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2-1 神を知る者たち

 ようやく胃液まではきだした嘔吐が終わったころに、更なる異常があたりを包んだ。

 空間が歪み、辺りから五体のコウが殺したビジターと同種のビジターが現れた。

 コウは茫然とそれを眺めた。

(なんなんだ…………)

 全てのビジターがコウを視界にとらえる。

 コウはビジターなど見てはいなかった。

 もう一度、エリコを、エリコの死体を視界に収める。

 愛くるしい双眸は濁り、二度と動くことはない。特徴的な赤毛も今や汚れて見る影もなくなっている。ふっくらとしていた頬も痩せこけて悲惨さを強調していた。

 コウはエリコの頬に触れた。

 冷たい。

 コウは夢であってほしいと神に祈らなかった。

 代わりに口から出たのは怒りの声。

「何なんだお前らああぁぁあああああっ!」

 コウの絶叫と同時に、校門に近いビジターの肩に、棒の様なものが突き刺さった。そして、遅れてその棒が大爆発を起こす。

 対ビジター部隊が到着したのだ。

 マインスロアーと呼ばれる兵器。爆弾を目標に打ち込んでから爆発をさせる代物。ビジター相手には一定の効果が確認されており、前線部隊に配備されている。

「目標に着弾!」

「学生一名が孤立!絶対に助けるぞ!」

「杭打ち機を持ってこい!」

 現れたのは巨大な杭打ち機だ。ビジターの生命力を一撃のもとに奪い去る程の威力を兼ね備えたそれは巨大さゆえに自走させなければ実用に堪えない代物だったが、十二分にその役目を果たす性能を兼ね備えていた。

略称 ストライク・アイゼン

 現場ではもっぱら杭打ち機で通っている。

「杭打ち機、動かします!」

 傍から見れば悪い冗談にしか見えないそれは恐るべき速度で稼働した。

 今までの戦闘記録とルウラがもたらした情報により分かったことは、この手の類のビジターは斬撃などの近接兵装が有効だということ。杭打ち機はその巨体を先ほど爆発でよろめかしたビジターに突撃させ、一気に杭を打ち込んだ。

 直径三十センチの鉄の棒が撃ち込まれ、ビジターの一体が沈黙した。

「目標沈黙!続いて第二打!」

「全員近接戦闘装備!取り込まれた人間はすでに人間ではない!躊躇うな!」

 四人の隊員は一人の自走兵器操縦者を残し、剣を構える。

 多大な熱量を持ってビジターの肉体を裂くその斬撃兵器はハヅキが開発した熱源ブレード。

 略称 アグニート

「かかれ!」

 コウは嫌な予感がした。

 今、自身が使ったわけのわからない能力とあの隊員たちの手持ちの武器の差は?あんな化け物に接近戦?

「駄目だ!こいつらは…………」

 コウが先ほど勝利したのはコウのファクターがもたらした驚異的な身体能力にある。隊員たちが行っている突撃は自殺行為の様にコウに映った。

 しかし、コウが予想した悲劇は起こらなかった。ビジターが繰り出す大ぶりの攻撃を的確に回避し、着実にダメージを与えていく。

「第二射!準備完了!」

 巨大な自走兵器が足を切り裂かれ動きが鈍ったビジターに狙いを定める。

「発射!」

 杭打ち機が疾走し、ビジターを貫いた。鉄杭が引き抜かれ、次のビジターに狙いを定める。

 その時、隊員の一人の体が宙を舞い、地面に転がった。

 首が背中に向いており、即死だとわかる。

「ぎゃわあああああああああああああああああ」

 ビジターが怒りの咆哮を上げる。

 コウは知る由もないが、ビジターが同時に現れたというのはこれが初めてのケースのなのだ。訓練を積んでいるとはいえ、隊員たちは未だに慣れていない。

「動揺するな!カバーに回るんだ!」

 隊長とおもわしき人間が素早く指示を出し、戦列を整えようとするがまた一人拭きとばされ、戦列が崩れていく。

 コウは駆けだしていた。向かう先はストライク・アイゼンだ。

 ストライク・アイゼンは持ち運びには向かない巨体により自走装置で無理やり動かしている。そのお陰で小回りが利かない。相手の機動性を奪わなければ何の役にも立たないのだ。

 だからビジターの機動力を奪う必要があった。あんなに素早く動き回るビジターを相手に前線のパックアップが無い状態ではただの鉄の塊だ。

だがこの場にはその弱点を克服させる者がいた。

 コウはストライク・アイゼンに取り付けてある、本来はフックを引っ掛ける部分を引っ掴むと力任せに持ち上げる。ほんの少し前まで持ち合わせていなかった怪力が発揮され、コウはストライク・アイゼンを片腕で振り回した。

 コウは頭から、中に人間が居るということを締め出す。

 すでに人間ではない。

 先ほどの隊員が言っていた言葉にコウはしがみついた。

 エリコが内蔵されたビジターを葬った際に感じたわずかばかりの暖かさを完全に無視した。

 誰かが死ぬのを見るのはまっぴらだ。

 人間ではないやつが人間を殺そうとしているんだ。人間が人間でない奴を殺して何が悪い!

 判別できない絶叫とともに、ストライク・アイゼンを一番近くにいたビジターに脳天から叩きつける。杭がビジターを頭から突き刺した。

「発射!」

 コウの言葉と行動に戸惑いを隠せなかった隊員が何とか反応し、ストライク・アイゼンの発射機構を作動させる。本来の運用とは程遠い使い方をしたせいで作動しなかった杭打ち機能が今度こそ作動し、ビジターの体を頭から股間にかけて貫通する。

「次!」

 コウがストライク・アイゼンを構え、次のビジターを視認する。

 駆けだしたコウはビジターのスピードをはるかに上回る。

 激突。

 それだけでは終わらない。コウはそのビジターを引きずったままもう一体のビジターに突撃した。

 発射機構が作動。二体のビジターが同時に貫通される。ビジターは貫通されたまましばらく動いたが、ついには沈黙した。

 コウは肩で息をつくと、ストライク・アイゼンに体を預け、ずるずると地面に腰掛けた。

「少年。君は一体…………」

 隊長らしい人物がコウに近寄るが、コウの眼には何も映っていない。

(六人、殺した?)

 コウは手のひらを顔に押し付けた。

 自分が動かないと隊員が死んでいた。ビジターに取り込まれた人間は人間ではない。その言葉にすがって頭の片隅で冷徹に対処した自分がいた。

 人間でなかったというのなら一体何なのだ?

 自分に宿った正体不明の力も平常心を欠く一因だった。

 訳のわからない世界に放り込まれた気分だ。

 それでも右腕はこれが現実だと教えてくれた。

 右腕にはエリコを貫いた感触が未だ生々しく残っているのだから。

 顔にへばりついた血はエリコのもの。

 体を小さく丸め、外界から届く声を完全に遮断した。

 狂っている。こんな世界は狂っている。

 そしてもう逃げられない。

 自分はすでに、この世界で命を奪ったのだから。

 強烈な諦観と後悔が内に渦巻き、コウは思考を闇に落とそうとする。。

 その時だ。

 くぐもった悲鳴とともにコウに声をかけていた隊長が突然地面に倒れる音を聞いてコウが顔を上げた。周りを見回すと全ての隊員が地面に突っ伏している。それだけではない。校舎からも声が無くなり、誰もが床にひれ伏していた。

 コウはあまりの異常事態に飛び起きる。

 辺りを見回すと、ただ一人エリコの死体を観察する黒髪の男の姿を確認することが出来た。腰にぶら下げた剣が気にならないぐらいに融和したその服装はこの世界が夢ではないのかと錯覚させた。

「見ていて気分のいいものではないな。この様な物の怪を前線に送り込むことに疑問を覚えるよ」

 男はそういうとただ一人、地面に立っているコウに視線を向けた。

 鋭い眼がコウを捕らえ、ありありと警戒を示していた。

「人間の分際でファクターを使用するか」

 コウはこの男を目にした時から一つの確信があった。

 こいつは敵だ。

 この惨状を作り上げた側だ。

「いきなり戦闘モードか。なるほど、馬鹿じゃあないらしいね」

 男が剣を構え、コウに相対する。

「ロウアーだ。とりあえず、君がどういう存在なのか確かめてみようか」

 そう短く告げるとロウアーはふっと揺れた。コウ以外がその光景を見ればそうとしか形容できないだろう。だが、コウはしっかりと捕らえていた。

 恐るべき速度でコウの後方に現れたロウアーの斬撃をステップでかわす。

(はえぇ!)

 ロウアーが驚いたように動きを止めた。その隙にコウは後方に飛んで距離を取る。あり得ないくらいに向上した身体能力が今はありがたかった。

「おや?終わったと思ったんだけどな」

「なんなんだよ。てめえ!」

「ええと、ああ、なるほど。大体わかったぞ。君のファクターが。確かにそう考えれば合理的だし、戦闘向きだ。僕の服従因子に反応しないのもそのファクターに起因しているのだろうな」

「無視してんじゃねえ!」

「やれやれ、ルウラ様を迎えに来たと思えばこれだ。まったく愉快だよ」

 まるでこちらの会話を無視して話を続けるロウアーの言葉にコウは見知った名前を見つけた。

「ルウラ?」

「おっ、知っているのかい?」

 はじめてコウの言葉にロウアーは反応し、コウに笑みを浮かべる。

「助かったよ。あの方は非常に尊い方なんだ。僕もこの世界に出てきて日が浅くてね。ダンク様に見つけて来いと言われた時はどうしようかと思ったよ。教えてくれるかい?」

 コウは無性に腹が立った。こいつはまるで自分を見ていない。

「…………やだね」

 コウの言葉にロウアーが意外そうな顔をする。

「なんでだい?…………ああ!そうか!こう言えばいいかな?『教えれば命だけは助けてやる』ってさ。はい。これで君の命は保証された。さあ、教えておくれ」

 コウは即答した。

「断る!おまえは気に食わない!」

 コウの拒絶の言葉にロウアーが溜息。

「……ええと、じゃあこうしよう。体に直接聞いてやるってね。痛い目を見るから限界になったら喋ってね」

 言動も顔もふざけているが、眼前の男から発生している殺気は本物だ。常人ならばおびえるような嗜虐の波動をコウは怒りで跳ね返した。

「うるせえんだよ。お前。現れてから好き勝手なことばかり言いやがって」

 コウはそういうとロウアーを指差し、こう告げた。

「俺はお前の敵だ!俺を殺そうってんなら、逆にその喉笛、喰いちぎる!」

「へえ?」

 ロウアーが剣を握る手に力を入れるのとコウがそばに転がっていた剣『アグニート』を拾うのは同時だった。先に動いたのはコウ。力任せに叩きつけたアグニートがロウアーの剣と火花を散らす。

「その剣もらった!」

 コウが右拳を剣の腹に叩きつけた。エリコの命を奪った右腕ならばそんな鉄の塊を喰いつくのはわけが無いという見立てだったが、結果的には単に剣を上に弾いただけだった。

「え?」

「自分のファクターが何たるかもわかっていないのか!」

 コウはロウアーの蹴りを腹に浴び、盛大に飛ばされる。

「ファクターとはこう使う!」

 ロウアーが上空に飛び上がる。

「我が名は、『法を定めしもの』!」

 ロウアーは剣をコウに向けた。

「空気の弾丸が君を撃つ!」

 ロウアーの周りが歪み、高圧縮された空気弾がコウに降り注いだ。コウは地面を転がり何とか回避する。轟音とともに地面に空いた頭大の穴を見て、コウは悪寒が走った。あれを受ければ死んでしまう。

 着地したロウアーははるか遠くにいるにもかかわらず、虚空を剣で横薙ぎに切った。

「その斬撃は空を裂き、君に届く!」

 その声とともに、斬撃が飛んだ。コウは身をかがめると一陣の風が通り抜けた。後方をみると校庭に植えられていた数本の木が両断されている。洒落にならない。原理については一切無視した。ただでさえ異常事態が乱発している。起こったことを受け入れるしかない。いらない思考で集中力を削がれる訳にはいかない。

「よそ見をしている暇があるのか!」

 コウが後方を見ている隙に急接近したロウアーが視界に入る。コウは必死に後方に飛ぶも、剣の切っ先がコウの体を捕らえ、肩から腰にかけての出血を引き起こした。

(なんで、あの力が出なかった?)

 コウは頭で原因を突き止めようとするが、ロウアーはそれを嘲笑うかのように距離を詰めてくる。

「ファクターも」

 振り下ろされた一撃を防げたのはロウアーが遊んでいるからに他ならない。

「まともに使えないってのに」

 必死にアグニートで対応するコウを馬鹿にしたような力任せの斬撃が幾度も叩きつけられる。

「よくも」

 下からの斬撃にアグニートが弾かれ宙を舞う。

「逆らえる!」

 アグニートを吹き飛ばした斬撃が返す刀でコウに襲いかかる。コウは破れかぶれに、それでも半ば確信を持って、告げた。

「我が名は『喰らう者』!」

 瞬間、既に乾き始めていた右腕に付着していた血が勢いよく脈動し、刃の形を伴って、ロウアーの斬撃を受け止めた。そしてそのまま触れた剣を――コウの血が喰らった。。

「――ッ!」

 ロウアーは眼を見開いた。

 剣の刀身が、嘘のように消えうせたからだ。

 ロウアーが見せた隙は決して大きくはなかったものの、先ほど弾かれ、重力の法則に従って落ちてきたアグニートをコウが手にする時間には十分だった。

 コウは天へと手を伸ばし、武器を手にするとそのままロウアーの前で腰を落とし、体を独楽の様に回転させた。そのまま下から思い切り勢いを付けた斬撃を力任せにロウアーに向かって振りぬく。

「おらああああああああああああ!」

「ぐぅっ!」

 何の剣術も学んでいない未熟な斬撃はそれでもコウの全身全霊を叩きつける一撃だった。ロウアーは咄嗟に避けたが、アグニートの切っ先はロウアーの腰から肩にかけての刀傷をしっかりとつけていった。

 たまらず大きく後退したロウアーはコウを睨みつける。コウの周りにはコウの血液が生きているかのように揺らめいていた。

「なるほど、こうやって起動させるわけだ。勉強になったぜ」

 コウはアグニートを肩に担いで姿勢を正す。

「お揃いだな。自称人間以上」

 ロウアーにつけた傷を指し、コウは傲然と笑う。

「お前……何者だ?」

 ロウアーがうめくように発した問いをコウは鼻で笑った。

「もう言ったろうが。お前の、敵だよ!」

 コウは怒りを伴って疾走した。

 ロウアーは咄嗟にそばに倒れていた対ビジター隊員からアグニートを奪い、コウと激突した。

「どうしたっ!人間以上様が人間の武器を使うのかい!」

 コウは鍔迫り合いを演出し、ロウアーはそれに乗る形になった。

「もう帰っちまえよ!何考えているかわかんねえが迷惑なんだよ!」

 力任せにロウアーを弾く。力だけはコウが圧倒的に上回っていた。

コウのファクターは『喰らう』こと。

それは触れれば容赦なく発動するファクターだ。

今、コウが喰らっているのは周りに充満する命。それは意志を持たない石や土や空気からが最も喰らうことが容易であり、その喰らった命は全て身体能力へと転化されていた。

絶え間ない連続攻撃は確実にロウアーを追い詰めている。

ロウアーは自身の苦戦を認めざるを得なかった。

ロウアーのファクター。

『言語実現』《ワード・アジャスト》

 ロウアーの発した言葉をそのまま実現する応用が利くファクターだが、そのファクターは言葉にしなければ発動しない。

 今、その様な隙はない。コウの攻撃を全力で対応しなければならない。必然、呼吸は必要最低限に抑えなくてはならなくなり、言葉など発することが出来ない。

「グッ!」

 コウの攻撃がついにロウアーのアグニートを弾き飛ばす。しかし、同時にコウのアグニートも折れてしまった。元々、人間用の武装。人間以上の力を発揮する者が使えるようには設計されていない。しかし、それでもコウには攻撃の手段が残されていた。

(右肩いただき!)

 自身の血液を刃の形に形成し、ロウアーの右肩に突き刺そうとかぶりを振った。

 しかし、一時は刃となった血液が形を失う。

「なっ!」

「隙あり!」

 ロウアーがコウを蹴りで弾き飛ばした。コウは地面を転がるが、跳ね起きる。

「どうやら君のファクターは時間制限があるようだな」

 ロウアーが勝ち誇ったように笑った。コウは何度もファクターを起動させようとするが、一向に反応しない。

「ファクターなしで僕の攻撃。受け切れるか!」

 ロウアーが言葉を紡ごうとし、コウは身構える。一瞬が永遠に引き延ばされ、コウはある種の覚悟を固めようとした。

 その時だ。

 ロウアーが突然、何かに殴られたように後方に倒れ、そのまま沈黙した。

 コウは訳のわからない事態に頭が混乱しかけたその時、見知った声が響いた。

「やりすぎだよ。ロウアー」

 コウは声の主を求めて、頭の中で「やめてくれ」と叫びながら視線をうつす。

 そこにいたのはルウラだった。

 コウは何も口にできなかった。


とりあえず三章で段落つかせようと思います。

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