけるようになって、一週間が過ぎた。

 その日は稽古の後、ゲルトに呼ばれてレニーはギルドに顔を出していた。

 月は雲に隠れどんよりと湿っぽい灰色の闇が覆うなか、家路を急いでいたレニーは、途中から後ろをついてくる者がいるのに気がついていた。

 行先を変えて歩いていくレニーの視界に、目貫通りの両脇に立ち並ぶ建物の陰から街の広場が広がる。

 広場の中ほどまで進み、そこでレニーは振り返り、その男が近づいてくるのを待った。



 陽が落ちて、閑散とした広場の中央に焚かれた篝火の灯りを背に、レニーは自分の来るのを待っている。

 ゆらめく炎の中に浮かぶしなやかなレニーの黒い影に、テッドの喉がごくりと鳴った。

 テッドまもた、レニーの数歩手前で立ち止まる。


「よお」

 薄闇をついて届いたレニーの声に、以前に会ったときの親しみやすさは無い。

 テッドを見据えるレニーの瞳には、余裕と悪戯っぽい皮肉めいた色が浮かんでいた。


(……お見通しというわけか)

 テッドは下手な言い訳などせず、レニーに率直に用向きを伝えることにした。

「後をつけるような真似をしてすまなかった。時間をとってくれて感謝する。……レニー、きみが、サラに剣を教えていると聞いたんだが」



 レニーは目の前に立つ長身の男の、篝火の灯りで赤く照らされた顔を見つめる。

(それで、恋人にかわって礼を言いに来た、というんじゃないよな?)

 ……どころか。

 レニーを見つめるテッドの瞳に、珍しく自分が少年ではなく、ひとりの男として映っていることに気付いて、レニーの片眉が上がる。

(……相手が俺でも、男ってだけで気になるか? 嫉妬で目がくらんでこんな時間にのこのこついて来たんだとしたら、よっぽど、いかれちまってるな?)


 自分を厄介事に巻き込んだ張本人を相手に、レニーは気を遣ってやる気にもなれず、

「仕事だ。あんたには関係ない」

と、不機嫌に切り捨てた。

 


 テッドはレニーの言葉に安心したのか、大きく頷いた。


 それで気がすんだか?

 ――――だったらラクなんだが。

(こいつとサラはもうずっと会ってないんだよな。で、俺とサラの稽古の様子とか知りたいって食い下がってこられたら、さて、どこまで話したもんか……?)

 とレニーが街並みのほうに目をやったとき、とんでもない台詞がテッドの口から発せられた。


「……俺は、サラと結婚したいと思っている」


 レニーは瞠目し、次いで己の耳を疑った。

(なんでいきなり、そういう話になる?)

 レニーの首がまるで機械仕掛けの人形のようにテッドの正面に戻される。

 そして。

(なぜ、それを、わざわざ、俺に言う必要がある?)

 テッドに不意を突かれて先制されてしまったことは、理解した。

 だが。

(意図が、わからん)



「きみ達の心配はありがたいと思ってる。でも、俺の気持ちは変わらない」

 レニーが必死で思考を整理しようとしているそばで、テッドはひとりで勝手に話を進めていく。


「ちょっと待て!」

 これをこのまま放置して、後で、「レニーにはもう話を通してある、彼もふたりの仲を認めている」などとテッドに曲解されて、…………或いはそういう虚構をつくりたいのか? ――誰かに話をされでもしたら、ますますややこしいことになってしまう。


 この世界で禁句ともいえる台詞を、あまりに唐突に、とんでもなく真っ正直にサラッと言われて――――。

(呆気にとられている間に、ヤツのペースで話を進められてたまるか!)


 レニーは無理やり気持ちを立て直すと、まずは当たり前の質問からぶつけてみた。


「あんたがよくても、サラはどうなる? 『禁忌』にふれた者がどうなるかは、みんなからさんざん聞かされてんだろう? その運命に、あんたの大切なサラを巻き込むんだぞ」

 レニーはわざと、『あんたの大切なサラ』を強調した。

 テッドもそれと気付いたようで、かすかにはにかむような表情をが浮かべた。


(…………俺は、やっぱり警戒されてるのか? で、牽制されてる?)

 なんてことはない。

 テッドのさっきの宣言は、――――「俺達は結婚するから、お前は手をひけ」みたいな……?

 邪推された挙句に、後をつけられ、こんな時間にこんなとこで……。


(……くそぅ。頭、痛くなってきた)

 レニーはもう面倒くさくなってきていた。

(こんなヤツ放っといて、とっとと家に帰れば良かった)


 ところが。

 テッドはまたしても聞き捨てならないことを口にし出した。


「それなんだが、俺は『禁忌』にまつわる話はつくり話だと思ってる。この社会を管理していく為の……」


(…………おい)


 ――もう何度も同じ台詞を繰り返してきたのだろう。

 テッドは落ち着いた調子で、レニーに自らの思うところを語ってきかせた。


「いろんな人に言われたよ。命が惜しくないのかって。けど誰も、具体的なことは知らないんだ。結婚した男女が、どうして死んだのか? ふたりにいったい、何がおこったのか。いくら訊いても、死んだってことだけを繰り返すばかりで埒が明かない。昔のことだからと言うけれど、それで片づけるにはあまりにいい加減だと思わないか? わからないことが多すぎる。だいたい、なぜ結婚してはいけないのか? そうすると返ってくる答えは、死んでしまうからっていう理由だけで。話してても、堂々巡りだったよ。」


(……そんな議論を、えんえんこいつとやってたのか?)

 困り果てていた琥珀亭の店主の顔を思い出し、レニーは心の底から同情した。

 目標を遂げるために頑張る姿勢は買うが、それも場合によりけりだ。

 達成不可能な目標をかかげられて、それに巻き込まれるのは御免被る。


(――――けど、この前その事件がおこったのって? そんなに、……昔でもないはずなんだが?)

 確か、レニーがこちらに来る少し前だと聞いた。

 が。

 レニーの持っている情報もテッドとそう大差ないものでしかない。


 テッドの講釈は続く。

「ここは男に比べて女の数が少ない。婚姻を認めたら、あぶれる者がほとんどだ。だから俺は、『禁忌』はよけいな争いが起きるのを未然に防ぐために作り出された方便だと思う」


(なるほどな。いかにも、ありそうなことだ)

 思わし気にレニーの目が伏せられ、形のよい唇が声をたてずに嗤った。

 レニーを背後から照らす篝火の灯りが、レニーが垣間見せた表情に、酷薄の仮面を被せる。

 テッドは束の間、目を見開き息をのんでレニーを見た。


(――だがな)

 ゆっくりと瞼が開く。レニーの榛色の瞳は挑むような光をちらつかせていた。  

(この世界を、あっちの世界の常識にあてはめて推し量るのは意味がねえ!)

 ――――――――この世界は……。



「それについては、俺もあんたに話がある」

 レニーは一度肩越しにテッドのほうを振り返ると、公園の手近のベンチに向かって歩き出した。ベンチに腰をおろし、テッドを見る。

「……」

 テッドもあとからついて来て、レニーの隣に腰をおろした。

「きみは、どう思うんだ?」

 テッドは先程からのレニーの様子に、彼が何を考えているのか測りかねていた。


(彼には、俺とサラとの仲を認めてもらいたい。そして、できれば協力してもらいたい)

 と、テッドは考えている。

 だが彼の心の裡を支配するのは、こんな生易しい感情ではない。もっと利己的で本能に忠実な、……それはレニーを前にしていよいよ強く蠢いていた。




「また、えらくてめえに都合よく解釈したもんだな」


 レニーの反応は人を食っていた。


 テッドは彼の持論を、ギルドの関係者、彼の後見人、かつてのパーティーリーダー、琥珀亭の女店主達にも展開してきた。

 誰もが驚き、非難し、説得を試み、ときに脅したり宥めたりしながら、彼に思い留まるように訴えた。


 だが、レニーは。

「いろいろゴタクをならべちゃぁいるが。あんた、要するに我慢できなかっただけなんじゃねえの?」

 ひどく面倒くさそうに首を回しながらテッドに目を向け、呟くように低い声でそう言った。



 身も蓋もない言われように、テッドが気色ばむ。

「なっ! そんなことはない!」

 テッドもこれまで、似たようなことを言われてこなかったわけではない。

 しかし、隣にいる少年のような姿をしたレニーから、よもやそんな台詞が出てこようとは、まったく予想していなかった。

 いや。むしろ――子供だから、率直なのか?


「どこが? だってそうだろ? サラもあんたに靡いてるみてえだし、あんたとしてはせっかく両想いになれたサラを他のヤツにとられたくないってことだろ? サラ、人気あるからな」

 淡々と話すレニーの端整な横顔は、つくりものめいて見惚れるほどだ。

 ところが彼の手元では、いつの間に取り出したのか、物騒にも細身のナイフがくるくると弧を描いている。


「でなきゃ、結婚までしようなんて、考えねえよ」

 彼の細められた目の奥に潜むのは――――。



(…………これは、俺に共感してくれているのか?)

 様々弁明したいことはあるのだが、レニーの言っていることは、非常に残念かつ悔しいが図星でもある。

 当惑したテッドは、言葉に詰まっていた。


 レニーはさらに追い打ちをかける。

「あんたさぁ、結婚まで考えた女って、サラが初めてなんだろ?」

 レニーの口調にからかうような響きが混じり、テッドの精悍な顔に苛立ちがにじむ。

 暗闇のなかでもテッドの顔が朱に染まるのがわかった。


(……これも、当たったっぽいな。まさか向こうで剣一筋、だったってことはないと思うが……。にしても、こいつ今、いくつなんだ? こっちじゃ自己紹介のときでも、いちいち年齢なんて言わねえもんな。……二十歳はいってそうなんだが?)

 テッドと並んで話しているこの短い時間の間に、レニーのなかにじんわりとある変化が起きていた。


 レニーの脳裏に、彼がこちらへ来た当初のことが蘇る。

(あの頃、俺は必要以上に子供扱いされるってんで、頭にきてたが……)

 あのとき、――周囲の大人達は、今の自分と同じような心境で俺のことを見守っていたのだろうか?

 レニーの唇の端が、かすかに上がる。


 テッドは薄気味悪い笑みを浮かべるレニーを、むっとして睨み付けていた。


「だって、向こうで結婚して奥さんいたら、こっちでこんなリスク犯してまで結婚しようなんて考えないよな? 死ぬかもしれねえのに」



 ――――向こうで結婚できなかったから。

(こんな子供に、なんでこんなことまで言われなくてはならない?)

 一方的に決めつけられ、頭に血が上る。が、テッドはすぐに我を取り戻した。

(落ち着け。つい忘れてしまうが、彼は子供ではないのだ)

 なんて、面倒な世界だ! と頭を振る。


「いや。それは、さっきも話したように……」

 テッドは辛抱強く説得しようとしたが、今度もまたレニーに持っていかれた。


「あんた、まだこっちの世界で、人の死に立ち会ったことねえだろ?」

 鼻先にナイフの柄頭を向けられ、テッドの目は榛色の瞳にとらえられる。


「あ? ああ。だが、聞いたことはある。こちらの世界では」


「実際、見たこともないんじゃわかんねえよ。どんなものかなんて。『禁忌』の死に不審を抱いてるってんなら、まずはこの世界の死を見てから、その後でもう一度よく『禁忌』の話を思い出してみるんだな。あんたの言ってることが、詭弁かそうでないか。身をもって試す羽目になる前にな!」

 最後の言葉は凄みをきかせた。――――つもりだが。


 テッドの整った顔が鼻白む。


 レニーはナイフをおろし、刃先を指でなぞった。

(今はまだそんな心配もねえだろうが。林から森へ行くようになり、この街から外へ出ていくようになれば、まるきり無縁というわけにもいかなくなる。それからでも……)


「確かに俺はこの世界での死というものを、まだ見ていない。だが、俺も武人だ。戦いの場で凄惨な死に様を見てきている。心配して言ってくれているのはありがたいが、俺の気持ちは変わらない」


「そうじゃない。性急に考えるな、って言ってるんだ。見てから、そのうえでもう一度考えてみろって。こっちの世界は、時間ならいくらでもあるんだからな!」

(今すぐ結婚したい、って以外の選択肢はねえのかよ?)

 テッドの一徹な性格に、レニーはほとほとうんざりしてきていた。

 大人として見守るつもりが――――。

 声は心なしか怒気を含み、眇められた瞳は剣呑な光を帯びていた。


「どんなに反対されても、俺の意志は変わらない。俺は、サラと……」


 テッドは、最後まで言うことはできなかった。

 一条の白光が、左のこめかみすれすれをかすめたのだ。

 とっさに顔をのけぞらせたときには、もう通り過ぎていったあとだった。


「悪い。すべった」

 レニーの手から最前まであったナイフが消えていた。


「――わざと!」

 立ち上がりかけたテッドの身体は、座ったままのレニーの剣の鞘に押されて、ベンチに押し戻された。

「……」

 殺気もなにも無かった。

 呆然となったテッドの視界に映るレニーは、氷のような静けさをたたえている。

 動けない。

 いや。動くな――――――――、とテッドの全神経が訴えている。

 嫌な汗が、背筋を伝った。




「俺、そろそろ眠くなってきたし。帰るわ」

(こんなヤツに俺がいくら話しても、聞き入れそうもねえし)

 だとしたら時間の無駄だ。

(どうも、見た目お子様の俺に、あれこれ口うるさく言われるのも面白くなさそうだし……)


 この世界に長くいる者は、決して相手を見た目の年齢で判断したりはしない。

 テッドもサラも、向こうの世界の常識が抜けるには、まだまだ時間がかかるだろう。


(俺がこの世界に来たときには、サラ達はまだ生まれてもいなかった……)

 普段しないような真似をして、思ってる以上に疲れているのか。

 なんだか自分が急に年をとったような気がしてきて、レニーは心中で舌打ちをした。



「とにかく、結婚はやめておけ。自分を抑えられないっていうんなら、この世界であんたが取るべき道は、ただ一つだ。サラにはもう、近付くな!」


 レニーは最後にそう念押しして立ち上がった。テッドの鍛え上げられた逞しい肩と腕がレニーの目の端に映る。


『――――あと三年もしたら、きっといい男になるわね』

(……)

 レニ―はかすかに苦い表情を浮かべたが、すぐにそれを消し去ると、テッドを後に残して立ち去った。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ