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吏員と相棒化

「……おい、お前。正気か?」


海関(税関)の若手吏員、チェンが呆れたように俺の手元を覗き込んだ。


俺が広げたのは、トマ師から譲り受けた上質の紙に、現代の「SOP(標準作業手順書)」をこの時代の言葉へ翻訳して書き連ねたもの――『港務則例こうむそくれい』の草案だ。


「申告、封緘ふうかん、臨検。この三つを『同じ順序』で、『全ての船』に行う。陳、これだけでお前の仕事の半分は終わるんだ」


「馬鹿を言うな。相手は公行(組合)の息がかかった大商人か、言葉も通じない紅毛人(イギリス人)だぞ。一隻ずつ律儀に並ばせてみろ、俺の首が飛ぶ前に港がパンクする」


陳の言葉はもっともだ。


石畳を荷車の輪が噛み、ゴトゴトと響く音。 今のマカオでは、それは「混乱」の象徴でしかない。 特定の有力者が関税を逃れ、しわ寄せが小商人にいく。その不透明な「隙間」に、アヘンという名の毒が入り込む。


「だから、この『目安(KPI)』を使うんだ」


俺は、手回し発電機の火花の下で、自力で集計した帳簿の写しを叩いた。 そこには、特定の船だけが潮汐に関係なく夜間に喫水を浅くしている「異常値」が、数字の羅列となって浮き彫りになっていた。


「この船だけを狙い撃ちにして臨検しろ。他の真っ当な船は、この手順ルールを守るだけで通関を速くしてやる。……お前は『仕事ができる吏員』として上司に顔が立ち、商人は『賄賂より安い手数料』で時間が買える。どうだ?」


陳は眉をひそめ、俺が書いた「則例」と「異常値のリスト」を交互に見つめた。


――カン。 市場ではかりおもいが皿を叩く。


その一瞬、陳の目が「役人の目」から「勝負師の目」に変わった。


「……面白い。この通りにやって、もし俺が突き飛ばされたら、お前のその『知の道具箱スマホ』とかいう板を海に放り投げてやるからな」


「ああ、約束するよ」


麻縄の粉っぽさと潮の匂いの中、俺たちは初めて「構造」に対して共闘の握手を交わした。 現代の統計学が、1700年の現場の意地と結びついた瞬間だ。


キン――。 帆縄が突風に弾かれ、マスト金具が鳴る。 それは、古い利権の鎖が軋む音のようにも聞こえた。


「よし。まずはあの、夜にだけ『軽く』なる奇妙な船から始めようか」


俺たちは路地を抜け、騒がしい埠頭へと歩き出した。


AIが目覚めるまで、あと少し。 それまでは、俺のこの「前世の記憶」が、陳の盾となり矛となる。

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