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薬種商の棚(鉛・酸)

俺が作った不格好な発電機は、火花を散らすだけで精一杯だった。


電気を「溜める器」がなければ、AIという未来の火を灯し続けることはできない。 前世ではモバイルバッテリー一つで済んでいたことが、この1700年では命がけの調達任務になる。


(……スマホのオフラインWikiには、最も原始的な蓄電池として『鉛蓄電池』の構造が載っている。材料は鉛の板と、希硫酸。……つまり、この街で最も『危険な棚』を持つ場所へ行くしかない)


「……それで、あんた。そんなすすけた顔で、うちの店に何の用?」


カウンター越しに俺を胡散臭そうに睨んでいるのは、ランだ。


彼女の背後の棚からは、生薬の土の匂いと、潮の塩気が混じり合った独特の香りが漂っている。 薬草の陰には、硝石や硫黄といった、一歩間違えれば火薬の原料になる危うい品々が潜んでいた。


[Image: A cross-section diagram of a lead-acid battery showing lead plates and sulfuric acid]


「蘭さん、折り入って相談が。……鉛の板を数枚と、緑礬りょくばんを焼いて作る強酸――『油』を分けてほしいんだ」


「はぁ? 鉛に酸? ……あんた、宣教師様の助手でしょう。そんな物騒なもん使って、教会の地下で爆弾でも作る気?」


蘭の目が鋭くなる。


キン――。 帆縄が風に弾かれ、マスト金具が鳴る音が店内にまで届いた。 港の喧騒は、いつだって危うい均衡の上に成り立っている。


「爆弾じゃない。……失われそうな『数字』を繋ぎ止めるための、新しい明かりを作るんだ」


俺は努めて穏やかに、だが視線は外さずに答えた。


石畳を荷車の輪が噛み、ゴトゴトと響くたびに、俺の脳裏には史実の残酷なタイムラインがよぎる。 ここで彼女の信頼を勝ち取れなければ、AIは沈黙したまま、この街は歴史の濁流に呑み込まれる。


「……変な人。でも、あんたの目は嘘をついてるようには見えないわね」


蘭はそう言って、棚の奥から重々しい鉛の塊と、厳重に封印された陶器の瓶を取り出した。


「今のマカオは夜が騒がしすぎる。……あんたが言う『明かり』が、少しでもこの騒ぎを静めてくれるなら、協力してあげてもいいわ」


「ありがとう。……借りは、必ず『平和な音』で返すよ」


漆はまだ眠っていて、指先にぬるりと抵抗するが、俺の心は別の熱を帯び始めていた。


麻縄の粉っぽさと銅線の金属臭に、新たに「酸」の刺激的な匂いが加わった。 俺の手の中には今、未来を計算するための「血液」が揃いつつある。


作業小屋へ戻る足取りは、前腕の痛みも忘れるほどに、静かな決意に満ちていた。

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