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恋人と昔話 神様と会話

 学校が終わると友人たちの誘いを軽くいなしてコウは急いで家に帰り、腕によりをかけた料理を見事な手際で作り上げていく。最愛の人が家に来るまでもうすぐだ。コウが最後の味見をし終えた時、丁度チャイムが鳴った。

「は~い」

 コウが扉を開けるとそこに立っているのはアイと同じ銀の髪をもつ女性だった。アイの活発そうなイメージとは間逆でおしとやかな女性であると一発でわかる。柔らかにほほ笑む女性はコウの恋人。

 神原ハヅキだった。

 うかれるコウとは裏腹に落ち着いた物腰であるが、ハヅキもこの日を楽しみにしていた。最近仕事が忙しいおかげで中々二人きりの時間が作れなかったのだ。

「座って座って。もう盛り付けるだけで終わるからさ!」

 コウはハヅキを居間に誘導しようとハヅキの手を触れた瞬間。グイっと引っ張られコウの顔はハヅキの顔に急接近し、そのままコウはハヅキに唇を奪われた。熱い吐息が互いの口中を行き来することたっぷり三秒。唇が離れたとコウが実感したころには最愛の女性は靴を脱ぎ終わっていた。

「おじゃまします」

 悪戯っ子の笑みをたたえてハヅキは固まったコウを尻目に居間に歩く。勝手知ったるなんとやらだ。

(俺、いますごく幸せ!)

 コウは幸せでフラフラしながらキッチンに戻り、鼻歌交じりに盛り付けを始める。今日のメニューはビーフシチューだ。慣れた手つきで盛り付けを終え、居間に運ぶ。

「お待たせしましたぁ!」

 ハヅキはコウの作った料理を見て、顔を輝かせた。

「ビーフシチュー!コウの得意料理だね」

「ふふん。今日はなかなかの自信作だぜ」

「うれしいな。コウの料理好きよ。私が食べてきた料理の中でコウの料理が一番好き」

「そんなに褒めるなって」

 デレデレしながらコウはハヅキの向かいに座り、二人で食事を始める。

「「いただきます」」

 コウの料理を口に運んでハヅキは幸せそうな顔をした。本当にこの子の作る料理は美味い。将来、店を出していいレベルだ。

「ん、ルー変えた?」

「気付いた?ちょっと辛めになるようにしたんだ。ハヅキその方が好きだろ?」

「うん。好き」

 恋人の心遣いにハヅキは頬を緩める。本当にコウはいい恋人だ。

「最近仕事大変だったから中々コウに会えなくてさみしかった」

 上目遣いにこちらを見るハヅキの頭に手を伸ばして頭を撫でるとハヅキは満足そうな顔を浮かべる。猫のようだ、とコウは思った。

「そんなに忙しいの?」

「むー、最近やたらと上からせっつかれちゃってさ。有効性がどうとか、コストがどうとか。ビジターなんて正体不明のモノ相手にしている以上どうしても、ね」

 ハヅキはこの町にある対ビジター兵器施設開発部門の室長だ。かなりの才女であり、大学も飛び級で卒業している。彼女がいなければ半年前に現れたビジターも対処できなかった。

「そんなことよりも!今日大変だったんだって?アイに聞いたよ」

 ハヅキの言葉にコウはむせた。ハヅキが慌てて水を差しだす。

(あ、あのアマ。言わないんじゃなかったのか!)

 コウとアイはハヅキが今は仕事で大変だからという共通認識があったから余計な気をもませないためにハヅキに言わないということにしたはずなのだ。

「むー、言ってくれればよかったのに」

 若干、怒ったようなハヅキにコウは慌てた。

「いや、それはね。あのね」

 コウの慌てる様を見てハヅキは愉快そうに笑った。

「嘘だよ。こういうことはコウが自分で決めないとね」

 意外な回答にコウは眼をぱちくりさせる。

「私が関わるのはフェアじゃないわ」

「そういうものかねぇ」

 ポリポリと頭をかくコウにハヅキは「それにね、」と続けた。

「コウは私にぞっこんだから」

 今度は先ほどとは比較にならないぐらいに盛大にコウはむせる。その様子を見てハヅキはさも可笑しそうに笑った。

「な、なにをいきなり……」

「あははは。コウったら。顔真っ赤」

 笑いすぎて出てきた涙をぬぐいつつ、ハヅキはコウを指差す。

「アイの奴め……」

「ああ、あの子を怒らないであげて、私が無理に聞き出しただけだから」

 そういうとハヅキはニワトリの首を絞めるジェスチャーをした。一瞬、コウは背中がひやりとする。ハヅキとアイの力関係ははっきりしている。過去に何度か見たが、ハヅキはアイが悪いことをした時や、心配をかけるような真似をするとかなりひどいお仕置きをする。以前見た時、アイは往来のど真ん中で四つん這いにされて犬の真似をさせられていた。それを無邪気に笑うハヅキにコウは純粋に恐怖した。その時の情景がフラッシュバックする。

「だって、やたらに落ち込んでるから理由を聞いているのに言わないんだもん!」

 コウの引きつった表情にハヅキはフォローを入れようとした。

物心ついたときから三人は一緒にいる。その時々で関わっていい問題と関わってはいけない問題は何となくわかる。ハヅキはこのケースは関わってよいと判断したのだろう。

「ん?そういや、なんでアイが落ち込んでんだ?あいつ落ち込むようなこと今日はなかったと思うんだけど」

「ただの自己嫌悪だよ」

 ハヅキはアイがコウに恋愛感情をもっていることを知っている。だからと言って負い目はなかった。恋愛に関しての勝者がそのことを引き摺り続ければ何が何やらわからなくなる。

「ふーん。ま、いいか。たまに凹むのもあいつに取っちゃいい薬だろ」

 コウはそういうとシチューを頬張り始めた。

「なぁ、ハヅキ」

「ん~?」

「今日、ルウラって女性に会ったんだけど……」

 コウがそういうとハヅキは数度瞬きをして、納得した顔をした。

「ああ、それであの子はあんなに上機嫌だったんだ」

「ああ、あの人やっぱり友達だった?」

「うん。私の仕事でもパートナーだよ」

「そっか。また来るとか言っていたけど……なんで俺に興味があるのかねぇ?」

「私がいつもあの子にコウのこと話しているからかな。あの子、見た眼に反して幼いから」

「分かった。それじゃあ、それなりに対応するよ」

 コウがそう言うとハヅキはスプーンを止め、コウの眼を見つめた。コウも改まった雰囲気を察し、ハヅキに相対する。

「ごめんね。私の仕事に巻きこんでしまって」

 ハヅキの口から出たのは心よりの謝罪だった。コウはその言葉を受け止めると、首を振る。

「これくらいで気にするな。俺はハヅキに救われたんだ。ハヅキの役に立てるなら、これ程うれしいことはない」

「でも……」

「ハヅキと付き合えたから、俺は真人間に戻れたんだ」

 コウは自身の最も痛ましい記憶を思い出し、一瞬だけ顔をゆがめた。

「人殺しの俺がまともに人間でいられるのはハヅキのおかげだ」

 コウは過去に一人、人を殺している。

 それは事故などではなく、明確な殺意を持った殺人だった。

 コウに母親はいない。小学校の低学年に家に強盗に入られ、その際に殺されてしまった。通り魔的な強盗で、たまたまコウの家が狙われたというだけだ。コウはその時、その強盗を包丁で刺し殺している。母親を殺したことで油断しきった強盗の背後から憎悪と殺意と生存本能を持って刺殺した。

「強盗である男に対する恐怖は母さんを殺されたという憎悪と殺意という怒りでねじふせることができた。後は人間すべてが持つ本能が勝手に体を動かしてくれた。そうするしかないと。その後に残ったのは極大の自己嫌悪だ。そんな俺を、ハヅキは救ってくれた」

今でも人殺しと言うことに負い目がないわけではない。ただ、人殺しだから幸せになってはいけません、なんて思い込みを抱えることがまだギリギリ思春期と呼んで差し支えない年齢のコウのあるべき姿なのだろうが、コウにとってその思い込みはすでに毒にも薬にもならないまるで無意味なものになってしまっている。

 人は生きている限り、幸せになっていい。

 コウはそのことを本当の意味で理解していた。

 だからこそ、コウはそれを理解させてくれたハヅキを愛してやまなかった。

 二人の間に不快ではない沈黙が降り注いだ。少しすると、コウはその空気がどうにもむずがゆく感じ始める。やはり、こういう空気は苦手だ。

「それより、さ。今日は泊っていけるの?」

 コウが空気を変えるための問いにハヅキはピースサインでこたえた。

「やった!」

「ふふふ。存分にカップルらしいことをしましょう」

 ハヅキがそういったその時、ハヅキの携帯電話が鳴り始める。ハヅキが応答した電話の内容はコウに問とって最悪った。

「コウ、ごめん!ビジターが出たの!私、行かなきゃ!」

 あわただしく外に出ようとするハヅキの準備をコウは手早く手伝い、玄関に送り届ける。

「……ごめんね」

 本当にすまなさそうにするハヅキの頭をコウは撫でた。

「気にすんなよ。ハヅキは立派な仕事しているんだ。早く行きな」

 コウの言葉にハヅキはもう一度謝ると外へ駆けていく。恐らくもうアパートの下には政府の車が来ているはずだ。

 コウは溜息をつくと居間に残された料理の掃討に取りかかった。こうなれば明日も父は帰ってこないだろう。父もハヅキと同じ施設で働いている。明日の朝御飯にシチューを回してしまうかと考えて、コウは肩を落とした。



 翌日、昨日と同じ時間に家を出た。普段なら昨日の様な時間に家を出たのは暴力の化身であるアイのことがあったからだ。出来れば回避したいイベントであるが、あの「気まぐれ様」はコウがなにかやらかせば呼びつけるのでタチが悪い。何であれ、一年の半分をこの時間に準備することを毎度強制されていれば苦にもならない。ルウラとの約束もある。ともあれこんな生活ももうすぐ終わりだ。内申点と数学の成績のみで推薦を突破したコウに対してアイは未だに大学が決まっていない。恐らく同じ大学になることもないだろう。アイは典型的な文系だ。近い未来に訪れる平和にコウは一抹の寂しさを感じた。ああいうことが出来るのはもう最後だ。なんだかんだで話題に欠かない学校生活の貴重な思い出としてとらえるのも悪くない。…………………………いや、やっぱり復讐してやろうか?最後くらいこちらに軍配を上げさせてやってもいい気がしてきた。

 そんなことを考えつつ、土手を自転車で走っていると眼前に金色の髪が見え、こちらにぶんぶんと両手を振っている姿が見えた。

「ルウラさん?」

 そばに来て自転車を降りると、さも嬉しそうに笑いかける美女は紛れもなくルウラだった。こんな美人は一度見れば忘れない。

「おはよう!暁コウ!」

「おはようございます。ルウラさん」

 礼儀正しく返答したコウにルウラは眉毛を八の字にした。

「ど、どうしました?」

「いや、暁コウ。ハヅキから話は聞いただろう?私はお前が気に入っているということも十分に伝わったはずだ。だからな。もっと馴れ馴れしく、親愛をこめてルウラ、と呼び捨てで頼む。ああ、敬語も必要ないぞ。私はこれでもお前と同い年くらいらしいからな」

 色々と言いたいことはあったが、コウは一つのフレーズに最も興味を抱いた。

「らしい?」

「ああ、私は幼少期の記憶が無いんだ。正直どうだっていいんだけどな。そんなことよりも、ほら」

 ルウラが手をちょいちょいとこっちに招くようなしぐさをする。どうやら名前を読んでみろとのことらしかった。

「……ルウラ」

 コウはなんとなく気恥ずかしかったがそれでも名前を呼び捨てで読んでみるとルウラはかみしめる様にその声を受け止めた。

「…………うん、いいものだな。どうにも呼び捨てにしてくれるのはいつもハヅキだけだ。異性から名前を呼び捨てにされるというのは初めての体験だよ。なにより呼び方がいい。可愛いぞ。頬を赤らめているところなんか特に。こういうのを萌えるというのだろうな」

「分析を止めてくれ」

 コウがなおさら赤くなって顔を伏せるとルウラはさらに満足そうな顔を浮かべ、コウの肩を叩いた。その時、ルウラは異質な感覚を味わう。

「……ん」

「どうした?」

 急にたたくことを止めたルウラに怪訝なものを感じ、コウが問いただすが、ルウラは首を横に振るだけだった。

「で、用事ってなんだよ?」

 コウは不思議に思ったものの会話を切り替える。

「ああ、お前に質問がしたいと思っていたんだ暁コウ。おまえは神を何だと思う?」

「はぁ?」

 いきなり飛び出した電波な質問につい素っ頓狂な声をあげてしまった。

「その質問はなんですか?」

「な、なんでまた敬語に戻る?」

「そりゃあ、いきなり今後のお付き合いを考えさせられるようになる質問が出れば誰だってそうなります」

 冷たい目でルウラを見つめるコウを数秒見かえし、ルウラは瞳に涙をため始めた。コウの首筋に悪寒が走る。

「ちょ、ちょっと!なんで俺が悪いみたいなシチュエーションにしてんの!」

「だ、だってぇ……人との話し方…………良くわかんないんだもぉん」

「わかった。俺が悪かった。質問にもしっかりと答える。なっ?ごめんな。だから泣くのをやめてくれ!」

 通学時間よりはまだ早い時間なので人通りがほとんどないとはいえ、もし誰かが通りがかりこの場面を見られれば非常にまずいというのはどんな人でも共通見解として抱くだろう。俯いて顔を手のひらで覆うルウラにコウは必死な言葉をかけると、ルウラは顔をあげてケロリとした顔をして「ならいいんだ」とコウに告げた。

「ふむふむ。意外にやってみると簡単だな。人間の文化……漫画か。創作モノというのは有る一定の真実を含まなければ売れることはないというのはどこの文化圏でも共通項のようだ。いや、勉強になった」

 ルウラの言葉にコウはがっくりと肩を落とした。そんなコウの様子を無視して子犬の様な眼を向けて「早く、早く」と先ほどの質問の回答を催促してくるルウラにコウはノロノロと応対する。

「あ~ええと。神とは何かだっけ?俺、神様信じてないんだけど参考になるの?」

 コウの言葉にルウラはコクコクと首を振った。しばし考え、コウは口を開く。

「神様ってのは人が抱く最も偉大な……象徴みたいなもんじゃないか?俺自身さっき神様信じていないと言ったけど、信じているものならある。その中で最も信じている度合いが高いものが人によっては神様って言葉になるんだろうな」

「では、コウにとっての神様って何だ?」

 一瞬、ハヅキの顔を思い浮かべ、まだあって間もないルウラに面と向かって言うことに恥ずかしさを感じ、コウは顔を赤くした。

「俺は神様って言葉が嫌いなんだよ」

 コウは質問に答えず、違う言葉をルウラに提示する。

「…………言葉が嫌い?」

「言葉にすると、それに縛られる気がしてさ。ただでさえ神だの、天使だのって言葉が元々は人間が支配されたがって用意された言葉だろう?そういうのに置き換えるのってそれにはどれだけ頑張って手を延ばしても届かないって思えないか?」

 コウの言葉をルウラは静かな笑みで受け止めた。知り合って間もないとはいえ、いつも浮かべる元気のいい笑顔が嘘の様な、その一瞬を切り取って永遠に眺めていたいような、たおやかな笑みにコウは心が奪われた。その笑みをルウラが浮かべたのは一瞬だったが、コウにとっては永遠とも思えるような、そんな時間だった。

「その考え方は、とても素敵だな」

「そ、そうか?」

「確かに信じているものが自身にとって明確に定義されるものであるならば、神として置いておくには適さない。生物というものはその目指すべきものを会得したいと考えるのが常道だ」

 コウの回答に心底、納得したという表情を浮かべるルウラにコウは逆に一つの疑問を抱いた。

「……なんでこんな質問を?」

「自分探しの一環だよ」

 ルウラはそういうと不敵な笑みをコウに向ける。コウは肩をすくめ、自分の腕時計を目にした。

「悪い。もう時間だ」

 コウはそってルウラに時計をしめし、自転車にまたがった。

「暁コウ。また会いに来ていいか?」

「いつでもどうぞ」

「あ、あとな……その…………」

 ルウラはもじもじしながら眼を泳がせること数秒。ためらいがちにコウの眼を上目がちに見て、ぼそりと

「コウって呼んでいい?」

 と消え入りそうな声で言った。

(何?この可愛い生き物……)

 ああ、これが萌えるってやつか。と、コウが感慨にふけっている間もルウラは不安げな目を向けていた。

「ダ、ダメ?」

「いいよ」

「…………っそうか!それは良かった!ではコウ。またな!」

 ぶんぶんと手を振るルウラにコウも手を振って返し、学校に向かった。




 ルウラは対ビジター研究室に興奮気味に入室した。

「ハヅキ、ハヅキ!コウが私に呼び捨てを許してくれたぞ!」

 室内は研究機器でごちゃごちゃしていたが、ルウラはそれを苦にすることもなくスルスルとハヅキが座っているデスクに到達した。ちなみに室内はハヅキとルウラの二人きりだ。

「そう、それは良かったわね」

 飛びついて来たルウラを苦もなく受け止めるとハヅキはルウラの頭をなでる。

「で、今日はどうだったの?」

「うむ、短いながら非常に充実した時間であった!このままでは私は本当にお前たちの味方になってしまいそうだな!やはり人間というのはおもしろい!」

 ルウラは興奮冷めやらぬ『神様』ルウラを床に立たせると、コーヒーをルウラのために入れに席を立つ。

「ハヅキ、私はミルクと砂糖アリアリで頼むぞ。どうにもブラックというのは舌に合わん」

「はいはい」

 まるで子供の様な振る舞いのルウラを見て誰が神と判断するだろうか?しかし、紛れもなく、ルウラは神と呼ばれている存在だった。

 人を支配するものが神というならば、彼女を見た瞬間に数多の人間がひれ伏したあの様を見たものは誰だってこういう。

 あの者こそ神だ。

「十二神が十月席。オクトバー・ルウラ」

 ルウラがこの世界に顕現した時にたまたま居合わせたハヅキ達に名乗った記号だ。

 ルウラが顕現したのはこの施設の大ホール。大きなミーティングがあり、全局員が集合していた時、彼女は唐突にビジターが現れる様にして顕現した。そして、その場に居合わせたハヅキを除いた全ての人間は屈服した。

 ただ、現れただけで人間は屈服したのだ。

 人間の遺伝子に刻印された服従因子は一切の反抗を許さず、服従因子が擦り切れていると後に言われたハヅキでさえもその光景と迫力は今でも明確に思い出せる。

 そしてルウラはこう言った。

「私はお前たちの世界を頂きに来た」

 そう言いつつ幻想的な碧の翼を広げる彼女を止めたのはその場で唯一動けた人間ハヅキだ。もちろん闘ったわけではなく、話してみると意外に通じるものがあり、ルウラは侵攻を止めることになった。一時的に……ではあるが。

 服従因子が作用しないハヅキがルウラを預かるのは当然の流れであったし、ルウラを暗殺するべきという意見もあったが、服従因子の前ではその意思すらもいともたやすく屈服した。

 あの時、ルウラが本気になればこの町を滅ぼすなど朝飯前だっただろう。いや、下手をすればこの国すらも屈服させていたかもしれない。何せ彼女に対して武器を向けられるものが誰ひとりとしていないし、彼女自身の戦闘能力も桁外れのものがある。

 ファクターと呼ばれる異能の力。

 彼女はあてがわれた個室で人間にとっては最も強力な兵器、核兵器の映像を見ていたがその威力を「大したことない」と一蹴していた。

 嘘ではないだろう。

 ハヅキは以前説明してもらったルウラのファクターを加味し、そう判断した。

 完全に人間の上位存在。

 それを神と呼ばずしてなんと呼ぶのだろうか?

 そして、ルウラがもたらした内容は戦慄に値する内容だった。

 今、各地で現れているビジターは天界の生物であり、この世界は天界との融合を迎えているということ。さらに十二神という名の通り、神は十二柱存在するということ。神と同じ様に強度に差はあるものの、服従因子を作用させる天使という存在が世界融合の際に現れるだろうということ。

 世界は壊れる。

 どうやら天界でもこの事態は異常事態であるらしく、ならば自身よりも下位存在である人間に支配されるいわれはなく、支配しようとするのは神やそれに従う天使の間でも当然の行為ということらしかった。そしてこの世界融合は止めるすべが無い。天界でも融合を止めようと研究は行われたらしいがどの研究も最後は挫折したとのことだった。

 人間の世界は終末を迎える。

 これがルウラの提示したこの世の未来の姿であり、絶望だった。

 話し合いの余地をルウラに尋ねたがルウラの答えは否定のみだった。なぜならば、すでに天界は戦争の準備が終わっており、世界融合が本格的に始まれば一挙に攻め入るということで天界は体制を整えていたからだ。今、出現しているビジターの何割かは天界からの尖兵らしく話し合う余地などすでに残されていないという。

 それに真っ向から対抗したのがハヅキだった。話し合いが出来ないならばできることをする。さしあったってはこれから加速度的に増えるであろうビジターに負けない軍備を整え、しかる後に対話を行う。

「対話?浅はかだな。見ただろう?私たちは、お前たちを屈服させることなど造作もない」

「私は、屈服していない。こうしてあなたと眼を合わせて会話をすることが出来る。だからこそ、望みはある。例えこの世界で私だけが屈服しない存在でも、可能性はゼロではない」

 この言葉にいくらかの感銘を受けたルウラは以後服従因子を押さえつけ、ハヅキのそばに入り浸るようになった。どうやら人間に興味がわいたらしく、話を聞かせろとことあるごとにせがんでくる。

「うん。おまえたちの文化は非常に面白い!戦争とか、汚い部分はいっぱいだがそれを補って余りある魅力がある!私も人間に生まれたかったよ」

「どんな生活していたの?」

「うん?私か?つまらん話だよ。私は生まれついて神というわけではない。元々は最下級天使だった。天界にも戦争はある。人間のものと比べればかわいいものだがそれでも戦場の最前線というのは悲惨なものさ。気が付いたら私はそんな環境で戦っていた。だからな、神と呼ばれる地位を手にした時はうれしい感情よりも戸惑いだったよ。敵一体を倒すのに四苦八苦しているおろかものが大量虐殺をやれと言われれば、誰だって戸惑う。そういう環境さ」

「………………ルウラは、どうしたいの?」

「どうしたいのだろうな?私にもわからない。私の根源は天界だから、あの世界のためと考えるのは非常に普通のことなんだが、不思議なことにハヅキとあってから非常に毎日が面白い。天界の暮らしがどれだけ荒んでいたかがよくわかる。こんな毎日が続いてくれれば……と、思う」

「それを望みに出来ないの?」

 ルウラは悲しげに首を横に振る。

「そうしたいのは山々なんだがな。どうにも踏ん切りがつかない」

 望んだことをそのまま実行するというのは簡単に見えて難しい。ましてハヅキが推奨したのはルウラに裏切れと言ったようなものだ。だからこそハヅキはこう提案した。

「だったらこの世界をいろいろ見て回って。果たしてこの世界は滅ぼしてしまってよいのか、というのはそれからでも遅くないでしょう?あなたは多分、天界が望むことはできない。もし、敵か味方かになれなければ逃げ出してもいいと思う。だって神様なんだもん。無責任くらいでいいと思うわ」

 ハヅキの言葉にルウラは驚いた。

「そんなでいいのかい?ハヅキは立場上、私を引き入れなければならないだろう?」

 ルウラの言葉にハヅキは肩をすくめ、こう返答した。

「確かにあなたが私たちのことを助けてくれるなら助かるわ。けどあなたが救われない。今までいた世界と決別するのは容易なことではないし、それを無理強いするのは命の根底を否定することと同義よ。そこまでして私は勝とうと思わない。それにね、勝つとか負けるとか本当はない方がいいのよ」

 ハヅキの言葉にルウラは首をかしげ、ハヅキは言葉をつづけた。

「私はあなたに神様との対話役をしてほしいな、と思っているの」

「私にメッセンジャーをしろと?お前が使いっぱにしたいという私も神だぞ。中々に肝の据わったことを言ってくれるじゃあないか、人間」

 ルウラが少しすごんで見せるが、ハヅキは涼やかに受け流した。

「神様でも私の友達だよ」

 優雅に笑うハヅキにルウラは気の抜けた顔をするとハヅキは大声で笑った。

「…………いい人間だな。ハヅキは。私はハヅキと友達か。うん、悪くないな。友達なんてできたのは初めてだ」

「どういたしまして」

 ルウラが現れてすでに二カ月。ルウラがハヅキに対して友人の様な立場を取るようになって二カ月。ルウラが人間の世界を蹂躙することにためらいを覚えるには十分な時間でもあった。だからこそ、決めている事がある。

 もし十二神の誰かが顕現したならば話をしてみよう。それから自身の身の振りを決めようと。

 ルウラは、果たしてそれで天界側につくとしても自身があの世界のために戦えるのかということに疑問を感じていた。ハヅキに言われて会ってみたハヅキの恋人、暁コウ。あの男は非常に気に入ってしまったし、この一組のつれあいを失うというのは自身の大事な部分を喪失してしまうような恐怖があった。

「わかった。友人ハヅキ。私がお前たち側に付くにせよ、天界側につくにせよ、戦争を止めるということは進言してみよう」

 ルウラはそう言うと上機嫌な気配を消し去りハヅキに問いを発した。

「ところでハヅキ。コウなのだがな。この世界の出身で間違いないのだな?」

 砂糖とミルクたっぷりのコーヒーをすすりながらルウラは努めてハヅキがショックを受けない方法を考えてみたが、不可能だという結論に達した。

「ええ、そうだけど…………どうしたの?」

 ハヅキの答えにルウラはしばし考え、重たい口を開いた。

「ファクターの素養がある」

「え?」

「循環の命名いのちなを持つ私が感じたんだ。間違いない。あの男は、戦える」

「…………人間もファクターを使えるの?」

「恐らく世界が融合し始めた影響だろう。とりわけあの男からは強い力を感じるよ」

 ルウラの言葉にハヅキは眼を伏せるだけだった。



……………………恋人……だと……?

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