表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/10

一分の光(微起動)

「一分……いや、三十秒でいい。頼む、応えてくれ」


漆黒の物置小屋に、俺の荒い呼吸だけが響く。


手回し発電機から伸びた不格好な銅線。 それは、ランから分けてもらった鉛と酸の「バッテリー」を経て、俺のスマホへと繋がっている。


キィィィィ――!


金属が噛み合う悲鳴。 前腕の筋肉が断裂するかと思うほどの熱を帯び、肩甲骨の裏側が焼けるように痛む。 汗が目に入り、視界が滲む。 だが、俺はハンドルを回す手を止めなかった。


「……っ、はぁ、はぁ……!」


手元を離すと、不格好な回転体は三息で止まった。 焦げた銅の匂い。潰れた指の豆。 訪れる、深い静寂。


その中で、待ち望んだ振動が手のひらに伝わった。


――ブ、ブ。


「……あ」


黒い画面に、青白い光が滲む。 低電力によるノイズ混じりの液晶に、三百年後の知性が産声を上げた。


だが、画面に踊るグラフは、俺の期待した「輝かしい未来」ではなかった。 AIが弾き出したのは、不気味に赤く光るヒートマップだ。


「これは……」


画面を見つめる俺の脳裏に、前世で読み耽った「凄惨な史実」が重なる。


スマホのデータは告げている。 この年の広州で密貿易が黙認され、それが腐敗の火種になったと。 そして今、目の前のヒートマップが示す「異常なスパイク」は、夜間にだけ不自然に繰り返される荷役と、銀の流出を完璧に捉えていた。


「……つながった」


口の中で、言葉がボロボロと転び落ちた。 これが、アヘン戦争へと続く、最初の静かな崩壊の音だ。


「港の沈黙は、戦争の前触れだ。この国は、海から崩れる」


AIは何も答えない。 ただ、揺れる光の中で、点と線が静かに並び替わる。


前世の俺は、このデータを「過去の悲劇」として安全な場所から眺めていただけだった。 だが、今の俺には、このグラフを現実の「ルール」へ書き換えるための筆がある。


「見てろよ。……この『一分』で、地獄への線を引き直してやる」


スマホの画面が、電池切れでプツリと消える。 俺は暗闇の中、震える手で真っ白な唐紙を広げた。


液晶の残像を、自分の手でトレースしていく。 未来を自分の手で引き取る、その確かな感触。


墨の匂いと共に、俺は「歴史のデバッグ」を、誰にも知られず開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ