3-8 十月席対VS五月席
前は遅れたので、今回は早めの投稿。
神が翼を広げて激突する。
ルウラが大気を操る攻撃を仕掛けてもあの絶対防壁に阻まれる。それでもルウラは一つの解決策があった。障壁に阻まれるなら、その障壁の向こうの大気を操ればいい。ファクター同士が干渉しているため、威力は格段に落ち、狙い通りの方向に攻撃が飛ばないものの、ルウラの起こしたかまいたちはダンクの腕を斬りつけた。
ダンクは自身の血が流れたことに心から喜びを感じた。
眼の前の彼女は今度こそ本気で自分のことをわかろうとしている。
「ああ、本気なんだね。やっと本気になったんだ」
「わたしはいつでもほんきだ」
ルウラの言葉にダンクは苦笑を禁じ得なかった。
「それはないよ。君はいつもどこか、相手のことを殺すことに本気ではなかった」
「なにをわけのわからないことを」
「前の戦いで君の攻撃が僕に届かなかったのは、君が僕に攻撃をとどかせる方法を思いつかなかった、ないし十二神が十二神を殺すということを避けたからだ。もし、僕のことを殺してしまえばこれから現れるであろう十二神との交渉がかなりやりづらくなるからね。とにかく君は本気になりえなかった。それがどうだい。今はこんなに必死に、僕に向き合ってくれている」
「…………」
ルウラは乱暴にダンクに大気を叩きつけようとしたが、既にその場からダンクは消えていた。
(空間跳躍!)
すぐさまダンクが跳躍した先である揺らぎを感じ、そちらに攻撃を飛ばす。しかし、移動されてしまえば障壁がどこにあるのか正確な位置は特定できない。どうしても無駄うちの攻撃をする必要がある。そして位置を特定した所で既にその場にダンクはいなかった。
背後に大気の揺らぎを感じる。空間爆弾によって大気が押しのけられたのだ。すぐさまルウラはその場を離れる。空間振動による破壊は爆弾のような爆風、破片による攻撃ではない。物理特性に左右されない高速で襲いかかってくる破壊の力を完全にそらすことが出来るほどルウラのファクターは万能ではない。ファクターの力を移動させるのはなおさらに難しいのだ。
「あっはははははは!楽しい!楽しいよルウラ!君を動けなくさせたら君の目の前であの人間を目の前で八つ裂きにしてあげる!そうすればもっと君は僕のことを知ろうとしてくれるよね!僕以外の奴なんか気にいることはなくなるんだ!」
「だまれっ!」
障壁特定の為の攻撃を省略し、ダンクのそばに竜巻を発生させるものの、障壁の場所が不特定でありファクターの出力が安定しない。大気を動かす攻撃をしている以上、どこかで空間が断裂していれば制御はなおさら利かなくなる。思った通り、ダンクの髪を動かすほどの風しか起こせなかった。ルウラは舌打ちし、ダンクが創造した空間爆弾をファクターの力を移動させることであさっての方向に飛ばす。爆発する前ならこういう芸当が可能だ。
「もっと考えて!僕に攻撃をとどかせるように!僕を殺せるように!もっと僕のことを考えて!一緒にのぼりつめよう!」
悪寒。
咄嗟にルウラは前進した。それが良かった。ルウラがいた場所が切り刻まれたことをファクターの力で見ることが出来た。
「空間断裂ブレードだ!これを使うのは君が初めてだ!僕の初めてを君にあげるよ!」
「…………ッ!」
眼に見えない刃がルウラに殺到する。全力で体を振って回避する。見えない上に急に出現する刃をルウラは全て回避して見せた。
「ああ、やっぱり君には見えるんだね!さすがは『流転世界』《ワールド・ムーバー》!さすがはオクトバー!君はファクターの流れすら把握できる!誰にも見えない僕の攻撃を見ることができる!大好きだ!愛してる!オクトバー・ルウラァァアアアアアアアア!」
ダンクのマテリアルが蠢動し、ルウラの周りを空間断裂の刃が埋め尽くした。
全天が死の刃。
前後左右、逃げ場を完全になくした完全無比の全方位攻撃。地面を壁にする防御も空間断裂の前にはまるで無力。絶望が自身の周りを埋め尽くす光景を認識し、ルウラは咆哮した。
「こんなものでぇぇぇええ!」
ルウラに向いた刃が真っ二つに折れていく。この空間断裂の刃は移動する。ならばそのファクターの流れを両断することは可能だ。ルウラの眼にはダンクの刃が折れていく様は燐光を宿し、非常に美しく感じられた。全ての攻撃を叩きおり、ルウラは大地に立っていた。
「はぁっ――はぁはぁ!」
肩で息をつく。あれほどの攻撃を止めたのは初めてだ。元々、ファクターの流れを断つ防御は燃費が悪い。それを短時間で、しかもあれだけの力を込めた攻撃を叩きおったのだ。消耗して当然だった。ルウラのマテリアルが放つ碧の光も輝きが鈍くなっている。
対するダンクも肩で息をしているのは同じだった。あれはダンクの全力攻撃なのだ。全力を出した後に平然としている者などいない。
「……さすが、さすが!本当にいいよ。ルウラ!僕の全力を受け止めることが出来るなんて君は本当に素晴らしい女神だ!」
「…………」
興奮するダンクと対照的にルウラの感情は乾いていた。
ヤバかった。
ファクターの使い過ぎで体が言うことを効かない。もう一度同じ攻撃をされたら防御できない。今この瞬間、ファクターを放たれれば全てが終わる。さすがに自分よりも古株の神だけはある。今まではまるで本気ではなかったのだ。
ダンクはルウラが消耗しきっているのはわかっているが攻撃をしてこない。
ダンクにしてみれば今までの戦闘が、絶頂に至る経緯までのそのものだ。
事が終わった後にぐったりとした女を無理やりどうこうするつもりがない、と言った所なのだ。
ダンクにとって命のやり取りと男女のやり取りは同一のもの、いや、命のやり取りこそが至上のものとして位置していた。
「…………ふぅ。オクトバー・ルウラ。お互いに全力の攻撃と全力の防御を出し合った。文句なしに一つの山場だ。だからね。ここは一つ、小休止といこう」
そういうとダンクは手を向こうで戦っているコウにかざした。
ルウラはそれを見て背筋が凍る。
消耗しきった今ではダンクの強力なファクターを止められない。
コウの体が空間に圧迫され、ダンクのそばに引き寄せられた。
「なにしやが――」
「うるさいぞ。人間」
ダンクの空間爆弾がコウの喉もとで破裂した。血が飛び散り、喉が潰され、コウは意識を失いそうになるが、なまじ強化された生命力は意識を失うことを許さなかった。命を消費し、高速で再生を開始するもまた空間爆弾が破裂し、再生するそばから喉を潰していく。コウの口から叫びの替わりに血の泡が湧きあがる。声が出ないためファクターによる脱出もかなわない。
「やめろ!」
ルウラが踏み出そうとするのをダンクが手で制す。
「おっと、動かないでくれよ?うっかり手を滑らせてしまうかもしれない。それにしても面白い体をしているなぁ。これは拷問になると地獄だね」
ぽんっ。
間抜けな音とは裏腹に与える痛みは地獄だ。
口から血の泡を吐いてコウは眼を白黒させることしかできなかった。
「あっはははは。こいつは新しいおもちゃだな。笑えるよ。――っと。本題はそこじゃないんだ。……オクトバー・ルウラ」
ダンクがコウをその場に残してルウラに歩み寄る。
ルウラは動けない。動けばコウが殺される。ダンクの眼がそう物語っている。
「さて、前に聞いた質問をもう一度していいかな?」
ダンクの手がルウラの顎に触れ、顔を持ち上げる。
ダンクの瞳には愉悦。
ルウラの瞳には恐怖。
「今、僕はまるで無防備だ。人間の為に戦うと言うなら無抵抗な僕を殺すがいい。ただし、後ろの人間は確実に殺させていただく。もし、あの人間を助けたいと言うなら僕の元においで。身も心も僕に向けて、ずっと愛し合おう。愛して、愛して、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して。…………一緒に死のう。それは魂の融和だ。本当に素晴らしい。僕は本懐と遂げられる。僕の命名の名のもとに、命を全うし、果てることができる。それができるのなら、あの人間を許してやってもいい。さぁ、決断だ」
「う……あ……」
ルウラは言葉が出せなかった。きっと、どちらの解答を選んでも私は死ぬ。
ダンクの言うことを飲めば命名は永遠に傷ついたままだ。
それは死に類する苦しみだ。
きっとダンクは命名を汚した自身をルウラが憎み続けると言うことを分かってやっている。
かといって命名を守り、コウのことを身捨てれば、ルウラの誇りは一生失われる。
親友の恋人を守れない。ましてコウは大事な友だ。
そしてここで無抵抗のダンクを殺せばダンクのことは心の一番大きな傷として残される。
誇りを失った己の姿など想像したくもない。
どちらを選んでものちに待ち受けるのは破滅だ。
高潔なルウラの性格を熟知し、自身の命すら挙げだすことができる狂気が可能にした神というよりも悪魔の取引だった。
『愛の空を断つもの』
ルウラはダンクの命名に恐怖していた。
「それに君は一つ大きな思い違いをしている」
ルウラは恐怖に支配された眼をダンクに向ける。
「僕のことを理解しているならば、あの人間を逃がしたはずだ。あの人間と関係を断って、僕のことを勧誘すればいい。僕の神生における最大の目的は君と愛し合うことだと言うことは理解しているだろう?僕は君と愛し合えればそれでよかったんだ。他のことなんて付録みたいなものなんだよ。そうすれば、君は人間を救えていた。まさか、こんな事が思いつかなかったわけではないよね?」
図星だった。
ルウラはコウを失いたくなかったのだ。
コウは初めてできた異性の友達で、親友の恋人。
その関係を裂いてしまうのは、ルウラにとって身を裂かれる思いだった。
「その顔だと、あの虫けらに本気になった?」
ダンクの眼に酷薄な色が増す。
「答えが出ない?よろしい!それでは制限時間を設けましょう!」
そう言い終わるとダンクが身を引いて宙にぶら下がっているコウをルウラに見えるようにする。
途端、空間が歪み、コウの左腕が捻じれた。
喉が潰されすぎて声は出ないがコウの脳内は痛みしか感じない。表情は発狂寸前を物語っている。
「あ、あああ!やめろ!頼む!やめてくれ!」
ルウラはダンクに縋りつくが、ダンクはそれをやめる気配がない。
「三十秒に一回捩じるツイスターゲーム!ああ、再生するから三十秒たったら次は二回捩じるようにしないとね。次が二捩じり。その次が三捩じり。四捩じりまでやって、最後は体ごとねじ切ろうか。さすがに上半身と下半身にねじ切ればいくらなんでも死んじゃうよ、ネ」
心底楽しそうにダンクは笑う。
ルウラは完全に思考停止状態だった。
もう絶望の道しかない。
地面に四つん這いになり、俯くことしか今のルウラにはできなかった。
この神は、正真正銘にタガが外れている。
そもそも、コウが持たない。
制限時間前にコウの精神が死ぬ。
人間を救いたければお前が死ね。
だが、お前は自殺などできない。
それは最も俗悪な行為だと、流れを断ってしまうことだとお前の命名が物語っている。
命名に縛られたお前は、どの道、ここで死ぬ。
脳内があらん限りの拒否反応を示し、ルウラはせり上がる胃液を抑える為に、口に手を当てるが、無駄だった。胃の中を全て吐き出してしまう。
助けなど来ない。
神の前に立つことができるものはこの場に居るものだけだ。
「時間だ。とりあえず捩じっとく、ネ」
ダンクが無情にも時間の訪れを告げ、コウに視線を移す。
ルウラは制止の声をかけようとするが、喉が先程の嘔吐で痛み、声が出ない。
女神の眼にはいっぱいの絶望。
ダンクはそれを見て口を三日月に捻じ曲げる。
その時、
『あ~、もしもし。聞こえますか?こちら対ビジター研究室、室長の神原ハヅキ』
神の前に立てる人間の一人、ハヅキの声が響いた。
ルウラはハヅキを天才的な人間だという認識はあった。
あの若さで室長を務めるし、インテグラをたったの一週間で作り上げた。
常識外の天才。
しかし、この行動はあまりにも愚かとしか思えなかった。
ハヅキがダンクに対しての有効な何かを引っ張りだせるとは思えない。
『聞こえていますか?メイ・なんとかさん。ルウラのストーカーさんって呼んだ方が通りはいいかしら?気持ち悪い神様』
ハヅキはそんなルウラの危惧をよそにダンクを煽る。
「口に気は気をつけろ。人間」
あからさまに不愉快さをにじませ、神は挑発に乗った。
人間が神に対して下賤な口をきくというのは本来あり得ないことだ。
ダンクは恐らくこちらに対して口をきいているのがコウのような人間であるとアタリを付ける。それにしてもこいつはは状況が分かっていない馬鹿らしい。
そんな馬鹿がこの領域に侵入しているということが不愉快だった。
『あらあら、下等な人間ごときに口をきいてくれるなんて随分とお優しい』
ダンクは辺りを見回すが、人の姿は確認できない。しかし、目立たない所にスピーカーは確認できた。
『あら、スピーカーを見つけられたようですね。ルウラ以外は目に入らないと言った風だったのに……悪いものでもお食べになりました?』
「…………」
無言でダンクは指を弾くと、コウの両腕が稼働範囲を超えて捻じれた。
骨が軋む音が辺りに響き、ルウラは思わず耳を塞ぐ。コウの叫びは吐血に代用されている。
『そんなことしても無駄ですよ』
コウがそんな状態になってなお、ハヅキの声は冷静さを失わなかった。どこかで見ているにもかかわらず、ハヅキはまるで動じない。
「自分の部下に対して随分と冷たいものだな」
ニィ、と口端を歪め、ダンクはルウラの声が響くスピーカーに向き合う。
「で、用件は?」
『ないですよ。私はわざわざあなたを馬鹿にしに来たんです』
あっさりとハヅキはそんなことを言い、その瞬間、ダンクの周囲の温度が下がった。
「ふん、姿を隠さなければ大きな口をきけない輩とこれ以上、口を交わすつもりはない」
少し興味がわいた自分が馬鹿のようだ。
いらだち紛れに無造作に手をスピーカーに伸ばす。
空間爆弾を精製。……した瞬間だった。
空間爆弾が発生する瞬間は実はダンクにとって致命的なタイミングだったのだ。空間の制御は神の振るう派手な力とは裏腹に非常にデリケートなものである。
そこにライフル弾が着弾した。
本来あってはならない異物がまだ爆弾になりきっていない空間に挟まった。
空間が暴発した。
ダンクの左腕――肘から下にかけて――が弾けとんだ。
ダンクが空間の制御力を失い、コウが地面に落ちる。
『言い忘れましたが、あんたが痛めつけている人は私の恋人だ。お前ごときが触れていい相手じゃあないんだよ』
ハッキリと明確な怒りを湛え、ルウラの声がダンクの耳朶を打つ。
咄嗟にダンクはライフル弾が飛んできた方向を見る。神の視力でなければ見えない位置にハヅキはいた。長大な狙撃ライフルを携え、スコープでこちらを狙っている。
「このぉぉおおおおお!」
空間障壁を展開し、二発目の狙撃を防ぐ。
「人間風情がっ!」
「がああああああああぁぁぁぁあああああ!」
怒りの視線をハヅキに向けているダンクの背後から、咆哮が木霊する。
ダンクの怒りを塗りつぶした咆哮の主が、地面に四つん這いになり、神を睨みつける。
捻じれた腕は急速に再生し、元に戻りかかっている。
「我が名は、『喰らう者』ッ!」
既に血まみれだったコウの血液が隆起し、その姿はさながら手負いの獣だ。
血に飢えた獣の眼が神を捉える。
神を喰い殺す意思に満ちている。
全身を軋ませながら、それでも自身が有する再生能力を総動員し、立ちあがる。
お前は獲物だ。
コウの目がそう神に告げた。
ダンクはコウを解放してしまったことを後悔したことを自覚してしまった。
神が初めて人間に恐怖したのだ。
……なんかルウラって器用貧乏だよなぁ