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3-3 決戦前夜 後篇

 ハヅキを部屋に送る間、彼女は一向に目を覚まさず、泥のように眠っていた。それほどまでに疲れていたのだろうし、コウは彼女を寝台に寝かせると静かに立ち去るつもりだった。

「おはよう」

「うぉわ!」

 これまた電源が入ったかのような唐突な起床にコウは面食らった。

「んん、何をそんなに驚いているの?まぁ、いいわ。そんなことよりも聞かなきゃいけないことがあるのだけど」

 上半身を起こしたハヅキは思いのほかにこやかだ。コウはそれに悪寒が走る。あの顔は、他人の弱みを握った時にハヅキが見せる笑みだ。

「これは何?」

 ハヅキが懐から取り出したのはコウが書いた退学届だった。

「訓練場に行く前に貴方の部屋に寄ったわ。こんなものが机の上にあるとはね。びっくりしたわよ」

「……見ての通りのものだよ。もうこれ以上通う必要もないからな」

「以前の日常は邪魔?」

 ハヅキの視線がコウに突き刺さり、躊躇するも何とか言葉を絞り出す。

「…………ああ」

 コウの言葉を聞くと、ハヅキは胸ポケットに入れていたペンを取り出す。そして自分の首筋にペン先をあてた。流れるような動作にコウは完全にあっけに取られていた。

「な、なにやってんだ!」

「えらくびっくりしているわね。私は邪魔なんでしょう?以前の日常の象徴である私は」

「そんなことは言っていない!」

「言っている!」

 男女は互いに睨みあった。

 男は動揺を、女は不退転の意思を湛えて。

 コウは混乱していた。

 ほんの数分前はこんな修羅場になるとは思ってもみなかった。一体、なぜこんなことになったのか?いくら考えても答えは出てこない。

「私が死ねば貴方はどうなるのかしら?きっと、貴方は退路を断たれることになるわね。私を殺してしまったからもう進むしかない、と。けどアイはまだ生きているわね。アイが貴方のことを好きだと言ったら新しい日常に生きるあなたはどうするのかしら?さらにアイも殺して以前の日常への退路を断っていくのかしら?ではメツ君は?学校の友達は?貴方は全てを殺すのかしら?」

「やめろ!そんな演出で俺を惑わせるな!ハヅキが言っていることは極論だ!」

「極論なんかじゃない!貴方は以前の日常を忘れようとしている。逃げて忘れようとするってことは貴方の中にいる人を殺すということと同義よ。忘れた人間が死のうが生きようがあなたに何の影響も及ぼさない。だから私はこんな真似をしている!」

 ハヅキの言葉にコウは拳を握りしめるしかなかった。

「私はあなたの為なら何だって捨ててやる。貴方が私を邪魔だと思うのなら……」

「言うな!」

 コウは絶叫した。その続きは聞きたくない。

 それが実行されたならば――絶望しか残っていない。

「動揺したでしょう?つまりはそういうことよ。貴方は以前の日常を切り捨てることなんてできやしない」

「…………」

「貴方が今生きている日常は、貴方がいた日常とつながっているの」

「……ろ」

「だから切り離すことなんてできはしない。昔と今は別のものなんかじゃない連続したものなの」

「……めろ」

「今のあなたは前の日常を捨てられない。だって今のあなたを構成するものが今までなのだから」

 コウは壁を思い切り叩いた。手加減なしで放たれた拳はコンクリートにめり込んだ。

「やめろ!」

 コウは絶叫した。

「みろよ。この力を」

 コウは崩れた壁を指し示す。

「命は美味いんだぜ?わかるか?」

 コウは濁った眼をハヅキに向けた。

「俺は人間か?俺はとても今の自分が人間らしいとは思えない」

 コウの自身を切り刻む言葉にハヅキは言葉を返さない。

「神様だって殴ることが出来たんだ。化物だよ。俺は。そんな俺に、今と以前はまだつながっているなんて言うのか。今の俺は前の俺とはまるで違っている。別のものなんだよ。それでも俺は前の日常が大好きだ。だから大事にしたいと思う。思い出にして大事にしまっておきたいと思う!それすら許してくれないのか!今の俺が、前の俺を蹂躙していくことを認めろというのか!子供の俺はそこらにいる子供だった。家族がそろっていて楽しかった。以前の俺は人殺しだった。それでもみんなよくしてくれていた!今の俺は大量殺戮者だ。そして人間ですらない!俺のことを好いてくれた女の子も殺してしまった!あの神を許すことなんかできない!今の俺と前の俺を同一視なんかにはできない!それなのに、思い出にして切り離すことすら許さないというのなら、どこを感情の終着点にすればいい!応えてみろよ!神原ハヅキ!」

 コウの嘆きにそれでもハヅキは応えなかった。

長い沈黙。

しかし、コウを見つめる目は一切の弱さを許しはしない芯の強さをもってコウを責め立てる。コウは言い終えて後悔した。

 コウの為に何日も徹夜してくれた女に何て言い草だ。

 吐き気がする。

 コウが情けない表情を浮かべたその時だった。

「ヘタレ」

 たった一言。それでも的確な一言をハヅキはコウに投げつけた。

「本当に肝心なところでヘタレるね。コウは。そこが可愛いんだけどさ」

「ハヅキ?」

「コウはこの戦いをどうしたいの?」

 わかるものか。コウ自身、巻き込まれた形で始めた戦いだ。以前された質問だったが、コウは考えることすらしてなかった。

「私は、人間と神の世界が融合してしまうならば共生して行きたいと思っている。武力をもってしての共生というのは矛盾しているかもしれないけど、あちらが問答無用で攻めてくるならこちらにもそれ相応のものがあるということを見せなければならない。外交問題と同じ様なものだと私は感じている。私はコウに死ぬまで戦ってほしいとは思っていない。幸せになってほしいと思う。恋人だもん。だから、私はコウに幸せな方に向いてほしいの。そして幸せになる方法はコウにしかわからない。だから私はこういう言葉しかコウに言えない」

 そういうとハヅキは寝台から降りてコウに歩み寄りつつ言葉を放つ。

「人間とか神とか天使とか化物とか、本当にどうだっていい。私は私の幸せを壊す一切を叩いて潰す。その覚悟がある」

 ハヅキの気迫にコウは思わず足を引いたが、すぐ後ろは壁で退路はなかった。

「私の幸せはコウが幸せにならないと成り立たない。だからコウは幸せになる義務がある。幸せになれないというのなら私が幸せにしてやる」

 既に二人の体は密着していた。豊満な胸が押しつけられ、コウは動揺した。

「人間の私に気圧された上に、胸押しつけられて興奮しているコウが化物だって?冗談にしては随分とつまらないわ。貴方が感じている人間離れなんてこの程度のことで吹き飛ぶものなのよ。実感していただけたかしら?」

 ハヅキの余裕たっぷりの笑みにコウは茫然と首を縦に振った。

「よろしい。ではこれはもういらないわね」

 ハヅキはコウから一歩離れると退学届を二つに破いてしまった。

「貴方の幸せは戦場にはないわ。学校はしっかり出なさい。ロクな大人になれません」

 ハヅキの言葉にコウはしばらく放心し、

「……なんだそりゃあ!最後は……そんな母親みたいな言葉で、母親みたいな言葉で……ッ!」

 最後は言葉にならなかった。

 幸せになる方法なんか今はわからない。

 ただ、今も以前も全てをひっくるめた上でハヅキは幸せにしてやると言った。

 こんな程度で動揺する自分は化物ではないとも言ってくれた。

 それだけで救われた気にさせてくれた。

 うつむいたコウをみてハヅキは両手をコウに向けた。

「はい。泣いていいよ」

「うん」




 訓練場に戻るとルウラが訓練場の中央で四肢を投げ出していた。

「おまたせ」

「随分話し込んでいたようだな」

 体のバネだけで身を起こしたルウラはコウに大剣を渡す。

「この剣にまだ名前はない。コウが決めるか?」

 コウは大剣をしばらく眺めると首を横に振った。

「ルウラがいなければこの剣はできなかった。ルウラが決めてくれ」

 コウの言葉にルウラは思案顔になる。

「ふむ、ならば私が決めようか。どういった名前にしようかな。エクスカリバー、デュランダル、レヴァンティン、カリバーン。伝説の武器の名前は枚挙にいとまがない。人間の想像力は侮りがたいものがある」

「いや、色々考えるのはいいんだが……なんで全部、伝説の武器?」

「人が振るうものだからな。人が考えた伝説の武器が一番いいだろう。しかし、どれもしっくりこない。どうしたものか」

「そりゃあ、しっくりこないだろうよ」

「ふむ?」

「これは完全に新造の神の剣だ。今までの伝説剣の名前がしっくりすることはあり得ない。だからこそ俺はルウラに新たな神剣の名付け親になってほしい。神の力が宿った剣だ。とびきりいい奴を頼むぜ?」

「なるほど。確かに一理あるな。しばし待て」

 ルウラは黙考し始めた。

 そして三分たち、つぶやいた。

「『インテグラ』」

 呟いて不安げな目でコウの顔を見る。

「どうだ?その、私は自分のネーミングセンスというのはそれほど自信がないのだ。駄目なら駄目と言ってほしいのだが……」

「いや上等だ」

 コウは名を受けた剣を天にかざす。

「『インテグラ』。更新。新しい世界になりつつあるこの世界で振るうには一等、上等な名前だ。気に入ったぜ。これからよろしくな。『インテグラ』」

 日の光を受けて碧に輝くさまは「任せておけ」といっているようだ。頼もしい武器にコウは明日の決戦への意欲を高めていった。

「では、使い慣れる為に少し訓練しよう。その後はゆっくり休んで、明日に備える」

「ああ」

 二人は相対し、訓練を開始した。

 軽めの訓練でインテグラの性能を把握し、訓練を終える。

 コウはさっさと部屋に帰って泥のように眠った。

 心地よい疲れを感じることができた。


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