コミュテータの火花(前腕の攣り)
俺の人生は、常に「摩擦」を避けるためのものだった。
他人の視線、社会の期待、責任という名の軋み。 それらから逃げ、潤滑なデジタル世界に引きこもっていた俺が。
今、手作り発電機の「整流子」という名の、物理的な摩擦の塊と格闘している。
(……くそ、回れ。回ってくれ……っ!)
漆の乾きを待った二日間。 その沈黙を経て、俺はついに「手回し発電機」の試運転に漕ぎ着けた。
羅針盤の磁石を配した回転体。 漆で絶縁した手巻きのコイル。 その接点に、薄く叩き出した銅板のブラシを当てる。
キィィィィ――!
物置小屋の静寂を切り裂くような、高い金属音が響く。
右腕を突き抜けるような熱。 前世の貧弱な筋肉が、物理の法則という巨大な壁にぶち当たり、悲鳴をあげている。 肩甲骨のあたりが焼けつくように熱い。 前腕はパンパンに腫れ上がり、無理な力みが指先をピクピクと痙攣させていた。
「はぁ、はぁ、……っ、あ!」
その瞬間。 接点から、小さな、青白い火花が散った。
焦げた漆の匂い。 オゾンのツンとした香りが鼻を突く。
それは、前世の俺が見向きもしなかった、剥き出しの「エネルギー」の産声だった。
石畳を荷車の輪が噛み、ゴトゴトと響く振動が。 今は自分の心拍と同期しているように感じる。
(スマホのノートには簡単に書いてあった。『直流発電には整流が必要だ』って。でも、現実の銅板一枚の角度、摩擦の強さ、その調整にどれだけの『身体の苦痛』が伴うかまでは書いてなかった……!)
一度、柄を離すと、不格好な回転体は三息で止まった。
右手の握力は、もう死んでいる。 翌日の地獄のような筋肉痛を確信しながら、俺は火花が散った接点を覗き込んだ。 煤で汚れた指先は震えているが、俺の口元は微かに歪んでいた。
前世の俺は、液晶の中の「他人の功績」を眺めて冷笑していただけだった。 だけど今、この痛む前腕は、間違いなく俺自身のものだ。
この火花の一粒一粒が、未来のアヘンの煙を打ち消すための、最初の灯火になる。
「……もう一回だ。一分だけ、一分だけでいい、光れよ」
俺は再び、焼けるような腕に力を込めて柄を握った。
漆はもう乾いた。 次は、この火花を、あの「知の避難所」へと流し込むための器(電池)が要る。




