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3-5 父と子

 不思議なもので決戦の朝と言えばもっと動揺するものだと思っていたが、平常通りだった。対ビジター研究室でコウにあてがわれた部屋はそれほど広くはないが、機能的だ。キッチンまで付いているのでコウにとってはいたせりつくせりだった。

 さっとハムエッグを作り、軽めの朝食をすませる。

 部屋にある武装ラックからいつものアグニート装備を取り出し、腰に装着。

 そして昨日新たに武装ラックに仲間入りしたインテグラに手を伸ばす。

「頼むぜ」

 慈しむように声をかけ、武装ラックからインテグラを取り出し、本来、アグニートよりも大きな武装を取り付けるスロット、丁度コウの背骨にあたる位置に余っていたスロットにインテグラを装着させる。

 装着した瞬間、インテグラはかすかに光を放った。

 コウは両手で頬を叩き気合を入れる。

「よし!」

 部屋を出ると父、タダトが待ち構えていた。

「おっす」

「おっす」

 今まで幾度となくあっていたが、世間話程度にしか会話を交わしていない。改まった空気は両者が感じるところでもあった。タダトからしてみれば、自分が息子の為に何もできないという後ろめたさがあり、息子に遠慮してしまっていた。それはコウも感じていたことで、両者ともなんとなくギクシャクしてしまう。

「どうした親父?俺の朝飯が食いたくなったか?」

 軽口もうまく叩けないのか、とコウは自分を罵った。

「そりゃあ、お前の料理は絶品だからな」

 もっと気の利いた事が言えないのか、とタダトは自分を罵った。

 気まずい沈黙が流れる。お互い話しておきたいことはいくらでもあるのにそれが口に出せない。

「…………親父。俺が帰ってきたらよ。ピーマン残すんじゃねぇぞ」

 コウの口から出たのは日ごろの不満だった。

「ああ」

「あと、靴下はまとめておいてくれ。いい加減直してくれよ?」

 また不満。

「ああ」

「そんでもって、たまに皿洗いぐらいはしてくれ」

 了承してくれるので、ついでに頼みごともする。

「ああ」

 コウが言った注意点は対ビジター研究室にすんでいる以上、する必要がまるでない。それでもコウは前の日常を話に引っ張りだした。

 これは穏やかな日常を、取り戻す戦いだ。

 だからこのコウの不満は決意表明だった。

 不格好に過ぎる決意表明の言葉が続かない。

 締まらなさすぎた。

「それから………………」

 もうなかった。父への不満は意外なほどになかった。父から言葉は返ってこない。話はこれで終わりだ。自分の不器用さに腹が立つ。コウは唇を噛んで父の横を通り過ぎた。

「なぁ」

 背面越しに父の声が聞こえる。

「これが終わったら、母さんの墓参りに行こう」

 そういえば最近行っていなかった。

 こんな状態の自分を見せるわけにはいかない。

 タダトの言葉はコウが良い状態になれると確信しての言葉だった。

 背中合わせでこれ以上にないくらいの声援をもらい、コウは力強く頷く。

「ああ!」

「行ってこい!」

「行ってくる!」




 戦場に選ばれた場所は予告された通りにクレーター上の凸凹が無数にある元市街地だ。この場にたつと否が応でもあの破壊を思い出させてくれるので身につまされる思いだった。

この場に立っているのはコウとルウラだけ。他の人間は避難している。服従因子のお陰で援護は期待できない。

 こんな状態でただ待っているというのもつらい。それ以上に、コウはルウラに懸念があった。昨日の訓練終了後は初めにあった機嫌の悪さはなかったものの、ここに来てどんどん悪くなっているのがビリビリと伝わってくる。

「なぁ、コウ」

 急に話しかけられて体が硬直する。おっかない。何とか普段通りの声を出す。

「ん?」

「私は人間の為に戦っているつもりだ」

「ああ」

「だからコウに問いたい。私は人間の為に戦っているのか?」

「ええと、何言っているんだ?」

「言葉どおりの意味だ。何もきかず、答えてくれ」

 黙考。

どうにも質問の意図がつかめない。既にルウラは神と敵対する道を選んだ。それは人間の為に戦うと同義ではないのか?いや、以前からの様子だと恐らくダンクに何か言われたというのは確実だ。そうなると考えられるのは人間の為に戦っていない、と言うことを言葉巧みに実感させられたということになるが……。

「そりゃあ、ルウラがいなかったら俺は死んでいたしな」

 とにかく思った通りの解答をルウラに投げることにした。

「……そうか」

 それだけ言うとルウラは前を向いて黙ってしまった。コウは釈然としなかったが。ルウラの表情からはなにも読み取ることはできない。一体何を考えているのだろうか?

 しかし、コウに熟考の時間は与えられなかった。

 それは初めて現れた時と同様に、空間を歪めて現れた。

 碧の髪。

 美しい彫刻のような貌。

 あらゆる干渉を断つ意思をこめた眼。

 十二神が五月席。

 メイ・ダンク。

 現れた瞬間に空気が一変した。

 肌がひりつくような殺気がコウに向けられていることが分かる。それでもダンクはコウに一瞥もくれずにルウラに向き合った。

 相手を見ることなく殺気を向けることが出来る神経構造はコウには理解不能だ。ただ、神だからそういうことができるという訳ではない。探せばそういう人間だっているのだろう。

 この手は神に届いたのだ。

 神を必要以上に特別扱いする必要もない。

 あれは体の構造がただ同じというだけの化物だ。

 神なんて言葉を使うから不必要なまでに畏怖してしまうのだ。

 コウは気付かれないように深呼吸した。

「久しぶりだね。ルウラ」

「ああ、会いたかったぞ。ダンク」

 二体の神は向かい合って殺伐とした笑みを交わす。とりわけルウラの笑みはダンクのそれよりも一層、殺気がこもったものだった。

 それを見てダンクは満足げに禍々しく口角を湾曲させる。

「いいよ。ぞくぞくする。今の君は僕だけを見ている。人間なんかに意識を集中していない。今、ここにある命は三つだというのに君は僕を見ている。まるでこの世界には君と僕だけのようじゃないか。オクトバー・ルウラ」

「私はお前が大嫌いだよ。お前は私の命名を侮辱した。この一線だけはいくらお前でも超えないと信じていたのに!」

「君が人間を大事にするからだ」

 ダンクは目線を向けることなくコウを指差した。咄嗟にコウはその場をバックステップで離脱するが何も起こらなかった。コウは心底、侮られていることを再認識し舌打ちする。しかし、ダンクの今の行為はコウを挑発することが目的ではない。コウなど挑発するに値しないのだ。

「見たかい?人間というのはこういうものだ。僕たちよりも決定的に劣っているがゆえに、容赦なく僕達を警戒する。以前聞いたよね?こんな状態なのに君は人間の為に戦うと言った。君は高潔な神だ。その言葉にウソはないのだろう。しかし、自身の認識と実際は違うということは往々にしてあることさ。だから再度問うことにしよう」

 ダンクは手をルウラに差し出す。

「戻ってこないか?君は人間を守るために戦っているわけではない。大いなる流れを司るものが、個に拘っているというのは滑稽に過ぎる」

 何かが切れる音がしたような錯覚がした。

 どこからしたか、といえば紛れもなくルウラだ。

「これが、さいごだ。あいしてやる。ダンク」

 思わずコウは足を引いた。いつもは他者のことを尊重しているルウラの絶対的な拒否の姿勢をコウは初めて目にした。そこに一切の情はなく、相手を排除する意思に満ちている。普段の姿からは想像もできない陰惨な表情を貼り付け、ルウラは一歩踏み出した。

「ヤル気になってくれるのは良いんだけどさ。一つ約束してくれないかな。僕が勝ったら君は僕達の、いいや、僕の所に戻ってくるってさ」

「だまれ」

 ルウラの拒絶を聞き、ダンクは面倒になったとばかりに後頭部をかく。

「ああ、もう。本当に君は思い通りになってくれないな。そこがいいのだけれど。では、思い通りにさせるとしようか!」

 言い終わるや否や、コウとルウラの間に空間爆弾が炸裂した。回避行動をとったコウとルウラの間が広がった瞬間、コウに肉薄する一つの影。コウは咄嗟にアグニートを抜いて対抗する。

「ロウアーか!」

「一週間ぶりだ!」

「今までこそこそしているとはな!随分とみみっちいまねをする!」

「命令があればこそだ!」

 二人の剣が甲高い音を立てながらルウラとダンクから遠ざかっていく。

「さて、こちらも始めようか」

 ダンクが悦に入った顔を浮かべてルウラに相対する。

 互いの命名が響いた。


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