2-7 神に届くもの
コウはロウアーを置き去りにして、先ほどいた場所に戻る。そこは立ち入ることすらできない戦場と化していた。横倒しになったビルの上から戦場の中央で激突する神をなんとか視認する。
これだけの破壊もまだましな方だ。ルウラが防御に特化した神であるため、被害が抑えられている。
ルウラの背から碧の光を放つエネルギーの奔流が放出されている事を確認。
それは美しい翼のように見えた。
「こんなところでマテリアルを出して……!」
神のファクターを全力使用した場合にそのファクターを一番効率よく起動させるための武器。
それがマテリアルと呼ばれるものだった。
対するダンクのマテリアルは楕円を幾層にも重ね合わせたような形状をしており、その全体像も翼に見える。
その翼が互いに激突するたびに衝撃波が発生し、破壊の力が拡散。辺りがどんどん平坦になっていく。ダンクの空間による圧搾とルウラのその圧搾の力をそらし、相手にぶつけようとする結果の衝撃波は見境がまるでない。
コウの横に立っていたビルに球体状の穴が開いたと思うと一気にビルは虫食い状態になり、最後には消滅した。
周りの瓦礫や高層建物すら二体の神によるファクターの影響で消し飛んで行く。
コウはほうほうの体で逃げ出す以外に方法が無かった。
あれは戦闘と言うよりも災害だ。
個人の力でどうにかなるレベルじゃない。
背中に冷や水が浴びせられたような錯覚を抱いていたところにポケットに入れていた通信機が鳴りだし、コウは通信機を耳につけ直す。
「コウ、聞こえる?」
「ハヅキ?」
「そこで倒れていた人達は心配しなくていいわ。ルウラが戦闘開始直後に安全なところへ飛ばしてくれているから。ちょっとお願いがあるの」
「ああ、頼むぜ。あの状況に俺が介入できるのか?ハヅキの頭に任せるよ」
「うん、信頼してくれてうれしいわ。ではとりあえず煙幕弾をダンクに向かって投げてみて。持っているでしょ?一応は標準装備だし」
コウはハヅキの言葉に拍子抜けした。煙幕弾だって?あの二体の中心以外はなにも無くなっているというのに意味があるのか?いや、きっとあるのだろう。なにせハヅキのやることだ。
「あいよ」
言われるままに煙幕弾を投げる。爆発するが煙はダンクのファクターで虫食いのように円形の穴があき、一秒もしないうちに消し飛んだ。
コウのファクターの残りカウントは二分足らず。そのことはハヅキも承知しているはずだ。
「次は?」
「安全圏まで下がり、隙を見つけたら突撃。いける?」
さも当然のように言い放たれた攻撃指示。
つばを飲み込み、深呼吸。
目を閉じて気持ちに整理をつける。
「ああ」
数呼吸置いた後での返答。
どの道それしかできない。
恐れは未だ胸にあり、それを磨り潰そうと胸の中で葛藤を繰り返す。
コウは鉄砲玉の様なものだ。
真っすぐ飛ばない弾丸は死に弾だ。
そうならないために、毎日自分に言い聞かせてきた。
いけ、いってしまえ。
全ての迷いを後方に置き去りにして神の喉笛を喰いちぎれ。
コウは後退し、そしていつでも突撃できるように構えた。
努めてダンクの動きだけを注視した。
二体の神による破壊を努めて無視した。
でなければ、全てを投げ打った突撃は果たされない。
ルウラはジリ貧を感じていた。
互いに決め手が無いと言ったのは確かだが、新参者の神であるルウラよりもダンクの方が戦闘面では一枚上手だ。
「あっはははは!最高だよ!ルウラが僕に真剣に向き合ってくれている!」
ダンクが狂ったようにファクターによる空間爆弾をばらまき、ルウラはその空間爆弾の動きを乗っ取り、ダンクにぶつけようとするが、元々、空間爆弾自体が膨大なファクター力を有しているため、完全に制御はできない。小さい爆弾はダンクに差し向けることができるが、ダンクがばらまいているさらに大きな爆弾にのまれることがオチだった。
「このっ!」
ルウラが真空の刃をダンクに叩きつけようと手を振るが全て空間断裂の障壁に阻まれる。物理特性に左右されないダンクの障壁は絶対に動かさないものと定義されているため、ルウラの力でも突破することは難しかった。
「どうしたの?どうしたの?早く僕のところまで来てよ!君はどれだけ必死に僕に届こうとしてくれるんだい?」
「黙れ!」
あの空間断裂の障壁は極めて強力だ。恐らくダンクを中心に球状に張られており、全ての攻撃を断絶する。弱点はルウラのファクター対策のため、一度張ればもう自身は動けないところか。それでも突破できる方法が無い……!
ルウラは改めてダンクのファクターの強力さを思い知る。ルウラのファクターで防御できているとはいえ、本来なら空間爆弾も物理特性にとらわれずにダンクの思い通りに動く。相手の防御も攻撃も一切許さない無慈悲な神の攻撃。このまま持久戦に持ち込むしかない。どちらのファクターが先に尽きるかの我慢比べ。ただそれはルウラには分が悪いと言えた。なにしろ防御する方が精神的に参ることが早いというのは自明の理だ。それでも耐えるしかない。
――でなければ自身の命名を侮辱したこの神を殺すことができない。
ルウラが持久戦の覚悟を決めたその時だった。
「そういうのは解らないように決断しなきゃ!」
意識を切り替えた。
その間隙。思考と思考の間にダンクは一気に肉薄してきた。
達人でなければ不可能な隙のつき方をダンクはあっさりと行った。
心の空白を支配した。
「っ!」
気が着いた時にはもう間に合わない。ダンクの掌に空間爆弾は精製されている。あれが破裂すればすべてが終わる。ルウラの判断は早かった。
防御が間に合わない。
ルウラはダンクの体に抱きついた。
ダンクが恍惚の表情を浮かべる。
空間爆弾がふ抜けた音を立てて破裂。
二柱の神が左右に吹き飛ぶ。
破裂した爆弾は本来の力を発揮しなかった。
ダンクが咄嗟に爆弾の力を弱めたのだ。
(……上手くいった!)
ダンクは別に死にたがりと言う訳ではない。少なくとも、ルウラと戦っている状況は幸福の絶頂にあるはずだ。自分から終わらせるような真似はしないだろうと踏んだ上での行動だった。
「いいね。いいね。下手すれば一緒にお陀仏だったけど。今の判断は僕のことをよく理解してくれている証左だ。だきつかれてうれしかったよ」
「そのくちをとじろ!」
まだ遊んでいるつもりなのか。
怒りとともにルウラの背後で大気と光が渦巻く。
「くうかんだんれつがなんだって?いっさいのこうげきをとおさない?しったことか!おまえはちっそくしてしね!」
ダンクの顔から笑みが消える。
「いっさいからだんぜつしてろ!」
ダンクが空間の障壁が展開するのとルウラの攻撃は同時だった。ダンクの障壁全面が灼熱する。太陽光と大気を圧縮したレンズが作り出した灼熱がダンクを逃がさない。
瞬間、ルウラの目の前から灼熱の太陽が消えた。
空間跳躍。
「あまい!」
ダンクが他の場所に姿を現したが、それは灼熱を纏ったままだった。
ダンクの空間跳躍は確かに強力だが、ルウラのファクターも劣っていない。
ルウラはダンクにまとわりついた灼熱にこう定義づけた。
『ダンクについて回れ』
移動に関してルウラは万能だ。
「やってくれる!」
ダンクは毒づく。ルウラの攻撃はこちらに届かないが、ダンクを閉じ込めてさえしてしまえばルウラにとってはそれでいい。
ダンクの空間障壁は他の一切から隔絶する。
ならば長時間、それを展開し続けていればどうなるか?
酸素が無くなる。
ルウラはダンクの意識が無くなるまで続けるつもりなのだろう。
大した忍耐力だ。
ダンクは何度かルウラに体当たりを仕掛けてみるが、全てかわされる。まとわりつく炎がダンクの場所を宣伝していた。
「……なるほど。確かに強くなったね」
空中に停滞して、ダンクはルウラに呼び掛ける。
「こんな方法で負かされるとは思わなかった」
ルウラは警戒を解かない。この神は信用ならない。この勝負において負けを認めていても、絶対にこの神は最悪の手段を講じてくる。
「提案だ。オクトバー。この炎を解いてくれないか?」
直球すぎる提案をルウラは無言で無視した。
「だめかな?悪い提案ではないと思うんだけれど」
「論外だ。状況を見てものを言え」
尚も要求を続けるダンクに苛立ちが勝り、ルウラは応える。
「私はこのままずっとこうしていれば勝てる。お前の妄言に付き合うつもりはない」
「駄目かな?駄目なんだったら適当な場所に転移するよ」
ルウラは一瞬、ダンクの言っている意味がわからなかった。
この神はこういったのだ。
『適当に人間を殺して回る。その人間を殺すのはお前の炎だ』
「貴様ッ!」
ここまで堕ちたのか。
人間を人質にしてでも生き残りたいのか。
神の誇りはどこに行った。
憎しみよりも悔しさが勝った。
ダンクは既に神ですら……。
「勘違いしているね」
ルウラの思考をダンクの言葉が断絶させる。
「僕たちはここに支配戦争をしに来たんだ。戦争に誇りだの、なんだのを持ちこむなよ。あらゆる権利を奪い尽くし、暴虐を持って相手を剣呑する。僕たちの利権まみれで始まった戦いさ。そこにそんなもの持ち込むのはね。傲慢って言うんだよ。向こうの世界とでは、話がまるで違う」
「わたしは……ッ!」
「君はその戦力だった」
反論なんかできない。
確かに私は人間を一度支配しようとこの地に立ったのだ。
「どうする?」
奥歯が砕けるのではないかと思うぐらいに噛みしめ、ルウラは結局ダンクを解放した。
「……君は強くなったけど弱くなったねぇ」
そんなことを言いながら、ゆっくりとダンクはルウラに向かう。
その時、赤い影が横からダンクに飛びかかった。
滞留していた空間爆弾をものともせずこの神の戦場に切り込んでくる。
ファクターを発動したコウだった。特訓を続けてようやくできる様になった血の障壁でファクターを喰らいながらダンクに肉薄する。歯を食いしばり、声が出ることをこらえた不意打ちだ。しかしコウの疾走は障壁を突破することはできなかった。右腕に血を集中させ障壁を喰い破ろうとしたが、喰い破るには出力が足りていない。コウの右腕が空しく震える。
「ああ?邪魔だ。失せろ人間!」
ダンクがコウを弾こう手をかざした瞬間、コウが叫んだ。
「喰らい斬れ!」
左手でアグニートを抜き、右腕に添える。その瞬間、コウの血がアグニートに集中。アグニートが血で覆われ、赤い剣となった。
「だりゃあああああああああああ!」
障壁に赤剣の切っ先がめり込み、コウは力任せに障壁を切り裂いた。アグニートがコウのファクターに耐えきれず、コウに喰らわれる。
「なにぃ!」
空間断裂障壁は傷つけられればその障壁はすでに空間を断裂していないものと判断され、障壁は砕け散る。絶対なる盾は傷一つ付けばその効力を失うという弱点があったが、今までこの盾に傷を付ける者などいなかった。ダンクは驚愕に眼を見開く。
「フンッ!」
コウは驚きで動きを止めたダンクに拳を振り上げ、そのまま振りぬく。コウの一撃は障壁を破ることに集中してしまったため、ファクターを宿してはいなかったものの、確実にダンクの頬を捕らえ、吹き飛ばした。吹き飛ばされたダンクはたたらを踏みながら着地する。
「暁コウだ。覚えてくれたかい?カミサマ」
コウは殴った左手の甲をこれ見よがしにダンクに見せつける。ダンクは信じられないとばかりに自分の頬を押さえた。しばらく呆然とし、そして絶叫した。
「人間んんんんんんんんんんッ!」
ダンクがありったけの憎悪をこめてコウに空間爆弾を投げつけようとした時、今まで様子を見ていたロウアーが両者の間に割って入る。
「何をやっているロウアー!そこをどけ!」
「申し訳ありません。ダンク様。しかしルウラ様との約束をお忘れなく」
ロウアーの言葉にダンクは押し黙り、空間跳躍で姿を消した。コウは自身の安全を確認するとロウアーに気を払いつつ周りを見回す。努めて見ていなかったが、改めて見れば寒気が走る光景だ。市街地だったはずなのに建物なんて残っていない。クレーターがいくつもあいたような荒野と化している。
「フー。まったく怖い方だ」
ロウアーは苦笑をコウに向ける。
「お前、何考えてんだ?」
「本当にその手の質問が好きだな。君は。神のメンタルを整えるのも忠実な部下の仕事だ」
ロウアーはそういい終わり戦場から立ち去ることにした。自分の用事はもう終わった。しかし、最後の最後で大事なことを思い出す。
(名前を聞くのを忘れたな)
二章はこれにておしまいです。バトルってやっぱり難しいですね。