允可/禁制名簿の公開
「……名前が出ちまえば、もう終わりだ」
相棒の陳が、広州の波止場に貼り出された巨大な木札を見上げて呟いた。 そこには、新しく制定された『允可名簿』と『出入禁制名簿』が、墨痕鮮やかに記されていた。
これまでは、どの船が袖の下を通し、どの船が密輸に関わっているかは「闇の中」だった。だが、AIが弾き出した監査結果と、欽差の署名によって裏付けられたこの名簿は、港のパワーバランスを一夜にして逆転させた。
「允可(許可)」に載った船は、優先的に臨検を受け、関税の優遇措置を得る。 一方で「禁制」に載った船……すなわち東インド会社の密輸に関与した船や、梁の息がかかった不正船は、港に入る権利そのものを奪われる。
「これは、ただの処罰じゃないんだ。信頼の可視化だよ」
俺はスマホのノイズ混じりの画面を見つめ、前世で学んだ「信用」という概念を、この1700年のマカオに実装した手応えを感じていた。 石畳を荷車の輪が噛み、ゴトゴトと脛へ響く。その音は、もはや不正を隠す者の焦りではなく、秩序に従う者たちの確かな足取りのように聞こえた。
「おい、エドマンドのところの船が、真っ赤な文字で『禁制』に入ってるぞ」 見物人の一人が叫んだ。
EIC(英東インド会社)監査役、エドマンド。 彼は株主価値という「正義」に従って密輸を黙認してきた。だが、こうして名簿が公開され、自分たちの船が社会的に「排除」された事実をロンドンへ報告せざるを得なくなれば、株主たちは激怒する。
「……不合理だ。我々はただ、需要に応えていただけだというのに」 人混みの陰で、エドマンドが唇を噛みしめているのが見えた。 彼は悪人ではない。だが、彼が従っている「株主の時間」は、今やこの港の「則例」という時間に追い越されたのだ。
生薬の土と潮の匂いが、潮風に乗って鼻をくすぐる。 ヒロインの女薬種商が、名簿の前で安心したように息を吐く母親たちの姿をレポートしてくれた。 「夜が静かになっただけじゃない。港の仕事が、誰にでも誇れるものになったのよ」
スマホの電池は残り数パーセント。 画面には、不正取引率が限りなくゼロに近づく急降下のグラフが、誇らしげに表示されていた。
「速さは必要ない。ただ、誰もが同じ数字を見られる世界を、ここに置くだけでいい」
史実という巨大な濁流を、俺は一歩ずつ、地味で強固な「制度の堤防」で堰き止めていた。




