3-11 決着
お待たせしてしまったので連投行きます!
死んだはずの神が万力のように体を締め上げる。
体が悲鳴を上げ、硬直した。
酸素をすべて吐き出してしまい力を入れることができない。
あまりに理解不能だったが、ひとつだけはっきりしている。
俺は死ぬ。
神を越えられる時間は終わった。
すべての思考は吹き飛んだ。
耳元で死神がせせら笑う。
まるで死に抱きしめられたようだ。
ハヅキからはコウの体が邪魔になって狙撃ができない。
ルウラはダンクのファクターによる一撃で宙を舞った。
時間にすればわずかに二秒。
体感時間にすれば相当に長く感じられたものの、実際にはそれくらいだ。
「断ってやるよぉ。暁コウぅぅううう」
怨嗟をこめた声にコウは反応できなかった。
一瞬で全天が空間を断つ刃で覆い尽くされる。
目では見えなくとも、自身を切り刻むような殺意の刃はわかった。
狂ったような笑い声が響き渡る。
終わりだ。
思わず目をつぶる。
神が己を殺すのに一秒も時間を使うことはないだろう。
それでも決定的な瞬間はなかなか来なかった。
恐る恐る目を開けると、周囲を埋め尽くしていた殺意は消えていた。
先ほどよりも拘束が緩んでいることに気づき、急いでダンクの体を引き剥がそうとダンクの肩をつかんですべてを悟った。
こときれていた。
五月の神は狂った形相を顔面に貼り付けたまま死んでいた。
「ひっ」
腹の底から湧き上がる恐怖に従うまま、ダンクの体を引き剥がす。
ボロリと地面に落ちてもダンクの目はコウを向いたままだった。
「…………ッッッッ」
喉奥まで這い出てきた胃液を何とか押さえ込み、両の腕で体を抱きしめ、震えに耐える。
負けていた。
勝った気がまるでしない。
命を拾えたことは偶然のように思える。
この神は怨念の塊だ。
「わが名は……」
死んだ五月の神を抹消するために無意味と化している命名を口にしようとする。
それほどまでにコウは動揺していた、
『落ち着きなさい!』
ハヅキの声に我に返る。
『……終わりよ』
「…………」
ハヅキの言葉を理解するのにも時間が必要だった。
間違いなく人生で感じた最大の恐怖だった。
ハヅキの声も少々、精彩を欠いていた気がする。
「そうだ……ルウラ!」
「ここだ」
頭を軽く振りながら、こちらに歩み寄ってくる彼女はそれほど手傷を負っていないようだ。その様子に胸をなでおろす。
顔を見合わせるが互いに言葉が出てこない。
自然と視線はダンクの遺体に向いてしまう。
「いや、お見事」
拍手とともにロウアーが現れた。
「本当に空気が読めないな。テメーは」
あまりに緊張感がないロウアーに毒気が抜かれ、思わず自然と憎まれ口が出る。
「ダンク様はすごいね。君に喰われる瞬間、自分の体を切断し、空間制御で自分を無理やり生存させた。まさかあんな使い方までできるとは恐れいる。もっとも君を殺すだけの時間は稼ぎ出せなかったみたいだけど」
ロウアーの分析に舌を巻きつつも、コウは悪態で返す。
「何か用か?できれば今はお帰り願いたいんだけどな」
「ああ、帰るとも。ただ正直驚いている。完全に君たちは負けたと思った。それでもこの逆転劇を起こした。称賛に値する。きっかけは君の彼女のような人間か。素晴らしいよ。人間に興味がわいた。しばらくはこの世界で過ごすとしよう。また会うこともあると思うが、その時は頼むよ。好敵手」
「ひとつ聞いていいか?」
背を向けたロウアーに声をかけると立ち止まった。
そのまま問いを投げる。
「なぜダンクを助けなかった?お前が介入してきたら結果は逆だったかも、だぜ」
ロウアーは肩をすくめて応える。
「ダンク様にとって戦いは愛の表現だ。そこに手出しするほど僕は無粋ではない。この舞台において僕はわき役だ。最後の見せ場に出しゃばるほどの役回りでもない。僕の役は君が連れ去られた時点でとっくに終わり。それに……」
ロウアーは首だけこちらに向けて語る。
「まだ戦う時期ではない。君は生き残ってもらわないと困る」
「どういう意味だ?」
「君は僕の好敵手であってほしいということさ。この戦いでそれを確信できた。僕も最後に一ついいかな」
「ああ」
「君の名前を、君の口から聞きたい」
「暁コウ。人間だ」
「一生忘れない。人間『暁コウ』」
そう言い残してロウアーは自身の能力をフルに使ってその場を離脱して行った。追いかける力はコウもルウラも残っていない。
「喰えないやつ」
思わず地面に座り込む。
もうこれ以上何も出ない。
肩で息をついて、今回の事態はとにかく終わったのだと安堵する。
『お疲れ様。コウ』
「ああ、ハヅキの武器がなかったらヤバかったぜ」
恋人のねぎらいがこもった言葉にコウは天を仰いだ。
「勝ったな。コウ」
「ああ」
ルウラの声に首を向ける。彼女はダンクの遺体の頬をなでている。
「……私は、こいつが嫌いだった。嫌いなはずだった。本当はいい奴なのに、なぜ私に関わると狂ってしまうのか。私が悪いのか。それともあいつが悪いのか。結論としてあったのはどちらも悪くないということだ。あいつは、私のことが好きだったんだ。好きだ、と言ってくれたあいつをどうしても嫌いになりきれなかった」
「それはそうだ。どんな奴であれ、抱いた愛情は尊いものだ」
ルウラの眼に涙が浮かぶ。
コウの脳裏にエリコの最後の顔が浮かぶ。
コウは仇であるダンクを仕留めたはずなのに気持ちは晴れない。
ルウラの顔を見ればなおさらだ。
「私は!あいつに分かってほしかった!何故なんだ!今まで、そんなこと無理だとわかっていて!……なんであいつが死んだ途端にそんな事を思ってしまう?私は決めたはずだ!あいつを殺す戦争をすると!だから、この結果は私が望んだ結果だ!なのに、なんでッ!」
ルウラは必死に涙を流すまいとするが、それでも涙は落ちた。
ルウラの涙がダンクの頬を濡らす。
ルウラの涙が頬で固まっていたダンクの赤と混じり合う。
「なんで………………こんなに悲しいんだ?」
ルウラの問いには誰も解答を持ち合わせない。
しかし、コウは一つだけルウラにかけてやる言葉があった。
「覚悟があっても誰かを失えば人は泣く。当然だ。人がいなくなれば、それだけ悲しいんだ。その悲しさをしっかりと表現できるルウラは……良いと思うよ」
「私は神だよ?強さを義務付けられた、神だ」
「知るかよ。知覚できて殺せる神様なんか俺にとっては神様なんかじゃない。俺の目の前にいる女は今、泣いていい女だ」
ルウラは眼をそらした。
眼には戸惑いが写っている。
(……二番煎じだけどよ)
コウは体を起こし、ルウラに近づくとそばに座り、ダンクの遺体に手をかざす。
未だに怨念をこめた目を閉じさせ、表情をどうにか整えていく。
「ほれ」
コウはルウラにダンクの遺体を抱きしめさせた。
「泣いてやれ。こいつにはきっとそれが最高の手向けだ」
しばらくの逡巡の後、ルウラはダンクの名前を叫びながら号泣した。
次はエピローグ!一週間後!