エピローグ
これで最後!
とりあえずの終幕はコウにとってはあまり後味のよいものではなかった。
とりあえず。
あまりに『とりあえず』過ぎた。
「まだ残りがいるってんだろ?」
「ええ、あと10柱」
ハヅキは涼しげにそう返すと、コウは顔をしかめる。
あんなのがまだ続く。
五月席が見せた執念はコウにとってはトラウマめいたものだった。あの神は間違いなくコウにいくつもの傷を刻み込んだ。
その名に恥じぬ振る舞いをあの神は最後の最後まで貫き通したのだ。
コウのその様子にハヅキは表情を曇らせる。「降りてもいいのよ」とは絶対にいえなかった。コウをおろす訳にはいかなかった。目の前の青年の退路を断つことが自分のすべきことなのだ。
「そんな顔すんなよ」
「コウ……」
「謝りもするな」
「でも……」
「俺はこの先、多分、ずっと気が乗らないままだ。もしかしたらどこかでふてくされるかもしれない。けどお前がいる限り、俺は絶対に降りないよ。だからいつものようにしていてくれ」
ハヅキはコウにどうしようもなく罪悪感を感じた。それでもこの男は普段どおりにしろといった。
「みながいる場所に帰る。それが俺の戦う理由で、終着点だ」
それはすべてが終わった後のことを指すのだろう。
神の前に立ち続け、その終末の果てにいかな未来があるとしても、この男はハヅキの前に帰ることを誓ったのだ。
ハヅキは目をつぶり、コウの言葉をゆっくりと租借すると、目を開けて不敵な笑みを浮かべた。
「当然よ。私はあなたが帰ってこれるようにすることが仕事。それに……本来は戦うことになること事態、避けたいのだから、次はできうる限り回避して見せるわ」
「任せた」
互いに笑みを交換し、口付けを交わす。
とりあえずは終わったのだ。
少しぐらい休んでもいいだろう。
ベッドに寝転がり、自室の天井を見上げるルウラの表情を曇っていた。
思うことはひとつ。
自分はこれほどまでに弱かったのだろうか?
これに尽きる。
昔はもっと冷酷に処理できたはずだ。
ダンクに関しても涙を見せることはなかったと思う。
まして戦場のど真ん中で呆けるなどあってはならないことだったはずだ。
「邪魔するぜ」
コウが自室に入ってきた。
「……もてあましている?」
言葉にすればますますそう感じる。
感情をもてあましている。
こんなに情緒豊かではなかったはずだ。
こちらに飛ばされたときにどこか悪いところにでも頭をぶつけたのではなかろうかと思うほどに今の自分は情緒豊かになっている気がする。
「悪いことではないのだろうが……それが強さに悪影響を及ぼしてしまうというのであれば、どうにかしないとな」
「別にいいんじゃねぇの?」
コウは適当にいすに座り、机の上においてあった柿ピーを口にほおばる。
個性がよい方向に向かっているのは間違いない。
自身もそう感じている。
しかし、それとこれは別問題だ。
体を起こし、両手で頬を張る。
勢いよくたたきすぎて若干、涙ぐんでしまった。
「しっかりしろ!私!思春期の少女じゃないんだぞ!」
「いやいや、言っていることはまさに思春期の女のソレだよ」
「は?」
間抜けな声とともに、ようやくルウラはコウが自室にいるということに気づいた。
素っ頓狂な叫び声とともに布団を頭からかぶって、悶えている。
「あ~、うん、なんだ。ノックもしたし、声もかけた。それでも俺の配慮が足らなかったな。許してほしい」
「やめろ!謝るな!余計惨めになる!」
しばらく、うんうんと布団の中で唸っていたルウラだが、しばらくするとようやくのろのろと顔を出した。未だに顔は羞恥心で真っ赤だ。体育座りになり、布団に包まりながら恨みがましい目でコウを見る。
「……用件はなんだ?」
「礼を言いにきた。今にして思えばしっかり言ってなかったし」
「礼なんて……いい」
最後なんか足も引っ張ってしまった。
「言わせろよ。ルウラは命の恩人で、ハヅキのこと助けてくれていて、最後の一撃だってお前がいなきゃできなかった。それらひっくるめて全部。言えるときにしっかり言っておかないとな」
そういうとコウは深々と頭を下げる。
「ありがとう」
「……………………」
対するルウラはますます布団に深くかぶりこんだ。
「どうした?」
「……でてけ」
「何か気に障ったのか?」
「ちがう」
「だったら……」
「……てれくさくて、かおだせないから…………おねがい」
消え入りそうな声でそういうと、ルウラは今度こそ黙りこんでしまった。
コウは小さく笑うと、ルウラの言葉に従うことにした。
ロウアーは思考をめぐらせる。
コウはまだ寝ぼけている。
しっかりと目覚めてくれないと殺す意味がない。
だからこそ入念な準備と思考が必要というのに、状況はまるでそれを許していなかった。
周囲を見回す。
週刊誌に、ゲーム、レンタル映像作品に、下着やらぬいぐるみやらが部屋中に散乱していた。
もうため息も出ない。
「へーい、ロウアー!」
この状況を作り出した張本人が帰ってきた。
青い髪に碧い瞳。
活発そうなポニーテールをひょこひょこと揺らしながら、部屋にご帰還なさったその女は両手に紙袋をぶら下げていた。
「つかれたー。これよろしくッス」
そういうと女は紙袋をロウアーに投げてよこす。
ロウアーはそれをキャッチしようとして……やめた。
床にぶつかる紙袋。
中身がぶちまけられ、床に散乱する。
そこから出てきたものはやたらと肌色が多い雑誌だった。しかも男同士。
「ぎゃあー!なんで受け止めないんッスかぁ!?」
「なんて物を持たせようとするのですか……」
怒鳴りたいところを何とか冷静にしようと努める。
「あれあれ~怒っちゃった?」
ぺろりと舌を出して、ロウアーを茶化す女はじりじりと後ずさりを始めていた。
「いい加減に神としての自覚を持ってください!クゥ様!」
ディセンバー・クゥ。
十二月席。
最速の神。
自由の神。
偉そうに聞こえる呼び名はいくつも存在するが、実際に会ったものたちは口をそろえてこう言った。
彼女はどうしようもなく俗物的だと。
完全に続編出す気満点です。とりあえずこの登場人物たちがどのような顛末を迎えるかは出来上がっています。中二全開の物語ですが、この先、もっとそうなります。次の話からはもうちょっとコウを砕けさせて行きたいなぁ。一ヶ月以内に続編を出せればいいな!もし最後まで見てくれた方がいましたら、ありがとうございます。つたない文章ですが、読んでいただけるだけでも幸いです。これから先もお付き合いしていただければもっと作者が喜びます。それでもこのたびはこの辺で。