表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/50

宣教師の良心と構造の断絶

「……これは、神の調和ハーモニーではない。ただの『檻』ではないのか、友よ」


師である宣教師が、天球儀を回す手を止め、悲しげに俺を見た。 彼の前には、俺が最新の『則例』を反映させた広州・マカオの入港管理図が広げられている。かつて星々の運行を測り、神の秩序を証明しようとした彼の指先が、いまは俺が引いた冷徹な「規制の線」をなぞっていた。


「師よ。私は港を、そして人々を守るためにこの線を引いています」


「だが、お前の数字には『許し』がない」 師の声は、石造りの礼拝堂に静かに反響した。 「人は間違いを犯す。風に流され、潮を読み違え、あるいは空腹に負けて一袋の荷を隠すこともある。お前のシステムは、そのわずかな揺らぎさえも『異常値』として排除する。それは福音ではなく、人を機械に変える術ではないのか」


帆縄が突風に弾かれ、窓の外でマスト金具がキンと鳴った。 師の言うことは正しい。俺がAIのヒートマップを使って導き出しているのは、人間性の排除による最適化だ。 「善意」や「温情」といった隙間があれば、そこから梁 鎮中のような腐敗や、エドマンドが従う巨大な資本の暴力が染み込んでくる。それを防ぐには、港を一つの精密な時計のように動かすしかなかった。


「技術を速くすれば、戦争が来る。それを止めるために、私は世界を『遅く』、そして『正しく』縛らなければならないんです」


俺は懐のスマホを握りしめた。漆が乾くのを待つ間のように、指先にぬるりと焦燥が抵抗する。 画面には、AIが冷たく警告を発していた。


〈現在:倫理的ジレンマ・フェーズ〉 〈推論:師の非協力による上申ルート喪失リスク 15%〉


師は、イエズス会の科学を皇帝に届ける唯一の「窓」だ。彼が俺のやり方を否定すれば、この『則例』が勅諭ちょくゆとなって国を動かす道は閉ざされる。


「師よ、私は信仰を否定しているわけではありません。ただ、構造システムという悪魔を倒すには、構造で対抗するしかないんです」


秤の錘が皿を叩き、カンと高い音が響く。 師は黙って十字を切った。その横顔には、科学を愛しながらも、それがもたらす「数値化された世界」への根源的な恐怖が刻まれていた。


生薬の土と、教会の蝋燭の匂いが混ざり合う。 俺たちの間には、個人の良心では決して埋められない、時代と構造の深い断絶が横たわっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ