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3-2 決戦前夜 前篇

 液体が満たされたシリンダーをハヅキは見上げる。

 中には碧色に発光する剣が浮いていた。

 何とかギリギリ間に合った。

 コウが使っても壊れない武器。

 後は素材が刀身に定着するのを待つのみだ。それに関しても微調整も面倒なのだが。

「これだけやってまだ足りない」

 珍しくため息。

 あの戦闘機の無謀な攻撃に対しての政府のリアクションは予想の域を出なかった。

 こんなはずではなかった。

 この一言に集約できる。

 服従因子による絶対支配は口や資料で説明しても納得してもらうには難しい。こんなことになるぐらいなら、ちょっとした騒ぎになると思うが、ルウラに実践してもらえばよかったと思う。

 そのルウラに関して良くないことが一つある。

 前回の戦闘映像を見て一つの結論がたった。

 ルウラはダンクには勝てない。

 それはファクターや身体能力とは別の問題によるものだ。

 あの神は徹底して奪う者。

 独自の法則に忠実であり、邪魔するものはあらゆる方法を用いて粉砕するだろう。

 対してルウラはあの神と比べて幼すぎる。

 冷徹な判断ができない。

「そこ、結構不自然なのよね」

 一人、天井を見上げて呟く。

 ルウラは戦闘に関しては生まれてからずっと行っており、冷淡な性格だったと本人からは聞いている。それにしては日常の所作や態度はとてもそう見えない。

 まるで生まれたての子供みたいに。

 いや、まるでではなく、そうなのか?

 馬鹿らしい仮説だが、一概に却下できる説でもない。

「それでも今、考えることは馬鹿なことね」

 つい無意識に言葉を発してしまい、軽く頭を振る。徹夜続きで疲れているらしい。

 眼前の碧剣を注視。

 この武装を使えば確かにコウは自分の力を存分に振るうことができるだろう。

 だが、それだけだ。

 コウの仕上がりに不満があるという訳ではない。むしろよくやってくれている。

 あの神が反則じみている。

 コウとルウラが同時に襲いかかっても、難しい。あの二人は俗世的だ。

 一切のルールを度外視し、己の欲の為ならば迷わず行動するあの超俗的な神を打倒するにはまだ非情さが足りない。

 本来、日常では好ましく取られるその感情も戦場という特殊環境では淘汰されてしまう。

「…………私は、大変なところに彼らを連れてきてしまった」

 自然とこぼれた懺悔の言葉を聞くものはいない。

 そして、そんなことを言った自身をハヅキは呪った。

 懺悔なんて誰でもできる。

 それに懺悔を受け取ってもらう者などもういない。

 そんなことしているくらいなら、人間である自分は行動するべきだ。

 神が来るまであと二日。

 やれることはすべてやるしかない。




 明日には神が来る。

 あれから一週間はひどく平和に感じた。出現頻度が上がったビジターにコウは冷静冷徹に対処できたし、さすがに一人では対応できないビジターは積極的に戦地に赴くようになったルウラが対処してくれた。ルウラの場合はやつあたりに近いものがあったが、おおむね問題もなく、一週間は過ぎ去った。

 訓練所でコウとルウラは対峙し、一週間ぶりに、最後の模擬戦を行うことにした。

「いまのきもちは?」

「逃げたい」

 コウはルウラの言葉にそう答えつつも、鞘が着いたままのアグニートを構えてルウラを見据える。

「いいへんじ。これがさいご。はじめるぞ」

「ちょっと待った」

 コウの制止の声にルウラが怪訝な顔をする。

「なんか……あれからやたらと不機嫌そうだけどさ。あの粘着神となに話したんだ?」

「べつになにも」

「嘘言うなよ。何でそんなにしゃべり方が堅いんだ?」

「なにも」

「一週間前からルウラは必要最低限のことしか話さなくなった」

「なにも」

「戦闘中だって八つ当たりみたいにキューマーを殺していた。俺たちはやたら出てくるやつらのお陰で会う時間だって少ない」

「なにも」

「あれからロクに話せなかった。きっとこれが最後の機会だ」

「はなしてない」

「ルウラ!」

「はなしてない!」

 大気が揺れたことを感じ、コウは全速でその場から離脱した。コウが居た場所から破裂音と突風が発生し、大気爆弾をルウラが出現させたことを感じさせた。

「いきなりかよ!」

 まるで子供の疳癪だ。

「コウはしゃべりすぎる!」

 癇癪をおこしたルウラの攻撃で最後の模擬戦は幕を開けた。

「我が名は『喰らう者』!」

 ファクターを起動し、自身の体を全てファクターによる血液で覆う。これである程度のファクターは喰らうことができる。薄い被膜で覆っている形なので神の本気の攻撃に対しては心もとないが、それでもこの障壁は生命線だ。ダンクの空間爆弾の地雷原をもみくちゃにされながらでも突破したことからその防御力は実証済み。実際にやったコウは喰いきれなかった振動でゆさぶられまくったおかげで実のところフラフラだったが。

「我が名は『大流を制す者』!」

 コウのファクター起動を確認し、ルウラもファクターとマテリアルを全開で起動。

幻想的な碧の翼が背面に展開。ルウラのファクターを遺憾なく発揮し始める。

肌がひりつき大気の捩じれを伝えたかとかとおもうと巨大な竜巻が顕現し、コウに襲いかかった。コウは手をかざし、血を前面に集中するとそのまま突き進む。血が竜巻を喰い、そのまま竜巻をコウはすり抜けるとアグニートを振りかざしてルウラに振りかざした。

「だりゃあああああ!」

 ルウラが大気爆弾を生成するが全てを無効化し、コウはルウラに襲いかかった。間合いに入ったかと思うと横から衝撃、マテリアルが羽ばたきコウを横から打ちすえた。ファクターの防御を張ってはいるものの、元々膨大な力を内包するマテリアルは一瞬の接触では喰い切ることは不可能。コウはそのまま地面に転がるがすぐさま跳ね起き再度、突貫する。不意をつけない以上、距離を置いて勝ち目などない。接近しなければ勝機はゼロだ。

 コウの突貫にルウラは大気の断層を生成。ダンクが使った空間障壁を疑似的に再現して見せた。コウは大気が割れたことを鼻で感じ取る。一週間前からファクターの流れを鼻で感じ取ることができる様になった恩恵をフル活用する。

「喰らい切れ!」

 コウは障壁にアグニートを自身の血で覆い突き立てる。そのまま防御を切り裂き、道を拓いた。本来、ルウラの大気障壁ならば瞬時に障壁の復元は可能だ。空間断裂による絶対防御は一度亀裂が入ると脆いが、ルウラの大気断裂は空間断裂ほどの防御力を持たないまでも大気で障壁を作っているという性質上、復元は容易である。しかし、今はあくまで模擬戦。ダンクができないことはやらないというのは当然だ。

 便宜上、赤剣と名付けられたコウの大技はあらゆるファクターを突破できるコウの最大攻撃であったが、反面弱点があった。一つ、一度使えば使用した武器が原形を保っていられないこと。二つ、使用に展開した血液を全て使ってしまうため使用直後はコウがファクターを使えなくなること。

 コウはすでに原形を保てなくなったアグニートを喰いつくすと、バインダーから新たなアグニートを抜く。ルウラまであと少しの距離、だがルウラはすでに空間爆弾を設置済みだ。ルウラはここでコウを試した。以前と同じ戦法はもはや通じない。ここで新たな一手を講ずることができていないのであれば明日の戦いは気が重くなる。

「リロード!」

 コウはそう叫ぶとアグニートの鞘が爆ぜた。それは普段のスイッチによる鞘の取り外しではなく、中から喰い破かれたように。アグニートは赤剣と化している。ルウラが目を見張った時にはコウはすでに接近を終えていた。大気爆弾は触れられただけで食われてしまい、赤剣がルウラの喉もとでゆらゆらと揺れた。

「お見事」

 ルウラの賛辞の声にコウは赤剣の展開を終了。それと同時にアグニートは消えてなくなった。

「凄いじゃないか!どうやったんだ?」

 ルウラの上機嫌な様子にコウは内心胸をなでおろし、説明を始める。

「こいつはどうにも血液を使いすぎるから次の攻撃がどうしてもおざなりになってしまう。だから剣の鞘に俺の血を貯めておいた。これなら威力は落ちるけどもう一撃、こいつを叩きこむことができる」

「うんうん。出来のいい弟子で私はうれしいぞ!今日はゆっくり眠れそうだ!」

 ルウラは上機嫌にコウの肩を叩く、だがコウの顔は曇ったままだ。

「どうした?私の太鼓判では不満か?」

「いや、これでいいのかと思って」

「?」

「手加減されているのがありありとわかったし、あいつのことが分からない」

 癇癪を起して始まったといっても、手加減はしっかりとされていたことくらいはわかる。出なければとっくの昔にコウ自身はひき肉にされていた。

「手加減するのは当然だろう。実際の戦闘では私が介入するからな。それを踏まえての手加減だ。安心していい。そしてわたしがわからないのは二つ目の質問だ。『あいつのことがわからない』ってどういうことだ?わかる必要なんかないだろう?」

「必要はある。あいつがどういうやつなのかわからないと、俺はあいつを殺す気になれない。俺が俺の意思で殺す奴のことぐらい、わかっておきたい」

 コウの言葉にルウラは少し驚いた。命を手にかけるものが本体言う言葉とはまるで逆のことをこの男は言っている。

「コウ。そういう考えはやめたほうがいい。わかれば殺せなくなることが普通だ」

 ルウラの意見は至極まっとうだ。誰かの命を奪うことにトラウマを抱かない者などいない。もしもそれを初めからできるのであれば、もはやそれは人間ではないのだろう。人間は自身の手に感触が残らない殺し方を研究し続けてきた。それは人間を効率的に殺す方法という余りに非人道的な行為を助長させ続けた。コウのやり方はそれに対する抵抗なのだろう。実際、コウは自分が慣れてきているということが分かってきた。今の日常を生きるために慣れることは歓迎すべきことだ。しかし、それで命を軽んじてしまう方向に自分が進んでしまうのはたまらなく嫌だった。

「殺せるさ」

 コウが絶対の自信を持ってルウラを見つめる。

「あいつの命は美味そうだ。だから、殺せる」

 コウの言葉にルウラは悪寒が走った。命を喰い物に見立てるそれは食物連鎖の上で当然のことかもしれない。しかし、それを口にできるという精神構造はコウが人間から踏み外し始めているという証左だ。だからこそコウはダンクのことを教えてくれと言っているのだろう。すでに人間でなくなってきている己に対する戒めは絶対に必要なのだ。ルウラは折れるしかなかった。

「あいつは、元々あんな奴じゃなかったんだ。実際、私が絡まなければ下の者には優しいし、神としての威厳もしっかりと持った神だった。だがあいつが狂い始めたのは私が神になって実際に面会した時からだ。あいつの命名は『愛の空を断つ者』。私に対しては一目ぼれというらしい。あいつは自分の命名の通り、私との空間があることに耐えきれなくなった」

「それにしてはえらく過激だな。普通は好意を持ってもらおうと頑張るのが普通だろ?」

 コウの言葉にルウラは首を振る。

「あいつの場合は違う。曰く、究極の愛は殺し合いの中でこそ生まれるらしい」

「…………」

「殺し合いをする時、お互いに相手はどう動くかと模索する。命がけで相手のことを理解しようとする。愛を互いの努力による相互理解と解釈するならば、それは理解の究極的な姿だ。相手のことを本気でわかり合おうとする狂気だ。その行いによって、あいつは『愛の空を断つ』。あいつの愛情というのはそういうことだよ。云わんとすることは伝わるが、理解もしたくないし、えらく歪んでいる。あいつはそういうやつだ」

「あっちの世界にいた時からそういう関係?」

「ああ、私が神になった時からやたらと私に戦争を仕掛けてきたよ。世界が融合することになって十二神は協定を結ぶことになったからあいつとも戦わなくていいと胸をなでおろしたこともあったが……結果は今の通りだ」

 コウはルウラの言葉をゆっくり嚥下し、口を開いた。

「殺してかまわないか?」

「かまわない」

 即答だった。

「あいつは、私の命名を侮辱した」

 コウにとってルウラから感じる怒りは不可解なものだ。コウにとっての命名はあくまでファクターを発動する為の合言葉でしかない。自分のファクターに愛着も誇りも持ち合わせないコウにとってはルウラ達、神や天使が抱く自身の命名に対する執着というものは正直なところ、未だに理解できない。ただ触れてはいけない領域であるという認識のみだ。

 文化の違いといって言えばその程度だが、ルウラから迸る怒気からはよほどのタブーであることが伺える。

「殺すさ。たとえ私に好意を抱いてくれようともな」

 気負いすぎ。

 そんなキーワードがコウの脳裏に浮かんだが、コウは黙殺した。ルウラは自分よりもはるかに強いし、戦闘経験も豊富だ。自分が口にするほどのことでもないだろう。

「コウ~」

 異様に気の抜けた声が訓練場にこだました。訓練所の出入り口を見るとハヅキがやたらに大きなアタッシュケースをもってコウ達にかけてくる所だった。

「ハ、ハヅキ?」

 ルウラが動揺した声を出す。それもそのはず。ハヅキは見たこともないぐらいにグデングデンだった。とにかく表情に締まりがない。いつもの引き締まった顔が今は緩みきっていて浮かべている笑みは眼下に浮かぶクマも相まって正気には見えない。足も千鳥足でフラフラだし、髪もところどころ跳ね放題。酔っ払い、そんな表現がしっくりするような風体だ。神であるルウラから見ても完璧に近い、という評価は今の風体からは結びつかない。

「ありゃあ、徹夜五日目ぐらいかな」

 コウがやれやれという風にハヅキに歩み寄る。ハヅキは「はにゃーん」とコウにしなだれかかった。

「おいおい、大丈夫か?」

「むー、だいじょーぶっすよ。私はずぇんずぇんだいじょぉぶ」

 全然、大丈夫ではないということが分かった。

「そんなことよりも。ほれこれ。みてやってくりゃれ?」

 ハヅキはコウを突き飛ばすように身を起こしたかと思うとコウに持っていたアタッシュケースをぐぃと押しつけた。

「あけてみ、あけてみ」

 へらへらと急かすハヅキの言葉にコウは急かされるままにアタッシュケースを開ける。

 そこには一本の大剣が納まっていた。

 コウは絶句した。

 言葉を失わせるほどにその剣は美しかった。

 片刃造りのアグニートよりもマッシヴな剣体は力強さを感じさせ、背に使われている白銀の鋼は雪を思わせるように白かった。何よりコウの心を奪ったのは剣体の大部分を占めている流れるような碧の光を放つ鉱石だ。それは戦場で輝くにはあまりにも美しく、それでいて戦場で輝くからこそ、この輝きを得ることができるのだと物語ってくるほどに力強かった。

 コウはこの輝きを身知っていた。

「これは……ルウラの?」

 コウがルウラに目を向けると照れたようにルウラは鼻をかいた。

「む、そんなに感動されると、照れるな。コウの考えている通り、その剣に使われているのは私のマテリアルだ。流体である血液を操るコウのファクターに耐え切るどころかさらに力を与えてくれる代物だぞ」

「それは嬉しいんだけどよ……いいのか?マテリアルって神様にとっては象徴のようなものなんだろう?」

「友の為に力を貸すのだ。一向に構わん。しかし、さすがハヅキだな。私のマテリアルを武装に転用するなど無理だと思っていたが……この短期間でそれを可能にするとは」

「いやいや~それだけのことはあっるっすよ?」

 デレデレと手をふってハヅキは応える。

「これがあればコウもこころづよいよね~。む~それじゃあ、わたし、もう、げんかい」

 電源が落ちたかのようにハヅキの腰が砕け、地面に顔面が激突する前にコウが滑り込んで体を抱きとめる。ハヅキはすやすやと眠っていた。コウはそんな彼女をぎゅっと抱きしめる。

「ありがとうな。二人とも」

「喜んでくれたようでなによりだ」

 ルウラは笑ってその言葉を受け止めた。

「ルウラ。悪いけどハヅキを部屋に届けてくる。さすがにここに置いておくわけにもいかないしな」

「うむ、待っているぞ」


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