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強行、第二。  作者: 水城
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Scene 3

Scene 3




新宿中央署は十階建てのビルで、新宿西口を出てすぐ、ちょうど歌舞伎町と都庁の中間地点といったところにある。

新都心に立ち並ぶ高層ビルと比べれば小さいが、(いち)所轄署で十階建てというのは、けっこうな規模であり、なかなかの大所帯だった。


刑事課は、その四階にある。

ぶち抜きになった広い室内。五個一塊の机の島が、八個ほど。

各机上にはノートパソコンが置かれて、書式解説集やら法令集やらの間に書類が積み上がっている。


その刑事課では、二つの島の十名ほどが席を外し、ホワイトボードを前にして、打ち合わせの真っ最中だった。

強行犯係の第一班と第二班である。


ホワイトボードには顔写真が張られ、黒マジックで、お世辞にも上手いとは言い難い文字が書き添えられている。


――スリヤ・チャイルンルアン、二十一歳、男性、タイ王国チェンマイ県ドーイロー郡出身、等々。


ボードを背にし、ひとりだけ一同と向かい合わせに座っているのは、三十そこそこの銀縁眼鏡の男、梶谷俊平(かじたにしゅんぺい)刑事課長だった。


梶谷が口を開く。


「現状報告をお願いします、手短に」


口調こそ丁寧だが、言葉の端々に威張り腐った態度が現われていた。


本橋が起立して、手帳を開く。


「●月●日。午前五時四十七分、スリヤ・チャ、チャイ、ルンルアン、二十一歳が、北新宿一丁目3号柏木ビル敷地内に倒れているのを、新聞配達員が発見。百十番通報の後、署に入電。当班の幸村(こうむら)警部補と本官が臨場…」


「『手短に』と言ったでしょう?」

梶谷が、いやったらしく口を挟んだ。


「……申し訳ありません、梶谷課長」


本橋が、すかさず頭を下げる。

ちょっとラクダを彷彿とさせるルックスの草食男子だが、その挙動は、かなり世間ずれしていて、すでにそこはかとなくオヤジ臭い。


「死因は?」

梶谷は、本橋の謝罪を無視して質問を続けた。


「全身打撲による外因性ショックじゃないかって、検視官は言ってますけど?」

着席のまま口を開いたのは、幸村伊織(こうむらいおり)警部補だった。


伊織の態度に、梶谷は露骨に不快な表情を見せる。


そして、ふたたび本橋に視線を向けると、梶谷は質問を続けた。

「遺書などは?」


本橋が、慌てて手帳に目を落とす。

「見あたりませんでした。死亡推定時刻は午前二時から五時。遺体発見現場付近の柏木ビル屋上で、二種類の履物|痕が採取されています」


「『手短に』ねー」

伊織が、小声で茶々を入れた。


本橋は、伊織に一瞬だけ目線を向けたが、すぐに真面目くさって報告に戻る。


「えー。鑑識係によると、履物痕のうち一種類は、スリヤ着用の物と同一らしいとのことです」


「自殺ではなく、事件・事故の可能性があるわけですね?」

梶谷が、念押しのように口にした。


「昨日は夕方までずっと雨。下足痕(げそこん)が残ってる以上、屋上で、スリヤが誰かと一緒だった可能性はある」


川本和彰(かわもとかずあき)巡査部長が、これまた着席のまま、ぼそりと呟く。

声は、渋い低声だった。


梶谷は苦々しげに、川本を一瞥する。

しかし、さっと取り澄ました態度に戻ると、「外国人か、全く、面倒な」と言い捨てて立ち上がった。


「本件は当面、強行犯係の第一班及び第二班の担当とします。引き続き周辺を当たって下さい。以上です」


こう会議を締めくくって立ち去っていく梶谷の背中を見やりながら、思わず本橋が溜息を洩らす。


その肩を、初老の刑事が宥めるように軽く叩いた。



   *



新宿中央署刑事課強行犯係には、二つの班がある。


一つの班の定員は、五名。

よって、班長の机をお誕生日席にして、班員四名の机が向かい合い、ひとつの島になっている。


班の正式名称は、第一班、第二班と機械的なものだったが、課内では班長の名前で呼ばれるのが常だった。


第一班は、井筒(いづつ)班。班長の井筒義之(いづつよしゆき)警部補は、強行犯係の係長兼務だ。

第二班は、幸村班。

課内では、『一癖(ひとくせ)班』などとも呼ばれている。

最初にそう呼び始めたのは、強行犯係長の井筒だった。


幸村班にも五つの机がある。だが、班員は班長を含めて四名だ。

一名欠員となってから、もう随分と時が経つ。


普通なら班長が座る『お誕生日席』は、空席になっている。

その机の上には、UFOキャッチャーの景品ぬいぐるみ等、雑多な物が置かれていて、もはや物置状態だった。


『お誕生日席』に向かって右の二つの机に、班長の幸村伊織警部補、川本和彰巡査部長が隣り合う。

その向かいには、真山信昭(まやまのぶあき)巡査長と本橋千尋(もとはしちひろ)巡査が座っていた。


真山は会議の後、細身スーツの本橋の肩を叩いた刑事だ。

そろそろ、定年が近づきつつある年頃。本橋といわゆる『コンビ』を組まされている。

『中央署のヌシ』などというふたつ名を持つ真山であったが、彼が一体いつから新宿中央署にいるのか、それを知る者すら、もうほとんどいないほどだ。


会議が終わって席に戻ると、本橋は、やおら真剣な面持ちでパソコンに向う。

一方、真山のノートパソコンといえば、机の隅に追いやられおり、その上には、読み終えた時代小説の文庫本が几帳面に積みあげられていた。


「で、どうするんだ、伊織? この後は」

パソコンを開きながら、川本がボソリと低い声で訊ねた。


「え? なんか言った、川本? ああ、もう超眠いんですけど。宿直明けだし、かったるいなあ、お風呂入りたいなあ」


幸村伊織は、だらしなく背もたれに寄り掛かって、ぐるぐると椅子を回しながら、さも面倒そうに応じる。


すると突然、隣の井筒班が、一斉に席を立って部屋を出て行った。


本橋が伊織の方に視線を向ける。


「はんちょー。井筒班(あっち)、動きだしましたよ? このヤマ、オレらが最初に現場踏んだんじゃないっすか、あっちに手柄横取りとかされんのいやっすよぉ」


「モトピー、うるさい」


伊織は本橋をバッサリと斬り捨てる。

そして、腕組みをし、横柄な口調で続けた。


「ねえ、川本。これからの展開、代わりにちょっと仕切ってよ」


「嫌だね。第一、俺は今日、非番だ」

川本は、パソコンから顔も上げずに即答する。


伊織は大げさに溜息をつくと、おもむろに携帯を取り出した。


「あ、もしもし、井筒さん? 井筒班ってば、みんなして、どこ出かけるんですか? うん……はい」


すると制服警官が、書類を手に伊織の方へと近づいてきた。

電話中の伊織の目の前に書類を突きつけて、なにやら訴え始める。


よほど急ぎなのか、はたまた、度重なる書類の不備が腹に据えかねたのか。

いずれにせよ、制服警官は、伊織に向って身振り手振りで、今すぐ判を押すよう要求していた。

その剣幕に気圧され、伊織は通話しつつ印鑑を探す。

しかし、なぜか、なかなか見つからない。


川本が、パソコンのモニターから一切、視線を逸らすことなく伊織の机の、とある引出しを素早く開いた。

シャチハタ印を取って、伊織の目の前につき出す。


差し出された印鑑を受け取り、伊織は制服警官に言われるがまま、いくつか盲判を押した。


通話を終えて、伊織が言う。


「井筒班は、現場とスリヤ君んちの周辺を聞き込み行くってさ。ってことで、モトピーと真山さん。スリヤの剖検の方、立会いお願いします」


本橋が慌ててパソコンを閉じ、真山は黙って、ひとつ頷いてみせた。


伊織は立ち上がると、隣の川本を見下ろす。


「じゃ、わたしらは『バトラー山崎』のとこ、行っとこうか、川本?」



   *



刑事課鑑識係も、強行犯係と同じく四階にあった。

鑑識係員の机には、ノートパソコンではなく、大きな単体モニターがいくつも設置されている。


採取品をずらりと並べた大机の前に、伊織と川本、そして「バトラー山崎」こと、鑑識係のベテラン鈴木五郎が立っていた。


「へえ……きれいな足跡、残ってたんだねぇ」

下足痕のプリントアウトを眺めながら、伊織が感心して声を上げる。


「さようでございますねぇ、おそらく雨の後、暫くしてから立ち入ったのでございましょう」


実年齢は、それほどもないのだが、『バトラー山崎』の物言いは、まさに『爺や』と呼びかけたくなるような類のものだった。


「あ、これ何?」


伊織が、とある証拠保全袋に目を留める。

中には、不織布でできた使い捨ての衛生帽が入っていた。

超大手ではないが、それなりの規模の弁当チェーン店のロゴ入りだ。


「そちら、被害者のズボンポケットに入っておりまして」

バトラー山崎が、すかさず応じる。


遺体写真に黙々と目を通していた川本が、ふとこう洩らした。


「鈴木さん、スリヤの首の前側にある、この細い痕……鬱血かな」


「バトラー山崎」が、川本の方へ丁寧に向き直る。

「さて、ネックレスか何かの痕でございましょうか……」


川本が、ポケットからスリヤの顔写真を取り出した。

写真のスリヤは、指輪のような物を通したチェーンを首から下げている。


「……これか? このチェーンを、誰かに引っ張られたのか」

川本は、独り言のように呟く。


バトラー山崎は恭しく頷くと、川本に応じた。

「あるいは、どこかに引っかかったのやも知れません。ともかく、その痕は、死因との直接の関係はございませんね」


「確かに、絞殺って訳でもなし。こんな痕なんて、そう長く残るものでもない……付いたのは死ぬ直前ってことか。現場には、ネックレスとか、それらしき物は?」


川本の問いかけに、バトラーは、静かに首を横に振る。

「ございません。被害者も所持しておりませんでした」



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