出会いは待ち伏せ
コウはいつ買ったかも思い出せないボロいママチャリに跨ると力強くこぎ出した。まだ秋になって間もないのに異常に寒い。マフラーと手袋は欠かせない。
河川沿いにあるサイクリングロードから見える風景も半年前と比べ随分変わった。
なだらかな斜面に、大砲の一撃が破裂したような穴が不規則な間隔を開けて三か所。
今朝やっていたニュースにあったビジターとは違う種類のビジターが出現し、ここの近辺で暴れまわった事件があった。死者が十二人出たあの事件をコウは目にしなかったものの、いきなり現れた人外の化物が行った破壊行動は一カ月過ぎた今でもきっちりと残っている。
そもそもビジターとは何か?
今の所分かっているのは内臓にあたる器官がなく蓄電器のようなエネルギーを溜める器官がありそれで動いている。
そしてなにより恐怖なのは何の前触れもなく現れるということだった。
瞬間移動してきたかのようにいきなり現れるのだ。出現位置に法則性はなく、ただ気まぐれに奴らはあらわれる。予兆として空間の歪みのようなものはあるらしいが、それから現れる時間が短すぎるため、対処は後手に回らざるをえなかった。
それに関してのコウの関心はあまり高くない。恋人が対ビジターに対しての施設にいるとしても自分にはビジターがいつ現れようがどうでもいいと感じていた。あいつらは天災の様なものだし、いくら警戒しても運が悪ければ出くわしてしまう。そういった時に自分が対処する行動をあらかじめ頭に設定しているとはいえ、実際にどう動けるかというのはまた別問題だ。
命の危機に瀕した時、生物は思いもよらぬ行動を取る。
コウはそれが身をもってわかっていた。幼い記憶が頭にフラッシュバックし、コウは心なしか顔をしかめた。これもこんな破壊的な光景を見た影響か。連日目にしている光景だが記憶というのはたとえ切っ掛けが無くてもよみがえってくることが度々ある。随分と改善されたとはいえ未だに癒えることないトラウマはコウに命の儚さと無情さを否応なく伝えてくる。
「……まだ余裕か」
コウはそう感じると、自転車を降りた。ここのサイクリングロードはコウのお気に入りスポットの一つだ。見下ろす川はいつだって綺麗だし、空気がうまい。立ち止まって思いっきり深呼吸すると、清い一日を迎えられる気がする。気を取り直す意味で深呼吸を終え、すっきりとしたその時だった。
「おい」
声に反応して、横を見るといつの間にか見たことのない女性がいた。
優雅な金髪は金色の稲穂を連想させ、鋭い目つきを有した凛々しい瞳はコウの眼を釘づけにした。不敵に笑った口元は人懐っこさを連想させ、コウはしばし我を忘れて女性を見つめた。
「む、そう熱心に見つめられると私も照れるのだがな」
不敵な笑みを崩さずコウに笑いかける女性にコウは慌てて応対した。
「す、すいません」
「よい。気にするな。私はルウラという」
「暁コウです」
コウは見た目通りに外国人的な名前を教えてくれたルウラという女性の日本語の流暢さに感心した。
「なるほど。君が暁コウで間違いなかったか。よかった。別人だったらどうしようかと思っていたんだ」
カラカラと陽気に笑うルウラにコウは素直に疑問を覚えた。
「ええと、俺に何か?」
「ふむ、そうだな。急いでいるようだしさっさと私の用事を済ませようか。神原ハヅキの恋人とは君だな?」
ルウラの言葉にコウは警戒心を強める。コウの恋人であるハヅキは結構デリケートな立ち位置にいる。もしハヅキに敵対する人物であれば対応はしっかりしなくてはならない。
「……ハヅキに何か?」
コウの硬質化した態度にルウラはきょとん、とした顔をすると、次の瞬間には納得した顔をした。
「ああ、私は疑われているのか。なるほど、ハヅキは良い恋人をもった。ふむ、困った。どうにもハヅキ以外の人間とはろくにしゃべったことがないのでな」
「な、なんでハヅキと俺が恋人だって……」
コウは自身が一言もハヅキとは恋人だと明言してはいないのに、ルウラのいやに確信的な様子に焦りを隠せなかった。
「ふふふ、甘いな。暁コウ。そういう態度だからすぐに看破される。おっと、一般人の君に言っても無いものねだりということか」
ニヤニヤとコウの顔を見つめるルウラはまるで悪戯が成功したというような愛嬌のある顔をしていて、コウは怒る気力が失せてしまった。
「……ええと、貴方は何なんですか?」
無気力に応えるコウにルウラはよく聞いてくれましたと、胸を張った。
平べったい。
コウは率直に失礼な感想を胸に抱いた。
「私は君の恋人の友達だ。こっちに来てからハヅキにはよくしてもらっている。もっとも君は恐らく私のことを聞いたことはないだろうがな。ハヅキは良い女だ。公私混同はしないだろう。あれは優秀だぞ。さすがにあの若さで対ビジター兵器部の室長を任されることはある。料理のへたくそさ加減がたまに致命的だし、あのでかいおっぱいは見ていて業腹ものだが、包容力がある。女性とはかくありたいものだ。おっと、私の話だったな。私に関してはハヅキと友人だということ以外にとりたてて話すことはない。君に会いに来たのも単に君がどんな人物か興味があっただけなんだ。以上」
コウは一気にまくし立てられた言葉を何とか整理した。
とにかく眼の前にいるルウラと言う女性はコウの恋人が大好きであるらしい。あれだけべた褒めしたんだから間違いないだろう。それでコウがどんな人間か興味が湧いて来たと言うらしかった。で、おしゃべり好きだ。……間違いなく。
「はぁ、会いに来てくれるのは嬉しいですけど、俺は特に面白いところないですよ?」
「むむ、まだ警戒心を解いていないか」
ルウラの指摘は正しかった。いくら愛嬌があるとはいえ、ハヅキの友人であるという確証はどこからも得られていない。そういうところはしっかりしなくてはならないとコウはハヅキと付き合うときに決めたのだ。
「なるほど、君もまた、いい人間であるようだな。暁コウ」
(……人間?)
何となく引っかかる表現にコウは首をかしげたが、単なる言い回しの問題だろう、とそれ以上気にかけることはなかった。
ルウラはニヤリと笑ってコウの眼を見つめた。その視線にコウは一瞬、ドキリとする。
「また日を改める。その時は存分に語りあうとしよう。また明日、この時間に同じ場所で待つ。それまでにハヅキに私のことを尋ねておいてくれ」
そういうとルウラは踵を返し、颯爽と立ち去って行った。
「…………なんだったんだ?」
コウはその時自分の身に置かれている状況を思い出した。このままでは遅刻だ。
ゆっくりしすぎた。
少々後悔しつつ、コウは自転車に乗ると、勢いよくペダルを踏み込んだ。