一分の光(微起動)
「一分……いや、三十秒でいい。頼む、応えてくれ」
漆黒の物置小屋に、俺の荒い呼吸だけが響く。
手回し発電機から伸びた不格好な銅線。 それは、蘭から分けてもらった鉛と酸の「器」を経て、俺のスマホへと繋がっている。
キィィィィ――!
金属が噛み合う悲鳴。 前腕の筋肉が断裂するかと思うほどの熱を帯び、肩甲骨の裏側が焼けるように痛む。 汗が目に入り、視界が滲む。 だが、俺は柄を回す手を止めなかった。
「……っ、はぁ、はぁ……!」
手元を離すと、不格好な回転体は三息で止まった。 焦げた銅の匂い。潰れた指の豆。 訪れる、深い静寂。
その中で、待ち望んだ振動が手のひらに伝わった。
――ブ、ブ。
「……あ」
黒い画面に、青白い光が滲む。 低電力によるノイズ混じりの液晶に、三百年後の知性が産声を上げた。
だが、画面に踊るグラフは、俺の期待した「輝かしい未来」ではなかった。 AIが弾き出したのは、不気味に赤く光るヒートマップだ。
「これは……」
画面を見つめる俺の脳裏に、前世で読み耽った「凄惨な史実」が重なる。
スマホのデータは告げている。 この年の広州で密貿易が黙認され、それが腐敗の火種になったと。 そして今、目の前のヒートマップが示す「異常なスパイク」は、夜間にだけ不自然に繰り返される荷役と、銀の流出を完璧に捉えていた。
「……つながった」
口の中で、言葉がボロボロと転び落ちた。 これが、アヘン戦争へと続く、最初の静かな崩壊の音だ。
「港の沈黙は、戦争の前触れだ。この国は、海から崩れる」
AIは何も答えない。 ただ、揺れる光の中で、点と線が静かに並び替わる。
前世の俺は、このデータを「過去の悲劇」として安全な場所から眺めていただけだった。 だが、今の俺には、このグラフを現実の「ルール」へ書き換えるための筆がある。
「見てろよ。……この『一分』で、地獄への線を引き直してやる」
スマホの画面が、電池切れでプツリと消える。 俺は暗闇の中、震える手で真っ白な唐紙を広げた。
液晶の残像を、自分の手でトレースしていく。 未来を自分の手で引き取る、その確かな感触。
墨の匂いと共に、俺は「歴史のデバッグ」を、誰にも知られず開始した。




