2-6 対話は終わり
数本はなれた通りに移動してコウとロウアーは対峙した。
「さて、お久しぶりといったところかな。人間」
「ハン。会いたくもなかったけどな」
コウは敵意を隠すことはしない。そんなコウにロウアーは口の端をゆがめる。
「名前は?」
「ああ?」
「名前だよ。名前。教えてくれ。いつまでも人間と呼び続けるわけにもいかないだろう」
「…………何のつもりだ?」
「何のつもりって?」
「お前ら俺たちのことなんか虫けら程度にしか思っていないだろう?なんで俺の名前なんか聞く?なんでわざわざ話がしたいなんていうんだ?」
「うん。いい質問だ。ではまず一つ目の問いから。君は人間でかなりイレギュラーな存在だからね。知っておいて損はないし、僕たちも便宜上の呼び方ってやつは必要だろう?そして二つ目。僕の命名は聞いただろ?『法を定めし者』ってやつ。ファクター使いってやつは名に縛られるんだ。法は別々の観点から見なければ定めることはできないという持論が僕にあり、僕はそれに縛られている。だからぜひ君と話し合いたいと思った」
「なにを?」
コウが会話に応じるような気配を見せ、ロウアーは上機嫌にコウの肩を叩こうとするが、コウに思い切り払いのけられた。
「触んな」
コウが次に触ってきたら話し合いなど知るか、と言う意思をこめてロウアーを睨みつける。ロウアーはやれやれと払いのけられた手を振り、会話を再開した。
「君は何を持ってこの戦いを終わりとする気だ?」
コウは押し黙った。戦いの終わりという言葉は移送車でも触れたものだ。
「おや?君は何かをもってこの戦争を終わらせるために戦っているのでは?」
「考えたこともねぇよ。俺はお前らに巻き込まれただけだ。俺の日常をぐしゃぐしゃにしやがって」
「おいおい、あんまりがっかりするようなこと言ってくれるなよ。例え巻き込まれるしたってもう一週間だ。人間というのはそれほどに覚悟を決められない生き物なのか?君は僕達が君の日常を壊したと言っているが、遅かれ早かれ同じ結果を導き出していたであろうよ。
君は本当に運命的な人間だな。君はかなりの素養があった。僕達が提供したのはただのきっかけだ。世界は確かに変わり始めているし、僕達が何かしらの手を講ずるまでもなく君たちの世界は塗り替えられ、僕達と君は戦うことになっただろう。戦いに向かう人間は何を持って戦える?僕は『最後はこうなりたい』という意思があるから戦い続けられるのだと思う。だから僕は君が戦場に未だにいると知った時は喜んだものさ。君は何かしらの目的があってこの戦争に参加しているのだと思えたからね」
コウは鼻を鳴らした。
「好き勝手言ってくれるな。俺はそんなこと一つも考えちゃいねぇよ。ただ生き残りたいだけだし、お前らがやっている事を気にくわねぇと思っているだけだ」
コウの言葉にロウアーは信じられないといったような顔をした。
「なんの目的もなく神に逆らおうというのかい?」
「目を付けられたからな」
「それはまた――随分とイカれてる」
「何言ってんだ。俺に最初から選択権なんてなかったろうが」
「逃げるという選択肢がある」
ロウアーの言葉にコウは衝撃を受ける。そんな選択肢、思いつきもしなかった。
「だってそうだろう?普通は逃げる。逃げることを考える。だって対抗しようとする方が異常だよ。言うなれば君は典型的な『巻き込まれ』だ。あんな戦力差があってなお戦いを選択するだって?馬鹿も休み休み言えよ。ダンク様は君がルウラ様の近くにいることが気に食わないだけであって見つからなければ執拗に追ってこない。君は虫けらくらいにしか認識されていないのだから。君はあの方と関係を断つだけで生き残れたんだ。少し冷静に考えればわかることだ。
それにしてもルウラ様も神が悪い。何故、それを君に教えなかったのかな?君は死ぬ運命だったということなのだろうか?」
勝手に話を完結させようとするロウアーをコウは睨みつける。
「おい、一つ言わせてもらうけどな。俺はお前らが大っ嫌いなんだよ。逃げるなんて話は却下だ。ルウラが俺に戦い方を教えてくれるし、俺のファクターは神に届くと言う太鼓判までもらった。その前提を忘れるな」
そう言いつつも胸の奥には葛藤が渦巻く。
逃げる?
逃げられるのか?
逃げられるとしたらそれは――ひどく嫌なことに思えた。
「へぇ、なるほど。君は本能的な人間というわけだ」
「それから俺の一番嫌いな言葉を教えてやる。俺はな、『運命』って言葉が一番嫌いだ。そう言えば何もかもに言い訳が着くような言葉だからな。今ある結果は運命なんです。あきらめましょうってか?ふざけんなよ。俺が死ぬなんて結果はまだどこにも提示されていない。それともなにか?神様は未来が見えるのかい?」
コウの言葉にロウアーは納得したように頷いた。
「なるほど。確かに『喰らう者』だ。そのどう猛さがあったからこそファクターに目覚めたか」
「お前達と、俺は話し合う余地なんか今はない。こんな力、身につけちまったんだ。もう普通の日常は送れない。けどお前達が俺たちしている行為を止めて詫びれば……話し合ってやるよ。侵略者」
コウの言葉にロウアーは大きな笑い声で返した。
「くっははははは!君にかかれば神も天使も侵略者として大差ないというわけだ。いや、それを面と向かって言える人間というところがすばらしい。ああ、久しぶりに胸が高鳴る思いだよ。それにしてもずいぶんと君も寛大なのだね。話し合う余地はまだ残っているのか。あんな目にあわされて置きながら」
ロウアーはコウ見据え、一気に話し始める。
「三分だ。大体それくらいだろう。君のファクターが自由に使える時間は。その間は君の血が触れるものを喰らいつくす。さらに規格外の身体能力をフィードバックで発動。理想的な前衛特化能力だね。正直、近接戦なら僕も分が悪いかもしれない。それに、君が僕達に闘争本能を保ち続けていられるのはエリコという少女のことがあるからかな?」
コウから激情が放たれるがロウアーはどこ吹く風と続ける。
「それに、君はその様子と言葉だと今までの日常を捨てようとしているね。逃げることすら思いつかなかった君だ。きっとそういうところは徹底するだろう。しかし、それも大間違い。今までの日常を切り捨てるって?……できるわきゃあないだろうが、人間」
コウの左拳がためらいなくロウアーの顔面を打ちすえようとするが、ロウアーは何なく受け止めた。
「…………ッ!」
「僕は法を定めるものだ。だから舞台に上がっている者たちの情報ぐらいはすべて把握しているよ。特に君はイレギュラー……いや、順当に選ばれてしまった者かもしれない。そりゃあ、注意深くもなる。……今の最新情報は、君が命の味をしめてしまったといったところか」
コウは後方に飛び、ロウアーと間合いを取った。
「天使が神様気どりかよ!」
腰のアグニートを抜き放ち、鞘の拘束を解除。こいつはここで黙らせる!
「おいおい、ここで戦っても面白くないだろう」
「うるせぇ!すぐさま黙らせて……」
コウがロウアーに飛びかかろうとしたその時だ。コウはルウラの香りを感じた気がした。瞬間、隣の通りから轟音が響く。あそこはダンクが居る通りだ。
ロウアーと虫けらが見えなくなった。ダンクは瓦礫に腰をおろし、待つことにした。ロウアーにお願い事をされるというのはこれが初めてだ。付き合いはそれほど長くないが、非常に有能で助けられている。たまのお願いを聞いてやるのも神の務めだ。それにロウアーはきっと色々なことを楽しい方向に持って行ってくれるだろう。別に自分でいってもよかったのだが、会話の途中でうっかり殺してしまうかもしれない。
思ったよりも早く体は慣れたが、愛する者に二週間と言ったのだ。
それは確実に履行されなければならない。
それにしても退屈だ。暇つぶしに暴れて見せて神の威光というやつを見せてやろうか……いや、そうなるとロウアーのやりたいことに支障が出る。
ファクターに縛られるというのは厄介だ。どうしてもその命名のように生きてしまう。だからこそ、神や天使はその命名の通りに生きることに何よりも主眼を置かなければならない。ロウアーの願いを聞き届けたこともこれに起因する。大事な部下だ。その命名の通りに生かしてやらなくては。
ダンクが口を開けてあくびをしたその時だった。
瓦礫の山に一人の女が飛来したことを確認する。ダンクは歓喜のあまりたちあがった。
「オクトバー!会いに来てくれたんだね!」
「お前……何しに来た!」
「何しに来たって、ロウアーの…………ううん、どうでもいいや!オクトバー!一緒に帰ろうよ!僕は君の眼を覚ましに来たんだ!」
「私の眼はとっくに覚めている!私は私の戦争をすると言った!」
「君の戦争?」
ダンクは呆けたように聞き返す。
「ああ、そうだ。私は人間の味方をする。人間のためにお前達と口を利くし、力も振るう。お前たちとは和解することが一番だと思っている。しかし、お前が人間に危害を加えると言うなら容赦はしない」
ダンクはその言葉を聞き、にやと口をゆがめた。
「へぇ。随分と恰好のいいことを言うんだね。さすがに僕の愛した神だ」
「ダンク。私を愛してくれるというのなら……」
「けど僕は君の言葉を信じていない」
ダンクはあっさりとルウラを否定した。
「君は人間のために戦うと言っているけど、対する人間達はどうかな?僕達のことを敵だと思っているんじゃないのか?」
「そんなことはない!私の周りの人間は私によくしてくれる」
「それは彼らが君に近しいからだ。まともに付き合いがある人間達なら君の素晴らしさにすぐ気付くだろうが、他はどうかな?」
ダンクの言葉にルウラは口をつぐんだ。
コウと話していたオペレーターの反応を思い出す。あれは間違いなく恐怖を宿した反応だった。
「わかるだろう?あいつらと僕達は根本的に違うんだよ。君がやっている事は単なる気の迷いだ。質問をしよう。僕はあの人間を殺そうとしている。そして殺す。そうなった後でも君は僕達と話し合えるか?」
「それは……」
「僕があの男を人質に取った。君は動けるか?」
考えたくない。
「僕があの男以外の人間を人質に取った。君は動けるか?」
わからない。
「その沈黙が答えだ。君は人間のために戦っているわけではない」
「……黙れ」
自身の命名を、傷つけられた気がした。
「君は、単に近しい者のために力を使っているだけだ。口では人間のためなんて言っているが、間違っているよ。君はたかが数人のために戦争しようって言っているようなものなんだぜ?オクトバー。それは君の命名が許してくれるのかな?」
自身の命名を、土足で踏みつけられた気がした。
「黙れっ!」
ルウラは一気に意識を戦闘態勢に引き上げる。
ダンクは神が最も嫌う会話をし、ルウラを侮辱した。
「アッハ!そうそう!それじゃあ、愛し合おう!」
ダンクも応じる。
二柱の神は同時に自身の命名を告げた。
「我が名は『愛の空を断つ者』!」
「我が名は『大流を制す者』!」
二柱の神から翼が顕現し、激突した。
戦闘開始