第13話 帰還
薬草で応急処置を済ました俺たちは、その日は遅くなっており、最後の野営を行った。明日、グリュンドルフの村へ帰ることとなった。初のボス戦であり、俺はアドレナリンの過剰分泌によりしばらく興奮が止まずに泉の周りをギリモザ状態で走り回ったら、すっきりと眠れたのである。
翌朝、俺たちは荷物をまとめ、馬車の荷台へ積み込んだ。隊長が先頭となり、俺たちは村へ向けて歩き出した。ふと、大きな木に目が止まる。ここは、あのヨアヒムとかいう奴が居た所だ。――根元に古びた斧がある。そうか、ここはあの変態トーマスが腰掛けていた所でもあるのか。なぜ、斧が置いたままなのだ?トーマスは、村へ帰ったはずだろう。賢者モードのまま、丸腰で帰ったのならばどうしようもない奴だ。
「Der Boden dort wurde umgegraben.(そこが、掘り起こされている)」
隊長が何かを言って、指を差した。ちょうど木の根元の付近だ。地面が掘り起こされたように小さな山ができていた。斧が置いてあるすぐ隣だ。モグラでも出たのか?それにしても不自然な穴だ。穴の中には何も見当たらない。――その時の俺たちは、それを深く考えなかった。もしかしたら、これ以上、何か面倒なことに巻き込まれないかというのを本能的に避けていたかもしれない。
帰り道の雑魚敵はマジで楽勝だった。レベルが上がったからなのか、俺の腕力はかつてより逞しく、その敏捷性はまるで風のようだった。戦場を高速に、縦横無尽に駆け回り、幻影を展開してお互いパニックのまま戦闘が終わる――これほどの恐怖があるか、いや無い。
そんな雑魚敵との戦闘中だった。あることに気付く。俺の高まりすぎた敏捷性に、幻影がわずかに追いついていないことを。――そう、遅れている。Region of Interest(関心領域)が、俺の速度に間に合っていないのだ。これは、重大な問題だ。かなり村へ近づいてしまった。泉の精霊め。今度行ったらリコールしてやる。だが、その一方で、俺は某ロボットアニメの主人公のように自分の能力が機体性能を凌駕しつつあることを実感していた。悪い気はしない。俺も股間にビームコーティングを施工せねばなるまいか。
* * *
突然だが、愛の言葉というものは難しい。「好きだ」というのは単純な言葉である。あれほど可愛いイルゼであれば、飽きるほど耳にした言葉だろう。――それでは駄目だ。月並みの言葉では、もう彼女を揺れ動かすことができないだろう。そもそも、「好き」はドイツ語で何と言うのだ?それすらもわからん。俺は「ウンコ」とか「腹痛」とか「下痢」とか「便所」とか、そういった緊急性の高い単語を優先的に習得したから、そっち方面はからっきしである。
それに、外見を褒めるのは二流である。可愛いとか美人とか、スタイルが良いとか、まるでナンセンスだ。俺は違う。肝心なことは目に見えない――そう、星の王子様、サン=テクジュペリだ。目に見えない魅力を伝えるのだ。これが一流のやり方だ。俺は、イルゼにバレないようにコソコソと拙いドイツ語で、知りたい単語を聞き出した。隊長は終始クソみたいな顔で対応していたが、俺は辛抱強く我慢した。これは試練だ。この試練の先に、二人は結ばれるのだから、なんてことは無い。
俺は胸の高鳴りを必死に抑えながらイルゼに声を掛ける。ずいぶんと村へ近づいていた頃合いだった。
「…イルゼ」
イルゼは、いつものように振り向く。美しい。
「…ドゥー、リーヒスト、ゾー、グー♡(お前、イイ匂いだな♡)」
――そう。「いちばんたいせつなことは、目に見えない」ということだ。俺はあのキツネの言葉を深く噛みしめていた。ありがとう、キツネ、サン=テグジュペリ。俺は勇気を振り絞り、やっと言えたこの勇気を自ら讃えた。やっと、肩の力が抜け、ほっと胸をなでおろす。
――イルゼはもう居なかった。
「…Unheimlich.(…キモッ)」
後方にいた隊長が何か言っていた。――恥ずかしがり屋さんめ。きっと、これまで言われたことのないような愛の告白に、頬を赤らめ、急ぎ足で村へ向かってしまったのだろう。やむを得ん。俺もこっぱずかしい。今度会った時、どういう顔をすればよいのだろう。――これが恋か。まるで、青春時代のやり直しじゃないか。それも悪くない。
――イルゼは、その夜も居なかった。
――第1章 完――
続く




