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強行、第二。  作者: 水城
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Scene 11

Scene 11




持帰り弁当屋というのは、いつでも、それなりに客がいるものだ。

しかし、夕暮れまでには、まだちょっと間のあるこんな時間は、さすがに閑古鳥も啼こうというものだろう。


暇そうに、だらしなくカウンターに寄り掛かっていた黒縁眼鏡の店員は、入ってきた伊織と川本に目を留めると、「またかよ」といった表情になる。


「何すかぁ、またビューのこと?」


露骨に不快感をあらわにする店員に向かって、川本が、根岸の写真を差し出した。

レンズの汚れた黒縁眼鏡を押し上げながら、店員は面倒そうに、それを覗いて言う。


「ああ、この人? うちの常連さん。そういや、このおっさん、結構、ビューと仲良かったかも」


「ちょっと、君ね。こないだは、トラブルとかはなかったって……」


伊織が文句を言いかけると、店員は、さも心外といった顔をした。


「だって、別に『トラブル』じゃないでしょ。『仲良かったっぽい』って言ってるんだからさ」


「何で『仲良さそう』って思ったんだ?」

川本が割って入る。


少し考え込んでから、店員は「何度か、二人で話し込んでるとこ見かけたっつうかぁ」と、口にした。


そして、黒縁眼鏡の店員は、おぼろげな記憶を反芻する……。


――へえ、あんた、『ビュー』って言うんだ?


中年男が、チャラいほどに明るい口調でビューに話しかけていた。

微笑を浮かべ、カウンターの中のビューが頷く。


「オレ、タイはちょっと詳しいよ、ねえ、出身どこ?」

男がさらに、ビューに話しかける。


ふと、男がビューの胸元に左手を伸ばした。「あれ、これなに? 指輪?」――


「……あ」

店員が、突如、素っ頓狂な声を上げた。


「そういや、刑事さん達が来た前の晩も。このおっさん、ビューと話してたわ」


「ホント? なに、何の話してた?」

伊織が詰め寄る。


「んなの、分かんないっすよ。ちらっと見ただけなんだから、店の横の隙間んとこで」


顔をしかめる店員に、伊織はさらに問い詰めた。


「それって、何時頃?」


「ええ? 夜の九時前っすかね、ボク、確か八時半上がりだったから……」


川本がすかさず、カウンターに身を乗り出し、店の奥へと声を掛けた。


「すいませーん。店長さーん、ちょっと」



   *



弁当屋の外。塀と建物の隙間に、伊織、川本、そして、弁当屋の店長が固まっている。


川本に、根岸の写真を見せられた店長が、怪訝な顔で言う。


「……この方が、何か?」


伊織が、「最後のバイトの日、夜九時頃、ビューが、この男とここで会ってたらしいんですが」と説明を始めた。


しかし、店長は、困惑した表情のまま、「さあ、わたしにはちょっと……」と言葉を濁した。


「よく思い出してみてもらえません?」

伊織が、もう一押しする。


店長が「あ、でも……」と言いかけ、口ごもる。


「でも?」

川本が先を促した。


「いやね。この辺で、なんか物音がして。変だなと思って覗いたらビューが立ってたんですよ、ここに。確かあれ、九時頃だったかもしれない……」


「その時居たのは、ビューだけ?」

伊織が、さらに突っ込んだが、店長はしっかりと頷いて見せた。


「そうでした。ビューのやつ、なんだか、しきりと首のあたりをこすってましたよ」



   *



ツイードジャケットにアスコットタイといったいでたちで、バトラー山崎が歩いてきた。

肩から、大きなアルミケースを掛けている。


「あ、こっちですー」


伊織が手を高々と上げる。

素っ頓狂なアニメ声が、まったりと静かな午後の空気に響き渡った。


「申し訳ない。わざわざお呼びだてして」

川本が、やってきたバトラー向かって、ぴしりと会釈をする。


伊織と川本、そしてバトラー山崎は、くだんの弁当屋の方へと歩き出した。


「いや、あのぉ。ちょっとお願いしたいことがありまして……」

歩きながら、伊織がもごもごと口を開く。


その言い訳を押しとどめるように、バトラーは軽く頷いてみせ、静かにこう言った。


「幸村さん、川本さん、これは単なる確認に過ぎませんが……」


伊織と川本は、思わず足を止めると、目を丸くしてバトラーを見つめた。


バトラー山崎は、伊織と川本の顔をゆっくりと順に見つめ、いつもどおりの執事的口調で続けた。


「時間外のこのような、特殊なご依頼というのはですね。それなりに『高く付く』ということ。こちらの方、ご承知おき頂けますと幸いでございます」


そして、凍りついている伊織と川本に、ひとつ微笑んで見せてから、バトラーは「さて、私はどちらへ行けばよろしいのでしょう?」と言って、ふたたび歩き出す。


一同は、弁当屋と塀の間のぬかるみへと、足を向けた。



   *



いつもどおりの幸村班の朝。


真山巡査長は、黙々と朝刊をチェックしている。

本橋巡査が、眠そうに、パソコンのマウスをクリックする。

川本巡査部長はといえば、外付けディスクをノートパソコンにつないで、なにやら黒っぽい画面で作業をしていた。


そして、幸村伊織班長が、これまたいつもどおり、悠々の重役出勤で姿を現した。


「相変わらず、『お早い』ご出勤で」


川本が、ぼそりと皮肉を吐くと、パソコンに向っていた本橋が、無言でわざとらしく頷く。


そんな厭味など聞き飽きたとばかりに、川本の言葉を完全に無視すると、伊織は椅子に座った。


ノートパソコンを開いて、電源を入れながら、「で? モトピー、昨日どうだった?」と、唐突に話を振る。


待ってましたとばかりに、本橋が鼻息を立てた。


「バイト先からのスリヤの最後の足取りの件ですよね? スリヤ本人については、やっぱ、目撃情報は取れなかったっすよ、井筒班の報告通りで。それに、根岸についても、それらしい人を見たって人はいなくて」


「あ、そ?」


自分から訊ねたくせに、さもどうでもよさげな態度で応じる伊織に、本橋が軽く切れる。


「なんすか?! その反応。オレと真山さん、昨日の夜は、一応、スリヤの死亡推定時刻まで、粘ったんすよ。同じ時間帯に出歩く人に聞いた方がいいと思って」


だが、そこまで言うと気持ちがくじけたのか、本橋は「ま、その時間、人通りは、ほっとんどなかったすけど……」と小声で付け足した。


「真山さん、昨晩は、遅くまですいませんでした」

伊織が、くるりと真山の方を向いて、頭を下げる。


真山は、朝刊に目を落としたまま、いいってことよ、といった風に手を軽く振った。


「だいたいが、あの柏木ビルに防犯カメラでもついてりゃ、話早かったんすよね」

本橋は、まだぶつくさと文句をたれていた。


「……タイの兄ちゃんを狙ってた奴も。わざわざそういうモンがないビルに、目星をつけてた、ってことだろうよ」

言って真山が、大きな音を立てて朝刊をめくった。


川本が、ふと作業の手を止め、顔を上げる。


「なあ、そもそも、スリヤは何で死んだんだ? 学校関係も近所づきあいも問題なし。バイト先とも折り合いが善くて。金にも別に困ってない。殺される理由も、自殺する理由もねえだろ」


「え、じゃあ、事故死」

伊織が適当な感じで言い捨てる。


「……事故死だったら、何で本庁がひっぱってくのかねぇ? わざわざ」

真山が湯呑を手に、しみじみと言った。


と、伊織がこれみよがしに、川本の方を振り返る。

「ところで、川本。あんた、なにやってんの?」


「根岸の家のパソコン。ハードディスクを攫ってる」


川本の答えに、伊織は、軽く鼻を鳴らす。

そして、「『生もの』の根岸君は?」と訊ねた。


「園山の方から、剖検に出してもらった」

川本が淡々と答える。


伊織は、そのまま黙りこむ。

だがすぐに、ふと何事かを思いつき、「根岸君さぁ、確か、県警が、もう検案調書作ってたよね。ちょっと、モトピー、生安課から貰ってきてよ」と発した。


本橋は、嫌そうな顔をしつつも、しぶしぶ席を立つ。

と同時に、川本がいずこからか検案書を取り出すと、黙って伊織に差し出した。


伊織は、軽く呻いて、川本の手から書類を受け取る。

本橋が、大きく安堵の溜息をついた。


検案書をめくりながら、メールチェックをしていた伊織が、顔を曇らせる。

そして、机の上に積まれている雑雑とした紙束をひと抱え持ち上げると、席を立った。


「モトピー。これ、わたしのかわりに起案しといて。昼までに」

と言い捨て、伊織は、几帳面に片付いた本橋の机の上に、手にした書類をドサリと置きざりにする。


文句を言っても仕方ないことなど、すでに悟りきっている本橋は、伊織の置いていった得体のしれない書類を、黙って整理し始めた。

そして、隣の真山の方を向くと、身をかがめて囁く。


「あの、真山さん。ちょっと聞いていいっすか? 川本さん、なんで生安課のヤマに首突っ込んだりとか、つうか、生安課の園山主任と、どういう関係なんすか?」


真山は、新聞からちらと視線を上げ、ごく普通の声で本橋に応じた。

「生安課時代の元相棒、あと、確か、同期だ」


「ちょ、真山さん、声!」

本橋が、慌てふためいて両手を上げる。


「……コンビだったのは昔々な」

すかさず川本本人が、情報を付け足した。


その間も、伊織は、ひとり真剣な面持ちで検案書に目を落としていたが、やがて顔を上げると、めずらしくも、ごく真面目な口調でこう発した。


「真山さん。すいません。スリヤの剖検の時のメモって。コピー貰えます?」


真山はすかさず新聞を置くと、コピー機へと向かった。

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