表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遠い記憶  作者: 文音
3/23

1- ③

 加筆したために、第一話だけ他の回にくらべ突出して文字数が多くなりましたので、分割して投稿しております(それでも、今回少し長めです)。

 ※ 設定に変更はありません。話の内容も大筋で変わっておりません。

 ――サラは、パーティーで足手まとい以外の何者でもなかった。


 サラ自身だけならまだしも、自分がいるせいでメンバーの身も危険にさらしてしまう。


 はじめのうちこそ、サラもなんとか役に立ちたいとメンバーのあとに続こうとした。

 ところが、魔物を前にして気負うサラに、リーダー達は、「なにもするな。お前はそこで隠れてじっとしていろ」と告げたのである。

「女に出しゃばってこられて、それで怪我でもされたら後味が悪い」

 とまで言う者もいた。


 何もさせてもらえず、何も教えてもらえず、ただ木偶の坊のように身をひそめて仲間が戦うのをながめている日々。


 リーダーの男は、サラという厄介者を抱えて、途方にくれているようだった。

 メンバー達のまるで腫れ物でも扱うかのような態度は変わらず、サラは彼らと共にいる間中、針の筵に座らされている心地がした。




 見かねた琥珀亭の女店主がある日、店の常連のレニーという戦士を紹介してくれた。


 サラはレニーを知っていた。知っていた、と言うより給仕の際に二言三言、話したことがあるという程度だったが。

 レニーを初めて見たときのことを、サラはよく覚えていた。


(……女性が、ひとり?)

 レニーの姿を一目見て、サラは女の客が入ってきたのだと勘違いした。

 昼間であっても、女の客がひとりで琥珀亭に食事に来るところなど見たことがなかったサラは、レニーの姿を視線で追ううちに、着席した彼と目があった。


 あわてて、注文をとりにテーブルに向かう。

 近くまできて、サラは、違和感に心の裡で首を傾げた。

「……」

 サラはレニーのすらりとした小柄な容姿で女性客だと判断したのだが、傍にいてだんだん彼の様子がわかるにつれ、少年だと気が付いた。――――気づくまで、わすか数秒の間ではあったが。

 レニーの細身の身体から漂う硬質な強さや、まだあどけなさの残る顔に宿る凛々しさは、女とは違う。女には無いものだ。



 ふいと向けられたレニーの榛色の瞳にサラはどきりとした。その強い光に、心を奪われる。

 続けてレニーは形のよい唇を開いた。

「肉と野菜の煮込みと、豆の酢漬け。あとお茶」

 当たり前だが、男の声だった。快活でよく通る声だが、サラがレニーの外見から想像していたより意外に低い。


 注文を復唱しながら、サラはしげしげとレニーの顔を見つめた。


 ここは、大人しかいない世界だと思っていた。

(まさか、こんなにかわいい男の子が……?)

 幼い時分に別れた弟と、同い年くらいだろうか?

 そう思って、サラの顔に自然と笑みがこぼれた。

 この世界にきて初めて、しっとりとあたたかな気持ちになった。


 レニーもまたサラの笑顔に、笑顔を返してくれた。



 いっこうに現状を打破できないで苦悩するサラに、店主が「レニーにあんたの面倒をみてもらおう」と言ってきた。

 店主からあのときの少年――レニーが、ハンディのある体躯ながら、この街のギルドで五指に入る程の腕前の戦士だと知らされたときには、サラはとてもすぐに信じられなかった。



 店主は熱心に薦めてきた。

 いつしかサラも――――

 レニーの人好きのする笑顔を思い出す。

 顔を出したばかりの新芽が、レニーの放つ強烈な光に惹きつけられ、伸びていくように……。

 サラは彼に一縷の希望を見出した。



 けれど。……ろくに話も聞かないで、レニーはサラの指導を断った。





(――――今日も、やっと終わった)


 今日もサラは暗澹たる気持ちで、ギルドの門を出て酒場へ繰り出していくメンバー達の背中を見送る。

 ひとり帰路につこうとしたサラに、背後からテッドが声をかけてきた。


「少し、いいか?」


 テッドはパーティーのなかでも抜きんでた実力の持ち主だった。

 頬に傷のある戦士が聞こえよがしに言っていた。

「元騎士様は、お姫さんが前に出て来たんじゃ護るばっかりになっちまうからな」


 ――――元騎士。

 さもありなんと思わせる風格が彼にはあった。

 皆からも一目置かれている。

 そのせいなのか、彼は他のメンバー達の間で微妙に浮いていた。

 なにげないメンバー間の談笑でも。



 彼は、初めての実戦で浮足立ったサラが木の根に足をとられ転んだところを、頬に傷のある戦士とともに真っ先に駆け付けて助けてくれた男だった。

「ありがとうございます! ほんとにすみません! わたし……」

 サラの懸命な礼に対し、テッドはこのとき不機嫌な顔で応じただけだった。


 その日、彼は何も言わずサラと魔物の間に立ちはだかり、鮮やかな剣技で次々と魔物を屠っていった。

 その翌日だ。サラがリーダーに、「なにもするな」と告げられたのは。


 酷いと思った。けれど……。

 どうしてそう告げられたのか、その理由を、すぐにサラはまざまざと見せつけられることになった。


 サラから解放されたテッドが前衛にでたパーティーは、連携がとれ実に手際よく危なげなく魔物を仕留めていった。

 昨日の余裕のない戦いぶりとは、雲泥の差だ。



 サラもただ手をこまねいて、この状況に甘んじようとしていたわけではない。

 何度かリーダをつかまえて、迷惑を承知で剣を教えてほしいと訴えていた。

 このままでいるのは、もっと良くないからと――――。

 だがその都度リーダーは、「わかった」「考えておく」……生返事だけで、なにも変わらなかった。




 夕闇のなか、テッドは静かな眼差しをサラに向け、語りかけてきた。

「きみには失礼な話だとは思うが、あえてきみに訊いておきたいことがある」


(……わたしは、今日なにかしでかしただろうか?)

 テッドのほうから声をかけてくるなど、今までなかったことだ。

 怒っているようには見えないが、――――サラは背筋に冷たいものを感じながら彼の次の言葉を待った。


「サラ、きみは自分でも、パーティーできみが足でまといになっていることは知っているだろう?」

 一瞬、サラは口を引き結んだが、

「……はい」

悔しさをこらえて、どうにかそれだけを口にした。


「きみは、どうしたい?」

「……」

「どうしたらいいと、思っている?」

「…………」


 一陣の風が、ふたりの間を吹き抜けていった。


「強く、なりたいです」

 サラが決意をこめて絞り出した声は、震えていた。


「……そうか」

 テッドは榛色の瞳を細めて、小さく頷いた。

 それから、サラの全身を見渡して確認する。


「俺は、女性に剣を教えたことはない。俺は器用なほうではないから、稽古できみに怪我をさせてしまうかもしれない。それでも、いいか?」


 それは、サラが待ち焦がれていた申し出だった。

「かまいません! よろしくお願いします!」

 サラは頭が膝につくくらいの勢いで頭を下げて、懇願した。


「よし」

 頭上からふってきた声に、サラの目の前が潤んでかすんだ。



 訓練は、サラの下宿先の近く、街の東南区域の裏通りにある小さな空き地で行うことになった。

 ここなら必要なスペースを確保できるし、静かで人目につかず、サラが集中して稽古に取り組むことができる。



 そして――――。

 テッドは、サラに真剣に向き合い、誠実に教えてくれた。

 サラは、運動神経はいいほうだった。体力にも自信があった。 

 彼に見てもらうようになって、サラの剣の腕は目に見えて上達した。






 ある日、いつもの通りレニーが琥珀亭に行くと、殺気立った形相の女店主が彼を待ち構えていた。

 追い立てられるように二階にある客間に通されたレニーは、後ろ手に扉を閉めた店主に壁際に詰め寄られる。

(…………?)

 さっぱりわけのわからないレニーは、とりあえず大人しく店主の出方を待つことにした。

(これでくだらない理由でだったら、ただじゃおかねえぞ!)

 と、内心でいきまきながら。


「レ~ニ~~~」

 部屋の外へ聞こえるのをはばかってか、店主の押し殺した声が、それまで人気のなかった室内の空気を不気味に震るわせる。

「あんたが、断りさえしなければ……」

(あ!)

「――あろうことか、あの二人は結婚するって言い出してるんだよ!」

(……………………ウソだろ?)


 レニーは、驚いていた。

(……展開、早過ぎないか? だって、あれからまだ、……二月とたってないだろ?)

 とは、さすがにレニーも、怒髪天を衝く勢いの店主にとても言えない。

 ……と、いうのもあるが。

(そんなことになるまで、あんたいったい、なにやってたんだよ?)

 喉まで出かかった言葉を、かろうじて飲みこむ。



「それ、ほんとにマジな話なのかよ? 結婚をするって、後見人のあんたにわざわざ報告してる時点で、ウソっぽく聞こえるぞ」

「それが、……なんだかヘリクツを並べて」


 困り果てている様子だった女店主は、レニーを指さし言い放った。

「そもそもこうなるきっかけをつくったのは、あんただよ。レニー! あんたがサラの指導を断ったからだ! それも二度にわたって断ったんだ! あんたにも責任はとってもらうからね!」


(…………お、俺の、せい?)


 レニーは、最初は、面倒がイヤで軽い気持ちで断った。

 二度目は、

(ギルドだって半端なヤツに指導なんて頼まねえよ。それで上手くいかなかったんじゃなぁ)

面倒そうな仕事を、それも個人的に引き受ける気になぞなれず断った。


 ……まさか、ここまで事態が深刻になって自身にかえってくるとは、レニーは予想だにしていなかった。




 ――テッドはスカウトという名目で、別のパーティーに移ることになった。

 サラは下宿先を、琥珀亭に移した。

 そしてギルドから改めて、レニーはサラの指導を依頼された。

 ――――あれは、依頼とは言わない。……レニーのこのささやかな抗議は、きれいさっぱりスルーされた。

 訓練期間は、ギルドがいいと言うまで。

 訓練場所は、琥珀亭の裏庭。午後の客の少ない時間帯に二時間。


 サラは琥珀亭の敷地内から、基本的に外出することはできなくなり――

 テッドは、琥珀亭に出入り禁止となった。





 ――――不穏な兆候に気づきながら、後手にまわったのがよほど堪えたのか。

(ギルドもわかりやすく、いろいろ手をまわしたな……。でも全部、逆効果だろう?)


 レニーは今、結局引き受けることになった、サラの稽古の指導中だ。


 レニーはまず手始めに、サラの今の状態を把握するために、サラが教わったという型をやらせてみた。

(案の定、無駄な動きが多いな……)


 しかし、それ以前に――――

(稽古に集中できる精神状態じゃないんだよな)

 あらかた想定していた通りのサラの現状に、次第に目つきが悪くなっていったレニーは、眉頭を押さえて心中で悪態をついた。

(『気』の入らねえ素振りしやがって……)


 ――これを、どうしろと? とはレニーは誰にもこぼさなかった。

 うっかり口にすれば、「だから最初から、引き受けてればよかったのだ」――と、言われるのがオチだからだ。


(……もう一回、基本からやらせるしかないか)

 レニーはこの期に及んで、ようやく覚悟を決めた。




「……なに、これ?」

 訓練二日目。

 レニーに連れていかれた先で目にしたそれに、サラは自分が彼に指導を受ける立場であることを、ついうっかり失念してしまった。


「なにって、薪割り」

 レニーも平然と答える。

 サラの眼前には、裏庭の塀にそって、薪割用に乾燥され玉切りされた三十本はある丸太が積まれていた。その手前には、斧の突き立てられた薪割台。


「休憩時間までに、ここにある分、全部な」


「剣の稽古で、なんで薪割り?」

 釈然としないサラの問いに、レニーの返事は明快だった。


「だってお前、やる気ねえし」

「……」

「言うまでもなくわかってると思うが、考え事しながらなんてやってたら怪我するぞ。それにもともと剣を振るうだけの体力も腕力も足りてねえんだ。燃料にもなるんだし、一石二鳥だろ?」



 ――――で、薪割の終わった後。 

「サラ。俺はお前がテッドやその前の指導者から教わって身につけたものを否定するつもりはない。だが、俺には俺のやりかたがある。いったんは忘れろ。それで俺からひととおりのことを学んだあとで、ゆっくり自分にあった戦いかたを選んでいけばいい」

 疲労困憊のサラを前にして、らしくもなく、いかにもらしい能書きをたれて、レニーはサラの剣の稽古を始めたのだった。

 けっこうスパルタ、……である。



(教えていたのが、あいつだからな)


 テッドはその恵まれた身体を生かした攻撃が得意なタイプらしい。

 が、女のサラに、そんな力を利用することで効果をあげる攻撃など、到底できるものではない。

 そのあたりはテッドもわかっていて、彼なりにサラのことを考えて教えてはいたようだ。

 悪くはないのだが……。


「ここは、こうしてみろ」

「え? でもテッドはこうしろって」

「普通はそうなんだが、サラが力のある男や魔物を相手にするのに、それじゃムリだろ?」



(まぁ、……テッドはまだ若いからな)

 と、ふとレニーの脳裏に、ある疑問が頭をもたげる。

(当たり前なら、加齢による体力の衰えとともに身につけていく技術なんだが、……こっちの世界ではどうなんだ?)

 力も、衰え知らず――――?

(それはそれで、……なんか面白くねーな)




 レニーの指導は、わかりやすかった。

 レニーが指導するのは女戦士専門だと聞いていたが、実際に稽古をみてもらって、サラはなるほど、――と思った。

 ――彼の身長や体格が、女性に近いせいだろうか。

 ギルドの戦士やテッドの指導よりも、感覚がつかみやすく、疲れにくい。


 そう気付くようになった頃から、次第にサラは稽古にも身がはいるようになってきた。


 そしてサラはもう一つ、気がついたことがある。


 ――テッドはとても熱心に、教えてくれた。

 ただ、サラの姿勢を直すときなどサラの手をとって教えてくれているとき、彼はふとした拍子に我にかえり、緊張する場面がいくどもあった。

 その緊張はサラにも伝わる。


 ――だが、レニーには、それがない。


 指導の過程でレニーがサラの身体に触れることも度々あるが、訓練の流れのなかのごく自然な行為で、サラが気になったことはない。

 はじめのうちサラは、この違いがレニーの少年のような見た目のせいだと思っていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ