表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/25

日常崩壊

 コウ達は屋上で自由時間を満喫していた。……自主的に創りだした自由時間はいつやっても気持のよいものである。

「おまえらいいのかよ?」

「俺もう学校決まっているから」

「進学しないから」

「おなか減ったから」

 身長の低い柴村から順に、岡崎がエロ本を見ながら、木村が菓子パンをかじりながら三者三様に、しかし三人とも共通してやる気なく答える。

「コウ、本日は妻からのお叱りはなかったのかい?」

「止めてくれ岡崎。あいつとはそんなんじゃあない。あんな暴君と付き合えるやつがいたらそいつは真正のドMだ。ある意味尊敬するぜ」

「けどさ。コウはよくがまんできるよね。男子の中では見てくれナンバーワンとか、中身を入れ替えろ、とか散々だよ」

 木村が菓子パンを頬張りながら尊敬のまなざしをコウに向けた。コウはその視線をにらみ返すが、木村は気にしなかった。

 三人の力関係はしっかりしている。

 コウはハヅキに強いがアイに弱い。

 アイはコウに強いがハヅキに弱い。

 ハヅキはアイに強いがコウに弱い。

 コウとあの姉妹が今まで仲良くしてこられたのはこの力関係があったからかもしれない。

「もう、この学園生活もおわりか……いや、それどころじゃないかもな」

 柴村は暗に昨日出たというビジターのことを指した。

 昨晩出たビジターは三人の被害者と一人の行方不明者を出して退治された。ニュースで見た限りではあのゴリラ型と同種らしい。ビジターの厄介なところは銃撃がろくに効かないということにある。必然的に対ビジター兵器の使用が必要となるのだが、それが準備されるまでの時間稼ぎが中々の難題だった。

「世界が終わり始めているって気にさせられるよ」

「ハン。あんなの天災や自動車事故と一緒じゃねぇか。その場に居合わせたら運が無いと嘆くしかないだろう」

 柴村が悲観的な感想を漏らしたがコウは一蹴した。コウの意見に木村が感嘆の息を漏らす。

「コウって達観してるよねぇ」

「そんなんじゃないって」

「俺は前から気になっていたぜ」

 岡崎が食いつく。

「なんでお前はそんなに達観しているのか?そこで俺は一つの仮説を立ててみた。ズバリ、女だ。こいつは実は付き合っている女がいるからこれ程達観した意見を持っているのだ。童貞と非童貞はその精神熟練度において異常なまでの違いを有するという一般共通見解を見てわかるとおり、こいつに女がいるのは間違いない」

「な、なんだその暴論」

 コウは否定したが、他の二人は違った。目には剣呑な光をたたえている。

「お、お前……前からもてるとは思っていたが…………秘密にしていた……だと?ハーレムを創る気……だと?」

「ずるいよコウ!そんな暗い一面を持っていたなんて!代わってよ!」

「馬鹿!落ち着け馬鹿共!全部推測だろうが!つーかハーレムってなんだ!創れるなら創ってみたいわ!」

 コウの言葉など耳を貸さない二人は飛びかかる準備をし、暴論を説いた岡崎もそれに乗っかる。

「見ろ。容疑者は今、はっきりと願望を唱えたぞ」岡崎が邪悪に笑う。

「有罪確定だね」木村が菓子パンを食いちぎる様は迫力がある。

「遺言は聞いてやる」柴村が両手を怪鳥の様に広げる。

「え~と、俺、帰ったら結婚するんだ」

 コウは引きつり笑いでしっかりと死亡フラグを立てた。

「「「死ねええええええええええええええええええ!」」」

 三人がコウに飛びかかり、コウは下敷きにされた。

「ば、ばか。苦しい!」

「うるせえ!俺達非モテの恨みを思い知れ!」

「コウはずるいんだ!いつもいつも!」

「容疑者に人権は存在しない!」

 しばらく四人でじゃれあっている内に授業が終わったチャイムが鳴り響き、四人はそれを切っ掛けに屋上に寝転がった。

「あ~こう言うのがずっと続けばな」

 誰かが言ったその言葉は宙に溶けて消えた。




 コウは体育教師から鍵を借り受けると三人の男子と連れだって体育館倉庫に足を運んだ。

「なぁ、コウ。エリコさんを振ったんだって?」

「ああ?なんだよそれ?」

 コウは岡崎の問いにしらばっくれようとするが、男子は追及をやめなかった。

「しらばっくれんなよ!もうネタは割れてんだ!」

 柴村の追撃にコウがたじろぐ。

「な、なにぃ!そんなことがあったの!なんてうらやましい!って、振った?振ったの?!なんて奴!あんな可憐な女子を!」

 木村が吠える。

 コウの周りのクラス男子にとってこの手の話題は絶好のからかいのネタなのだろう。普段なら準備に付き合わされて、だりーとかうぜー、とか言っている連中だ。

「ああ、振ったよ。だからなんだっつーの」

 コウは不機嫌に応えると三人から感嘆の声が漏れた。

「さっすが、男気あるねぇ」

「やっぱり、一度痛い目にあわせた方が……」

「何で振ったのさ!今日エリコさん休んでんだよ!」

 三人の好き勝手な物言いにコウは閉口した。普段は良い連中なんだが、調子に乗ると手がつけられない。かといっていい加減に応答するのも大変だし……。コウがどうしようかと首をひねったその時だった。

 体育館から轟音が鳴り響く。

「なんだ!」

 体育館倉庫から飛び出すとそこには、テレビニュースに写っていたビジターがいた。

 そういう陳腐な表現しかできないくらいにそれは実感を伴うことが無かった。

 しかし実物は映像があっさりと陳腐になる威圧感をもってコウ達をくぎ付けにした。

 両腕部の隆起した筋肉は人など紙屑のように引きちぎるだろう。横に転がっているのは恐らく校庭につながる扉だろう。恐らく、というのは原形が留められていないレベルで破壊されているからだ。状況から推察するしかない。人間味を帯びない蟲の眼光がまるで悪い夢のように錯覚させるが、蟲の口腔部から吐き出される白い息はこれ以上にない生々しさを演出し、否応なくこれが現実であると教えてくれる。たっぷり十秒かかってようやくコウ達は自身の命が危機に瀕していると嫌でも実感させられた。

「あ、あれって、ニュースでやっていた奴だよね?なんであんなのがいるのさ!」

 木村の問いに応えられるものなどだれもいない。ただ全員逃げるということで見解は一致していた。

「こっちだ!」

 柴田の声に反応し、みんな体育館から脱出を試みる。それをビジターは分かっているかのように先回りした。

「くそっ!こいつ!」

「逃げらんねぇのかよ!」

「ど、どどどどどうすんのさぁ!」

 三人が動揺したその時、ビジターの頭部にバレーボールが命中した。ビジターは投げつけられた方向を向くとそこにはコウが立っていた。

「おにさんこちら、だ!こっちにきやがれ!」

 コウは横に置いてあるバレーボールの入ったかごから次々とバレーボールをビジターに投げつける。

「ぶおおおおおおおおおお」

 ビジターが吠え、コウに向かって突撃を開始した。

「暁!」

「お前ら早くいって助け呼んで来い!このなかなら俺が一番運動能力高いんだ!」

 コウはそういうとビジターに背を向けて逃げ始めた。三人はコウの言葉に頷くと逃亡を開始する。

「絶対助け連れてくるからな!」

 コウは柴田の声は聞こえなかった。ビジターの早さは巨体に似合わないものだった。咄嗟にビジターの股をくぐるように飛び込んだ事が幸運だった。ビジターはコウの姿を追い、自身の頭を股にくぐらせようとしたのだ。もちろん、盛大にすっ転ぶ。

「……頭は悪いみたいだな」

 コウは自身の認識を口に出して確認し、校庭に向かって全力で走りだした。百メートルを十秒前後で走り抜けるその脚力を持ってしてもビジターの方が早い。ほうほうの体で校庭に飛び出した背中を剛腕がかすめる。剛腕が起こした風圧でバランスを崩され、コウは地面を転げ回った。

「馬鹿力め!」

 そう毒づいて、コウは自身に芽生えた恐怖心を強引にねじ伏せる。そうでもしなければ腰が砕け、もう二度と立ちあがれないという確信があった。先ほどのビジターの攻撃が外れたのは運が良かっただけだ。あの剛腕は撫でるだけでコウの人生を終わらせることが出来る。死の恐怖が体の動きを止めるというなら、それは拒絶しなければならないことだった。

 天災?自動車事故?何を言っていたんだ俺は!逃げろ逃げろ逃げろ!死ぬなんてまっぴらだ!

学校の壁沿いにコウは逃亡を開始するが、速度を相手が上回る限り、どうしてもどこかで手詰まりになる。幸いなことはこの学校が対ビジター施設からそう離れていないことだ。救援が来る時間はそう長くない。それまでは何とか逃げ切る必要がある。もう一つ幸いなことがある。それはコウのポケットにはハヅキが渡してくれた『防犯道具』があることだった。使用は一発限り。タイミングを見誤る訳にはいかない。コウは戦略を組み立てると、校庭に置いてある用具入れに向けて猛然と走りだした。あそこにはスコップや鍬がある。

ビジターがコウに追いつくのとコウが用具入れにたどりつくタイミングはほぼ同時だった。馬鹿正直に左腕を横に薙ぐビジターの攻撃をコウは肉食獣よろしく地面に伏せることで回避し、全身のばねを使い、跳ね起きる。用具入れがビジターにより粉砕され、中身が飛び出した。視界の隅に映った鍬を乱暴につかみ上げると一気にビジターの大腿部に振りおろした。

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 まるで女の悲鳴の様な声をあげてビジターが体を乱暴に捻り、鍬を持ったコウはその動きに連動して投げ出され、地面を転がる。転がった時にいくつも擦り傷を作るも、それに耐えて体を起した。ビジターは足に刺さったままの鍬を取るのに執着しているようでコウに意識を向けていない。

(いまだ!)

 コウはポケットからカード状のデバイスを取り出した。円盤状のメーターを最大値にまで捻りあげるとコウはそれをビジターへ放り投げた。デバイスはビジターの上に差し掛かった瞬間、高圧電流を一気に放出し、その高圧電流は間違いなくビジターに直撃した。先ほどの悲鳴とは比べ物にならない絶叫をビジターは上げ、ついには沈黙した。絶対に最大出力で使うな、とハヅキに念を押されて渡された『防犯装置』は初めて使った時に「どこが防犯装置だ」と絶叫した時の記憶以上の出力で放たれ、生物の神経系を焼き切ったはずだ。

(……やった?)

 コウは油断なく、ビジターを観察したが一向に動く気配が無く、自身の身の安全を確認したコウは地にへたり込んだ。荒く息を吸うと上から自身を呼ぶ声がして、コウは頭を校舎二階へと向ける。そこにはメツと涙を浮かべたアイがいた。

「おっす」

 コウが軽く手を挙げると二人は何か喚き始めたが、コウはそれを聞くことなく地面に仰向けになった。先ほどから与えられた神経ストレスは看過できるものではない。生死の境界線を闘うはめになってしまったというのは一高校生であるコウがその場に突っ伏してしまうのは仕方が無いことといえた。

「……ハヅキに感謝だな」

 コウは寝転びながらビジターを見つめる。高圧電流により、黒く焦げた皮膚から異臭が漂い、コウは顔をしかめ、体を起した。さすがにこんなところで休憩するのは避けたいという心理からだったが、結果的にその行動がコウを救った。ビジターが無動作で飛び跳ね、コウのもとへジャンプしてきたのだ。すでに立ち上がっていたコウは必死に逃げ回り何とか上空から落ちてきたビジターをかわす。

 ここでようやくコウは目の前の生物がどういう存在なのかということを実感した。冷静に考えれば、こんなことで片付くのならばあんなに被害は出ないのだ。ひとたび出現すれば多大な被害を出す眼前の怪物はその無表情にもかかわらず、はっきりと怒りの意思を伝えていた。

「おはようございますってか」

 コウは苦し紛れに軽口をたたく。そうでもしなければ冷静さを保てなかった。そして、目の前の怪物は動いた。動作が見えたわけではない。見えないくらいにビジターは素早く動いた。それでもカンに従ったとしかいいようのない回避運動をコウはとった。果たして、その回避運動は吉と出た。左に飛んだコウはビジターの右腕による攻撃は直撃した。盛大に吹き飛び、校舎に激突した。空気が一気に肺から絞り出され、目の前が真っ黒になる。まだ体が原形を保っていられたのも、ギリギリで意識が途切れなかったのも、回避運動で衝撃をにげさせたことと、ビジターがまだ電撃攻撃から回復しきっていないという偶然と必然が生んだ結果だ。

 それでも被害は甚大だった。

 右腕が灼熱した。骨が肉を割き、体外に飛び出している。

 絶叫。

脳震盪で鈍っていた頭が一気に覚醒し、容赦の無い痛みを伝える。

視界が真っ赤に染まる。

死の恐怖が体を硬直させる。

死にたくないと強烈に願うが体が思うように動かない。恐ろしい。

自身の名前を友人が呼ぶ声が聞こえ、なんとか立ち上がるが、状況は絶望的だ。先ほどの『防犯装置』は完全に使い捨てのため、拾っても意味が無い。手詰まりだ。

 コウが棒立ちになり、目を閉じたことをせせら笑うようにビジターは悠然と歩を進め始めた。

 一歩一歩が死へのカウントダウンで、そしてそのカウントダウンはビジター次第。

 どうしようもなく自身の命を掌握されたということを嫌というほどコウは感じた。

 死ぬ?

 こんなにあっさりと?

 コウの脳裏に走馬灯は走らなかった。

 頭を埋め尽くすのはハヅキ。ハヅキハヅキハヅキハヅキハヅキハヅキハヅキ。

 きっと泣く。

 コウはハヅキの泣き顔を思い浮かべた。

 ああ、俺は……最も愛する人を泣かせてしまうのか。

 コウは眼を、双眸を開く。

 ビジターが歩を進めることを、止めた。

「ふざけるな」

 コウから発せられる怒気は常人のそれとは比較にならない。きっとどの様な人間が相手でも今のコウの眼の前に立とうとは思わないだろう。

 いきなり現れて俺の生活をめちゃくちゃにして、こんな恐怖を与えて、なおかつ命まで奪うだって?

 ふざけるのも大概にしろ。

 頭の中に、言葉が、走った。

「我が名は……『喰らう者』!」

 その言葉をコウが口にした瞬間にそれは起こった。

 コウの右腕が一気に回復した。血が周りの命を喰らい、その命を体の回復に充てた結果だった。

 異能の力、『ファクター』

 それが完全に起動した。

 今なお発される人ならざる怒気に、ビジターは一歩後ずさり、続けてそれを否定するかのように、死のカウントダウンである距離を一足飛びにゼロにした。

 それはコウにとってのカウントダウンだったか?

 それともビジターにとってのカウントダウンだったか?

 繰り出された右ストレートを、コウは完璧なまでに対処して見せた。

 空振りにさせた右腕をコウはスローモーションのように感じた。次いで、コウは右足を跳ねあげ、空中に投げだされている丸太のようなビジターの腕を蹴り上げると、鈍い音とともにその丸太はたたき折られた。そのまま蹴り上げた右足を戻すことなく、ビジターの脇腹に直撃させるとビジターはコウが吹っ飛ばされた以上の距離を飛び、校庭の中央付近にまでそれは到達する。

「俺の日常を、これ以上壊させるかああああぁぁぁあああ!」

 駆け出したコウの速度はすでに人間のそれではない。目にもとまらぬ速度でビジターに接近し、未だ空中に浮かんだままのビジターに、血がべっとりと滴る右腕を突き立てる。

「喰らええええええええ!」

 コウの血はビジターの肉を喰らい、コウの右腕を根元までビジターの体に埋没させる。ビジターの命を体内から思うさまに喰らい尽くし、コウは右腕を引き抜いた。ビジターは校庭中央で仁王立ちの様にして動かなくなった。

 身に暖かいものを感じる。それは殺人的な旨味を伴った暖かさだった。

それは確かに、命の味だ。

 コウは自身のファクターにより、眼前の怪物が完全に命を失ったと悟る。

「……っはっははははっ!ざまぁみやがれ!」

 コウは全身で歓喜の雄叫びを上げる。今、ここにコウの命は保証されたのだ。喜ばない理由はなかった。なにより最後に感じたあの美味が、コウの体を歓喜させた。狂ったように笑うコウの哄笑のみがあたりに響く。その時、ビジターの胸が崩れ始める。

「ははははははっ!はははは………………………………………………………………えっ?」

 間抜けな声が出た。

 ビジターの胸崩れ、中からから出てきたのは、エリコだった。その胸にはコウが空けた穴があいている。

 エリコの光を失った眼がコウの眼を真正面にとらえた。

 胸に空いた真っ黒な穴はすでに命が無いという事実をコウに叩きつけた。

 昨日のビジター被害で行方不明者が一人。

 その行方不明者であったエリコは、ここにいた。

 初めて人を殺した時に口から出たのは絶叫だった。

 今回、口から出たのは朝食の残骸だった。

 男は嘔吐しながら理解した。

 自身の日常は、この時をもって全て失われたのだと。


戦闘シーンって難しいですね。上手い人がうらやましいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ