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遠い記憶  作者: 文音
2/23

1- ②   『禁忌』

 加筆したために、第一話だけ他の回にくらべ突出して文字数が多くなりましたので、分割して投稿しております。

 ※ 設定に変更はありません。話の内容も大筋で変わっておりません。

 その日林からの帰り道、突然降り出した激しい雨に、レニーは琥珀亭に駆け込んだ。

 昼にはまだ早い時間とあってか、店内に客はまばらだ。


 ギルドからの急な依頼――――魔導士長に引き留められて、パーティーからひとり遅れて林へ向かう羽目になった魔導士を、無事に送り届けるというものだった――――を片づけ、今日は他に予定もない。


 運よく林に入ってすぐにパーティーに追いついたが。

(この雨じゃあ、今日はもう諦めて、引き返してくるかもしれねえな……)

 せっかく、送っていったのに……。

 レニーが急がせたせいで合流した頃には息が上がってしまっていた魔導士に、「ちょっと、悪かったかな」などと思いつつ、入口近くの席に腰をおろし手巾で頭をふいていると、――――サラが、近づいてきた。



「突然の雨で大変でしたね。これ、使ってください」

 と、レニーは大判の手巾を手渡された。

「……ありがとう」

 ――――えらく、サービスがいいな?

 なんとなく、心にざわつくものを覚える。



 サラとレニーがこんなに近くで対するのは、あの夜以来だった。

 避けていたつもりはなかったがなんとなく気まずくて、サラはレニーの接客を他の店員に任せていた。

 だが、サラの今のこの緊張は、それだけが原因ではない。レニーは―――― 

 雨に濡れたせいで濃く鮮やかさを増した鳶色の髪が額に頬にはりつき、悪戯な光を宿した榛色の瞳が伏せられているためか、妙に、――大人っぽく見える。

 本当に、あの夜の少年と同じ人物なのだろうか?

 彼は、気安く声をかけづらい空気を纏っていた。



「ベリーのパイとお茶。濡れちまったから、先にお茶だけくれない?」

「はい。……」


 注文は終わった。レニーは、「お茶だけ早く持ってきてほしい」という希望まで付け加えた。

 なのに、サラは動こうとしていない。

「……?」

 見上げたサラは、少しためらいがちな様子で、何事か言い淀んでいる。


 手巾を受け取った態勢のままレニーは、サラの次の言葉を待った。

「……あの」


 そのとき、カウンターから痺れをきらしたらしい女亭主の声がとんできた。

「サラ! なにぐずぐずしてるんだい? それとレニー! あんたに話があるんだ。ちょっとこっちへ来てくれないか?」


 店主の傍、カウンタ―席にいた男が、レニー達が歩いてくるのを認めるとおもむろに立ち上がった。


「レニー、こちらの男前サンは、テッドって言うんだ。サラと同じパーティーのメンバーで、サラの剣の稽古をみてくれてるんだよ」


 店主に紹介されたのは、長身で肩幅もあり胸板も厚く……、一言でいえばいかにも、「鍛え上げられた戦士」を体現したような男だった。

 広い肩幅との対比でより小さく見える顔は秀麗で、昔語りに出てくる貴人もかくや――――という美丈夫である。


「テッドのことは、サラに前から話を聞いていてね。一度わたしからもお礼を言いたくて、今日こうして来てもらったんだ 。そうしたら、ちょうどあんたも店に来てるじゃないか。あんたもあの話はあれきりになってたし、気になってたんじゃないかと思ってね」



(……イヤミか?)

 店主の目配せにひくつきながらも、最初が肝腎と気を取りなおす。

「初めまして。俺はレニー。こう見えてもこっちは長いんだ。まぁ、よろしく」

 飛びきりの笑顔もつけて、レニーは挨拶しておいた。

 そうして、存分にテッドとかいう男を検分する。


「こちらこそ。俺はテッドだ。よろしく頼む」

 レニーの不躾な挨拶にもテッドは気を悪くしたふうもなく、むしろ先刻からの爽やかな笑顔に更に甘さをプラスして右手を差し出してきた。

 ふたりは、軽く握手を交わす。



 …………サラの、あの笑顔を引き出した男。


(よく、鍛えてはいるが……)

 ――――経験を積んでいくことで、この男は、これからもっと充実していくだろう。

 そう期待させるだけの、しっかりとした土台となるものを備えている。


(……気に入らねーけど)

 レニーは、テッドの榛色の穏やかな眼差しのなかに憐憫の色を目ざとく見つけて、へそを曲げていた。

(初対面だと、だいたいがこういう反応だ。まぁ、まだマシなほうか?)



 レニーのテーブルにお茶とパイが運ばれるのを確認し、レニーはこの場をとっとと切り上げることにした。

 レニーが琥珀亭に立ち寄ったのは、テッドのように挨拶が目的でも、もしくは取り留めのない世間話がしたいからでもない。


 ――――熱いお茶と甘いお菓子で、ほっこりあったまりたい。ただそれだけだ。


「……じゃ、俺はこれで。マントも拭いて少しでも乾かしてえし」

「ああ、また」



 三人はまだ話をしている。

 パイをほおばりながら、レニーはひとつ気付いたことがある。


 サラを見る、テッドのあの目。

(隠しきれてねーんだよ。……つぅか、隠す気あんのか?)

 サラもまたテッドの視線を避けるどころか、恥じらいながらも……まんざらでもないような雰囲気だ。

 これでテッドが浮ついた美形だったらサラも警戒したのかもしれないが、彼にそんな気配はない。

 どちらかといえば、真面目。――――本気の目だ。


(……そら、あんないい男にあんな目で見つめられたら、サラでなくても悪い気はしねえか?)

「……」

 ――――って、そういう問題じゃない!


 離れた席にいるレニーが気付いたくらいだ。

 テッドとサラを見る店主の表情にも、時おり不安そうな影がちらつくようになっていた。


 ふたりとも、知らないはずはない。

 遅くともギルドでの訓練期間を終える頃までには、必ず伝えられていることだ。



(あいつがサラに剣を教えるてるって、……止めさせたほうがいいんじゃねえか?)

 だが。

 下手に口出しなんぞしようものなら、それこそ自分にお鉢がまわってきかねない。

 それは、――――避けたい。それが、偽らざるレニーの本音だ。

「…………」


(店主も勘づいてるみてえだし、なにかあれば、あっちでなんとかするだろう?)


 レニーはそう結論づけるとカウンターの三人から目をひきはがし、琥珀亭の小さな窓へと向けた。


「……雨、早くあがんねぇかな」





 ギルドは、この世界にやってきた者全てを管理している。

 ここでは生きる為に、魔物を狩る。

 ギルドは街が形成される前から存在し、こちらへやってくる人々を受け入れ、育成し、この異常な社会を運営する役割を担ってきた。


 この世界は、異常だ。

 この世界では、圧倒的に男のほうが数が多い。

 女は二割程度しかいない。


 その数少ない女のなかでも、戦士になる者はほんの一握りだけだ。


 その新米女戦士の指導役を、レニーはギルドから度々頼まれていた。


 レニーが指名される理由。それは――――。

 戦士としての技量でというより、やはり彼の外見によるところが、大きいだろう。


 ひとつには、十五歳で時間を止めた見た目の幼さ。

 大抵の人が抱く彼の第一印象は、戦士というよりは、少年だった。

 そしてレニーは黙って殊勝な態度さえ見せていれば、貴族の子弟でじゅうぶん通用する容姿をしている。


 この世界へきて直面する信じられない現実に、誰もが心理的な闇を抱える。

 そこへもってきて武器など触れたことの無いような女までもが、戦うための術を覚えろと、武器をとることを強要される。

 ――――この世界で、生きる者の宿命として。



 ギルドは女戦士の指導に、レニーは最適な人材であると評価していた。

 精神的に不安定な状態にある女戦士に、屈強な男くさい戦士をあてたのでは心配の種がつきないが、その点レニーは実に上手くやってくれた。


 彼はその人懐こい笑顔と優しい姿、気さくな態度で、彼女達の警戒をとき緊張をほぐし、訓練を終える頃には、戦士としてこの世界で生きていくことを受け入れさせていた。



 ――――実はサラの指導役も、レニーはギルドから打診されていた。

 それを採掘警護の仕事を先に受けているから、と彼は断ったのだ。


 サラだから――――という理由ではない。

 このとき、レニーは対象者の名前も、ギルド職員が渡そうとした資料も確認してはいなかった。



 では、なぜか?

 レニーは女戦士の指導を依頼されることはあっても、男の戦士の指導を依頼されたことはない。

 これは、――――まったくもって、面白くない。


 指導者として評価しているというのなら、こうまで女に偏るのはどういうわけだ?

(――評価しているのは、俺のこの見た目だけだろう?)


 実際、女戦士の指導に彼の容貌が貢献していると、否定しきれない場面もあった。

 いつだったか、「あなたみたいな男の子が、こんな世界で頑張ってるのよね。わたしも頑張るわ!」……と、感極まったらしい指導中の女戦士に、レニーは両手を握りしめられ言われたのだ。

(………………こんな……に)

 灰になった――――気分だった。



 ――――とにかく。

 女戦士の指導は、ハッキリ言って面倒だった。

 気は遣うし、根気がいる……。

 ――――投げ出すわけにもいかないし……

(……このままだと、ずっと押し付けられる!)


 それでレニーは、

「――今度は、男の戦士の指導をさせてくれ」

そう、話を持ってきたギルド職員に言っておいた。

(……これで、当分こんな話もこないだろう)





 この世界にきた者が、絶対に守らなければならない決まりがある。

 ――――『禁忌』


 ――それは、『婚姻の禁止』である。

 肉体が歳をとらない世界では、その必要がないのか、婚姻が禁止されていた。

 そもそも男女比が、極端に偏っている。


 それでもただ、禁止というだけなら、皆これほど神経質にはならないだろう。


 『禁忌』を破った者には、死が待っている――――

 昔、それで死んだ者がいるのだと、そう、伝えられていた。



「では、正式な婚姻でないなら、いいんですかね?」

 不謹慎にも、そう囁く者達もいた。

 しかし。

 試してみた者がいたかは、定かではない。

 婚姻を禁止している社会である。当然秘密にされる関係のはずなので、たとえそれで死んだのだとしても、把握するのは難しい、――――と考えられている。


 この世界は、異常だ。

 『禁忌』は、道徳や社会通念等といったものをよりどころとして定められたものではない。

 結果があって、定められた。


 故に、決して実を結ぶことのないように――――

 男女の恋愛そのものをタブーとする風潮が、出来上がった。





 あちらの世界で、サラは亡父の知り合いのつてで商家の下働きをしていた。

 母親は長く床に臥せっており、彼女のわずかの給金で日々の暮らしと薬代をまかなってきた。

 武術などまったく無縁の世界で生きてきたサラは、こちらの世界でこれからは戦士として生きていくのだと宣告された。


 サラはギルドで三週間の間、戦士としての基本を学ぶための訓練を受けた。

 訓練期間を迎える前、サラはギルド職員からも、後見人である琥珀亭の女店主からも『禁忌』についてしつこいくらいに言い聞かされた。


 ギルドでサラの指導役だった戦士は、三十代前後に見える落ち着いた風貌の男だった。

 彼は徹頭徹尾、サラに触れるような真似はしなかった。


 当初は『禁忌』のために、女であるサラに配慮しているのだろうと理解していた。

 だが戦士はいつになっても、――――距離をとり、用心深く……身振りと口頭で説明するだけだった。

 あまりにあっさりとしすぎていて、サラが物足りないとさえ感じたほどだ。 


(……いくらなんでも、気にしすぎではないだろうか?)


 戦士は、いくら注意してもサラに進歩がみられないとみるや、他のことをやらせようとする。

 もうその技を教えることを諦めたのか、その次はなかった。

 かと思えば、匙を投げたかのように何も言わずひたすら同じことの繰り返し。

 ――――どこがよくて、悪いのか?


 行き当たりばったりとも思えるその指導に、肉体は疲労し、心までもついていけず、サラは混乱した。


(とにかく、やるしかない!)

 けれど。

 サラの焦燥を知ってか知らずか、戦士の距離をおいた姿勢は変わらないまま。


(……この人、本当にわたしを戦士として育てる気、あるの?)


 とうとう、そう勘ぐってしまうまでに不信感は募り。

 結局、ろくに剣も扱えないままギルドでの訓練期間を終えたサラは、パーティーに加入した。




 お読みいただいてありがとうございます。



 ……R15にするにしてもこの内容だし、できるだけさらっと書いて……と思って書いた第一話。

 元いた世界が現実社会ではなく架空世界のため、お話が進むにつれてその説明も入れていくうちに、だんだん「さらっと」……ではなくなっていきました。

 少し前からギャップが気になってきてましたので、加筆しましたが……。

 不安が…………。蛇足でなければいいのですが。        (2016/5/7)

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