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強行、第二。  作者: 水城
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Scene 13

Scene 13




朝、幸村班の机の島。

今日の本橋の机上には、通称「非番人形」が置いてある。


非番人形というのは、何のキャラクターだか知れない、微妙なルックスのぬいぐるみの首に、油性マジックで「非番」と書かれたカードが掛けてあるだけのものであり、普段は、空席のお誕生日席の机に放ってある。

幸村班では、平日非番の前の夜は、これを机上において帰るのが、なんとなく習慣化していた。いや、別に、義務ではない。


さて、伊織の椅子には、なぜか園山が座っており、川本と話し込んでいた。


「あれ? 園山さん」


背後から伊織に声をかけられ、園山が振り返った。


「お、伊織ちゃん。珍しく今朝は、ちょっと早いんじゃない?」

と言うと、園山は、伊織に席を譲ろうと腰を浮かせた。伊織は園山を押しとどめて、お誕生日席の椅子を引っ張ってくる。


「なに? 何の話?」

椅子に座ると、伊織は園山と川本ににじり寄る。


「いやー、伊織ちゃん。例のさ、根岸武夫。被疑者死亡っつう、付いてなーい結果だった上にな? 何かやっかいなモンまで出てきちゃってさ」


園山が話し出すと、川本が、机に広げた書類の一つを持ち上げる。


「なに? それ」

伊織の問いに、川本がぼそりと応じる。

「根岸の携帯の通話記録。ここ」


川本が指し示した部分を、伊織がのぞき込む。


「これ、一回だけなんだけどね。伊織ちゃん、これ、どこだと思う?」

園山が、説明するように付け足した。


「……さあ?」

伊織が、肩をすくめる。


と、園山はわざとらしく声を潜めて続けた。

「外務省。しかも本省の人権人道課国際組織犯罪対策室長の直通電話の番号なんだよね、で、その後は、なぜか根岸のヤツ、同じ携帯番号にばっか掛けてんだけど、調べてみたら『飛ばしの携帯』ってやつでさ。なーんか胡散臭いだろ?」


川本が、別の紙を取り出した。

「浚ってた根岸のパソコンの中にも、色々あってな。例えば、これなんだが、園山。どう思う?」


園山はいつになく真剣な表情で、唸ったり頷いてみたりしながら、川本の示す資料に目を通す。


そこで唐突に、川本、園山、伊織三者の背後から、明るい声がした。

「よぉ! 伊織、朝っぱらから両手に花ならぬ、両手に『おっさん』だな?」


「ニコちゃん」

伊織が振り返る。


川本は振り返りもせず、「お前だって、おっさんだろうが」と呟いた。


北条は、今日もプリンとビニール袋を手にしている。


「そうそう。伊織、お前。川本さんとふたりして相模原南署から死体なんか仕入れてきてたんだってな?」


伊織も川本も答えない。かわりに園山が口を開いた。


「で、朝っぱらから『警備課』が、ここになんの用なんだ?」


園山の問いには応じず、北条は、まくまくとプリンを口に運びながら伊織を見下ろして言った。


「ほらな。やばい感じなんだろ? だから言ったじゃん、タイ人の話は『掘り起こしても労力に見合わねぇ』って」


すると川本が、

「おい、北条。お前、何知ってる」と静かに凄んだ。


「……いえ、別になにも。川本さん」

北条はさらりと受け答える。


川本は北条を睨みつけ続け、伊織、園山も、北条をじっと見上げた。


北条は平然とプリンを食い終えると、一同に『まあ落ち着け』のジェスチャーをして見せる。

そして「……ここじゃあ、ちょっとな」などと、勿体を付けたことを口にした。



   *



刑事課の取調個室。

その横、いわゆるマジックミラーの裏側に当たる狭い部屋に、伊織、園山、川本、そして北条が、すし詰めに押し入った。


「ニコちゃん、あのさあ」

伊織が、さも不服げに口火を切る。

「とりあえず。何でこんなトコにぎゅう詰めになってるの? わたしら」


「とりあえず、あっち側は色々アブないっしょ? 構造上、こっちから丸見え丸聞こえで」

と言い、北条が取調室の見える窓を、プリンの匙でこつこつ叩いた。


園山が、ポケットから紙を取り出しながら、「かわもっちゃんがさっき出してきた、根岸のパソコンにあったとか言う、このデータな」と話し出す。


北条はビニール袋から二個目のプリンを取り出し、蓋を剥がした。


園山が続ける。

「この数字。これは、まあ見てわかるとおり日付だな。時系列に並んでて、最後は二〇〇〇年一月と。そんでこっちな? これ、便名だな飛行機の。多分、タイとかフィリピン行き。で、隣の数字は、客の人数だ……しっかし、何でこんなヤバげなデータ。わざわざ残してたんだ、根岸のヤツ」


「大方、パソコン乗り換えた時、アプリケーションが、裏で勝手にバックアップ取ってデータも移しちまったんだろ」

面白くもなさそうに、川本が応じた。


「で? 何、そのデータ」

と、伊織が口を挟むと、園山が振り返る。


「こいつぁ、児童買春ツアー斡旋のメモだな。あ、ほら、こっちの数字。客が『キャパ』する年齢だな、こいつなんか、八歳から十三歳、男のみとかさ」


「……スジ悪っ!」

伊織が、忌々しげに吐き捨てた。


突然、ドアがノックされる。

北条、川本、園山、伊織の一同が、虚を突かれた。


ドアノブが、カチャリと回る。


「失礼致します。おや? これは皆様お揃いで」


現れたのは、バトラー山崎だった。

丁寧にドアを閉めると、バトラーは狭い部屋に、さらにぎゅうぎゅうと我が身を押し込んだ。


「鈴木さん、なぜここが?」


川本が、かなり丁寧な口調で訊ねると、バトラーはゆっくりと頷いた。


「先に、刑事課の本室に伺いましたところ。真山さんが、川本さんも幸村さんも、たった今お部屋を出て行かれたと。それで、まあこの辺かな? と当たりをつけましてございます」


川本は一言もない。

バトラーは、丁寧に言葉を続ける。


「しかし、とかく役所というものは、特に警察組織というのはですね。しばしば縦割り運営の弊害が取り沙汰されるところでありますが……このように、異なる課、異なる所掌の皆さんが、緊密に協力しあっていらっしゃるとは、まさに捜査員の鑑、わたくし感動いたしました……」


少々照れながら、伊織が「いやぁ、まっ、それもこれも、人徳? っていうの、我々の?」と、川本を見上げる。


園山が、眉間にしわを寄せた。

「いや、いろいろな意味で……」


「それは……違う」

北条が、すかさず付け足す。


「さはさりながら。昨日(さくじつ)、科警研に依頼した件ですが、結果が戻って参りました」

バトラーは、さらりと話を元に戻した。


「え? き、きのうの今日? は、はえぇなあ」


園山の驚嘆の声に、バトラー山崎が、ふと微笑みを浮かべる。


そして伊織に向かって軽く会釈をすると、

「おかげさまで。署内の『決裁』さえ通ってしまえば……あっち《科捜研》の方には、わたくしめの方で、少々ルートがございまして……」と付け足した。


「ほおぉ、『蛇の道はへび』ってヤツだな」

何の事情を知っているのかいないのか、北条は、したり顔でうなづいて見せる。


「そうそう『魚心あれば水心』」

と、伊織も付け足した。


「いや、伊織ちゃん……それ、たぶんちょっと違う」

園山がやんわりと口を挟む。


「もう黙ってろよ、帰国子女はぁ」

と、北条も突っ込みを入れる。


「……なあ、ほんとにハーバード出てんの? 伊織ちゃん」


首を捻りながら園山が問いかけると、なぜか北条が、すかさず、

「って言ったって、出たの学部だけだろ、伊織? ロースクールは、中退してるし?」と割り込んだ。


すると園山が、「いや、学部だけだって、それはそれとして、スゴいだろうよ、北条」と宥めるように応じる。


「で、科警研は何て?」

どんどんと逸れていく会話を無視し、川本がバトラーに話を振った。


「はい。まず、先般、川本さんと幸村さんから呼ばれて伺った、例の弁当店の土ですが。同じ土が根岸のブーツ、留学生の靴、そして転落現場で採取した留学生の履物痕から検出されました。ですが、留学生転落現場、柏木ビルの屋上に残されていたもう一つの履物痕。ええ、死亡時根岸が着用していたものと同一種類、同一サイズのものでございますね。そちらの履物痕からは、同じ土は検出できませんでした」


「……根岸は、スリヤを殺ってないんだな」

川本が眉間に皺を寄せた。


「チェーンに付着していた皮膚細胞は、転落した留学生の物で間違いございませんね」

バトラーは静かに付け足す。


顔をしかめたまま、川本が黙りこんだ。


――持ち帰り弁当屋外。ぬかるみの上に佇むスリヤと根岸。


根岸が、スリヤが首から下げている、指輪を通したチェーンを強引に引っ張る。

ごたごたと揉めた結果、とうとう、チェーンが千切れ、根岸はそれを持ち去る。

その後、傷む首を擦るスリヤに、通りがかった店長が、声をかける――


考えごとに耽っている川本を見上げ、バトラーがこう続ける。

「……それと、遺書と根岸のプリンタインクは全く別メーカで、加えて、根岸は左利きでした」


川本が、ふと我に返って、

「根岸も他殺で、決まりだな」と口にした。


そこで伊織が、慌てて口を挟む。

「ちょっと待ってよ。川本。何で、根岸はスリヤの指輪なんか盗って隠したの?」


「根岸のヤツ、脅されてたんじゃねぇか、そのスリなんとかってタイ人に。ほら、十年前なら、そのタイの兄ちゃんだって、十かそこらだ。根岸の斡旋で客取らされてたとか? 年齢的に児童売春どんぴしゃだろ? 恨み買ってたんじゃねえか、クソみたいな男だからな、根岸ってヤツぁ」


腕組みしながら、園山が言うと、即座に伊織が、こう応じる。


「……剖検では、スリヤにはアナルセックスの所見とかなかったよ、園山さん。それだけ客取らされてれば、何らかの痕跡くらい、残ってそうなもんだけど、どう? それに、さっき川本も言ったけど、たぶん、スリヤを殺したのは根岸じゃない、誰か、別にいる」


「残念」といった表情で園山が眉根を寄せる。

だが、すぐにまた何事かを思いつくと、

「そうそう、ほら、根岸は、外務省の課付き室長に連絡取ってただろ、あれが関係ないかね、な?」と発した。


黙り込んでいた川本が、ゆっくりと顔を上げる。

「確かに、脅しっていうなら……『根岸がそいつを強請ってた』って線のが、穏当だな」


「あ、でも、そもそも、本庁が『タイ人転落死』の捜査を横取りする必要ってなに? まさか、それにも、その外務省の室長っていうのが関係してるっていうの? つうか、どんな大物なのよ、その室長? たかが、課付きの室長でしょ?」

伊織が混ぜ返すと、一同はそれぞれに、沈黙した。


しばしの静寂の後、園山が自分、川本、そして北条の腹部に視線を走らせると、

「……オレと同期のくせして、かわもっちゃんはさぁ、入庁当時から変わんねぇよなあ。オレなんか、こんなに激務こなしてるっうのに、腹は出てくんだよな」と、のんきに呟いた。


北条がすかさず頷く。

「そうそう、そうですよね、園山さん」


そして、プリンの空容器をビニール袋に入れながら、

「三十過ぎるとね、なんだか、空気吸ってるだけで、腹に脂肪がつくんだよね」と続けた。


バトラーも含め、その場の全員が首を傾げ、北条の出腹を黙って注視する。

やがて、川本がぽそりと呟いた。


「お前の場合は単に、プリンの喰いすぎだろう?」

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